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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
伊勢神宮の話
伊勢神宮についていつも調べては、よく分からなくなるので、
覚書のつもりでこのブログに簡単にまとめておこうと思います。

「伊勢神宮」は日本全国の神社の最高峰であり、日本人の祖先の神様である
「天照大神」が祭られている「内宮」と、農林水産業の守り神とされる
「豊受大御神」が祭られている「外宮」から成り立っています。

内宮に祭られている天照大神は、日本の島をつくった夫婦神
「伊邪那岐・伊邪那美」の子供であり、弟が「素戔嗚尊」です。
その「素戔嗚尊」の子供が「大国主神」で、出雲大社に祭られています。

その頃は、平和な出雲のような国もありましたが、邪神もいて、
それらの国をまとめるために、天照大神の孫である「瓊瓊杵尊」が
「天孫降臨」で、天から地上に「稲穂」と「三種の神器」を天照大神から託され、
降りてきて、稲作を「神の業」として、日本全国に広めます。

「瓊瓊杵尊」が天照大神から託された三種の神器は
「八咫鏡」「天叢雲剣(草薙剣)」「八尺瓊勾玉」でした。

この「三種の神器」を初代天皇である神武天皇が日本全国に稲作を広める旅に
出かけたときに、大和の地にお供えされた・・・これが「日本の建国」とされています。

「三種の神器」は歴代天皇のそばで祭られましたが、第10代の崇神天皇の時、
「鏡」と「剣」は宮中から外にだしてお祭りすることになりました。

第11代の垂仁天皇の娘である倭姫命が、良い宮地を求めて旅をされ、
五十鈴川の上流である、現在の伊勢神宮の内宮の場所にたどりつきます。
日本書紀によれば、その場所を天照大神が望まれた地と言います。

天照大神は、天上界(高天原)で、稲作や養蚕を始めた神様です。
伊勢神宮には、年間1500回以上ものお祭りがありますが、その中心の目的は
「神様に喜んでいただくご馳走をお供えすること」にあります。

その基本のお祭りとして、毎朝毎夕、天照大神にお食事をお供えする
「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうのおおみけさい)」があります。

このお食事をつかさどる神様が、外宮でお祭りされている「豊受大御神」であり、
天照大神が内宮に鎮座された約500年後に呼ばれたとされています。
外宮のご祭神が、御饌都神(みけつかみ=食物の神)の豊受大御神であることから、
外宮のみにある御饌殿(みけどの)があるのです。

禰宜(ねぎ)1名、権禰宜(ごんねぎ)1名、宮掌(くじょう)1名、出仕2名の方々が、
御火鑚具(みひきりぐ)を使って清浄な火(忌火)を鑚(き)り、
神々にお供えする神饌(しんせん)を調理します。

年間を通して行われる祭りの中で最も重要とされ「大祭り」と呼ばれるものが、
10月に行われる「神嘗祭」です。
これも大神が天上の高天原でされていた大御馳走と同じものを
召し上がっていただくためのものです。

神嘗祭でお供えされる食物はすべて自給自足であり、神宮専用の「御料施設」でつくられます。
田んぼの耕作から野菜の栽培、収穫、御酒や御塩の精製など、すべての行為が
「神様と同じ作業をする」という神聖なお祭りの形をとって進められ、一年を通して準備されます。

天皇陛下は、今も皇室のご先祖である天照大神から託された稲穂(稲魂)を、
皇居内の水田で毎年つくられ、神嘗祭のときに伊勢神宮に奉納されています。

全国の神社の最高峰といえど、特別変わった祭事をしているのではなく、
ただひたすらに稲穂を育て、お米や野菜や魚を収穫し、新鮮なお水と御塩と御酒を
生産することに専心する、その恵みを与えてくださった神様に感謝して奉納し、
永年の国民の幸せを祈る・・・太古からの昔からしてきたことを淡々と繰り返ししているのです。

当たり前のことは、本当はものすごく素晴らしいことなのだと気づかされます。
当たり前をくり返すことは、日々、大事がなく、無事(なにもないこと)だということ。
その事は本当に尊くすごいことなのです。感謝する事なのだと思います。

私の父をはじめ、近所の農家の人が、知識がなくとも、真理を見抜く力があるのは、
神と同じ作業をすることで、真理に近づいているからなのかとも思います。

また私はいつも秋になり黄金に輝く稲穂を見ると、思わず感涙してしまい
「神が正にここにいる。私の目の前に神がいる。」と感動するのも、
天照大神のお心がそこにあるのかもしれないと思います。

「無理と無駄がない、それが”自然”ということです。
自然なものだけが循環し、長続きするのです。」


神宮参事の河合真如氏の言葉です。
私も自然に生きて生きたいと思わず願ってしまう言葉です。

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神道の「中今」の思想
今年伊勢神宮では、20年に一度、ヒノキの社殿を新しく立て替え、
神様がお引越しする「式年遷宮」が行われます。

式年遷宮のキーワードは「常若」だそうです。
常に若いということです。

日本の象徴である神宮が20年ごとに再生するということは、
そのたびに日本が生まれ変わっているということと一緒なのかもしれません。
また「輪廻転生」を表しているようにも、感じられます。
肉体を新しくすることによって、魂が続いていく・・・
生まれ変わることによって、永久に生きていくということです。

日本人は昔は皆「神道」だったと聞きます。
神道には経典がありません。
「こうあるべき、こうしなさい」という経典がないのにも関わらず、
伊勢神宮が建てられたのが紀元前4年ですから、
それからずっとその精神が今まで続けられてきたことになります。

神道の根本精神に「中今(なかいま)」という思想があります。

「中今とは、過去・現在・未来にとらわれず、永遠の過去と未来の中間にある今、
当世を最良の世として、今この瞬間を精一杯生きることを指します。
一神教の世界では、神の恵みを受ける、神に助けていただく。
しかし、神道の世界では、神に助けていただく前に、今、生かされているという、
その現実に感謝して、瞬間瞬間をただ精一杯生きるのです。
また、次の日もその繰り返しです。
私は、この精神こそが宗教の原点にあるべきだと思います」

「こうすることによって素晴らしい将来がある、というような考えではなく、
すでに生かされているという現実をしっかりと受け止めて、
一日一日を生き抜いていく、それが神道の精神なのです。」


田中恆清神社本庁総長のお言葉です。

私達のルーツである神道の精神は、日本人である私達の魂の奥底に
きっと深く刻み込まれているのではないかと思います。

昔の祝詞の言葉は、感謝の言葉だけだったとも聞きます。

昨日以前の過去に意識を留めず、明日以降の未来を思いわずらう事なく、
この今を生きて生きたいものです。
ただただ、感謝の心を胸に・・・

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どんな生き方をするかは、自分次第
昨日テレビを見ていたら、キャバクラ嬢として働き、複数の男の人に
総額1億近くに相当する物を貢いでもらったと言う
20代の女性が、男の人に混じって一生懸命に働く女性にむかって
「あなた達も、せっかく女として生まれたのだから、もっと楽に稼げばいい」
というような事を言っていました。

それに対応して、男の人に交じり、佐川急便で働いているという同年代の女性が
「わたしにはできないです。」と答えていました。

そのキャバクラに働く人に対して、コメンテーターや司会者は
不快の色を隠さず、色々な非難や批判の意見を言っていた横で
その女性は、
「あなたは間違っている」
「あなたのようになりたくない」
でもなく、一切相手を否定せず、
ただ「自分はできない」と答えていました。

どんな生き方をするかは、自分自身が決めることです。
その現状が自分が幸せと思っていて、人に貢がせる事にステイタスを持っているのであれば
きっと他人が何を言おうが、彼女にとってそれが「正論」なのだと思います。
また、その人の魂は何かを学ぶために、この経験を必要としているのだろうと、
この「因」が今生で「果」として戻り、良心が芽生え、魂が磨かれればいいなと思いました。

その番組の冒頭で「若い女性がなりたい職業ランキング」でキャバクラ嬢が入っていると
紹介されていたのですが、どこのデータなんだろう?と不思議に思いました。

私自身、昼の仕事だけでは借金返済できず、夜バイトをした事もありますし、
友人で自分で夜飲み屋をしていたり、クラブで№1をしていたホステスの友人もいます。

でも楽して儲かる商売では決してないですし、皆が皆簡単にできる仕事でもないと思います。
実際わたしの知っている人たちは、家庭の事情などで、金銭的な苦労をしている人も多く、
外見の美しさもありますが、実際に人気のある人たちは、根性があったり、
気遣いが細やかだったり、会話が上手だったり、他人の何倍も努力を重ねていました。

以前私が高校に非常勤講師で行っていた時に出逢った10代の生徒さんの中で、
また、その前に専門学校にも行っていたことが少しあったのですが、
キャバクラ嬢になりたいと言っている人に、私は一人も逢った事がありません。

美容系なので、とても派手なメイクやファッションの子もいたので、
見た目で勘違いされて嫌な出来事があったという話も聞いたことがありますが、
その心はとても美しく
「何か自分も人の為に役に立ちたい」
「誰かに喜んでもらえるような自分になりたい」
と言っていて、キャバクラ以外の職種を希望していました。

また、コメンテーターやご意見番と言われる人も、仕事なのでしょうが、
自分の事は棚に上げて、よく自分の理想論や意見を相手に押し付けれるな~と驚きました。

自分がどれほど高潔で正しいかを示す為に、相手を非難したり、責めるといった行為は
結局は自分の弱みの表れのようにうつります。

私は人は自分が苦しんだ分だけ、人に優しくなるものだと思っています。
また、本当に苦しんだ人ほど、明るい人が多いような気がします。


適当なところで苦しみから逃げてきた人ほど、苦しい目に合うほど根性が曲がったり、
自分は正しい!こんな苦労を乗り越えた自分はすごい!と勘違いをして、
他人を傷つけるような言葉を言ったり、自分の意見を押し付ける人が多いと思います。

本当に苦労を重なると、自分の力とはこんなにちっぽけなものだと分かり、
大きな愛に生かされているという事を知ることで、頭がたれ、謙虚な気持ちになり
足る事を知り、与えられたものに対して、感謝する事になると思うのです。

本当に、この世の苦楽すべては、感謝せずにはおれないことばかりです。


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自分に合った「鏡」を選べれる話
人は鏡と言います。
私も何度もブログでこの事は書いてきました。

この世には偶然はなく、自分の魂を磨くために、
その時にふさわしい気づきのために、出来事や人と出会うのだと思います。

「賢者は愚者からも学び、愚者は賢者からも学べない。」と言われます。

物事を見る目がないと、それはただの出来事で過ぎ去っていくのみで
心に何も残さないということなのでしょう。

でも、この鏡になる相手は、私は選ぶ事も可能だと思っています。
家族や仕事場、また友人関係などで、その時に選べない場合もあると思いますが、
好き嫌いや苦手は誰にでもあるものです。
もし、苦手であまりに「不快」を感じる場合などは、その鏡を手放しても
次にまたそのテーマに沿った新たな鏡が出てくるのだと思います。

何かに気づかせようとすると、
例えて言うと、
最初は軽く声をかけてくる
    ↓
大きな声で呼び止められる
    ↓
肩をたたかれる
    ↓
思い切り腕をつかまれる
    ↓
強引にふりむかされる
    ↓
とび蹴りをされる(笑)
という風に、どんどんわかりやすくエスカレートしていく事もあります。

でも、最初に声をかけてくれた人がどうしても苦手であったら、
次の段階の大きな声で呼び止めてくれる人を待ってもいいと思うのです。
その人だったら「不快」ではなく、楽しみながら気づけるかもしれないなら、
それでいいのだと思います。

でも、どうしてもある人との縁が深く、手放そうにも離れない場合は、
きっと自分自身がその人から、ある事を気づき学ぶと、
生まれる前にその人と約束を交わしてるのかもしれません。

そうなった時は覚悟を決めて、しっかりその人の中に見える自分と向き合いましょう。
そうやって気づき見尽くした時、その役目を終了すれば、物事は動くものです。

ただ、自分の周りは「いい人」がいない。
「面白い人」などいないし、皆が皆「嫌な人」ばかりだと思うのであれば、
違う波長同士はあまり近づきませんから、
自分自身の波長がそのレベルにあるのかもしれません。

私はゲームをあまりしないので、詳しい事はよく分かりませんが、
ステージをクリアすると、次のステージにあがれるようなゲームがあると思いますが、
人生もそれと同じで、やはりそのステージにいる時には、そのステージにいる人としか
出会えないのだろうと思うのです。
でも、その中から自分の気に入った鏡を選べばいいのだろうと思います。

今まで仲良かった人と、ちょっと疎遠になったという場合は、
どちらかが、ステージがあがった可能性もあります。

ステージが違うと、いくら話を合わせたところで、波長が違うので、
テレビ局の電波と同じように、送受信がうまくいきませんし、
一緒にいても、波長が違うので、何か違和感のような感じだったり、
何が嫌という訳はないけど、何かあまり楽しめないということもあります。

それは、仕事だったり、外見だったり、年齢だったり、物質的な豊かさとは
また違う次元の事です。

年齢も、私は肉体年齢、精神年齢、魂年齢があると思っています。
もちろん、この世で少しでも早く生まれた先輩に対しては「礼」を尽くす事は大切です。
でも、肉体年齢の割りに幼稚な精神の人もいますし、子供でも本質をついた聡明な事を
言う「魂年齢」が古いのだろうと思う人もいます。

先入観で、物事や、人を見ていると、自分にとってもったいない事も多いのかもしれません。
意外に色んな資格を並べ、講演会などで話している人よりも、
そんな教養がなくとも、子供やお年寄りから私は大切な本質を教えてもらえる事が多いです。

あなたの合った鏡の出来事や人を通して、あなた自身を見つめ、己を知り、
楽しみながら自分らしい人生を創ることが出来ますように゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:

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どれだけ時間をかけたかより、どれだけ思いをのせたか
ある時、皆集まってる時「ずっと何か続けてるものある? 」と一人が質問しました。

その時、その質問をした人は、最近知り合った人が10年以上続けてる習い事があり、
自分には続けているものが何もなく反省したのだそうです。

ある友達は「結婚生活」、
ある友達は「仕事」
私は寝る前のストレッチ位かな~と答えました(笑)

継続は力で、続ける事は素晴らしいですが、変化する事は当たり前だと思います。

同じ事をしていても形が変わったり、次の段階に進んだり、
方向は同じでも手段やツール、道具が変わったり、
右を知る為に左を知る事もあります。

またそれにかけた時間を気にする事も多いですが、
それにどれだけの思いやエネルギーをのせたのかが重要だと思うのです。

型ばかりが立派で、中味が空っぽだったり、スカスカなほどつまらないものはありません。

大真面目に取り組むほど、人から頑張りすぎる姿を笑われたり、
とんでもない失敗を重ねたり、エネルギーをひた向きに真っ直ぐに注ぐと、
それゆえの恥もかくかもしれません。

でも、その中で気付き、得られるものも多く、
できない事ができるようになった喜びを体験したり、
自分の世界が広がる事で色んな自分を知れたり、
その自分の広がりは何にも変えがたいほど面白い事だと思います。

それに対し、なぜするかの原点からはずれ、ただ続ければいいとか、
型ばかりにとらわれ、惰性でしたり、一歩ひいてシニカルな眼で見ていれば、
何の恥もかかずに、型をしている姿を見て、周りにはすごいね~と
言われれるかもしれません。

でも型だけで中味がないのは、それほどつまらない事はありません。

世の中と真正面から向き合わずに生きてしまうと、傷つかないですむ代わりに、
面白みのない空っぽの人生になると思うのです。

一生懸命とは、一生に命を懸けると書きます。
この一生はこの一瞬一瞬がつながり出来ています。

どうせ生きるなら、どうせ命懸けでしか生きられないなら、
面白い人生を面白がりながら生きたいものです。

また、今だからこそ体験できること、今しか経験できない事を、
今できていると意識すると、こんなにありがたい事はないとも思えます。

皆必ず平等に死ぬのです。
だったら死ぬまでの人生、頑張るだけ頑張り、
頑張る自分を楽しもうではありませんか。
悲劇ではなく、喜劇の主人公として・・・

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緑色の話(part2)
少し古い本になりますが、「国家の品格」という本をご存知ですか?

