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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
友達の話
Elite Dailyの有名ブロガーである、ポール氏が書いた
「友達にすべきではない10人の特徴」

1. 目立ちたがり屋のやつ
目立ちたいと思っているやつは、常に自分の価値を証明しようと躍起になっている。

2.知性を感じられないやつ
知性を感じないといっても、自尊心が強くて、自己中心的で学ぶ姿勢のない人のこと。

3.他人に依存しているやつ
他人に依存している人は、必ずあなたにも頼ってくる。

4.怠け癖のあるやつ
「怠け癖」は伝染する。

5.人生一度きり!が口癖のやつ
死んだってかまいやしない!今しかないんだ!って無茶をする奴。

6. しゃべりすぎるやつ
内容のない話を延々とするやつがいる。
口を動かすことに時間を費やすわりには、その中身はからっぽだ。

7.「私・・・ダメかも」を連発するやつ
悲劇のヒロインを演じている人。一緒に不幸ぶってると、本当に不幸になってしまう。

8.ぬるま湯に浸かっているやつ
もし、人生を楽しくしたいのなら、同類を探すべし。

9.夢を持たないやつ
夢をみないやつは夢を見る事すら否定して、
他人の夢もそれが単なる夢に過ぎないと非難してくる。

10.何も信じないやつ
自分自身をも信じきれないやつが、どうやって他人を信じることができるだろう。

かなり端折っていますが、言い得て妙です。
人生は限りある時間の中にあります。
どんな人と出会うか、どんな人とその時間を過ごすかで、
その人生が決まります。

人は見えないですが、思いであったり、波長であったり
そしてオーラをまとっています。

それが同じ時間を過ごしたり、会うことによって交わりあうわけで
どうしても、影響を受けてしまいます。

年を重ねたご夫婦でよく似た顔と雰囲気の方がいます。
人生をともに歩まれたというのは素敵だなと思います。

自分が一番かわいいし、
意識していなくても、誰かに支えられ、依存しているわけです。
誰かに認められたいし、ほめられたいし、よく思われたいし
めんどくさいことは嫌だし、でも手柄はあげたいし、
寂しかったら人恋しいし、自分の話を誰かに聞いてもらいたいし
うまくいかないことが続くと、凹むし、自信もなくなります。

誰もが主観的にしか、世界を見ていないし、
自分の人生の主人公は自分で、友達は脇役です。

そういう自分をきちんと認めるところから、すべて始まる気がします。

そんな事ないと、自分は無自覚だから、
自尊心ばかり高いわりに、承認欲求が高くて、
自分はしないのに、「して、して」と友達に依存したりするようになり、
自分は友達と思っていても、相手からはそう思われないという事も・・・

結局は「類は友を呼ぶ」と言いますから、
いい友達が欲しければ、そんな自分になるしかないのでしょうが・・・

自分を認めれなかったり、しんじれない人が、
他人にいくら承認してもらおうとしても
やっぱり無理がありますよね。

人に認められようとすればするほど、
自分の価値を証明しようとすればするほど、
自分の内の不安や不信が露呈してしまい、
物差しを人に求めるほどに、自分を見失うという危険もあります。

必死で探そうとしなくても、
そういう自分になれば、気づけば自然と出会う人には
必要な時に出会うようになっている・・・
そんな気がします。

あなたがあなたらしくいるとき、
それが一番自然なんでしょうね。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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自分を生かすことは他人を活かす話
今日、数か月ぶりに会う友達の家に遊びに行っていたのですが、

元気がなく話を聞くと、
以前から仲良くしていたご主人の幼馴染の夫妻がいて、
今月一緒に鍋をした、その4日後に、奥さんが亡くなったのだそうです。

奥さんはその日実家に帰っていて、お母さんが買い物に行き、
帰ってきた時には、すでに冷たくなっていたとのことで、
死因を言わず、事故という事で家族葬をしたのだそうですが、
どうやら自殺だったという話なのです。

