色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
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春は突然やってくる?の話
3月に入って、急に春が訪れた陽気になっています。
梅の花が咲き、桜の季節も近いと感じます。

人生の変わり目も、急に訪れるような気がします。

緩やかな坂道ではなく、階段のような・・・
徐々に、徐々に変化していくのではなく
ある日突然変化が起こる・・・

実際には、水面下ではずっとその変化の種が育っていて
自分のエネルギーがを養分となり、
それが満ちた時に現実が変わると思います。

自分の言動、行動、エネルギーによって、
その「因」に対しての「果」が現実になる。

タイムラグもあり、内容も違うから分かりにくいけど
結局は全ては自分の撒いた種に、
自分自身がエネルギーを与えて育たせ
色んな現実という花が咲くのだと思います。

その現実の裏には、その人自身のテーマなども含まれていて
他人と比べても意味がないことであり、
変化したいのであれば、自分自身を見つめて気づくこと
それが一番の近道であり、それしかないとも思えます。

先日テレビを見ていて、5~6年ほど前から
失恋の歌がどんどん売れなくなっているそうです。

その時期というのは、SNSが出てきた時期と重なっていて
一人で悲しい、辛いという気持ちを味わうことで
失恋の歌に、それぞれの経験から共感を得て売れていたのに、
SNSによって逃げ道が多くなり 、
一人で失恋の辛さや悲しさを味わう事がなくなり
失恋ソングが売れなくなったそうです。

喜怒哀楽という「感情」を味わうというのは
とても大切な事だと思います。
それが、失われていくというのは残念なことと思いました。

どんな感情であっても、それを存分に味わうことで
また立ち止まって自問自答したり、振り返ることで
色んな気づきがあり、それが自分の心の血となり肉となり
成長していけるのだろうと思うのです。

でも以前カウンセリングをしていた時
女性でメンタルヘルスを病んで、
相談に来られるほとんどの方がSNSをしていました。

自分の人生の舵取りを、自分自身の手から
自分以外のその他大勢の他人にまかせてしまい
中には面識もない赤の他人に認めてもらう事に躍起になり
自分自身を見失ってしまう人を多く見ました。

SNS自体は素晴らしいツールです。
それをどう活用するか、どう自分の生活に生かすか
それがとても大切なのだと思います。

私はLINEもSNSもしていないのですが、
それを通じて縮こまるのではなく、拡がるならいいなと思います。

人それぞれ考え方や感じ方は違うものです。
同じことでも違う方向から見ると全く違って見え
全く違うそれぞれの言い分両方がどちらも正義!!と
思えることだってあります。

隣の芝生は青く見えますが、それぞれに悩みはあり
色んな人が色んなことを言ってくれたり
時には手を差し出してくれることもありますが、
とどのつまり、自分の悩みは自分で解決するしかないのです。

自分の悩みを相手に託すこともできなければ
相手の悩みを自分が解決することもできないのです。

そこをはき違えて、相手や自分以外の存在に依存していくと
依存すればするほど、自分自身と離れていき暗闇に落ちていきます。

もちろん相談したり、自分の心の内を吐露することで楽になったり
自分で自分の言葉にはっと気づかされることもあるでしょう。
全部一人でと気負わず、他人に頼ることがダメということではありません。
ただ、結局自分の目の前の壁を越えるのは自分しかいないということです。

でも超える力があるから、その経験ができるのだと思います。

いくら努力しても現実は変わらず、一生このまま変わらないと思っても
実は水面下ではどんどん蓄積されていて、ある日花開く日を待っている
それが明日かもしれない、明後日かもしれない。

反対にうまくいってる時に、調子にのり、傲慢になったり
相手を貶めたり、罵声を浴びせたり、馬鹿にしたりしていると
それが溜まり、ある日突然不幸に見舞われることがあります。

毎日毎瞬が、自分の人生の創造中ということですね。
自分らしい花を咲かせるために、今日も精一杯生きたいものです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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平昌オリンピック感動をありがとうの話
2018年平昌オリンピックが終わりましたね~。
テレビに釘付けで、手に汗握り歓喜したり感動したりの日々でした。

アスリートの方のフィジカルとメンタルの強さ、
そして「Gift」と思われるその才能を、最大限の努力で磨き上げ
競い合い、自分の限界を超えていく姿は、
感動を与えてくれ、美しくもあり荘厳なものを感じました。

オリンピックが始まる前に色々と他のスポーツの話題が
マスコミで取り上げられ、毎日報道されていたので
オリンピックに出場の選手のスポーツマンシップに
大和魂とともに、節度と感謝を重んじる素晴らしい国民性を感じました。