国家の品格 (新潮新書)国家の品格 (新潮新書)
(2005/11)
藤原 正彦

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この本の中で、天才が出る風土として、その条件を3つ紹介しています。

まず第1条件が「美の存在」です。
美の存在しない土地には天才、特に天才は生まれないというのです。

その例として、天才を輩出するイギリスの田園風景の美しさと、
ケンブリッジ大学やオックスフォード大学の緑の芝生をあげています。

また、高卒の大天才ラマヌジャンの育った田舎町のクンバコナムに触れています。
寒村にとてつもなく豪壮な美しい寺院があり、この町の周辺からは、ノーベル賞授賞した、
天才物理学者のチャンドラセカールや、物理学者のラマンという天才が出ているそうです。

第2条件が「跪く(ひざまずく)心」です。
日本の場合は神仏、インドはヒンドゥーの神々、ニュートンはキリスト教に跪き、
イギリス人は伝統に額ずいているというのです。

第3条件が「精神性を尊ぶ風土」です。
役に立たないことをも尊ぶという風土。文学、芸術、宗教など、直接的に
役に立たないものを重んじ、金銭や世俗的なものを低く見る風土。
先ほどのラマヌジャンはカースト制度の最上層に位置する「バラモン」に属していました。
バラモンは精神性を尊び、お金を低くみるので、カーストのトップでも貧しいものが多く、
ラマヌジャンの家もものすごい貧乏だったのだそうです。

そして、日本の「武士道」を書いています。
「日本人は貧しい事を恥ずかしがらない。武士は町民より貧しいのに尊敬されている」
ザビエルと室町末期に日本に来た時のことを書いているのだそうです。

そして、美しい田園保つことは、美しい情緒がその国に存在する証拠であり、
維新の頃に訪れたほぼ全ての欧米人が「こんな美しい国で一生過ごしたい」
「日本の田園は公園である」などと語ったそうです。

これを読んだ時、情緒の育成には自然や田園風景が必要という事は一理あると思いました。
あの天才のレオナルド・ダ・ヴィンチは村の名士だった公証人の父と、
小作農の娘とみられる母の間に生まれた婚外子で、原因は不明らしいですが
正当な教育を受けず、自然とともに暮らしていたと言われています。

幼少期を過ごした故郷ビンチ村は、フィレンツェから西へ約30キロ。
標高600メートル級のモンタルバーノ山のふもとに位置する、豊かな自然に恵まれた
伊中部の丘陵地にあり、オリーブ畑やブドウ畑などに囲まれた200人ほどの小集落です。

また戦国武将で有名な織田信長、徳川家康、豊臣秀吉も、その当時の日本では田舎者ですし、
維新の立役者の人たちも、薩摩藩、長州藩、土佐藩はその当時、決して都会ではありません。
司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」では日露戦争で活躍する秋山好古、秋山真之の兄弟と、
有名な正岡子規を描いていますが、3人の出身の愛媛の松山の自然が描かれています。

やはり森羅万象の自然とともに育った人間には、情緒を育むとともに
真理を見抜く力を備えているような気もするのです。

緑色の説明に入るまでに、すっかり話が横道に反れてしまいましたが、
自然-緑-は私たちにとって、情緒を安定させ、方向性や道に気づかせ、真理に導く
大きな力が宿っているのだと思うのです。

神は目に見える真理を、自然の中に現しているとも思えるのです。

ですから、自然保護は自分達の為でもあるのです。

結局自然の大切さの話になりましたので、また緑色の説明については次回します。

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花粉症対策のアロマの話
私はアレルギー鼻炎で、数年前に副鼻腔炎になった時に調べたら、
花粉やハウスダストやダニなどの反応が強い事が分かった。

微粒子対策のN95のものは、あまりに本格的で仰々しいので、
普通のマスクをして外出しているのだが、鼻がモゾモゾすることがある。

鼻炎の人にオススメなアロマの精油を紹介しようと思う。
今の季節、私は加湿器に入れたり、マスクに垂らして使ったりする事が多い。
私の場合は、辛くなった後でも、すーっと鼻が通り、かなり楽になる。

オススメの精油は、
まずは、
<ティーツリー>
・免疫をアップさせる効能もあり、殺菌、抗ウイルス、殺真菌作用が並外れて優れているので、
 加湿器で焚くと、部屋全体を殺菌消毒している事にもなる。
・また、鼻水、鼻づまり、副鼻腔炎にも役立ち、私の場合は鼻がかなり楽になる。
・イソジンの代わりにうがいに何滴か入れても、殺菌効果はイソジン以上と聞いたこともある。
・カビ(真菌)にも威力を発揮するので、毎日お風呂に入る時に3滴ほど入れていると、
 浴室にカビが生えなくなったという事もあった。
・インフルエンザの予防などにもいいと思う

次に
<ユーカリ>
ユーカリには色々種類があって、例えば
ユーカリ・グロブルス
ユーカリ・ディベス
ユーカリ・ラジアタ
ユーカリ・シトリオドラ(レモンユーカリ)
などがある。
成分は違ってくるが、どれも皆殺菌、消毒作用、抗ウイルス作用がある。
ユーカリ・ラジアタは神経毒性がないので、小さい子供にも安心して使える

私は<ユーカリ・グロブルス>を使っているので、それについて説明する。
・咳、痰、気管支炎、咽頭炎などの呼吸系に、抗ウイルス作用があるので役立つ。
・鼻づまりや蓄膿症などのカタル性のうっ血除去作用もある
ということは、風邪や花粉症の鼻づまりの改善に役立つのだ。
※レモンユーカリはOKだけど、他のものは高血圧の人は注意してね。

次には
<ペパーミント>
呼吸器と消火器のトラブルには、やはりペパーミントはいいよね。
・鼻づまりや流感、気管支炎などには、鼻粘液排出作用や去痰作用があるから役立つ。
・また、胃痙攣や吐き気だったり嘔吐などの時にも楽にさせてくれる。
・頭痛や肩こり、筋肉痛のときも、オイルなどに混ぜて塗ると楽になる。

集中力も出させるけど、副交感神経もリラックスさせてくれるから、
風邪で鼻がしんどい時や、花粉症で鼻炎でなかなか寝付けない時にも、役立つよ。
※妊娠中の人や、月経過多などの人は気をつけてね。
 また目の近くでの使用や、薄めずに皮膚や粘膜につけると刺激になるから要注意。

私のオススメはこの3つかな~。
<<使い方>>
◇マスクに数滴落とす。
◇アロマディフューザーで拡散させる
◇加湿器に数滴たらす
◇お風呂にお湯を張って、最大5~6滴入れる
(敏感肌の人は天然塩か、牛乳やはちみつ小さじ1杯に混ぜていれてね)
◇スプレーをつくる
 水と(あればエタノール)を混ぜ、(水:エタノール=2:3)
 50CCだと約40滴入れる。
 それをよく振って、カーテンやクッションなどのファブリックにスプレーしたり、
 服やマスクなどにスプレーしておいてもいいし、
 ティッシュにスプレーしてデスクやベッドサイドに置いてもいい。

紹介した精油は、そんなに高価なものではないので、10ml、1000円代位から購入できると思う。
100均やあまり安いものはオススメしないが、自分の合う所のものを選べばいいと思う。
ちなみに私は
「京都発・フランス直輸入のアロマ・ハーブ・自然派化粧品専門店-株式会社ミュウセレクション」
で購入している。

興味がある人はお試しあれ。

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全てを飲み込み、許せる人になりたい話
良寛さんの
「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
 死ぬ時節には、死ぬがよく候。
 これはこれ災難をのがれる妙法にて候」

この言葉が私は好きだ。

流れに逆らわず、全て受け止め、全てを包み込み動じない強さがある気がする。

私は災難に合うと、慌てふためいて、おろおろするし、
死ぬ時はまだ経験していないから分からないが、冷静に受け止めれるか
どうかは自信がない(苦笑)

でもこの言葉のように、受け止めれる自分になっていたら、幸せだと思う。

きっとこの世には色々な経験をしに来ている訳で、
その経験が終了していない時はまだ死なないのだろうから、
死ぬ時はきっと経験をし終わった時なのだろうと思う。

災難も、その時は災難と思っても、後から考えるとその災難があったからこそ
その後の展開があり、今に至っていて、今が幸せだったりするから、
その災難を避けていたら、今の幸せがないのなら、
その災難はあって良かったのだと思う。

私はこの世は偶然はないと信じている。
その方が面白いと思うからというのもあるが、
その時の自分に合った、人や出来事などが、全てがタイミングよく
与えられているのだろうと思う。

昔、100万以上のお金を貸したまま返してもらえなかったことがある。
今から思えば、浄化だったのだろうと思う。
その当時、母が本気か、家族に対して構って欲しい表れだったのかは不明だが、
自殺未遂をしていた頃だったので、私自身が結構精神的に参っていて
誰か助けて欲しいと心の奥から思っていたので、その波長が合ったのかもしれない。

一生懸命働いて貯めたお金を、信用していた人に善意で貸していたので、
その人の不誠実な対応に対して、とても腹が立ってしまって、
それが怒りに変わり、どうしても返してもらいたい気持ちが膨らみ、
そして返せないのであれば、罰を与えてやりたいと思うようになっていた(苦笑)

それを考えると考えるほど恨みのような考えも湧き、どんどん自分が苦しくなり、
イライラして、自分で自分を不幸の底に落としていった。

そのことを思って、苦しんで苦しんで、ある日気づいた。
私がその人に罰を与えなくても、因果応報でその人はこの事を原因とした結果が
今後の将来起こるのだと・・・
私が罰を与える必要などないのだと・・

それが分かってからはとても楽になり、もうお金はいいやと思った。
私は私でこの事から学んだ事を、今後生かしていけばいいだけなんだからと思った。
ただ、またお金は働けばいいが、その人とは結局縁が切れてしまった。
今後は、本当に大切な、縁を切りたくない人には、私は絶対お金は貸さない。
大切な親友がどうしても必要であれば、貸すのではなくあげよう(give)と思う。

その時の話を親しい人にはしていたのだが、大きく意見が2つに分かれていた。
一つは「いいじゃん。それでその人が助かったなら、いい事したと思って忘れたら?」
もう一つは「絶対何が何でも返してもらわないとだめよ。私にできる事あれば手伝うよ」
今仲良くしているのは、前者の「もういいじゃん」派の友達だ。

生きるとは、その時その時投げかけられる問いに、どう答えるかなのかもしれない。
それが、自分というものを創っているのだろう。
各人に課す課題を果たす義務を自分が引き受けるしかないのだろうと思う。
きっと、この世には「思い通りにならないこと」を経験しにきたのだと思う。
そうであれば、この世の苦楽の全ては、感謝せずにはおれないのではないか。

やれることだけやる。
そしてなるようにしかならないのだろう。
そしてどんな結果であろうと、引き受けていくのだ。
その経験こそが「宝」であり、死をもってしても奪えない大切なものなのだろう。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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理不尽な人生などない話
人生とは理不尽なものだとずっと私は思っていた。

特に思ったのは、真面目で働き者で、明るく、心優しく、質素で、忍耐強く、良妻賢母で、
一生懸命働き、何も悪い事などしていない母が、病に倒れて晩年苦しんだ事だった。

母はお見合いで父と出会い、結納がすんだ後に一度この縁談の破談のお願いをしている。
そこで破談になっていたら、私はいないわけだが、とても母を気に入っていた祖父が
ごり押しして、縁談をまとめたらしい。

だから母としては望まない結婚をして、その家で祖母にいじめられながら、
大変な農家の仕事を朝から日が暮れるまでして、その後家の仕事をして、
本当に貧しい嫁ぎ先で、あくる日もあくる日も働き尽くめの毎日だった。

私が生まれた後は近所の工場に勤めにも行きだしたので、農業と勤め、
その上に私達の育児と、一切祖母は家事をしなかったので、家事全部。
その後、祖父母が寝たきりや認知症になったら、その介護もプラスされた。

その中でも、全然愚痴や悪口一つ言わず、完璧に近くきれいに仕事や家事をしていた。
一時期父が調子を崩し寝込んでいた時期もあったので、母一人が収入からやりくり、
勤めに家の仕事、家事など、全てを抱えて、6人家族を養っていたような時期もあった。

近所付き合いもしっかりしていて、意地悪な人や色々な人がいて、私が悪口を言っていると
よく注意されたし、どんな人にも笑顔で挨拶をしなさいとしつこく言われていた。

テレビで家族の再会などの番組では号泣している涙もろさはあったが、
実際の生活の中ではどんなに辛い事があっても家族の前では泣かず、笑っていた。

母の趣味はお花作りで、蘭をはじめ色々お花を育ててきれいに咲かせていた。
勤めが定年になったら、色々なお花を育てたり、旅行に行く事を楽しみにしていて、
動物が好きな母は、野良猫の世話もすると張り切っていた。

その定年の1年前に椎間板ヘルニアになり、工場での仕事が原因なのは明らかだったが、
会社側は労災は適応してくれず、それどころか自主退職を促され、母は言うがままにして
定年まで行けばもっともらえるはずの退職金はかなり減額されて、何十年も勤めた会社からの
その対応に相当のショックを受けていた。

そこから、ヘルニアで入退院をくり返すようになり、うつ病になり、難病のALSになった。
今までとは別人のように、一切家事をしなくなり、一日愚痴や人の悪口を言い出した。

なぜ何も悪い事もせず懸命に働き、家族の面倒を見て、愚痴一つ言わず頑張ってきた母が
こんなに晩年苦しまなければいけないのか?
なぜこんなに頑張った母が、晩年を楽しむ位のごほうびを受け取る事ができないのか?
こんな理不尽な事があるか!と私は思っていた。

ある時、あるご夫婦が自分の母親の事を、ご住職に相談されていた話を聞いた。

「母は今までの人生、自分の家族はもちろん、恵まれない人の為に色々と心を尽くし
福祉などの活動を無償でやってきました。
たくさんの人から感謝されて、母は人生で悪い事など一つもしていないのです。
なのに、神はそんな母にひどい仕打ちをされた。
母に病気を与え、苦しみを味合わせて、情けない姿をさらして、
誰かの手を借りずには、一人では生きてもいけない状態にされた。
今、なぜ善意に生き何も罪も犯していない母が、こんな辛い目に
あわなければいけないのでしょうか?この世に神も仏もないのでしょうか?」

その答えは
「お母様は人生の帳尻を合わせているのです。
今までの人生で多くの人に感謝され「ありがとう」と言われてきたのでしょう。
「ありがとう」と言われることは、ある意味気持ちのよい事です。
ですから、晩年自分が他人に「ありがとう」と言う立場になることで、
言われた分「ありがとう」と自分が言う人生を選ばれたのです」
だった。

この話を聞き、私は母の人生が理不尽ではなかった事に気づかせてもらえた。
母は帳尻を合わせたのだと思ったのだ。
前半は、良妻賢母を絵に描いたような「いい人」を演じた人生だった。
けれども、心の中は「いい人」ではない部分が、沼の泥のようにたまり発酵したのだろう。
それが晩年爆発して吐き出した事で、母の一生は帳尻が合って完成されたと分かった。
晩年のあの恨みつらみや愚痴や悪口などの表現も、母にとって「本当の自分」を取り戻すために
必要な事だったのだと・・・
それを持ったままではなくきちんと解消してから、旅立って本当に良かったと思ったのだ。

私もこの母に育てられたわけだから、とても○×が強く、完璧主義の気があり、
常識やしきたりに囚われがちで、意識的にも、きっと無意識にも「いい人」を演じる所がある。
母に、自分の生き様を見せられる事で、色んな事を教わり、色々な自分の握り締めていたものも
物事の見方も変わった。

自分中心で生きて、晩年は自分がしたいからと地区の仕事や近所のお世話を無償でして、
「他人はどう思おうが自分の人生はおもしれー人生じゃった」と言って逝った父が
逝った後自分は求めていなかったのに、多くの人から偲ばれ、感謝されたのに対し、

「自分よりも他人にどう見られるかを一番に考えなさい」とあれだけ自分を抑え我慢した母が、
晩年その我慢が爆発して、恨みつらみと愚痴や悪口を、だれかれ構わずぶちまけまくり、
他人から承認と賞賛を求めたのに得なかったばかりか、兄弟に逝って良かったと言われた、
ある意味この両極端の両親から、私は何が大切なのかを教えてもらえたような気がする。

本当に両親には、自分達の生き様と死に様から尊い教えを残してくれ、心より感謝している。

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己を知る事
最近、部下や自分の会社の社員についての話で、悩みをよく聞く。
先日会った、30代でネイルやアロマなどのサロンを開業している友人の夫の話や、
本業の傍ら、色々な知識や手法の講座をしている友人の結婚を考えている彼の話も
同じような悩みの内容だった。

そんな男性を部下や社員、夫や彼に持つ人達曰く、彼らは
「自分を分かっていない」「勘違いしている」のだそうだ。

自分はできると思っていたり、自分にはすごい才能があると思っていたり、
その内容が分不相応だったり、抽象的なだけで具体的な事が一切ないのだそうだ。
また口ばかりで全然行動が伴なわず、上司や会社、奥さんに甘えまくっていて、
その人たちに対して、親から養ってもらいお小遣いをもらう感覚で接するのだそうだ。
自分の好きな事だけをして、嫌なことは全部して欲しい。
責任を持つ事はしたくないから、言われた事だけをしたい。etc...