元々、自分のアトピーのコンプレックス、仕事やママ友とも人間関係
子供のアレルギーや、病気の事などで悩んでいて、
最近引越しをして、新しい住まいが当人は何だか嫌で仕方なくて、
自分の実家で同居をさせてほしいと、両親に頼んで断られた
という経緯が最近あったのだそうです。

仲が良かった友達夫婦は、お葬儀に出席したのだそうですが、
ご主人は「バカ亭主の俺のせいです。」とやつれ切り、
ご両親、特にお母さんは
「全部私のせいです。気づいてやれなかった私が悪いんです。」
と、二人とも大きな罪悪感に苛まれ、
見るのも辛いし、声をかけるのも憚られたという状態だったそうです。

その友達の周りの友達も皆、
「何か自分にできたことがあったのではないか?」
と、皆それぞれが自分を責め、後悔の念に苦しんでいるとのことで、
本当に皆優しい好い人たちだな~と思いながら、
「死」を考えさせられました。

自分の命は自分のものだから、どうしようと自分の勝手!
という思いが、誰もがどこかにあると思いますが、
自分の命は皆のものなんだな~!
とつくづく思ってしまいました。

自分の為だけでなく、周りの愛する人たちの為に
自分は生き続ける、その責任があるのだと思ったのです。

1人の死に対して、何人もの人が悲しみはもちろん、自分を責め、
人によっては大きな十字架を一生背負って生きることになります。
残された人の心の中には、後悔が生まれ、罪悪感に変わります。
そして、苦しみます。

ちょうど、その亡くなった人は厄年で、今年で終わる年だったそうです。

振り返って自分の厄年を思い出すと、
自分の病気、家族の病気、お金の問題、仕事の問題、人間関係、
次から次へと試練が訪れ、頑張っても頑張っても、
すべてが悪い結果になり、八方塞りとはこのことかと思うほど、
何をしてもダメなので、自信喪失にもなるし、
自分の無力さを感じ、自分が価値も何もないと思え、
絶望にも似た心境になったものです。

今まで自分が犯した業が返ってきているとも思い、
毎日「すみません」と反省したりもしました。

これでもか!これでもか!という位に試練が訪れるので、
その頃の口癖は「絶対負けない」だったと思いますが、
すっかり負けてしまい(苦笑)、私は死ぬ勇気もなかったので、
「仕方ない。どうあがこうが、現実を全て受け入れて生きていくしかない。」
と自分の運命と勝負を挑み闘うことをやめたような気がします。

我が強い私は、20代までは「自分がしたい」と思うことは
それができるまでしたり、したいと思ったことは無理くりにもしたりと
ある意味、自分の思い通りにできていたことが多い人生だったのですが、
その厄年の時に、すべて思い通りにいかず、
無理くりしようとすればするほど、逆の方向にいき苦しくなり、
今までやってきた自分の生き方を、否定されて、全て見直すしかない
鼻っ柱をポッキリと折られるような期間だったような気がします。

家族であれば、自分の思い通りにコントロールできるという幻想も
その時にきれいに消え去りました。
自分の思い通りになんか、一切いかないという経験は
全て否定され、自分の無力と自信喪失を思い知らされ、自分が空っぽになり、
どうすればいいのか全くわからないという状態になりました。

自我が強い私にはこれ位しないと、我が手放せなかったのかもしれませんが、
その時は、本当に毎日毎日辛くて辛くて、本当によく泣いていました。

そんな時、地元の人気の情報誌の特集で「不幸自慢特集」があり、
大賞になっているのが、私の境遇とよく似ていて、同じような人がいると思ったら、
今日会った友達が私の事を投稿していたという事もありました(苦笑)

でも、そこで終わりではなく、生きていたら、その経験が糧になり、
時が過ぎた今は思い出の一つとして笑えたりもするものなのです。
その経験があったからこそ、色んなことに気づけたり、見直せたり、
自分が握りしめていた必要のないものを手放せたし、
それがその後の人生に大いに役立ち、
その経験があったからこそ幸せを感じることが増えました。