人は一人ひとりもちろん違いますが、
地域(国)や時代、家(家族・ホーム等)の影響が
人を形成する上で大きいと思いました。

それらの大きな影響をあたえる条件を見つめて
その影響を受けてる自分を脱ぎ捨てた先に
本当の自分が見つかるのかもしれませんが、
今回のオリンピックでは日本選手の「心」に触れ
同じ日本という国に生まれたことに感謝しました。

スポーツや芸術などは、言葉など必要なく
感動を与えてくれます。

それも感動を与えようとしているわけではなく
ただ真摯に自分との闘いを挑んでいっている姿を見て
勝手に感動をしているわけですが、
スポーツに限らず、精一杯頑張っている姿や
真摯に自分の人生を生きていくことは、自分の意志とは関係なく、
他者に影響を与えているのではないかと思いました。

相手に勝つというよりも、自分の目標に向かって挑む事を
口にされている選手の方もいらっしゃいましたが、
他者と比較して、自分を卑下したり優越感を得たりするよりも
自分の精一杯の努力をして、自分を生き抜くことが
何よりも美しく、自分を生かすことになると思いました。

たくさんの感動をありがとう。

今できる精一杯の努力をしていこう
その結果がどうなるかは、
自分では決めれないけど、
必ず自分がした事は裏切らないし、
必ず因果応報で戻ってくるから、
だから、
自分が好きでいられる自分、
自分を誇りに思える自分でいられるように
今日、今できることをしよう。
って思いました。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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節分の話
今日は節分です。

1月1日のお正月より旧暦の節分が年明けという感じがします。

今年は菩提寺から「立春大吉」「鎮防火燭」のお札をいただき
玄関に貼るところから、始まりました。

氏神様への参拝に行くと、境内の木の剪定をして
隅々までお掃除をされていました。

私の今住む家の氏神様は八幡様で、こじんまりしているのですが
「凛」とした気が立ちこめ、すがすがしい神社です。

とても大切に祭られていて、いつも掃除が行き届いていて
お祭りのときは、ちびっ子神楽がねり歩いています。

遠くの有名な神社にたくさんのお願いをしに行くよりは、
自分の住む町の氏神様に、お願いではなく感謝の気持ちをお供えして
神様に愛される自分になる努力をする方が
自分にとって大切な体験を与えられて、
喜びや幸福感を味わうことができるのではないかと思います。

仕事上で苦手だな~と思う人がいます。

基本的に「馬鹿なやつほど偉っそう」と思っていますが
その中でも苦手なのが、仕事なのに感情的に汚い言葉も交えて
相手の責任ではなくても、大声で相手を非難、批判を攻撃的にする人です。

大声でワーワーと騒ぎ、誰もが辟易する人の中で
メンタルヘルスの不調で長期休暇を取られる人がいます。

病気なのであればしっかりと病院で治療してほしいと思いますが
やはりこの世は鏡なんだろうと思ってしまいました。

自分が苦しいからといって、自分の問題を他者に転嫁して責めたり
自分が優越感味わうために、人を落としたりすると
他者の評価にすがり、思い通りいかないことに悲観して攻撃すると
結果それが回りまわって自分に降りかかってきて苦しみが増加する・・・
そんなカラクリなのではないかと思うのです。

いじめの問題は子供の世界だけではなく、いろんな所であると思いますが
「いじめられっこ」より、加害者である「いじめっこ」の方が
魂レベルでは大きく傷ついていると聞いたことがあります。

業というマイナス要因を増やしていることもあると思いますが、
それだけでなく、自分のマイナスの思いや行動が
そのまま、いや膨れ上がり、時空を超えて自分に返ってくるのだと思います。

それが相手も違い、返ってくる内容が違うのでわかりにくいだけで
しっかりと因果応報の法則は息づいているのだと思います。

例えば、他者に暴力をふるい、金銭をとった行動に対して
健康面での病気という形で返ってくるといったように・・・

また、最近では仮想通貨の流出問題が取り立たされていますが
お金というものも自分のエネルギーの一部であり、
楽をして儲けたお金というのはどうなんだろうと思います。

もっともっとと欲をかいたが為に、結局大損することもあり
お金も自分のエネルギーの一部と見れば
自分の器が大きくなれば、そのまま受けることもできるでしょうが、
器の大きさがそのままで、たくさんのお金のエネルギーを入れると
自分の器以上にキャパを越えた分は、他のエネルギーが
自分の思いとは別に、出て行かざるを得ない状況になると思うのです。

あぶく銭ということで、そのまま銭が出ていけばいいですが、
それ以外の健康や、仕事や家族、友人、恋人等のご縁などなど
お金にかえがたい大切なものが失われるのは辛いことです。