もちろん注意を何度もするのだそうだが、自分の事として受け入れないから、
右から左に抜けてしまい、結局自分達が頑張って働いてフォローしてるのだそうだ。

もちろん、仕事でお会いする中で20代、30代の男性でしっかりして
バリバリ働いている人も多いので、これはほんの一部だと思うのだが、
最近続けて同じような悩みを聞いた。

結局は「己を知る」ということに、話はいきつくのだが、なかなか「己を知る」ということは難しい。

「己を知る」にはまず色々な自分を認める事と、この今の現実はまざまざと見つめて
その現実を受け入れることが必要になる。


そこがスタートになるのだが、このスタート地点がなかなか難しかったりする。

このスタートも、今の一瞬一瞬がすべてスタートになるので、
気をつけて自分を観察する必要がある。

自分が○×をつけている×はなかなか受け入れられないし、それを誰かに指摘されても、
相手が勘違いしていると思い、自分にはないと思ってしまう。
以前、ジョハリの窓という心の4つの窓についての話をしたが、
結局、自分には分かっていないが他人に分かっている部分が増えていく。

己を知るということに私は「素直」と「謙虚」が必要なのではないかと思う。

素直の「素」は主の糸と書く。
主の糸と直につながっているという風にもとれる。
素直というのは、自分の心の主(自己の魂=神)と直接つながるという事なのかもしれない。

謙虚についても、
①宇宙の流れや意志に対して、自分の好き嫌いで選ばない
②自分は完成された存在ではなく、まだ向上できる余地があるということ


この2つが必要だと思っている。
何歳であろうが、今どんな状況であろうが、まだ向上途中なのであるという事だ。
だから、まだ完成に近づいていく事ができるという事。

会社等では色々な教育や仕事の指導などは必要になるだろうが、
結局その人がどの意識で生きていくかは、その人自身が決めることであって、
他人が押し付ける事ではないのだと思う。
きっと自己の魂の願いは自分を生きることであり、自分を変える事だけだ。
人を変えることではない。

できることは、その人を鏡として映った自分というものを見つめること。
鏡に映った自分を見尽くした時に変化が起こるのだと思う。
結局、「己を知る」ためにその困ったと思う人にうつる自分を見尽くす事につきるのだろう。

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緑色の話
緑色は、第4チャクラ(ハートチャクラ)とリンクしています。
心臓、肺、気管支などに影響して、この色が足りないと、循環器系、呼吸器系の
トラブルにもつながるといわれています。
また血中ヒスタミン酸を下げるので、アレルギー反応を軽減するとも言われています。

緑の多い森や山などに行くと、副交感神経が刺激され、リラックスして癒されます。
心身が疲れている人にとって、安息をもたらす強いヒーリング・パワーがあります。
緑の野菜が炎症や発熱を鎮める効果があるように、緑は見るだけでも苦痛と緊張を
ときほぐします。軽い頭痛は緑をみるだけで治ることもあるといわれます。

緑は光合成によって酸素を作り出し、人間はその酸素を肺にいれます。
認知行動療法の中でも呼吸法が出てきますし、ヨガでも呼吸をとても大切にします。
大きく深呼吸をするとリラックスできますが、呼吸に緑は結びついています。
胸部のエネルギーステーションと関係していて、ハートと結びついた色です。

緑は自然界の中で多くある色なので「平凡」な色ともいえます。
森で木が並んでいる様子を想像してみてください。
同じくらいの高さで木が並んでいないですか?
「調和」を大切にして「協調性」があります。
皆と仲良く「平和」に暮らしたいという気持ちが強く、でしゃばる事や
トラブルを起こす事を嫌います。

レッドとブルーの間の中間地点、イエローとブルーの間の色であるグリーンは
中性色でもあり、バランス感覚に優れ、広い視野を持つと言われています。
360度見渡せるパノラマ的な視野を持ち、バランス感覚も優れているのです。

ハートとの結びつきが強い緑色は、思いやりがあり、他人の感情を汲み取り
寛容な心で受け止め、誠実に対応して、安らぎを与えます。
また常識的で、自然体でオープンで飾らない人柄な「いい人」なので、
周りの人に、安らぎや安定感をもたらします。

この緑色の人は、人を支配する事なく導き、組織をまとめあげるチームメーカー
としての才能があります。その人その人の才能を見抜き、適材適所に置き、
人と人とをつなげていくことに関わると、天分を活かせるのではないでしょうか?

以前カラーセラピーをしているときに、現在の状況が緑の人の場合、
仕事の人間関係で心を痛めている人が、とても多かったです。
別に自分はその渦中には入っていなくても、派閥があっていがみ合っているとか、
仲の悪いグループ同士が喧嘩していて、仕事場の雰囲気が悪い事に心を痛めていて、
緑には強く「和」を重んじる意味があるのだな~と思いました。

また限られた一生をあくせく働くよりは、ゆったりのんびり過ごしたい人です。

「帰属欲求」が強いので、家族を大切にして、いい家庭を築きます。
また友人や、家族、仕事仲間という集団の中にいる時に、安心してのびのびできます。
ですが、皆が同じがいいので、一人とびぬけたりすると嫉妬します。
英語で[Green-eyed monster]を「嫉妬の目付きで」(やきもち焼き)と言います。

また皆と同じくらいがいいと思いすぎて、保守的で自己主張ができず、自分の感情を
出さずに押さえ込んでしまうところもあります。
また「ノー」といえず、頼みごとを引き受けてしまうところがあります。

自由にしていたい、自然体で生きて生きたいと束縛を嫌う反面、束縛されると萎縮し、
人間関係を良好に築いていきたいと思う余り、自分自身を自分の枠の中で縛ってしまい
その自分の束縛に、自分が苦しむということもあります。

周りに合わせすぎて、疲れてしまうと、無気力、無関心になって、不公平感を持って
しまうところもあります。
また、自分も負けたくないと隣人や友人に対して見栄をはってしまったり、
反対に隣の芝生は青く見え、比較して自分の行動や考えを決めてしまったりします。
でも、あまり冒険を好まず、安定志向な傾向が強いのが緑色です。

また緑色には「変化」「ターニングポイント」というキーワードがあります。
元々あまり好きではないのに、緑色が気になる人は今転機が訪れているのかもしれません。
信号でも「緑」は「進め」なので、その転機に乗ることもいいのかもしれないですし、
もし迷いがある時には「決断しない決断」もあるので、その流れに身をまかせるのも
いいのかもしれません。

今日は緑色の説明はこのあたりにして、次回に続きます。
緑色の補色(反対色)は赤色です。
補い合うこの2色のうちの1色だけが好きでも、必ず潜在的に反対の傾向も自分の中にあります。
両方合わせて見る事で、新たな自分を発見できるかもしれません。

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人生を楽しく生きるヒント2
船井幸雄さんの秘書の相澤智子さんが、船井さんの言葉などを紹介された言葉から
私の心に残ったものを先日ブログに書きましたが、今日はその続きをご紹介します。

6、「いつも笑顔で生きよう」
  人相というものがあります。人相にはその人の人間性や知性、運などが全て
  表れていて、人相を見ただけでその人がどんな人なのか分かるそうです。
  いつも笑っている人は、笑顔が自然となじんでいます。
  見るからに幸福がよってくるような、優しいお顔をしています。
  笑顔は見ている人の心を明るくします。

  船井さんは「人相をよくすることは大事だよ」と、ツキが巡ってくるコツだといいます。
  人相がよくなるコツは
  ①自然に反する生き方をやめること
  ②人の悪口は言わないこと 
  ③差し上げ好きになること

  これを実行すればすぐ人相がよくなるそうです。
  
  心と体は深くつながっています。
  笑顔を心がけていると、心も自然と明るくなり、楽しく過ごすことができます。

7、「こだわらないで生きよう」
  船井さんはいつも自然体で「自然が一番いいなあ」とよく言っているそうです。
  「こうじゃなきゃいけないと思う」という枠がなく、儀式や作法、賞罰にも興味がなく
  「必要以上にこだわらないで生きた方が、楽に生きられる」
  「やった方がよいと思うことは、こだわってやればいいけど、
   やってもやらなくてもいいことはなるべくとらわれないほうがいい」
  と言っているそうです。

  「こうしなきゃいけない」「これが正しい」と型にはまった考え方は、
  それで自分で自分を縛り、追い詰めてしまう人もいます。

 
  こだわるということは、同時に何かにとらわれているということです。
  こだわると心は自由になれません。色々なことが気になり、ストレスになります。
  自由に生きることによってはじめて、人間はよい創造力を発揮でき、
  こだわらないことは、宇宙の理に沿った生き方ともいえるでしょう

  「否定も肯定もできないことは、否定も肯定もしない」という言葉があり、
  決め付けず、ただそのままをまず受け止めてみることが大切なようです。

8、「素直な心で生きよう」
  素直な心は、人を成長させます。素直な心なくして成長はありません。
  心が素直な人は、自分の良心の声を聞くことが出来、人からの助言もきちんと
  受け入れることができるようです。
  人は素直でないと、さまざまなことに気づくことができません。
  結局は自分が損をすることになります


  物事を本当によく分かっている人は「自分にはまだ分からないことがたくさんある」
  ということをよく知っている人で、素直にその事を理解しています。
 
  世の中の天才と呼ばれる人たちに共通しているのは、「謙虚で素直」という事。

  船井さんから「これからの時代はウソや策略ではうまくいかなくなる」という事を
  教わりました。いつも「自分の心に素直に生きていい」という事です。
  素直な心を大切に、日々成長していきたいものです。

9、「愉しく生きよう」
  人は「成長したい、より良くなりたい」と考える生き物です。
  精一杯やった時、良心が納得するまでした時、充実感を感じ自信が生まれます。
  それが積み重なり、自分への信頼が生まれ「誇り」になります。
  そして、自分や周りに貢献できる人間に成長していきます。
  それが人間が生まれた本来の生きる喜びであり、「愉しさ」のようです。

  船井さんの「愉しみながら生きる5つの条件」
  ①良心にしたがって生きる
  ②自分で決めて責任をとる
  ③世の為人の為につくす
  ④いやなこと、迷うことをしない
  ⑤本物を目指す


  正しい生き方をすれば、この世は本当に愉しくて仕方ないはずだ。
  生きるのが愉しくないのであれば、自然の理に反した、間違った生き方をしている。
  と船井さんは言われるそうです。

10、「すべては自分の鏡である」
  「鏡の法則」とは、
  「どんなことも自分が出した思いや行動は、すべて鏡のように自分に返ってくる」
  「私たちの人生の現実は、私達の心の中を映し出した鏡である」

  というものです。

  人に優しくされたいと思うのなら、自分が人に優しくすればいい。
  笑顔の人たちの中で、過ごしたいなら、自分がまず笑顔になればいい。

  この世はシンプルで素晴らしい法則でできています。

  他人を見ていて「明るい所が好き」とか「優しい所が好き」と思う場合、
  自分の中にも明るい部分や、優しいところがあるということです。
  反対に、他人の嫌いな所や嫌と感じるところは自分の中にある自分の嫌いな所です。

  船井さんは
  「人は自分を通してしか何事も分からない。
   自分を深く知ると色んなことが分かってくる。」

  と言っています。自分がどんな人間かを知ることは大切なことです。

  全ては鏡なんだという「鏡の法則」を意識すると、世の中の見え方が違ってきます。
  全てが鏡だということを真に理解できたとき、人はより楽な気持ちで、
  愉しく生きられるような気がします。

11、「包み込もう」
  船井さんは、他の人を否定しないそうです。
  いつも「そうですか」とニコニコ話を聞かれるそうです。
  
  船井さんに「包みこむ」ということはどういうことでしょうか?
  自分と意見が違う人のことも、その人のよい面だけを見て、良いところだけと
  付き合うことですか?」と秘書の相澤さんが聞くと、
  「みんな信じればいいんだよ」とにこにこと答えてくれたそうです。

  船井さんのもとに訪れたお客様が、
  「その道のプロや天才と呼ばれる人は世の中に多いけど、個人で独立している事が
   多いのに、船井さんのように様々な分野の人とのつながりがある人はいない。
   珍しい話や驚く情報も、それが目的でなく、どんなことも包みこめるという
   そのことが貴重で大切な事だから、船井さんに集まってくる。」
  と言われていたそうです。

  どんなものも包み込むと、その中から素晴らしいものが生まれてくる気がします。
  これから大きく変わっていく中で、この包み込みの発想が大切になってくるようです。

以上です。
人それぞれの受け取り方も違うと思います。
私は自分の経験から得たものと同じ考えが多く、とても共感しました。

私はまだまだ成長途上です。
鏡にうつる自分を知り、素直な心で、こだわりを捨て、笑顔で愉しく、
なかなか高いハードルですが、包み込む事のできる人間になれたら
本当に幸せな事だと思います。

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家族の話
兄が引越しをするに当たって、契約の保証人を頼まれたので、会って色々話をした。
今度の引越しの理由は、フェラーリを買うのに、今の家だと屋根なしの駐車場だから、
置いておくのに屋根ありの駐車場のマンションに引っ越すのだと言う。
そして明日からドバイに1週間旅行に行くのだそうだ。

「セレブじゃん!」

昔「おいしい話がある」と兄に誘われ、一緒にして借金をつくったが、
兄の借金の額は私の比ではなく、当時20代で1000万位の借金はあったと思う。
その後、自分で返済し、自分で会社をして、いまや色んな分野の事業をしているらしい。

ちょうど父が亡くなった頃、経理の人にお金をごっそり持ち逃げされた事があった。
それ以降も、仕事で大損したり、色々とあったらしいが、今はお金持ちになったようだ。
両親が亡くなった頃がピークでその後も顔が険しく、心が荒れているようだったが、
今はすっかり顔が柔和になり落ち着いたようで良かった。

変わった人だから、物事の見方も一般と違っているし、常識にも惑わされない。
小さい時に比べられて私は困ったが、中学校までは家で勉強をしているのを見た事がなく、
私が家で勉強をしていると、
「何で家で勉強してんの?学校で教科書読んで先生の話聞いてわかんないの?」
と嫌味も入っているだろうが、本気で聞かれていたから、記憶力もいいのだろう。
数年前、家に行くと行動できない人の心理学の本が置いてあって笑えた事がある。
アグレッシブルにフットワーク軽く、エネルギッシュに動く兄には、行動しない人の
心理がさっぱりわからないのだろう(笑)
そして、何か自分のアンテナにヒットすると、驚くべき調査能力を発揮する。
人間も好きだし、何よりお金儲けが好きで、得意なんだろうと思う。

数年前から東京に行っていることが多かったが、最近は海外での仕事も始めたらしい。
仕事に関しては、チャレンジ精神旺盛で、本当にメンタル的にタフな人だと思う。
私ならとっくに挫けているだろうが、彼のくじけない心はすごい。
バイタリティーが半端ないので、私は一緒にいるとクッタクタになる。

我が家の家系は猫好きだ。
兄は17歳の猫のエジプシャンマウを飼っている。

その猫を飼い出す前に兄が拾った猫がいて、そのエジプシャンマウの猫と気が合わないから、
私に飼ってくれと連れてきたメス猫と、それからずっと私は一緒に住んでいる。
今年18年目で、拾った時もう大人で、きっと1歳と言われたから、18歳か19歳と思う。

我が家に来た時には、ゴールデンレトリバーの犬のオスがいた。
この犬は、知人の会社の駐車場に捨てられていて、保健所に連れて行かれたと聞き、
かわいそうで連れ帰った犬だ。

保健所ではすぐに渡してもらえると思って行ったら、登録証や飼い主の証拠を出せと言われ
そんなものはないので、必死に色々とでっちあげ、最後には「私の犬だから返してくれ」の
一点張りで、ごり押しして手続きをしてもらい、犬がいる檻の前に連れて行ってもらった。