これを書いていたら、昔あった
[AC+CM]公共広告機構+屋上の少女
のCMを思い出しました。

生きていると、辛い、悲しい思いを体験することもあるけれど、
そこで終わりにしないと、笑える日が必ず来ると思います。

今日、友達は近しい人を失った悲しみの話をしていたのだけど、
私はその話を聞いて、皆の愛や優しさを感じてしまい、
此の世には愛情があふれているんだな~
そんな悪い世界でもないんだな~と思ってしまったのです。

気づこうとしなければ、普段はわからなかったり、
そういう大きな出来事が起こった時に、わかったりするけど、
こんなにあふれる愛があったことを見て、亡くなったその人こそ
自分を殺したことに、大きな後悔をしているだろうなと思ってしまいました。

生きることは大変な事はあるけど、決して悪い事ばかりではないし、
その時に喜怒哀楽の怒や哀の感情が生まれたとしても、
時を経た時に、その経験があったからこそ、
喜怒哀楽の喜や楽の感情が深く強く感じられる体験ができるわけで、
そこで「終わり」ではなく、ずっと続くことで
予想だにしない、色んな自分物語につながるんだと思います。
そして、楽しいだけの人生もないように、辛いだけの人生もないと私は思います。

自分を生かすことは、他人を活かすことにもつながると実感した日でした。

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本当の自分を知る話⑧
今年の3月9日の自分のブログにも書いたC・R・ロジャースの言葉です。

私が自分自身を受け入れて
自分自身にやさしく耳を傾けることができる時、
そして自分自身になることができる時
わたしはより良く生きることができるようです・・・。
言い換えると、私が自分に
あるがままに自分でいさせてあげることができる時
私はより良く生きることができるのです。


なんと優しい言葉でしょう。
自分という存在そのものを肯定できる素晴らしい言葉です。

そして、ロジャースは心の声に耳を傾け始めたときの変化を10あげています。
1、偽りの仮面を脱いで、あるがままの自分になる
2、「こうすべき」「こうあるべき」といった「べき」から自由になる
3、他者の期待を満たし続けるのをやめる
4、他者を喜ばすために、自分を型にはめるのをやめる
5、自分で自分の進む方向を決める
6、結果ではなく、プロセスそのものを生きる
7、変化に伴なう複雑さを生きる
8、自分自身の経験に開かれ、自分が今、何を感じていくのか気づいていく
9、自分自身を信頼する
10、他人をもっと受け入れるようになる

自分で自分の人生を創っていくためには
「いい人になって人の期待を応えすぎるのをやめること」
「他人の目を気にするのをやめる決意をすること」

が必要とも述べています。



何度読んでも、とても心が軽くなるようです。

喜怒哀楽の感情は誰にでもあります。
でも幼いころに、しつけられる中でその感情に○×をつけてしまうことがあります。
例えば
「喜ぶと思ってしてあげたのに、かわいくない子ね。」
「お姉ちゃんなのに、何怒ってすねてるの。いい加減にしなさい。」
「男のくせに泣くな!!」
「せっかく旅行連れてきたのに楽しまないなら、もう帰るよ。」
って感じです。

そのうちに、
「人に何かしてもらうと喜ぶべきだ。」
「お姉ちゃんなんだから、我慢して怒るべきではない。」
「男は泣くべきではない。」
「どこかに遊びに行くと、楽しまなければいけない。」
というように、いつの間にか色んな「べき」ができています。

「全ての苦しみの根源にあるのは、
「きちんとしなければいけない」と思っていることだ。」
という言葉を教えてもらったことがあります。

そして大人になるにつれ、
「大人なんだから」
「子供じゃないんだから」
とその喜怒哀楽を表現することや、感情によっては自分がその感情を生む事を
恥ずかしく感じるようになります。

そしていつの間にか、自分自身に対してもごまかすようになります。

大人だろうが、男だろうが、女だろうが、
嬉しいことは嬉しくて、喜びがあふれるし、
嫌な事や、腹立つことがあれば怒るし、、
悔しいことがあったり、辛い時には哀しいし、
心がうきうき弾むように楽しいと、
自分の心が感じるのは当たり前で、それが人間だと思うんです。

