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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
すべてはつながっている話
「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。
そうして、あとで、さみしくなって、
「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、いいえ、誰でも。


そう、金子みすずさんの詩です。
大震災の後に、テレビで何度もCMで流れたので、
聞いたことのある人も多いと思います。

ユング心理学では、心には
意識 = 顕在意識 = 自我
個人的無意識 =潜在意識 = 自己
集合的無意識
があり、深層の無意識には人類に共通の集合的無意識があると言われています。

手を人間関係を例えると、一本一本の指が一人ひとりで、
手のひらが集合的無意識で、深いところでつながっているということです。

私自身こんな事がありました。

(case1)
ある年の自分の誕生日に、仏壇に向かって
「生んでいただいてありがとうございます。
誕生日を無事迎え、今を生かしていただいてありがとうございます。
色んな出会いをありがとうございます。」
の言葉を伝えました。

すると、数日後思ってもみない知人から誕生日プレゼントが届き
誕生日を祝う言葉とともに
「生まれてくれてありがとう。
無事誕生日を迎え、元気に生きていてくれてありがとう。
素敵な出会いをありがとう。」
とメッセージカードに書かれていました。

(case2)
仕事上のある人との関係において、解消したい問題がありました。
相手が悪いと心の中で責め、自分ではどうしようもできないと思っていました。
立場的に相手が上位で、私の意見を一切聞いてもらえなかったのです。

何か問題があるときや、胸がざわつく時は私はそれを書き出します。
その問題や、何が嫌なのか、自分が何をして何をしていないのかなど、
思いつくことを次々に書き出していきます。
そして一人ソクラテス問答を繰り広げます。

自分の中にないものは、人の中にも見えないものです。
相手の中にある否定していたものを、自分の中に見つけたり、
被害者と思っていたけど、自分が傲慢な加害者でもある事に気づいたのです。
そこで本当に申し訳なかったと反省して心の中で謝罪しました。
そして、相手に対してのその気持ちを紙に綴りました。

そこで自分の気持ちの整理がついて、スッキリしてテレビを見ていると
その相手からおわびのメールが届きました。
そして、その問題自体解消してしまったのです。

私からは相手に対して、何のアクションも起こしていません。
自分の反省の気持ちは一切相手に伝えていないのに、
相手からおわびを言われ、どうしようもないと思っていた問題が
あっという間に解決してしまったのです。

この例以外にも、誰かに言った言葉を、そのまま違う人から言われたり
相手に対して思いを変えると、相手も変わるといった事は頻繁にあります。

これは誰にでも起こっていることです。
そんな事ないと思う人は、ただ気づいていないだけです。



私はこのケース以外でも、ユングの言う「シンクロニティ」も起こります。
例えば「ふとあの人元気かな?と思ったら、その人からメールがくる。」
「ずっと欲しいと思っていたものを、ふと立ち寄った店でみつけた。」
といった偶然、誰でも経験した事があるのではないでしょうか?

ユングは、この出来事はただの偶然ではなく、実は起こるべくして起こっていて、
世の中のあらゆる物事は互いに繋がりあい、連動していると考えています。
ちなみに、この原理を「縁起律」「非因果的連関の原理」と言います。

シンクロニティは意識するとするほど、起きやすくなると思います。

全てはつながっている。
その中で自分が出す波動によって、同じ波動の言葉や出来事が自分に起こってくる。

あなたはどのような波動を出しますか?
どのような言葉を言っていますか?
どのような気持ちで接していますか?


読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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フランクル心理学
フランクルという心理学者をご存知ですか?
「夜と霧」の作者です。
アメリカで「私の人生に最も影響を与えた本」のベストテン入りし、
皇室の紀子様が推薦図書としてご紹介されていました。
「神様のカルテ」の主人公の妻のハルの好きな本としても出てきました。

ユダヤ人のフランクル自身の強制収容所での実体験に基づいた話です。

「冷静な心理学者の眼でみられた、限界状況における人間の姿の記録である。
そしてそこには、人間の精神の高さと人間の善意への限りない信仰があふれている。」
と、あとがきにはありますが、
人間の精神の高さも描かれていれば、人間の欲や卑劣な行為や悲惨な状況も描かれているし、人間の善意も描かれていれば、悪意も描かれている作品だと思います。

有名な本ですが、知らない方はこちらから
「夜と霧」 新版 ヴィクトール・E・フランクル

フランクル心理学では

「人生が人間へ問いを発してきている。
したがって、人間は人生の意味を問い求める必要はないのである。
人間はむしろ、人生から問い求められている者なのであって、
人生に答えなくてはならない。
人生に責任を持って答えなければならない。」