私は犬を飼った事もなく、ゴールデンレトリバーという犬の名前は知っていたが、
その当時40キロの犬を見て、私は私でこんなに大きい犬かとビックリし、
犬は犬で私が殺しにきたと勘違いしたのか、おもらしして、腰を抜かしてしまった。

後ろで「普通飼い主が来たら、喜んで走ってきますけどね~、おかしいですね~」と
さんざん色々言われながら、檻の中に入り、座り込み、犬の背中をなでながら、犬の耳に
「大丈夫。助けにきたから、一緒にここを出よう。一緒に逃げよう。お願い。立って。」
と説得をして、15分位から立とうとするが、足がよろめいて立てないのを、結局30分位
粘り強く待って、家に連れて帰った。

勝手に連れて帰ったので、母は動物大好きだから大喜びだったのだが・・・
父には「捨てて来い」とえらい剣幕で怒鳴られながら、私が面倒みると言って飼い出した。

連れて帰って洗ってみると体中が傷だらけで、獣医に連れて行ったら
「こりゃ、かなりひどい扱いを受けたな~。何か注射されたんかな?異常に注射を怖がるな~。」
と言われ、きっと1歳位だと思うが、かなりいい血統のゴールデンレトリバーだと言われた。

実際に散歩に連れて行っても、1ヶ月ほど怖がって人間の前を歩けなかった。
でも、こんなに犬って頭いいんだというほど、元々のしつけだけで我が家はしてないし、
かわいそうだったから、甘やかしまくっていたが、とても賢い犬で、
あんなに怒っていた父が一番かわいがり、1ヶ月後からは父が散歩に行くようになり、
3畳ほどもある、下はマットが敷かれた、ものすごい立派な犬小屋が納屋の中に登場し、
帰ったらその中に父が寝ていて、その横で父のいびきがうるさくてかなわないという顔をした
犬が父の横に座り込んでいた事もあった(笑)

そんな中、我が家に来た猫は、大きな犬のそばには、怖がって決して近づかなかったが、
その犬をリスペクトしたのか、泣き声がニャーではなく、いつのまにか「ワオーン」になった。

猫は一緒に暮らすようになり、私が返事するまで話しかけたからか、返事をしてくれる。
そして、会話形式にずっと掛け合いが続く。
10歳を過ぎた頃から、完璧に日本語を理解するようになり、返事も
「ワー」「ウー」「アーーー?」「ウオウ」「ワウオウ」etc...など表現豊かになり
私のパートナーが家に遊びに来るようになった頃は、自分に会う為に来ていると勘違いし、
彼にしなだれかかったり、甘えて、私がその時になでると「触るな」と怒り、
彼が帰るとなると、全然見てないのにテレビを見るふりをして怒っていた(笑)
すっかり彼と自分が恋人と思いこんでいたのだ。

あまりに彼へのアプローチがすごいので、一度彼が猫と話し合いをすると言って
「実は僕が会いにきているのは、君じゃなくて、彼女のほうなんだ」
と私に会いにきている事を話すと、それ以来彼に近づかなくなっていた(笑)
最初はわざと知らない人のようにふるまったり、精神的追い込むような事をしていて、
かなり長い間根に持っていたが(苦笑)最近はまた彼の前で猫かぶって、ぶりっ子している。

私にも仕事が忙しくてなかなか家にいない時には、わざと布団や服におしっこしたり、
仕事で遅くなった時は、私を迎えに出てくれた後に、玄関で小さい便をして、
それを取っていると次々に、廊下、キッチン、リビングに便を落としていったこともある。
そして最後に、正に雷を落とすというように、リビングで「ワーワー」怒られるのだ(苦笑)
今でも、ご飯の事やトイレのことで、毎日文句を言われたり怒られたりしている。

最近のペットブームは、供養してもらえないご先祖様が、姿を変えて来ているのだと
聞いたことがある。
実際、次々と我が家に犬や猫が来ていた時は、事情があって何代もわたって
檀家だったお寺さんとのご縁が切れていて、きちんと先祖供養が出来ていない時だった。
両親が亡くなって、またご縁を復活させてもらって、私が元の筋に戻したのだ。

ちょっと気難しく口うるさく、たまに色々と嫌がらせもするが、お話好きなかわいい猫は、
私の面倒をみてやっているという顔で、一緒に暮らしているご先祖様なのかもしれない。
首輪は大嫌いで一度もさせてはもらえなかったが、冬は苦手で寒そうなので
服を買って着せてみたら、ものすごく気に入って着てくれている。
本当にかわいい気の合う私の大切な家族だ。

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人生を楽しく生きるヒント(1)
先日図書館に行き「ブログでこころについて何か紹介できるいい言葉はないかな~?」と
思って見た場所に、返された本が積み上げられた中にこの本があり、気になり借りました。

素晴らしき真言(マントラ)素晴らしき真言(マントラ)
(2011/12)
船井 幸雄

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船井さんの著書は読んだことがなかったのですが、初めて読み、この本の中で、
船井幸雄さんの秘書の相沢智子さんが、船井さんの言葉などを紹介された言葉から
私の心に残ったものをご紹介したいと思います。

1、明るい言葉を使おう
  言葉は「言霊」といって神秘的な力が宿っており、人や現実の事象に影響を与えます。
  この世のすべては「波動の法則」でできており、言葉も波動です。
  波動には
  ・同じものは引き合う
  ・自分の出した波動は、まわりに影響を与えて、自分に返ってくる
  ・優位の波動は劣位の波動をコントロールできる

  そのために、人は使う言葉によって、現実がどんどん変わっていきます。
  明るい言葉を使うことで、人はよりよい人生を自分で創ることができるようです。

2、良心の声に耳をすまそう
  私達は宇宙の一員であり創造主「サムシング・グレート」の分身といえますが、
  良心は創造主から私達へのメッセージで、道を教えてくれているのかもしれません。
  良心に従うと、宇宙の流れに乗って自然とよい方へ導かれていくようです。

  何か決断を迷っているときは、船井さんは
  「あなたは、それをやりたいのですか?やりたくないのですか?」
  と質問され、「本当はあまりしたくない」「迷っている」との答えに
  「では、おやめになったほうがいいですよ」
  とアドバイスされるそうです。
  とてもシンプルです。

  意思決定の判断基準を
  「良心に沿うことをやる」
  「迷わないことをやる」
  「わくわくし、自分がやりたい!と思うことをやる」
  「自分で責任のとれることをやる」
  「自分だけではなく、世の為人の為になることをやる」

  これに沿わない場合はGOサインは出さない方がよいと言っています。

  「自分に合わないことや、迷うことはやらない方がいいんだよ。
  迷うというのは理性と感性が一致していない状態なんだよ。
  理性と感性が一致するように生きるのが一番いい。
  心からやりたいと思うことを、選びなさい」

  理性は頭で考えること。感性は心で感じること。どちらも大切なのです。

  大人になると「やらなければいけないこと」が多くなり、我慢が増え、
  自分の心にふたをすることに慣れると、好きな事を感じる力が麻痺してしまいます。
  心がどう感じているか、自分の心と対話することは、大切なことです。

3、「長所伸展」-自分のよい所を伸ばそう-
  長所伸展とは「短所を是正しようとするよりも、自分の長所に目を向け、
  それを伸ばした方がうまくいく」ということです。
  
  誰にでも、好きなことや得意なことはあります。
  好きなことや、やっていてワクワクすること、楽しいと感じること、夢中になること
  それらの中に、その人の長所が隠れています。
  
  人がこの世に生まれるのは「人間性(魂)を成長させるため」です。
  人はそれぞれに自分の使命や役割を持って生まれてきますが、それが分からない時は
  自分が楽しいと感じるものは何か、ワクワクするか、その心の声を矢印に、
  今自分の目の前にあることを一生懸命やっていれば、自分の使命はわかってきます。


4、直感力を磨こう
  人間の知覚(=認識能力)には次の3つがあるそうです。
  ①インテリジェンス(知識)能力「物事を知り、記憶し、それを引き出す能力」
  ②インテレクト(知恵)能力「思考、想像、応用力。
   訓練し、達人の域に達するとほぼ瞬間的に正しい答えを見つけ出すことができる」
  ③インテュイション(直感)能力「一切の思考を通さず、心が自らの超意識を通して
   なにたを正しく認知する能力」


  まず①を身につけることが大切で、これがないと優れた②はつかめません。
  ②と③の間には、大きなレベルの差があり、この能力を得るためには
  「人間の向上」という違ったレベルの条件が必要になるようです。

  「一歩一歩、着実に」がこの世の生成発展の原理のようです。

  またその道の「超プロ」の人たちに共通することは
  素直で勉強好きなこと
  良心に沿っている事
  常に自分のベストを目指して努力し続けていること


  良心に沿って生きるということは、素直な心で生きるということです。
  素直な心で生きれば、人間は成長し、自分を活かし、周りの人にも喜んでもらえる
  生き方をしていれば、直感力も生まれ、よい方へ道が開けていくのではないでしょうか。

5、「自他同然」の心で生きよう
  自分と自分以外のものを、同じように考えるという意味の言葉です。
  「ギブ&ギブ」の精神で生きるよう心がけると自他同然の心になれるのだそうです。
  人間性を高めるには、与え好きになることだと船井さんは言っています。
  物、情報、笑顔、親切など何でもよく、いま自分にできることで人に喜ばれることを
  やればよいそうです。
  すると、物、お金、人とのご縁、チャンスなどいろんなかたちで自分に福が返ってきます。

  「与えたものは返ってくる」という波動の法則があることが分かります。

  自分と自分以外の人、どちらも大切なのです。
  自分ばかり大事にして、他者を大事にできない人もいますが、他人に奉仕ばかりして
  自分を大事にすることを忘れてしまっているケースもあります。
  自分を大切にすることも忘れてはいけないことでしょう。

  自分とまわりの人を同じように大切にすると、よい循環が生まれ、幸せに
  生きることにつながるのだと思います。

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父からの教え
大河の「八重の桜」を見ていて、会津藩の日新館の藩校に入るまでの
六歳から九歳までの藩士の子供たちに対しての「什の掟」を知った。

一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです

私も幼い頃によく両親に
「だめなものはだめ」
「いけんことはいけんのんじゃ」
と言われて育った。

父が亡くなった時、死期が近づいていた母には父が死んだ事をふせ、お葬儀を終えて、
農業の道具(コンバインや田植え機などなど)をどうすればいいか分からず、
農協の人や、メーカーの人に査定などしてもらいにお願いしたのだが、
全く知識のない私はさっぱり分からず、そんな私を見て、
近所の農家のおじさんが、欲しいという人を見つけてきてくれては交渉して
「香典のつもりで色つけて買ってやれ~」とか
「お世話になった分、そのお返しができるのはここじゃぞ」とか言って処分をしてくれた。

売り払った後で、実は一つ自分も欲しい機具があった事をポロリと言った。

「父の生前から仲良かったおじさんに使ってもらったら、
お父さんも嬉しかっただろうし、形見分けさせてもらえたのに~。
なんでおじさん、言ってくれんかったん?言ってくれたらよかったのに~」
と言うと、自分が欲しいと言うと、私がお金を受け取らないと思ったからだと言われた。

「人が困った時に、それにつけこんで得しようとする人間はくさった人間なんじゃ。
わしゃーそんな人間には絶対になりとうね~。
それにそんな事したら、あんたのお父さんにこりゃ!何しとんじゃ!と
そりゃあえらい剣幕で怒られるわ」
と言っていた。
まぁ不器用で真っ直ぐなおじさんだが、皆からの信頼はすごいものがある。
それがお金では買えない「人徳」というものだろう。

私の幼少期はそんな真っ直ぐな性根の人々の中で育った。
それは口の悪いおじさんもいたし、皆純朴でシンプルなので大きい声で口喧嘩する人もいたり、
悪い事したりしてたら、誰?と思うような知らないおばさんにもこっぴどく怒られた。

あまりに真っ直ぐすぎて融通が利かなかったのか、原因はわからないが、
「子供はこさすな」と父が慌てて血相を変えて出ていき、後で大人の話を盗み聞きすると、
近所のおじさんが焼身自殺してたり、裏の竹やぶで日本刀で切腹自殺した事もあった。

だからこそかもしれないが、辻つじにあるお大師様には、誰か気づいた人がお花を替え、
いつもかかさず、誰かがお供えをしていた。
氏神様もとても大切にしていて、夏祭りや、秋になると順番に家に氏神様を招き、
地区の人達が集まり、お膳を並べ、昼から皆で郷土料理を食べながら、
飲めよ食べよと楽しく過ごす地域行事もあった。

夏の終わりごろ、8月末には、伊勢神楽がまわってきていた。
1件1件の家をまわって、曲に合わせながら獅子舞を踊ってくれるのだ。
主に家とかまどをお払いするということで、私の家は台所まできていた。
大きなお盆を置き、その上に山盛りにお米を盛り、その上に金一封を置いていた。
獅子舞に頭を噛んでもらうと良いと(きっと清めのお祓いになるんだと思う)
頭がよくなるから噛んでもらえと強引に幼い頃させられたが、私は獅子舞がとても怖くて、
笛の音が聞こえてくると、家族に見つからないようによく隠れていた。

その後氏神様の境内で、獅子舞をしてくれたり、はしごを使ったりして芸をしてくれ、
それに合わせて屋台も少し出るので、楽しみでいつも見に行っていた。
今でも、夏の盆踊りとともにいい思い出になっている。

小学校の時、私がいじめにあっている事を察知していたのだと思うが、
お父さんに
「自分を好きになってもらいたかったら、自分から好きになりなさい」
と言われた事がある。

その時初恋で好きな男子がいたのだが、好きになってもらえず
「お父さんはうそつきだ」と思っていたが(笑)
今になると、その言葉の意味がよく分かる。

素朴で裏表のない、人間らしい人に囲まれ育った私は、それにもの足らず都市に出た。
県外の都市に出て悪意のある人達の、上手い口を信じきって傷ついたこともある。
また、同じように自分の私利私欲や自己保身や自分のプライドの為に、人を傷つけた事もある。

小さい時に父に言われた話がある。
大人になっていくと、色んな事を知って、色んな悪さもするかもしれない。
でも性根が腐ってなかったら、お前が困った時に、神様がお前を助けてくださる。
だから、自分の性根が腐らんように気をつけんといけん。

自分だけが得すりゃー、他の人がどんなに不幸になろうがかまわん、とか
自分が辛いときに、幸せなそうな人を見て不幸になりゃあいいと妬んだり
弱いものをいじめたり、人のものを盗んだりするのは卑しい奴じゃ。


そんな事をすると、人を傷つけているつもりでも、本当は自分の性根が腐っていって、
結局自分の心を傷つけることになるんだと教えられた。

そんな父の言葉を無視して、人を羨んだり、妬んだり、損得感情で値踏みしたり、
調子にのって人にえらっそうにしたりと、その教えを守らず生きていた私の性根は腐ったのだろう。
苦しくて辛くて、そのうち体にもその影響が出て、入院をくり返すようになった。
どんなにお金に恵まれても、仕事に恵まれても、彼氏ができても不幸を感じるのだ。
心が不幸なのだ。苦しくて仕方ないのだ。

自信とは「自分を信じる」と書く。
「不信感」とは「他人」ではなく、「自分」を信じれなくなるのかもしれない。
私はきっと「自分」を「信じれない」状態だったのだろう。
「自分」の「神」と離れていっていたのだろう。

その後、父の死に様を見て、私は父の性根のおかげで、驚くほどの人の善意を受けた。
よってたかって、色んな人が私を助けてくれるのだ。
私にたくさんの救いの手が差し伸べられた。
その手の全てが見返りも、賞賛も求めず、ただただ助けたいと慈愛にあふれた手だった。
本当に観音様の手のようだった。
ただただありがたく、頭をたれうれし涙があふれ出るそんな経験だった。
父の「人徳」を知り、父の教えの正しさが身にしみた。

その後、この父の教えを守った生き方に変えると、その時は損したように思ったり
以前より物欲や金銭欲は少なくなったが、困る前にはどこからか舞込んできて、
そんとくの「そん」は「尊」に「とく」は「徳」になり
どんどん健康になり、心が明るく、幸せを感じるようになり、
とても清清しく、心が軽く、何より自分を好きになれるようになった。

きちんと教えてもらっていたのに信じず、遠回りしたが、
私にとってこの遠回りの経験も必要だったのだと思っている。

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黄色の話(part2)
黄色は光のイメージと、以前のブログでも説明しましたが、
自分の心に対して光をあてて見てみましょう」という意味もあります。