人間に必要だからこそ、喜怒哀楽という感情が与えられているのです。
どれもが、とても大切な感情なのです。
そして、その感情の奥に、本当の自分がいるのです。

もちろん、社交の場や、仕事の場、ご近所との付き合いなどで
対人関係の中で、その感情をあらわにできない事は多々あります。
でも、その感情を自分にはないと無視したり、恰好つけたり、いい人ぶったりして
自分自身をごまかすと、その感情が自分の中で溜まって発酵して大変な事になります。

ある感情にシャッターを下ろしてしまって、何も感じないようにしていると
必ず歪みが出てきて、何かのきっかけに自分の中に混乱をきたします。

そして溜まっていったその感情が発酵して、自分のキャパを超えた時に
原因不明の(自分が無視しているだけ)もやもやの感情や、
理性ではどうしようも抑えられない気分の落ち込みや怒りなどが噴出します。

先日美智子様のテレビを見ていた時に、ピアノがお好きな話の中で
「音楽は自分の内に流している涙や苦しみを、外に出して浄化する事ができます。」
という事を言ってらっしゃいました。

本当の自分を知るためには、理性ではなく、知識でもなく、
まずこの「感情」を無視せず、ごまかさず、意識的にみつめていくことです。
悔しい時は一人で泣けばいいし、嬉しい時は一人踊ってもいいんです。

全ての感情をそのまま受け入れられたら、これほどいいことはありませんが、
大体受け入れられません(苦笑)
自分にはそんなものないと否定したり、昔の浄化されていない感情に、
自分の中で封印しているその時の思い出がくっついていることもあるからです。

でも、思い出す事ができるものは、受け入れることも浄化できることもできます。
「べき」というものは何もないんだと思いながら、その時その時の感情や
昔流せず自分の中にたまった涙なども思い出す度に、外に出して浄化していくことで、
本当でない自分を見つけていけて、本当の自分を知る事につながるのだと思います

読んでいただいてありがとうございます。
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本当の自分を知る話⑦
自分の思い通りに物事がいかなかったり・・・
また、相手に自分を否定されたり、批難されたり、拒否されたり・・・
また、漠然と将来に対して先が見えなくなったり・・・

そんな時、不安になります。

そして、気づけばこの不安が心を占めているなんてことがあります。
これはよく見張る必要があります。

不安に舵を渡さない

心に不安があって、それに負けると、本来と違う方向へ行ってしまいます。

人は、生まれると同時に不安に投げ出されるので、
「不安」は怖いものを強くインプットされてしまいます。
そして、先がわからない状況に対して、「不安」を抱いてしまいます。
けれど、本来は「先がわからない状況」の中には50%の○と×があります。
「先がわからない」という言葉には、全く意味はないのです。

というか、自分の思い癖、言葉、現実、将来・・・
これらすべては自分が○×を気持ちでつけているだけなのです。

もし×(自分がよくないと思う結果)だったとしても、
その人の人生が本当の×とは言い切れません。
そこにどんな意味を見つけて、どんな未来を創っていくか、
それが問題なだけです。

不安とは漠然としたものです。
自分の中で、何を不安に思っているのかを突き詰めていき、
どうなったら困るのか、そうなったらどうして怖いのか見つめると
問題点が浮き彫りになり、判明したら不安と恐怖が消え、
気づくきっかけになったり、何を今すればいいかわかるかもしれません。

「わからない」ことに恐怖を感じるのであれば、
今何がわかっているのかを見つけ、どうしていくか考えることも一つです。

学校の教室で先生に「これ分かる人?」と皆に聞いて、
当たったらわかんないと不安になり、「あーわかんない。当たりませんように~。」と
思って下を向いていると当たったりします。