私達は人生からの問いを聴き取り,それに答えることに全力を尽くさなければならない。
人生からの問いは、各人の足下に絶えず送り届けられていて、
その人に見出され実現されるのを待っている。というのです。

どんな時も人生には意味がある。
なすべきこと,充たすべき意味が与えられている。


自分の夢は何か?
自分のしたいことは何か?
私の人生の使命は何か?
の自己実現をめざすやり方では、慢性の欲求不満を避けられません。
自己実現できない時に、自分を責めたり、自信喪失してしまうこともあるでしょう。

「私は、この人生で、今、何をすることを求められているのか」
「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人はどこにいるのか」
「その誰かや何かのために、私にできることには何があるのか」
 

この3つの問いを絶えず念頭に置いて、毎日生きることで「なすべきこと」の手がかりになるとフランクルは言っています。

私の人生を、この考え方で振り返ってみた時、あてはまることがあります。
自分の想いとは別に、人生の流れや出会いを感じずにはいられない事が
とても多いのです。

その時には「なぜ、こんな目に私だけが合うんだろう」ともがく事もありますが、
後で考えると「なるようにしてなった」とか「あの経験が今の自分に必要だった」と
思うことも多いのです。

私は自我が強く、したい事を見つけるとやってみないと気がすまない性格でもあります。
何か目標を見つけると、それに向かって全力でやっていく所があります。

そしてその目標を達成したり、結果を残した事もあるのですが、
「私何してるんだろう?」というむなしさを覚えた事があります。
自分は何のためにしてるんだろう?と、いつの間にか焦点がずれて
結果ばかりを追い求めていた事もあります。

だからこそ、このフランクル心理学の考え方に共感する事があります。

その時、その時に自分に投げかけられる人生からの問いに、
「これは自分に何を気づけということなんだろう?」と
自問自答しながら答えを見つけたいものです。

この間、録画していた「自虐の詩」の映画を見ました。

「幸や不幸はもういい。どちらにも等しく価値がある。
人生には明らかに意味がある。」


といったセリフがあったのですが、いい言葉だな~と思いました。
思わず、いっぱい泣いてしまった映画でした。

自虐の詩

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マズロー心理学と色
心理学者のマズローの欲求段階説というものがある。
人間の欲求は、5段階のピラミッドのようになっていて、底辺から始まって、1段階目の欲求が満たされると、1段階上の欲求を志すというものだ。

第1段階:「生理的欲求」人間が生きる上での衣食住の根源的な欲求
第2段階:「安全への欲求」:危険から守り、安全・安心な状態の欲求
第3段階:「所属と愛の欲求」:集団、社会に属し、誰かに愛されたいという欲求
第4段階:「尊重の欲求」:集団から価値ある存在と認められ、注目・尊敬を得ようとする欲求
第5段階:「自己実現の欲求」:自己の潜在的能力・可能性の探求と自己成長を図ろうとする欲求

晩年には第6段階として「自己超越」:自分を超えて、特定個人や人々を幸せにしたい欲求も加えられている。

これは色というとマジェンタだと私は思う。「マザーテレサのイメージ」
また、その上は神Godだろう。これは私はゴールドのイメージ。
その上があるとしたら、宇宙の素神、サムシンググレートかな?それは透明のイメージだ。

なんとなくこの段階って色とも似ているなと思ったので、書いてみる。

まず人間は衣食住の根源的なものを満たそうとする(赤:レッド)
それが満たされると他人と関わりたい、交流を求める(橙:オレンジ)
その交流の中で自分という個を確立し、尊敬されたい自我が芽生える(黄:イエロー)
そして、思いやりや心を通じ合う人間関係を築きたいと思う(緑:グリーン)
他人とのコミュニケーションをとり、自己表現をしたいと思う(青:ブルー)
そして自分の人生の目標の方向性や道を見つけたいと思う(藍:インディゴブルー)
そして自分の能力を発揮し、創造性の活動や自己の実現を果たす(紫:パープル)

勘違いしてほしくないのは、赤が好きな人より、紫好きな人の方が人間として成長しているという意味ではない。
それぞれの色はもっと特徴や意味がある。
ただ、チャクラの色の並びも下からどんどん上に行く順が、この順番でもあり、段階説ともリンクしていておもしろいなと思った。

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