心に光をあてるとはどういう意味かというと、自分に意識をむけましょうという事です。
私たちはそれぞれに「無意識のパターン」や「条件づけ」が身についています。

まず、両親の影響です。
両親の性格や生活習慣、考え方は、その人の人格形成に大きな影響を与えているでしょう。

そして、育った環境があります。
都会で育った人と、田舎で育った人では色々な知識や経験も違うでしょう。
また通った学校で出逢った友人の影響や、指導してくれた先生の影響もあります。
知らず知らずに植えつけられている信念や考え方もあるでしょう。

そして時代の影響です。
毎日毎日、テレビやネットで色々な情報が私たちの目や耳に入り込んできます。
そしてスピードも速く雑多な情報に囲まれて、私たちは今生きています。

自分の考えが、本当に自分の考えなのか、他人から植え付けられたものなのかを
意識してみましょう。というのが、光をこころにあてましょうと言う事です。

もし、自分が幼い頃から親や先生から「ダメな子」とダメだしされて育っていたり
「自分はダメな人間で、幸せにはなれるはずない」と思っていたら、
無意識に幸せにならない選択を重ねてしまっている可能性があります。

また両親からの愛を受けずに(受けなかったと自分が思いこみ)育っていたら、
「私は愛されない」と無意識の思考パターンを持っていて、
自分を愛してくれない人ばかりを好きになっているかもしれません。

また世界は自分の心の鏡なので、自分の自己評価が低ければ
自分の周りの環境の人たちからも大切にしてもらえないでしょう。

大体人は、それらのことに意識を向けず、気づくことなくすごしています。
全てをまわりや、人の責任と思っている人もいると思います。
ですが、それらの事は自分自身が引き起こしているのです。
ですから、意識して自分の思考を観察してみるのです。
自分の考えクセや、自動思考、スキーマ(思考パターンの核)に気づくでしょう。
その「気づくこと」が光をあてることになるのでしょう。

自分の心の闇に入っていく事が怖いと思うかもしれませんが、必ず光があります。
その光を見つけることで、闇が光に包まれるのです。

無意識のパターンから自由になっていくこと。
条件づけから解放されると、本来の自分らしさを取り戻すことができ、
「幸せな自分」を体感することができるようになります。

また自分がどのような物差しを持っているかでわかることで、
自分の物事の見方が変わってくることもあります。

幸不幸は外側ではなく、自分の内にあることに気づけるのです。
全ての出来事には○でも×でもなく、自分がその出来事に対して
○や×をつけていることに気づけるからです。
世の中の全ての事に対していいとか悪いとか思っていたことは
全て自分の創りだした幻想だということに気づけるのです。

また黄色は「個」を現しています。
他の人とは違う自分の「個性」ポジティブに自分自身を表現できている時はいいのですが、
それがネガティブに向かったときに「個」が「孤」になり孤独を感じるかもしれません。

また、自分の思い通りに人が動いてくれないと、それに対して怒りをもつかもしれません。

完璧に全ての事ができるわけではないと言う事を知りましょう。
また、他人は自分の思い通りにできないということも知りましょう。

パーフェクトでなければ・・・
ポジティブでなければ・・・
○○であるべき・・・・
という考えで自分を縛ってしまうと、息苦しくなってしまいます。
そんな思い込みを手放して、ありのままの自分にOKを出しましょう。

黄色は「知性」「知識」も現します。
人間が食事をしても、その後消化吸収するのに時間が必要です。
この知識も自分の中に入れ、それを消化吸収させ、自分の智慧に落とし込むには
時間が必要で、タイムラグがあるものです。
焦らなくても大丈夫。それに頭がいっぱいで入らない時には休憩しましょう。

また色々と考えてしまう傾向のある黄色の人は
自我(顕在意識)に振り回されないように気をつけましょう。

色々考えていくうちに、どんどん不安が増幅していき、考えすぎて混乱することもあります。

そういうときは紙に書きましょう。
ある問題があるとすると、その問題点を思いつく限り色々書き出していき、
それの解決方もどんどん書き出していきましょう。
そしてそのメリットとデメリットとを書き出すことによって、問題が整理されます。
そして新しい考え方や、糸口が見えてくるかもしれません。

答えは自分の中にあるのです。
不安に舵を渡すのではなく、整理して自分の中からその答えを見つけましょう。
何が答えか分からないときは「心がわくわくする」「楽しい」と思える方です。
そして、まずそれを考えるだけではなくやってみましょう。

また変化には恐怖や不安がつきものです。
分からない事に対して、一歩進むには勇気が必要かもしれません。
でも明日の事も、この一瞬後のことも誰にも分からないのです。
分からないのが当たり前なのです。
だから自分で創っていける楽しみがあるのです。

新しい扉を開くためには、持っている荷物で両手がふさがっていては開けれません。
それを手放すことは怖いかもしれません。
でも心配せずとも、必ずその空いたスペースには、自分の必要な新たなものが収まります。
新しいものを手に入れたから、古いものを手放すのではないのです。
古いものを手放すから、新しいものが入ってくるのです。

脱皮しない蛇は破滅するように、人間も常に脱皮していき、常に新しくなっていくのです。
だから人間は死ぬまで成長できるのです。新しい生に向かって生きれるのです。
素晴らしいではありませんか。
さぁ心の新陳代謝をあげていきましょう。

黄色の補色(反対色)は紫色です。
またアップしますので、よければご覧ください。

(認知行動療法は自分の心に光をあてる手助けとなるものだと私は思っています。
興味のある方は、このブログの認知行動療法も合わせてご覧ください)

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黄色の話
黄色(イエロー)は色の中で一番明るい色です。
光をイメージしてくださいと言うと、黄色をイメージする人が多いのではないでしょうか?
サンシャインイエローで「喜劇」「希望」や「喜び」「歓楽」の色とも言われます。
明るくユーモアがあり楽しい陽気な幸福の色(ハッピーカラー)なのです。

太陽神経系の色とも言われ、神経のシンボルカラーで、思考、特に言語中枢を
司る神経を刺激する色だとも言われます。
「○○の分野に明るい」という言い方もしますが、その通り理解力や冷静な判断力に優れ、
勤勉で理知的、思慮深く、物事を論理的に考えたり、知識欲や探究心、研究心が旺盛です。
情報を収集し、分析して、吸収していく知性と、回転の早い頭脳の持ち主です。

アメリカでは、学校の壁を薄い黄色にしたら学力アップしたというデータもあります。
子供の勉強部屋や、自分の仕事場でも頭脳を使うような場所であれば、黄色のものを
目につく所に置いても、刺激され神経が活性化されるかもしれません。

左脳と右脳でいうと、黄色は左脳の理論的で理知的な部分を現します。
IQ(Intelligence Quotient)知能指数を現すのも、この黄色です。
先日ips細胞でノーベル賞を受賞された、山中伸弥京都大学教授などは、
この黄色のエネルギーを感じます。
研究に研究を重ね、頭脳明晰で、ウイットにとんだユーモアを交えた会見で
山中教授の飾らない人柄に、親近感とともに好感を持たれた人も多いと思います。

黄色には、鋭い知性に裏打ちされたユーモアのセンスが抜群とか、楽しい、ひらめき、
才能豊か、会話上手、明朗活発などのキーワードもあるのです。

陽気で、ユーモアセンス抜群のお笑い芸人の方々も、この黄色のエネルギーが強い方が
多いような気がします。
知性がないとネタは出来ないでしょうし、会話のキャッチボールをしながら、
即興でおもしろいことを考え、言葉にのせるのは、頭脳の回転の早さが必要になります。

太陽(サンシャインイエロー)は太陽系の中心にあります。
実際に黄色には第3チャクラ(ソーラー・プレクサス・チャクラ)にあり、体の中心になります。
生理的な部分では、胃や腸、腎臓やすい臓、また自律神経とも関連があるといわれます。

「自己中心」「個人主義」「個の確立」というキーワードもあります。
マイペースで束縛を嫌い、ベタベタした人間関係を嫌うが、寂しがり屋でもあります。
ただ、皆に合わそうというよりは「自分らしくいたい」気持ちが強く、
「自分は個性的である」と常に人とは違う自分を意識しています。
神経質でわがまま、自己顕示欲も強く、臆病で優柔不断、人を疑ったり、
恐怖や不安から混乱し、融通が利かない面もあります。

ゴッホの絵にはこの「黄色」がとても印象的に使われています。
伝道師として失敗したゴッホは、伝道師として人々に光を与えることが出来なかった為、
絵によって光を与えようとしたと言います。

絵を描きますが売れず、弟の仕送りで生活し、パリの弟の家に転がりこみますが
アルコールに手を出し喧嘩が絶えなくなり、アルルに引っ越し黄色の家に住みます。

そこで芸術家共同体“南仏派”を築くというアイデアに夢中になり、
十数人に手紙を書き、結局ゴーギャンが来てくれることになります。

この喜びでゴーギャンの部屋を飾る為に「ひまわり」連作12点を製作します。
そして共同生活を始めますが、性格も意見も合わず、トラブルになり、
またゴッホはお酒に逃げ、9週目の夜、ゴーギャンをかみそりで襲うのです。
そして自分の左耳の下部を切り、なじみの娼婦に届ける奇怪な行動をして、
次の朝癲癇の発作で病院に運ばれ、ゴーギャンとの共同生活は終了します。

その頃弟が結婚し、ゴッホは孤独を感じ癲癇の恐怖から、自ら精神病院に入り、
何度も錯乱状態に陥りながら、その発作の合間に『星月夜』『糸杉のある麦畑』
『アイリス』『オリーブ園』』『刈り取りをする人のいる麦畑』など
襲いかかる狂気を鎮めるように、うねるようなタッチの名画が生まれているのです。

正に黄色のエネルギーそのもののような、ゴッホの作品と人柄だと思います。

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江戸時代の話
TBSドラマ「仁」を再放送をしている。
(私の住んでいる地域だけかもしれないが・・・)
私は「仁」のドラマが大好きだ。
あのドラマには色んな「愛」がちりばめられていると思う。
「愛」「思いやり」「誠意」「忍耐」「良心」「武士道」など、
日本人が本来もつ道徳も描かれていると思う。

この「仁」が放送されていた数年前、
番宣の放送で江戸時代の人々の暮らしなどを紹介する番組をしていた。

私は戦国時代が大好きで、司馬遼太郎さんの著書はほとんど読んでいる。
幕末や近代の戦争などより、斉藤道三から徳川家康までの期間がとても好きだ。

アートセラピーで、色々な形を描くその形にまつわる意味を教えてもらっていた時、
私が好んで描く形があり、「刀の形だよね~。昔武士だったんだろうね。」
と言われ、オペで首やおなかに何回かメスも入れているし、戦国時代大好きな事も
そういうことか~と、自分で腑に落ちた覚えがある

私は小学校の時、初めてその名前を知った時から、「斉藤道三」が理由もなく好きだ。
きっと、前世でなにかのご縁があったのかもしれない。

また、池波正太郎さんの「真田太平記」にはまってしまい、有名な真田幸村のお兄さんで、
知名度は低いが、その小説に描かれている温厚で、思慮深く、智謀に長け、忍耐強い
「真田信之」という信濃上田藩の初代藩主、後に信濃松代藩の初代藩主に魅了され、
歴史好きな友人と共に、計画をねり、信濃の国の古城巡りや博物館巡りをした事もあるが
江戸時代には興味がなく知識がなかった。

江戸時代は、士農工商の差別の中で暮らす不自由さ、貧しさ、
未発達の文明の中で、その生まれ落ちた家の家業ををするか
口減らしで寺や奉公に出て行くか、それこそ江戸時代に生きる人たちは
不幸な人が多いのだろうと思っていた。

がしかし、仁の撮影にあたってエキストラの人たちに「笑顔!笑顔!」と何回も指導しているのだ。
江戸時代の人たちは、笑顔だったらしい。

今を生きる私は、今の時代の観念と常識の物差しで
江戸時代の人を計って、不幸に違いないと思っていただけだった。

レジャーも発達していたらしい。
例えば伊勢詣り。
お伊勢詣りに行く人には、その道中食事や宿を無料で提供する人が多く、
計画を立てて行く人もいるが、その道中の集団にふらっとついて行く人もいたらしい。
人間だけではなく、犬もその集団について、道中で食事をさせてもらい、結局伊勢神社まで行き、
お札を首に巻いて帰って来たという話もあるのだそうだ。

「天地明察」の小説の中でも、算術が娯楽として人気だった様子もでている。

また、商売を長男に継いだ後隠居して、趣味で全国を周りすごい地図を作ったおじいさんもいる。
そう伊能忠敬だ。

最近続けて訃報が舞い込んだが、歌舞伎が町人の娯楽になったのもこの江戸時代であったと思う。
この時代の絵画である、俵屋宗達・尾形光琳などの装飾画も素晴らしい。
建仁寺の『風神雷神図屏風』は躍動感があり、すぐにでも動き出しそうだし、
江戸時代の作品ではないが海北友松筆 「雲龍図」は何時間でも見ていたいと思える。
また伊藤若冲も、思わず息をつく、センスのよさに驚く素敵な作品の数々だ。
葛飾北斎などの浮世絵師が活躍したのも、この時代で、文化がとても発展している。

生まれついた家の家業を継ぐのが一般だった事もあるだろうが、
今の受験を一つの目的や物差しにする教育とは違い、
各々が専門分野について学び技術を習得できる環境だったので、
自分に合ったものを選びやすかったようだ。

今、物質的には豊かになり、文明も発達して
便利な生活を送っている私たちは笑顔で生きているだろうか?
幸せを感じているだろうか?
自分にとって何が幸せなのだろうか?

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橙色の話(part2)
私はオレンジが嫌いでした。
自分のスクールを始めた頃、カラーセラピーを習いに来る人の中で
「オレンジ」が好きという人が多く、苦手だな~と思っていました。

今から思うと、自分の中にある「オレンジ」の部分を私が嫌っていて、
その自分の中の「オレンジの自分」が認めてもらいたくて、その人たちを通して
私に訴えていたようにも思えます。

私の話を通して、オレンジの特徴を説明していきたいと思います。

私は最初の就職で、日本でも有数なコンピュータメーカ会社に入社して
その支店では今まで誰もしていない業務を担当する事になり、
他の支店でのプロジェクトチームの一員となり、システム設計をする事になりました。
私は大した事はしていなかったのですが、そのプロジェクトメンバーの能力がすごく、
私が最年少だったこともあり、支店内では自分の実力以上に大きな評価をされました。
実力もないくせに評価され、私はすっかり得意気になったのです。

また、取引先の会社で教育をすることになり、「先生」と呼ばれて、
私より年上の人に教育することで、若かった事もありますが天狗になりました


また、その会社の名刺を渡すと、父親位の年齢の人の態度が変わったり、
親戚からの評価も上がり、両親にも鼻が高いと言われ、肩書きの効力とは
これほどにすごいのかと思いながら、自分自身は全然変わっていないのに、
まるで自分がえらくなったような錯覚をしてしまいました。

そして、その得意気になり、勘違いした私は、兄と「おいしい話」の仕事をして
すっころんで、借金を抱え、あくせくと借金返済生活をすることになります。
そこで、肩書きがすごかっただけで、自分自身は大した事がなかった事に気づきます。

その後、販売の仕事に転職をします。
来期(半年後)のファッションの流行の傾向をいつも意識して、一足早く
流行の服に身を包み、ブランドのバッグを持ち、外見にこだわり、
食べる事が大好きな私は人気のあるレストランや、注目スポットに足を運び
次々と知り合いも増えていき、それを嬉しく思っていました

容姿にコンプレックスのあった私は、食べる分、運動して太らないようにと気遣い
エステやスポーツジムに通い、肌が弱い私は、自分に合う化粧品探しや、
自分をきれいに見せるヘアメイク方法も色々試してみたりしていました。

仕事においても、店長を経て、新店オープンにあたり、本社のコーディネーターと
店舗のレイアウトや商品陳列の指導に行ったり、スタッフ教育をするトレーナーとして
全国を回るようになった時期があったのですが、そこでも、ちやほや、ペコペコされ
自分でもすっかりいい気になって
、えらそうにしていたと思います。

そんな中、過労から病気になり入院しました。
すっぴんでパジャマで寝ている「みっともない」自分を見られたくなくて、
自分からは連絡しなかった事もありますが、私の入院を知りお見舞いにきてくれたのは
ほんの数人の友達だけでした。それも昔からの友人がほとんどでした。
自分では遊んでいるたくさんの友達が来てくれるのではと期待してた分、正直凹みました