宮本武蔵の名言「我、神仏を尊びて、神仏を頼らず」の気持ちで
今年一年、神様に愛される自分になれるよう、
また後悔のないよう、自分に素直に真面目に生きようと思います。
精一杯の努力の後は「人事を尽くして天命を待つ」 の気持ちで
どんな結果であっても受け止めて、笑顔で過ごす一年にしたいです。

皆さま方も、悔いのない一年になりますように☆彡

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。

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阪神、淡路大震災の話
阪神、淡路大震災から今日で23年。
この大震災の数か月前まで、神戸に住んでいました。

親戚や友人、その当時の仕事関係の人達は被災して
家族を亡くした人や、家を失くした人もいました。

テレビで最初に見た映像が、よく行っていた商店街だったのを
よく覚えています。

23年。
時間とともに、心の痛みが和らいでいくようでもあり
決して忘れられない記憶とともに生きている人
それをきっかけに色々な変化があった人
たくさんの人生に影響を与えたあの日から23年。

人は幸せな時には、幸せを感じる心を忘れがちになり
「当たり前」と思ってしまい、感謝の気持ちも薄らぎます。

でも、日々の毎日な生活、当たり前の何事もない平凡と思える
そんな日がどれほど幸せで、有難いことか。
失くして実感する前に、目の前にある時に感じれるようになりたい。

最初にこの幸せということの意味を感じさせてくれたのが
私にとってこの出来事でした。

当たり前のことなんて、何一つない。
明日どうなるかなんて誰もわからない。

ただ、今目の前にあることが真実。
その現実の中に自分がいることが真実。
その中で何を見て何を感じるか、
それの連続で、自分の人生が紡がれていく。

今日という平凡と思える日を生きれること
これこそが本当に幸せなことなのだと実感します。

被害者の方のご冥福をお祈りいたします。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。

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陰と陽の話
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年は2018年、平成30年。
どちらも偶数ですね。

私は奇数より偶数の方がほっとします。
以前、数秘学をしている知人に、偶数は女性性、偶数は男性性という
そんな話を聞いた気もします。

私は黒住教ではありませんが、近所ということもあり
この数年、宗忠神社に初詣でに行かせてもらっています。

その際にひいたおみくじを持って帰って、
一年貼っておき、毎日見ています。

昨年は「陰徳」でした。
今年は「陽気」です。

「陰」の後に「陽」が来ているのが面白いと思いながら
昨年は、陰ですることをメインにしていたので、
性格的に今年の方が楽かなと思ったりしています。

石井ゆかりさんの占いを毎年見ています。
筋トレ
星座の説明は全然わかりませんが(苦笑)
言葉のチョイスや、たとえ話の中でハッと思うこともあり、
昨年末に、昨年の年報を読み直してみて、
あまりに当たっていて笑ってしまいました。

普段は自分という軸だけをみて、
自分の意志のみで生きていると思っていますが、
大きな宇宙の中で生かされているのだと気づかされます。

また、自分の意志だけでなく、大きな流れや
その時に必要な状況や人、出来事を用意されていて
その中で生かされ育まれているのだな~と思いました。

陰陽
誰もが自分の中にもあり、また人生の中でも陰陽があります。
陽の方がいいように思えますが、
実は物事を創造しているのは陰の時期と思います。

昔、学生の時の教科書に、桜の木の染色の話で
桜の幹で染めたらピンク色になるということから、
寒い冬の時にも、開花の準備を木全体でしていてその結果
春にピンク色の桜の花が咲くのだという話がありました。

極まって表面に出るのだなと感じた記憶があります。
エネルギーをためてためて、それがフルになった時
表面化する、具現化するというのは、人間でも同じです。

陰と陽の時間は、半々ではないかもしれないけど、
陽より陰の時を過ごすことは大変大切とも思えます。

物事うまくいっている時や、調子のいい時は
見えない事や、気づかないことも気づけますし、
自分というものを深めていくチャンスタイムでもあります。

若い時は目に見えて恵まれている人、うまくいってる人
目立ってわかりやすく調子がよく見える人を羨むこともありましたが
年を重ねていくうちに、陰の時期を経験して
その時期にきちんと自分と向き合ってきた人と思える人に、
魅力も感じますし、人としての深みと聡明さを感じます。

その時を切り取った点で見るのと、流れも含めて線としてみるのと
全く違って見えることがあります。

何が不幸で、何が幸せかは途中ではわからないもの。
なにがきっかけでひっくり返るかわかりません。

陰の時期を乗り越え、久々に陽の時期を迎えそうな私ですが、
その喜びを全身で感じながらも、驕らず謙虚に今年一年
地に足をつけ、真摯に相手と向き合い過ごしていこうと思います。

皆さんも、今年一年を、点だけでなく、線で見る視点で
自分にとってかけがえのない一年となりますよう
心よりお祈りいたします。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。

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