「そうならないで欲しい」と思うと、そうなることってありますよね。

そこで、あたって答えられず恥をかくのは、その時は×な事ですが、
それを機に勉強して、その科目がわかるようになれば、○な事になります。

また、心配していた不安が、実際に現実になった時に、
取り越し苦労だったり、「あれっ」と意外に大したことがなかったり、
現実になった時は考える間もなく行動する事になったりすることがあります。

不安や心配は、ものすごいエネルギーを消耗します。
人間には創造の力が備わっているので、いくらでも未来を創ることができます。
どうせなら、未来を創るためにエネルギーを使いたいものです。

読んでいただいてありがとうございます。
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本当の自分を知る話⑥
幸せと不幸の現実は、外側の条件が決定するのではなく、
自分の心の内で生み出されるものです。
幸不幸の現実は、自分の心と一つに結びついているもので、
現実は、自分の外側にある切り離されたものではないのです。

全ての結果には、必ず原因があります。
だから、結果を変えたければ、その原因を探り、
その原因を変えればいいということです。

自分に起こる出来事や、目の前の現実も、自分から原因を切り離して捉えます。
職場や家庭、学校の問題や、社会的な問題も、相手を原因として責めてしまいます。
それは、外を責めることで、自分の内が守れると思っているのかもしれません。

でも、その原因を自分以外の人としている限り、自分が関わっている問題でも
相手に変わってもらうまで「結果」は改善しないということになります。

自分の身の回りに起こる全ての問題に対して、その現実を変えたいと思うのなら
自分自身をその「原因」の中心に置き、その「結果」を引き起こしている
自分の中の真の「原因」を突き止め、その「原因」を変える事が必要なのです。

「ポジティブシンキング」という考え方があります。
自分を信じて、積極的に前向きに明るく生きていきましょうという考え方です。

辛い事や悲しい事があっても、否定的、悲観的(ネガティブ)な考えや行動はせず、
嫌な思いを無視して、その現実を見ず、気持ちを切り替えて、
自分の問題に向き合わず、問題解決できないまま、ポジティブに現実逃避する
「ポリアンナ症候群」にかかる人が増えているとも言われます。

問題解決することなく、現実逃避していても、いつかは現実と向き合う時がきます。
過度なポジティブシンキングは、一見明るく楽しそうにしていた人が、
ある日突然仕事に手がつかなくなり、時には鬱病になってしまう危険性もはらんでいます。

ポジティブがいいわけではありません。
ネガティブが悪いわけではありません。
どちらも自分の内の世界にあることを認めることが大切なのです。

また、自分の弱さや思い通りにいかない現実を受け入れて、保守的に無理せず
生きていこうという考え方もありますが、活力が失われ、
せっかくの自分の才能や可能性を閉ざし、自らの限界を創ることにもなります。

隣の芝生は青く見えるように、他人の状況と自分を比べてしまうこともあります。
でも一人ひとりの顔が違うように、それぞれの人生のテーマは違い、
自分に必要だからこその条件であり、その条件下だからこそ、
自分の学ぶべき事が学べ、気づける事もあるのだと思います。

自分の前の現実の中の出来事の全ての原因を自分のものとしてとらえた時、
結果は変化していきます。

自分がその出来事を、どう捉え、何を感じ、何を考え、そしてどのような行動をするか。
これを意識してみて、知っていくことで、自分の心が見えてきます。
いつも周りのせいにしていた事が、自分のいつものパターンと気づくこともあるでしょう。
また自分の心と思っていたものが、願望や理想像に過ぎないこともあるでしょう。
自分の考えと思っていたものが、幼いころに言われ続けた両親の考えの事もあるでしょう。
自分の心を知って、整えることは、とても大切なことだと思います。

それをしていくことで、自分の内の世界が広がり、深くなり
深い闇を抱えるからこそ、より純粋な光を見出せる事もできるでしょう。
不自由を抱えるからこそ、より深い自由を楽しむこともできるでしょう。
不信を抱くからこそ、本当の信を知ることができるのでしょう。

これを思う時に思い出す言葉があります。
NYのリハビリセンターの壁に書かれた言葉
本当に素晴らしい言葉だと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
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