自分が寂しくて、人恋しく、知り合いが多い事が自分のステイタスになり、
自分の孤独を紛らわすために、他人と常に群れて、その群れている事で安心し、
他人に評価される事に喜びを感じ、好かれたい、気に入られたいと
自分の本心と離れ、人に合わせる事を選択していた事に気づきました。

その結果、他人に自分の評価を託し、愛されたいとうぬぼれ、
自分を忘れ去って生きようとしていた事にはたと気づいたのです。


また白黒つけたいと性質があります。
物事のある一面をみて、自分にとっていいと思うと受け入れるけれど、
自分にとってよくないと思うとすぐに切り捨ててしまう
のです。

宇宙の意志や流れに対していくら×をつけて捨てようが、自分に必要な事は、
何度も何度も形を変え自分の所に、それもパワーアップして戻ってきました。
あきらめて向き合い、気づいたことがあります。

すべての体験の中には、光があります。
体験の中に、光を見出さないと完結しないのです。
闇の中には光があります。闇の中に押し入っていけば光があるのです。
全ての中には光があると分かれば、怖いものはないのです。


また、喜怒哀楽の感情にも「○」「×」をつけてしまいます。
「うれしい」「楽しい」=「○」
「哀しい」「腹が立つ」=「×」


でも私たちの感情に「○」も「×」もないのです
自分がそう意味づけしているだけで、ジャッジして罪悪感を持っているのです。
自分に色んな感情があることを認めましょう。

それにふたをしてはいけません。
それこそが、自分自身の核ともなる自己(潜在意識)からのメッセージの場合もあります。
自分の考えクセを教えてくれる、大きなヒントになります。

またためこんでもいけません。
悲しいときは泣けばいいのです。
苦しいときは叫べばいいのです。
腹が立ったら怒ればいいのです。
はきだすことによって、救われていくのが人間なのです。


誰かに向かってするのではなく、自分ひとりでもこれらの事はできます。
一人の時に声を出して泣きじゃくってもいいのです。
思い切りクッションを殴ってもいいでしょう。
「もーーーーちくしょーーーー」と布団を被って言えばいいのです。

そしてちょっとスッキリしたら、自分を知るために、自分の成長のために、
その色んな感情を「道具」として使えばいいのです。

私の例を読んで、オレンジの傾向を知っていただけたら幸いです。
また、オレンジについては、おいおい追加の説明をしていこうと思います。

補色は「青」になります。また説明をアップしようと思いますので、
合わせてみていただくと、おもしろいと思います。

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橙色の話
橙色の第2チャクラ(スプレーン・チャクラ)はお臍の下のあたりにあり、
腸、大腸、小腸、脾臓、胆嚢やと関連があり、肝臓の色とも言われます。
肝臓は胃や腸などの消化器官から吸収された栄養素の代謝や貯蔵、解毒する器官ですが、
オレンジは自分に必要なものは取り入れ、必要ないものは捨てるというように
吸収に関係があると言われています。

摂食中枢の活動を高め、食欲増進するという生理的な影響を利用して、
全国に展開する外食チェーンでは、看板や内装などにオレンジ色をよく使っています。
(赤色+黄色=オレンジなので、赤色と黄色の2色使いも多いです)

その他に、甲状腺の活性化、母乳生成の活性化の色、成長ホルモンを促す色とも
言われ、オレンジ色の果実の色素「βクリプトキサンチン」「オーラプチン」には
発ガン抑制効果もあると言われています。

また食事にも、オレンジの色の光の方がおいしそうにも見え、食欲が増すため
食事をする為にレストランなどに行くと、蛍光灯などの青白い光のものよりも
温かみのあるオレンジ系の白熱電球のような照明を使っているお店を多く見かけます。

自宅のキッチンの照明も、オレンジ系にした方が美味しそうに見えます。
反対にダイエットをしたい人は、蛍光灯のような青白い照明の下で、
補色(反対色)のブルーの食器やランチョンマット、お箸やコップなどを使うと
食欲が減退して効果があるかもしれません。

このようにオレンジ色は食と大きく関わる色になります。

また、オレンジ色にはエネルギッシュな活動の他に、創造性や野心を刺激します。
また自分自身や他人、動物や植物などを保護する気持ちを育てるということで、
実際に植物にオレンジ色の光を当てると生長を促進するとも言われています。

アメリカの囚人服はオレンジ色のつなぎですが、逃走した時に目立つからという理由以外に
「色彩研究の結果、採用されたオレンジ色はストレスを軽減し、推理力を刺激して
自尊心を高める効果がある」という理由から、トカンチンス州政府は採用しています。

オレンジの人は明るく楽しく、社交的で遊び心があり、華やかな世界を好み、
自分の外見への美意識も高く、ブランドや、ゴージャスなものを身にまとうなど、
美しく着飾る事が好きで、また得意な人が多いです。

モデルさんや、ファッション関係、メイクやエステやヘアアーティストの人などは、
あーオレンジの人って感じがするな~とよく思います。
私の美容師や服飾関係やメイク関係の友達も、明るく遊び好きで、
いつもスタイリッシュで、きれいな人が多く、華やかだな~といつも思います。

また、名声や地位を手に入れたいという欲求がモチベーションになりやすい人です。
自己顕示欲も強く、人から注目されたい欲求も強く、「私は評価されている」
という状態に充足感を覚え、ちやほやされると喜びます。

誰もが、他人からどう思われているか気になりますし、自分への評価は気になります。
ただ、大体間違った評価をされ、自分が望むように評価はなかなかしてくれません。
地位の社長や先生とよばれ、外見や持ち物を誉められ快感や安心を覚えていたら、
本当は嫌われていて、ショックを受けることもあります。

このオレンジにはショックアブゾーバーと言う意味もあります。
これはオレンジがショックを吸収してくれるという事で、何かショックを受けた時
人間が無意識に求めてしまう色だとも言われています。

オレンジが行き過ぎてしまうと、外見の美の為に摂食障害にまでなってしまったり、
また誉めてもらえないと自信喪失してしまったり、
それがトラウマとなって恐怖心を抱いてしまったり、
人の意見に影響されてしまって混乱してしまうという落とし穴があります。

人間誰もが今までの人生の中で「寂しい」と思った事はあるのではないでしょうか?
「寂しい」事を知らない人はいないと思います。
その「寂しさ」に対してとる行動は人それぞれだと思いますが、オレンジの場合は
できるだけ多くの友人を欲しがり、知り合っただけで友人と認め、
いつも誰か仲間と一緒にいたいと思う傾向があります。

自分をもっと相手にしてほしいから、友人を求める。
漠然とした安心を求めて誰かに頼る。
そう、誰かに「依存」したくなってしまうのです。

でもそのような、インスタントな友人をいくらたくさん広く持ったとしても
その寂しさ-孤独の傷-は癒されず、もっと孤独になります。
それはごまかしにすぎないからです。

なぜ、孤独なのかというと、自分自身を愛することがうまくいってないからです。
自分を本当に愛するためには、まず自分の力だけを使って何かに取り組まなければ
なりません。
「自立」
自分の足で踏ん張って、自分一人できちんと立って、自分の人生を歩いていくのです。
そこには苦痛があります。しかし、それは心の筋肉を鍛える苦痛なのです。

オレンジにはこの「依存」と「自立」の問題が大きく横たわっています。

今日はこの位で、また次回に続きます。

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色を見る目の話(盲点)
人間の目には視野の欠けた場所、盲点があります。

下の図を見てください。
左目を閉じて(手で隠してもOK)
右目で+印を見ながら、スクリーンに近づいていくと、
ある所で右の●が消えるところがあります。
大体スクリーンから30センチ位離れたところだと思います。
その場所より近づくとまた見えます。


このように私たちは、世界の一部が文字通り見えていないのです。
そしてその実際には目で見えていない世界を、きっとこんな感じと
つなぎ合わせて、脳が補っているのです。

これは目だけではなく、私たちの心もしている事だと思います。

きっと見えていないものを、自分の解釈できっとこうだろうと思っていたり、
それを確実にそうだと思い込み、思い出の大切な引き出しにしまってる場合もあります。
この解釈に自分というものが大きく入り込み、その自分特有の解釈や判断基準で
きっとこうだろうと考えたものを真実として、自分の中に収めてしまったりします。

今の自分の目の前の世界も、盲点のおかげで、すっかり見落としていることがあるかもしれません。
そこに答えがあったり、そこに自分の問題点があったり、
今こそそこに目を向けるべきものがあるのに、見えていなかったりするかもしれません。

知っておきましょう。
私たちの見ている世界に盲点があるということを・・・
その盲点に自分の勝手な解釈や価値判断を差し込んでいることを・・・

でも神様はなぜ盲点を作ったのだろう。

身の回りの起きていることや、世間で起きている色々な事柄をその目で見ようと、
そのつど首を突っ込んでいると、自分が空っぽで空虚になるということかもしれない。

盲点の中の自分の解釈や価値判断を、見つめるほしいのかもしれない。

また、もしかしたら盲点のおかげで明るく元気にいられる事もあるのかもしれない。

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赤色の話(part2)
赤色のキーワードには「現実的」「本能」「物理的欲望」があります。
私たちが生きていくには、衣食住が基本的な問題として一生ついてきます。
物質面を満たすことはもちろん大切です。
衣食住において不安の満たされた環境があって、初めて私たちは安心することができます。

でも忘れてはいけないのは、物質面だけではなく精神面も両方がそれぞれ大切なのです。
その現実的な生活の中で、もっと私たちは成長していくことができるということです。

生まれ来る国によって、私たちの生活は全く違うでしょう。
今この瞬間も、飢え死にしていく子供達がいるという現実の世界で、私たちは生きています。

世界で餓えに苦しむ人々は10億人以上に達し、一日に4万人が餓死で亡くなっています。
子供の死者は年間6000万人。
1日あたり1万7000人が死亡しており、5秒に1人の割合で餓死しているとも言われています。

また、政治的な迫害や、武力紛争や人権侵害などを逃れ国境を越えて他国に庇護を求めた
難民と呼ばれる人は、2010年末時点で、世界中には4370万人いると言われています。

その世界の中で、日本という物質的にとても恵まれた国に生まれたということは、
感謝するべき事と思えますし、精神的に成長し魂を磨こうと決めてきたようにも思えます。

私たちの毎日は、自分をより成長させるためのチャレンジであり、レッスンなのです。
このチャレンジを応援してくれ、情熱を与えてくれるのが赤のエネルギーです。

疲れて、無気力になったり、何もしたくないと思うこともあるでしょう。
ただ、今生きているということは、自分がこの地球という星を選び、日本に生まれたいと願い
求めたものを与えられて、この世に生まれ出てきたのです。
生きているうちに、色んな悩みや葛藤、苦しみも味わうでしょう。
でも今、生きるという事を選択してここにいるのです。
ほかの誰でもない、自分の為に思い切り生きてみようと赤のエネルギーは支えてくれます。

英語では今をプレゼント(=present)と言います。
私たちは毎瞬毎瞬、素晴らしいプレゼントを与えてもらっているのです。

赤のエネルギーがマイナスに向かうとイライラ怒りっぽくなってしまいます。
そんな時はちょっと深呼吸して、意識して客観的に自分を見つめましょう。
その赤のエネルギーに振り回されないように、距離をとって自分を見つめるのです。

忙しいのにそんな事できるか!と思う人もいるかもしれませんが、
そんな時だからこそ、数分でもいいのです。
余裕を取り戻すためにゆっくりした時間を、自分に与えましょう。

また、あれも欲しい、これも欲しいと、持ってない物を手に入れたいと思いますが、
それが手に入らないと、欲求不満が芽生えてしまいます。
また、これだ!と目標を見つけると突っ走って、結果を急いてしまい、
自分の思い通りにいかないと、怒りが生まれてくるかもしれません。

その執着や欲望から距離を置き、まず「今」のありのままを受け入れてみましょう。
これはある本に載っていた禅の師の言葉で
「手放すというのは、手に持っている球を捨て去ったり握り締めたりすることではない。
球をただそのまま手の上に乗せておくということだ」というものがありました。

手放さなければいけないとか、執着を手放さそう。と思うと苦しくなります。
思わずもったいない気持ちになり握り締めてしまったり、
無理に捨て去ると、その後に悔いが残るかもしれません。
自分に必要であれば残ります。必要でなければ落ちていくでしょう。

キャンドルの火を無心に見つめるように、ただありのままの今を見つめましょう。
その中で、やはり手に入れたいものや、欲しい状況があるのを見つけたら、
それを手に入れるために行動を始めましょう。
それを手に入れるプロセスの中で、必要な経験をするかもしれません。
もしかしたら、その経験をするためで、欲しいと思っていた「もの」や「状況」
それ自体は必要ないと気づくかもしれません。
人生には、その結果よりもそれに至るプロセスの中に、その体験そのものに
自分に必要な事や気づくべき事、そして幸せそのものが隠れていたりするものです。

誰かライバルと競争していく事もあるかもしれません。
負けたくないと闘争心を燃え上がらせ、努力を重ねていく事で
自分でも想像できなかったほどの能力や才能に気づく事もあるでしょう。
内側に潜在していた力を表に引き出せる可能性があるかもしれません。

才能は英語でギフト(=gift)とも言います。
私たちはそれぞれに色々な贈り物を天から与えられているのです。

実際に考えるばかりではなく、行動してみましょう。
現実世界の中で、自分の能力や才能を生かして生きましょう。
ほかの誰でもない、自分の人生にエネルギーを注ぎましょう。


赤を見ると私は、
「この忍土と思えるこの現実世界で、色々な波動の人と出会い、
色々な体験をする為に私は来たのだ。よし、がんばろう!」
という気持ちになります。

皆一人ひとりが、ダイヤモンドの原石だと思います。
真綿にくるんで、大切においていても輝きません。
ダイヤモンドはダイヤモンドで磨くことによって輝きます。
他人というダイヤモンドで磨いてもらうことによって、
いや、磨きあう事で、輝くことができるのでしょう。

赤の反対色、補色は緑(青緑)です。
また、緑の色の説明もアップしますので、
そちらも参考にしていただけたら嬉しいです。

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心理補色の話
白い紙を用意して、左側に赤のマジックで直径5センチほどの●を書き、
2~3分視点をずらさず、ずっとその●を見つめてください。
その後、右側の真っ白な紙の部分を見てください。

そうすると、ある色が同じ大きさでぼんやりと見えます。
その色とは青緑です。
これを心理補色と言います。

医療系のドラマを見ていると、いつもは白衣を着ているお医者さんが
手術のシーンの場面では、青緑の手術着を着ています。
これは、ずっと赤の血を見ていると、白のシーツだとこの心理補色がチラつくので
最初から、その心理補色の青緑のシーツや衣服を身に着けるのです。

これは色の刺激が網膜に刻みつけられ、その色の刺激に網膜が順応した結果、
もとの色と反転した残像が見えている現象です。
が、私たちは目で見ていますが、実際に色を識別しているのは視覚野という
脳の後頭部の部分です。

この心理補色を最初知った時、私はすごーいと感動しました。
偏らないようバランスをとろうと、私たちの脳がその反対の色を見せるんですよ。
人間には偏らないように、バランスをとろうとする能力がある証拠です。

夫婦や親子でも、全く性格が違っていて「合うのかな?」とか
「親子なのに何で正反対の性質なんだろう?」って思ったことありませんか?

人間は片面だけではなく、ある面があるとその反対の面の両面を持っていると思うのです。
これは私が勝手に思うだけで、本当のことかどうかは分かりませんが、
その人の表面に出ている部分と、正反対の潜在的な部分があって、
その潜在的な部分と惹かれあって結婚したり、
遺伝で親が持っている潜在的な部分が、子供には表面的に出ている事があると思うのです。

例えば、
「リーダータイプの、イケイケゴーゴーの行動派で、ごり押しでもやり遂げ
ちょっと怒りっぽいが、一本気で、真っ直ぐで人情派の豪快な人」
の奥さんが
「自分は目立たず、協調性があり、皆に合わせ、いつもナチュラルな自然体で、
優しく、皆仲良くできるよう心遣いをしている人」
だとします。

表面に出ている部分だけを見ると、全く違うのによく合うな~と思いますが、
お互いに潜在的な所を補い合っているように思えるのです。
お互いに相手の表面的な部分を潜在的に持っていて、根底の部分は一緒なので合うのです。

親子でも真面目なお父さんなのに、息子は不真面目で遊び人という場合がありますが、
これもお互いに潜在的に持っている部分があり、その一面づつが表面に出ているのだと思います。
夫婦や親子は霊線が強いので、その影響もあるとは思うのですが・・・

赤色の補色は青緑です。
赤が好きという人には、緑や青の性質も潜在的に持っているということです。
また、おいおい、各色の説明はしていこうと思いますので、自分の好きな色と
その補色の色をチェックすると、色んな自分を発見できるかもしれません。

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赤色の話
赤という色を聞いて、あなたはどんなイメージをしますか?
どんな単語を思い浮かべますか?

火・情熱・エネルギー・熱い・本能・生命力・興奮・活力・革命etc...

赤はベースチャクラの色であり、私たちの目に見える光の一番波長の長い色です。
ベースチャクラということは、人間の基本となるエネルギーや本能、生命力を現し、
天と地の間で一番地に近いので、地に足がついている、現実的な色でもあります。

また長波長の色なので、熱さやエネルギーなどの温かさも現します。
目に見えない赤外線や遠赤外線が、体を温めてくれるように、
赤色の服も他の色の衣服よりも私たちの体を温めてくれます。

赤を見るとアドレナリンが出て、血流にのって全身に運ばれ、
血圧上昇し、血流が速くなり、呼吸が速くなり、自律神経系の機能が高まります。

よく勝負服とかに赤は使われますが、モチベーションが上がり、
アドレナリンが出る事で、エネルギッシュになり、やる気がでるのです。

また私たちの血も赤ですし、生まれたばかりの幼子を赤ちゃんと呼びます。
私たちの基本のエネルギーでもあり、血液、血流、体力、活力などに影響します。
還暦のお祝いに赤のチャンチャンコを贈るのは、中国の易学では60年で暦が一回りするので、
61歳は1歳で赤ちゃんのような新陳代謝を取り戻そうという意味があるのです。

赤が好きな人は、とてもエネルギッシュで、人情に厚い行動派の人が多いのではないでしょうか?
幼い頃には暖色系(赤、ピンク、黄)などは女の子色と定義されがちですが、
赤のエネルギーは男性的なパワーを現します。
友人の家の幼稚園に行っている男の子が、赤の服ばかり着たがって困ると言ってましたが、
それこそナチュラルな現象だと思います。

外へと向かうエネルギーで、サバイバルでの生き残りを現す色であり
火のように燃え上がり突進していく力強さや情熱、戦いに勝利するための力や勇気を現し
生きていく為の物質欲や金銭欲、自分の血を次の世代につなごうとする性的エネルギー、
自分の仲間や家族を守ろうとする指導力や人情の厚さなどを現します。

革命のキーワードを持つ社会主義国の国旗でよく使われています。
日本の日の丸は赤で、日本では太陽を赤と現すことが多いですが、
海外では太陽を現す色は黄(イエロー)といわれている国が多いのです。
赤は夜明けの日の出の太陽の色であり、太陽神の天照大御神をお祀りする日本は
国名の「日本」(日ノ本)というところからも太陽(日の出)を意識しており、
「日が昇る」という現象を大切にしているのでしょう。

やる気が出ない、一歩踏み出せない人は、赤を味方につけると後押ししてくれるかもしれません。
聞いた話や、想像した話より、やはり自分が実際に体験した事というのは大きいものです。
「やったこと」でしか人は成長できないのかもしれません。
一歩出てみる事で、風景が変わって見える事もあります。
新しく気づくことも多いのです。

私たちのエネルギーをかけたものだけが、結実して実を結んでいきます。
自分がエネルギーを使ったとおりに人生は動くのです。
お金も、意識も、時間も、体も、何にどれだけ使うか?
エネルギーの使い方が「人生」だともいえるのです。

主語を自分にして、自分の人生を他の力に預けてしまわないように、
エネルギーを100%自分に取り戻していく事は大切です。
エネルギーの配分を見直す必要は誰にでもあります。
それも一度ではなく、その都度その都度確認し、
人生の舵をきちんと自分がとれているかを見直しましょう。

同じエネルギーをかけるなら、自分の好きな事、やりたい事をやっていく方が
楽しいですし、自分のやりたい事をやっている時は大変でも納得して受け入れます。

どうしたら自分が困らないのかを考えた時、
自分のエネルギーを自分の為に使ったことになります。
「自分がエネルギーをかけるものは自分で選ぶ」と決め、
「自分を幸せにすること」に情熱とエネルギーをかけましょう。

自分の本当の気持ちと裏腹な事をしていると「犠牲者」になってしまいます。
どんな状況でも選択しているのは自分自身なのに、
「ほかの誰か」「ほかの何か」に責任を押し付けてしまいます。

自分を喜ばす事に罪悪感を持つ人もいるかもしれませんが、
例えば皆一人ひとりがコーヒーカップだとして、底が皆とつながっているとします。
自分が我慢して他人のコーピーカップに注いでいても、自分が空になり足りなくなると
見えない底の部分から自分が奪い取っているのです。
どんどん自分のコーヒーカップを満たしていく事で、その底から皆へ満たしていっているのです。

他人ではなく「今の自分」にエネルギーをかけていきましょう。

今日はこれ位で、また次回、赤色の話の続きをします。

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色の話(光編)
色は光の一部で、私たちの目に見える光の部分です。
英語で人間の事をHumanと言いますが、Hue=色 man=人が語源と言います。
実際に私たちは電磁波を発しており、その電磁波の波長によって、
人それぞれに色んな色でオーラは彩られています。
という事は、私たちも光の一部ということになるのかもしれません。

実際に光は私たちに大きな影響を与えます。
太陽の日射量や日射時間は、人間の性格や性質にも影響を与えます。
赤道直下の国と北欧などの日照時間の少ない国では気性や性格が違います。

北極圏を越えると丸一日太陽が昇らず、この時期多くのアラスカ人は
SAD(Seasonal Affective Disorder)季節性情動障害になる人が多いと言われます。
最近では日本でも発症されるらしく、「冬季うつ病」とも言われ、ある季節にのみ、
体のだるさや疲れやすさ、気分の落ち込み、不安、神経症、気力喪失、過剰睡眠、
うつ病に似た症状が出るものです。

その原因は分かっていませんが、体内時計をつかさどるメラトニンが、
日照時間が短くなることで体内時計が狂ってしまう。
光の刺激が減ることで神経伝達物質の セロトニンが減り、脳の活動が低下してしまう。
という説があるそうです。

その治療方法は、明るい色彩と光の照射を毎日2~6時間する事で
改善されるケースも多いと聞きます。

また世界規模でなくても、日本の小さな地理の上であっても、沖縄の人と
東北の人は性格や生活のリズムなどの傾向が違っていますし、
もっと近くても、山陰と山陽の地区に住む人の性格の傾向も違うように思います。

それほどに光によって私たちは大きな影響を受けているのです。

天照大御神様は太陽神ですが、一度伊勢神宮に御参りに行かせていただいた時
その日は雪も散っていて雲が空を覆っていたのですが、鎮座されますその神宮には
シャンパンゴールドの光の筒がたっていて、やはりすごい神様なんだなと思いました。
昨年天皇皇后両陛下の長女・黒田清子さんが「臨時祭主」になられましたが、
私たち日本国民にとって、本当に尊い神様だと思います。

また元伊勢籠神社という神社があるのですが、この神社の気も私は大好きです。

最近では太陽フレア(太陽面爆発)の影響を私たちは受けています。
活発な太陽の活動による光の強さによる影響です。

(Wikipediaより抜粋、太陽フレアとは
多数の波長域の電磁波の増加によって観測される。
特に大きな太陽フレアは白色光でも観測されることがあり、白色光フレアと呼ぶ。
太陽の活動が活発なときに太陽黒点の付近で発生する事が多い。
フレアが発生すると、多くのX線、ガンマ線、高エネルギー荷電粒子が発生する。
またフレアに伴い、太陽コロナ中の物質が惑星間空間に放出される
(コロナル・マス・エジェクション (CME))ことが多い。
高エネルギー荷電粒子が地球に到達すると、デリンジャー現象、
磁気嵐、オーロラ発生の要因となる。
また地球磁気圏外では、フレア時のX線、ガンマ線による被曝により、
人の致死量を超えることもある。
太陽嵐が起こると、8分程度で電磁波が到達して電波障害が生じ、数時間で放射線が到達。数日後にはコロナからの質量放出が地球に届き、誘導電流が送電線に混入し、電力系統がおかしくなる。
ただ単に停電するのではなく、電機・電子系統に瞬断やEMP(電磁パルス)被害が出る。)
のだそうです。

でも目に見えない影響も出ていて、それこそ光が強くなり、今までは闇に隠されていたものが
光を浴びて浮き彫りになってきているような気がします。
最近の報道の、体罰問題や、女子柔道の告発や、芸能人のペニオク騒動などにしても
今までは表に出にくく隠せていたものが、光を浴びて表に出てきているような気がします。

人間の心へ対してもそうなのではないかと思います。
光を浴びて、今まで闇に隠れていたものが浮き彫りになってきています。
今まで自分を見つめ、迷いながらも良心に沿って生きてきた人はいいと思いますが、
良心を殺し、私利私欲の為に他人を苦しめてきた人や、
自分を「~ねばならない」という枠に閉じ込めてきた人は、
一時的に膿だしのような苦しさを味わうかもしれません。

でもその膿だしをしっかりした後は、絶対に楽になるので、
一時期は苦しくても浄化をした方がいいと思います。

この世でその膿だしができる事はとても幸せな事なのだと思うのです。
浄化した後はすっきりと自分の世界が広がり、
光に満ち溢れた心で生きていけるのだと思います。

あなたの心の闇に光があたり浄化され、光あふれる人生になりますように
。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜

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動く時と止まる時
変化を恐れる人がいる。
皆慣れ親しんだ場所にいる事は居心地がいいし、
新たな世界に踏み出す時は恐怖に打ち勝つ勇気が必要な場合もあるのかもしれない。

ただ、この世の法則には
変わっていくという事だけが変わらない事実がある

今日、昔販売の仕事をしていた時知り合った、仲良い友達から電話があった。
百貨店の婦人服売り場で、17年間ブランドの店長として勤めている友達だ。

一昨年結婚して、だんなさんから仕事を辞めて家にいて欲しいと言われ、
ブランドがスクラップされるのを機に、一時は辞める方向にいきかけたが、
続けたいと、その後もブランドを変わりながらも、仕事を頑張っていたが、
結局来週で辞める事になったそうだ。

やはり、流れというものはあるんだな~と思った。
何度もそれに逆らったところで、結局は運命の流れでそこに向かうという所があると思った。

だんなさんは家にいて欲しいと思っていたので、喜んでいるらしいが
自分自身戸惑っていると言っていた。

すごくその気持ちはよく分かる。
私も「働かざるもの食うべからず」という教えの元、ずっと働いてきた人間だ。
高校の時からお小遣いは自分でバイトして稼いでいたし、
若かりし日には失敗して借金を作ってしまったが、それを返済する為に毎日働いたし、
その後も一人暮らしが長かった事もあり、ずっと働いてきた。
もうやめたが、自分で場所を借りてサロンとスクールをしていて、その為の準備期間の時は
お金を貯める為に二つ掛け持ちで仕事をしつつ、非常勤講師として民間スクールで講師もしていた。
本当に働き尽くめの人生を20年ほどしてきたのだ。

今もカラーやアロマの仕事で依頼されたら、企業のイベントなどに行かせてもらったり、
契約して毎月行かせてもらっているカラーのお仕事もあったり、
一般には募集していないが、紹介や依頼があったら、各資格取得講座をしたり、
自分で作ったオリジナルのカラーセラピーを使って、カウンセリングなどもしている。

が、その仕事の日数は少なく、毎日ゆったりと過ごしている。

最初はそのゆったり過ごしている自分に、強い罪悪感を持っていた。
働かずに、自分だけこんなにゆっくりしていていいのだろうか?と常に思っていた。
そんな時にパートナーが
「理由がいるのであれば、僕の為に家にいてくれ。僕の為にゆったりとしていてくれ。」
と言ってくれて、とても気持ちは楽になったものの、最初はなかなか慣れなかった。

父親に「親なんだから、ちょっとは甘えろ。」と生前言われていたが、
甘える事が私は苦手で、なかなかできない。
だから、パートナーにもなかなか甘えれず、申し訳ないという気持ちの方が強かった。
働かない、お金を稼がない、役に立っていない自分を責めていたのだと思う。

でも、父親は亡くなる前に話をしていた時、
「いい家にはいい嫁がいる。いい母がいる。」
と近所で一度も働きに行かず、ずっと専業主婦をしているおばさんの話をしだした。
その家は、おじさんが弟さんの連帯保証人になっていて、持っていた土地を
借金のかたにほとんど売却してしまい、その後も随分お金の苦労をされた家だ。
男の子を生んで亡くなってしまった奥さんの後妻で来たのが、そのおばさんだった。

お父さん曰く
「今まで苦労が多かったけど、あの家は右肩あがりにどんどん良くなっていっている。
子供も独立して、きちんとした職につき、家も建て、孫も出来、家族皆の仲もいい。
あんなにお金に困っていた家とは思えないほど、経済的にも今は潤っている。
その要は、あのおばさんだ。
明るく、何があっても動じず、清い心のしっかりした嫁が家にどっしりいてくれると
子供もええように育つし、皆が仲良くその家はええように伸びる。」
のだそうだ。

それから、パートナーの彼も毎日私が家にいるようになって、夜寝る前に
「今日も一日ありがとう。」
と言うようになった。
仕事の途中でも、時間が空いた時に電話をしてきて話をするのだが、
それがとても彼にとっていいのだそうだ。

自分でも、忙しく働いていた時間より、この無駄と思うゆったりした時間の方が
振り返ってみると、とても意味のあるものだったり、有意義な時間だと思うようになり、
何もしない私、できない私、働いていない私、役に立ってない私を許せるようになり、
存在しているだけの私を許可できるようになった。

携帯電話でも、使う時と充電する時がある。
人間も、自分を表現するために、外にエネルギーを発する時と、
自分自身と向き合い、それこそ充電する内に向かう時がある。

動いて色んな出来事を体験している方が、進んでいると感じることも多いが、
色んな情報や知識を自分の中で消化吸収し、智慧にするまでには内へ向かう必要がある。
もしかしたら、その時間の方が進んでいることがあるのかもしれない。

立ち止まっている時は、周りに取り残されたような気持ちになったり、
全然進んでいないような不安な気持ちになることもあるだろう。

でもその立ち止まる時間は必要なのだ。
その時間こそが必要なのかもしれない。

昔の小学校の国語の教科書で、桜の草木染めの話で、冬に桜の落ち葉や幹で染めると
とてもきれいなピンク色に染まる。
春に私たちの目に見える桜の花は少しの期間だが、その随分前の冬から
枯れ木のように見える桜の木の中の見えない世界で、もうその準備が進んでいるのだ。
というような内容の文章があった。

段取り八分という言葉もあるが、一見無駄と思うことがとても重要であったり、
立ち止まって動いていないようでも、その間に自分の中で練ってできあがったものが
その後花開く事もあるのかもしれない。

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私が思う運気アップと夢を叶える方法
昨日テレビを見ていると、有吉さんに進路相談を元アイドルの人などがしていた。
その中で一人の人に対して
「客観的に自分を見た上で欠点を受け入れ、目の前の与えられた仕事を精一杯する。
そこから始まる。先の事ばかり考えず、今それをやる。」
また、
「その与えられた仕事が不満なようだが、自分ならありがたいと思う。
また、他の芸能界の人の中でも、その仕事をありがたいと思う人は多い。」
と言っていた。

これは秘儀だと思う。
「自分を見つめ、自分に分相応の夢を持ち、
今与えられたものに感謝して、その与えられた環境の中で精一杯努力し、
与えられた出来事からのメッセージに気づき、他人を責めるのではなく、
その他人という鏡に写った自分を見尽くしていく。」

これが自分の運を上げていくものでもあり、願いを叶えていく最短の方法なのだと思う。

成功を収めた後、どん底まで落ち、その後這い上がってきて、
今やテレビで見ない日はない有吉さんの言葉は、本当に素晴らしいと思った。

以前起こった私の体験を紹介しようと思う。

両親が亡くなって、実家を出て一人暮らしを始めた。
自分でも物件を探していたのだが、色んな縁からつながり、両親の事で親身になっていただき、
色々お世話になった方が大家のアパートに住むように言われ、そこで新生活を始めることにした。
その方はとても頼りになるのだが、芸能人で言うとアッコさんのような怖さのある人だ。

そこは古くて、立地条件も悪く、トラックが通る度に揺れるようなアパートで、
私の下の階の部屋の人は神経質な夜8時に寝る人で、物音がうるさいと苦情を言われ、
その物件と立地にしては家賃は割高で、私は他の所に引っ越したかった。

その大家である知り合いの方に、恐る恐る引っ越したいと理由をつけて何度も言ってみたが、
下の階の神経質な人が引っ越す事になったり、私が体調悪くなった時にお世話になったりして、
「どれだけ両親やあなたの世話したと思ってるの。一人では困る事多いからここに住みなさい」と
引っ越す事を一刀両断で却下されて、母が亡くなった時に、私をこれから母と思いなさいと、
いつも気遣ってくれ、実際にお世話になっていたので、それ以上何も言えず従っていた。

古くて嫌だな~。引っ越したいな~!と不満を抱えながら、時は過ぎていった・・・

ある時、自分を何様と思っていたんだろう?
不満ばっかり思ってたけど、ここに住ませてもらえるだけで私は幸せではないか。
悪い所ばかり探していたけど、日当たりが良い部屋もあるし、快適じゃないか。

と、ここに住んでいこうと決め、部屋の大掃除を始めた。
その部屋を愛おしく思い、ピカピカに磨き上げて、住ませてもらえている感謝をした。

すると、何年かぶりに知人から連絡があり、その知人が始めたというマンションの一室の
サロンにお邪魔する事になり、行くとデザイナーズマンションで素敵なところだった。
そのマンションの話を聞くと、家賃も場所と広さの割には安く、ちょうど手続きの関係で
不動産屋さんから連絡があり書類を渡すついでに、空き部屋もあると言う事で
「見るだけ見に行ってみない?」と誘われ、見に行く事になった。

知人のマンションの部屋は私には高くて無理だったのだが、同じオーナーの少し古い
近くで人気の立地のマンションに、空きがあるというので見に行くと、
その知人のサロンとは間取りが違うが、角部屋で一目ぼれした格安の部屋があった。

それまでのアパートの2倍は広くて、明るい日当たりのいいきれいなマンションで、
知人のサロンとほぼ同じ面積だが家賃は安く、それまでより少し高くなるが予算内だった。
敷金も必要ないと言われ、最初にかかる経費も少なく、本当にこんな話があるのか?と
疑う位の出来事が起こったのだ。

ちょうど大家さんに家賃を持っていく日が近かったので、行った際に引越したいと言ってみた。
すると、いつもはすぐに却下されるのに、その時は理由も聞かずすぐにOKされたのだ。
「元気で頑張りなさい。何か困ったら言いなさい。」と笑顔で言われ、トントン拍子に引越した。
私はもちろんだが、その大家さんを知っている友人や知人など、皆その出来事に驚いた。

今もそのマンションに住んでいるが、遊びに来た人に家賃を聞かれ答えると、とても驚かれる。
それ位安い上にきれいで、便利な土地にあり、広くて住み心地がいいのだ。

自分がその環境に感謝し、不満を捨て、その時に出来ることを精一杯すると、現実が動いたのだ。

友達でも不妊治療を何百万もお金をかけ、夫婦で一生懸命やっている時には授からなかったのに、
子供がいない人生でもいいじゃないか!と犬を飼い始め、毎日の生活を楽しみだしたら、
子宝に恵まれ、今2人の男の子と犬一匹の世話で大忙しなの~と幸せいっぱいの友達がいる。

他の友達でも、婚活、婚活と色々なパーティやお見合いを重ねていたが、一向に縁がなく、
もう疲れた!結婚、結婚って世間や親に流されてたけど、結婚しなくても私は幸せだと気づいた。
今仕事もあって、友達もいて、両親も健康で、これだけで十分私は幸せ。と仕事を頑張りだしたら、
すぐにその後、仕事で知り合った人と1年以内に結婚して、今も幸せに暮らしている。

「○○なりたい」と思っている時は、潜在意識が「なってない」「ならない」と思っていて、
現実にずっと「○○なりたい」と思うような、不足の現実を創りだしているのかもしれない。

足りていると感謝したら、本当に足りている現実を呼び込み、感謝できるのかもしれない。


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占いの話
お笑い芸人の女性の方で、占い師の方のマインドコントロールを受け、
一時期はその報道ばかりされ、今も芸能活動をお休みされている方がいます。

占いをどういう風にとらえるかは、人それぞれだと思います。

毎日朝の番組を見ていると、各番組が色んな方法で占った「今日の運勢」を教えてくれます。

カレンダーや手帳を買うと、大安や仏滅といった六曜が書かれたものもあり、
普段の生活でも、冠婚葬祭でも、人によるかもしれませんが、多くの人がその六曜を重視します。

そして年明けと共に、本屋には六星占術、四柱推命、九星気学などの占いの本が並びます。
陰陽道がルーツとされているものの定かではないようですが、日本には厄年という概念があり、
今年が厄年という事で、厄除けをしてもらう人も多いのではないかと思います。

また子宝を授かり出産して名前をつける時には、姓名判断を見て決める人も多いと思います。

「巨星現る」と現実に巨星のような大物が生まれる時は、星空にも巨星が現れるとも言います。

このように、私たちの人生において、占いは至る所にあり、影響を与えていると思います。

ただ、その占いを自分がどう扱うかは人によって違うのだと思います。
自分の人生においての羅針盤のように使う人もいれば、
自分のバイオリズムを知る一つの道具として使う人もいれば、
自分の傾向や特性を知るきっかけに使う人、
そして報道のお笑い芸人の方のように、自分で考える事をやめ、
自分の人生を全て占いに預け、結果占いに振り回され、
自分の心の中の神を殺してしまうような使い方をする方もいます。

占いとは違う信仰の話になりますが、キリスト教の布教における奇跡の数々は未だに
語り継がれていますが、キリストの故郷ではその奇跡が少なかったと言います。

もちろんキリストの力は素晴らしいものがあったのでしょうが、そのキリストの力を
信じるその人の心の力が、その人に大して大きな効力を発揮したのではないでしょうか?
ですから、幼い頃のキリストを知っていて、心のどこかで信じることに疑いがある人には
その効力が少なかったのだと思います。

また信仰も占いも、自分の心の神とを結ぶものであり、その心の神が歩んで生きたい道の
道しるべになるものであるのではないかと私は思っています。
ですから、自分の心の神を信じず、占いや信仰に振り回されるのは本末転倒なのだと思います。

一時期、私の知人が数秘学に魅了され、習いに行ったり独学で色々調べていた事があります。
実際に講習会を開催したりもしていて、私も見てもらったりしました。
笑えるほどに、自分の性格の傾向や過去のバイオリズムが、その数秘学に沿っていた事を覚えています。

その後私も何冊が本を買い、高校の非常勤講師に行っていた時に、色彩検定が終了した後、
お楽しみ授業としてカラーセラピーとこの数秘学をしたことがあります。
あまりの皆の食いつきに驚き、この位の勢いで「色彩検定の勉強もしてくれたらいいのに(苦笑)」
と思った事があります。

私がわかりやすかった本は
数秘術マスター・キット―あなたの魂に刻まれた運命を読み解く数秘術マスター・キット―あなたの魂に刻まれた運命を読み解く
(2005/05)
キャロル アドリエンヌ

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計算するのが面倒な人は
カバラ数秘学
誕生数秘学
などは自分の生年月日を入力すると、計算して結果を教えてくれます。

また、星占いでたまに見るサイトがあります。
石井ゆかりさんの<筋トレ>
この石井ゆかりさんの感性とその文章がとても好きです。

興味ある方はご活用ください。

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色のお話(色の効果と印象)
色には様々な効果や印象があります。

オバマ大統領はのネクタイで選挙戦に臨み、見事大統領になりました。
赤には、人に対して自信と情熱のイメージを与えます。

タイガーウッズはが「ラッキー・カラー」という母親からの勧めで
トーナメントの最終日に赤を着るのが有名ですが、赤は闘争心がアップされ
血流、心拍数が増加するので身体能力アップにもつながります。
性的アップにもつながるので、噂のあった女性関係もうなずけます。

飲食店の看板はオレンジが多いです。
大手のセブンイレブンでもオレンジが使われているが、
オレンジは活動性を高め、食欲中枢を刺激する色の色彩的効果を上手く使っています。

古田選手は色の効果を応用して、石井投手のコントロールをよくするために、
茶色のミットを青色に変え、ストライクゾーンへ球を誘導させるために
肩と膝パッドにはアイキャッチの色の黄色を使用して練習した結果、
97年度のヤクルト日本一への原動力になったという説があります。

現在、卓球台の色と球の色が、になっているのもこの効果です。

実際多くの投手にの的にボールを投げさせたところ、
青色に命中する確立は赤色の的より3倍も高いというデータもあるくらいです。

その他にも色の効果を表すものとして、

ロンドンにある自殺の名所のブラックライアー橋は、黒色の橋がに塗装されると、
自殺者が34%減った。

高血圧の人が青色のプールで泳ぐと、血圧が一時的に降下する。

赤色の靴下を履いていると就寝時足が温かくなる。

アイオワ大学のフットボールチームのコーチが、相手チームの控え室はピンク色に、
自分のチームの控え室は青色に塗っている時、地元でのゲームに負けたことがなかった。

カリフォルニア刑務所はピンク色の「鎮静房」を設けている。
乱暴で荒々しい受刑者が過度に攻撃的になった時30分過ごす。10分もすると静まる。

アメリカの小学校で壁を黄色系の淡い壁紙に変更したら、学力があがった。

などがあります。

色の効果や印象について代表的なものを説明します。

まず、色の対比効果
同じ色でも背景の色によって違う色に見えます。
まずは白と黒の背景の肌は、白の背景の肌は暗く見え、黒の背景の肌は白く見えます。
黄色の背景の肌は赤みが強く見え、ピンクの背景の肌の色は青みがかって見えます。

次に色の視覚的な印象
暖色系(赤・橙・黄など)の色のものは近くに見え、
寒色系(青・青緑・青紫)の色は遠く見えます。
実際に近くに見える色を進退色、遠くに見える色を後退色といいます。
明るい色は膨張色といって、実際より大きく広がって見える。
暗い色は収縮色といって小さく見えます。

色の触覚的な印象
温暖感は暖色系の色(赤・橙・黄)は暖かく感じ、寒色系の色(青・青緑・青紫)は寒く感じます。
暖かさも寒さも感じない色を中性色という(緑や黄緑、紫など)
明るい色や淡い薄い色は柔らかく感じ、暗い濃い色は硬く感じます。
明るいトーン(いわゆるパステルカラー)は軽く感じ、暗い色は重く感じます。

世界中の人が好む色は青です。
男性は系が好きで、女性は紫、赤、赤紫(ピンクやマゼンタなど)が好まれます。

色の身体的効果の例
の部屋・・脈拍・血圧・心拍数・体温上昇(交感神経が優勢)運動する前
の部屋・・        〃      下降(副交感神経が優勢)寝室などに使うと効果あり
ドイツでこの効果を利用したサウナがあります
ちなみに勉強するには黄色の部屋が有効といわれています。

生活の中に、たくさんの色が散りばめられています。
色を上手に使う事で、生活豊かに楽しむ事もできます。
あなたの生活のインテリアや、洋服などに取り入れてみたら、
今までと違った効果が生まれるかもしれません。

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あなたの握り締めている価値観って???
スキーマという言葉があります。
これは自分の核ともいえる価値観のことです。

意識に上る事が少ないので、自分ではなかなか気づけないこともありますが、
自分の思考を観察していくことで、そのスキーマを見つけることができます。

例えば、
仕事でうっかりミスをした 
⇒ そんな事もきちんと出来ず私はダメな人間だ

友人に「忙しそうだから、今度のランチの段取り私がしとくね」と言われた
⇒ 私がグズグズしているから、友達にあきれられたのだ

きれいに掃除したつもりが、ごみ箱にまだゴミが残ったままだった
⇒ きちんと私は何もできない

これらから、すべてを完璧にこなさなくてはいけないという
完璧主義のスキーマが存在することが分かります。

これは幼少期から培われたものが多いのですが、子供のときは自分を守る上で重要ですが、
大人になった今は臨機応変さや柔軟さを失い、自分を苦しめる原因にもなります。

スキーマには自己・世界・将来の3つのスキーマがあります。
ゆがんだスキーマの例をあげると

自己についてのスキーマ
●何でも完璧にこなさなくてはいけない
●全ての人から愛さなければならない
●社会的成功をしなければ、幸せになれない etc...

世界についてのスキーマ
●自分以外の人は皆優秀だ
●人間は冷たく非難する生き物だ
●世の中は全て理不尽だ etc...

将来についてのスキーマ
●自分は結婚できず、一生独身だ
●いい仕事に自分がつくことはできない
●自分の将来はお先真っ暗だ etc...



誰でも価値観を持っています。
自己評価をしている物差しがあり、その物差しで自分の価値を図っているのです。
その価値観に歪みがあったり、行き過ぎると、自分で自分を苦しめることになるのです。


スキーマ(自分の核となる価値観)の価値基準の例を紹介すると

完全主義・・・全て完璧にこなしたい
「うまくできないなら、はじめからやる意味がない」

業績依存・・・高い業績をあげたい
「価値ある人間になるためには、人より優れた結果を出さなければならない」

愛情依存・・・幸せになるために愛されたい
「人からの愛情なしに幸せになるはずがない」

承認欲求・・・他人からの承認が欲しい
「自分の価値は人が自分をどう評価するかで決まる」

報酬欲求・・・自分の行動や努力に対して十分な見返りが欲しい
「努力した人間が、高い見返りを手にするのは当然だ」

コントロール欲求・・・他人や環境が自分の思い通りになってほしい
「自分の思い通りになってほしい。自分の手に負えないことはあってはいけない」etc...

皆さんはどうですか?
私の中にも「」の中までの気持ちではないとしても、依存も欲求も全部あります(笑)
きっと誰の心にも、ちょっとはあることだと思います。



でも私は今病気にはなっていません。
なぜか?

完全主義
完璧でいようとすると自分を責め、落ち込み、リラックスできなくなる。
他人にも完璧さを求め、できない相手に怒り、苦しんでしまう。
完璧を目指して頑張って努力するけど、全て完璧な人なんていない。
間違ったり、失敗することもある。その時に色々気づくこともできる。


業績依存
業績依存だと、高い業績の間はいいけど、病気や失業、定年などで
働けなくなると、自分は無価値で、死にたいと思うこともある。
ずっと高い業績のままでいることなんて不可能だと思っている。
盛者必衰の理も現すように、変化は起こって当然のこと。


愛情依存
愛情なしには幸せになれない、愛されないと幸せにはなれないと、
低い自己評価を埋めるために愛情に依存していると、自分を苦しめる原因になる。
愛する人とよい関係を持つ事はとても幸せな事だが、愛される事によって幸せにもなれるが
愛する事によって幸せになれるとも思っている。


承認欲求
賞賛されるのは気分がいいが、他者からの承認に依存していると、批判や反対、拒絶に
あった時に、絶望的な自己嫌悪に陥る。
本当の自分を知っているのは自分だけ。相手は相手の色眼鏡を通して自分を見ているだけ。
あなたはあなた。私は私。自分で自分を承認できるようになると、生きるのが楽になる。


報酬欲求
自分の行動や努力に常に見返りを求め、自分の思い通りの見返りが返ってこないと
不平等感による怒りや抑うつ感に陥る。
損得勘定でする事は誰にでもある。でも自分の思い通りなんか、なかなかならない。
でもその損と思った事が後でよかったと思ったり、浄化につながっている事もある。


コントロール欲求
他人や環境が自分の思い通りになるように望んでいると、ならなかったら
苛立ったり、自分のせいのように思い、無力感や自責の念にかられる。
色々自分が言っても、あんまり他人は聞いてくれない。自分は大したことない。
思い通りになってほしいけど、思い通りになんか全然ならない(笑)
だからこそ、人生はおもしろいんだと思っている。予想不可能だからおもしろい。


と思っているからです。

誰でもがきっと持っている価値観のような気もしますが、
その物差しを握り締めて厳しく自分を測ると、誰もがしんどくなるんだと思います。

自分の物差しが大切で、結果それにふりまわされてしまうのです。
自分がどんな物差しを持っているか、探してみてください。
見つかったら、その物差しを一度点検してみてください。
その物差しで、自分をどのように計っているかも見てみる事で、
自分を苦しめているものが見つかるかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
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あなたとの出会いにありがとうございます。



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