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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
白色が好きな人と嫌いな人
<白色が好きな人>

明るくて素直で正直な人です。

精神的な徳のようなものが、この世で大切なものと考えています。

ずるいこと、悪賢い事が大嫌いで、不正を憎む気持ちが強い人です。
神仏や尊敬できる人物によって心の平和を得て、清く正しく生きたいと思っています。

命令には従った方がいい、決まりは守るべきだと基本的には思っていますが、
表面的にはおだやかで、普通の人に見えます。

人の優しさや正直さにふれると弱い人です。

<白色が嫌いな人>

何か、どうしても人に言えないような秘密をかかえて、それが心の傷になっています。

人と会うのが恐く、この世に希望など何もないと思っています。

精神的に異常をきたしている場合もあります。

・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・

白色・・・ある意味、私がカラーの世界に入るきっかけになった色です。

白というかクリアという色のない透明なボトルを選んだことがきっかけで、
その色の意味が、あまりにその時の私にドンピシャで、
「色ってすごい!おもしろい!」と
すぐに、講座の申し込みをしたんですよ~(笑)

その時の私の状態は、両親を亡くし、深い哀しみをまだ開放できず、
それまでに勤めていた仕事も辞め、次の仕事も決めてもなく、探してもなく、
でも今までは両親の付き添いなどで、一切自分の時間がなかったのが、急に一気にできて、
「さぁ。これからどうやって生きていこうか」と思いながら、知人に誘われ、
アロマセラピーを習いに行った時に、カラーセラピーをしてこの白色を選びました。

両親の死までは唯物的だった私が、両親の死を目の当たりにして、精神というものや
魂、心について興味を持ち始めていて、子供の頃の感覚にも似た純粋な気持ちを
取り戻していた時期でもあり、今までの生活をすっかりなくしてしまったものの、
これからのビジョンも一切が不透明な状態でした。

まさにこれが白色の意味だったりするのですが、
もっと分かりやすく説明すると、
「白色やクリアな透明なもの(クリスタルや水晶など)が最近妙に気になるという人」は、

純粋なものを求めていたり・・・
今開放できない気持ちを抱いていたり・・・
流しきれていないたまった涙を流して過去との決別をする時だったり・・・

自分を大切にして、本来の自分と出会う時期だったり・・・

自分に自信を持つ時期・・・自分の為に時間をとって形にする時だったり・・・

ビジョンが不透明で見つけれないときだったり・・・

するのかもしれません。

真珠も苦しみの中から、あの美しい真珠ができあがるように、
苦しみから素晴らしく純粋で美しいものが出来上がる事があります。

ビジョンがみつけれない人は、自分にとって美しいと思うものと触れると
気付きや、自分の中に開放できなかったものが開放できたりする事もあります。

あなたの中の純粋さや神聖さが、あなたを通して現れるとき、
浄化が必要な時もありますが、それを終えた時、本当の自分と出会えるのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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紫が好きな人と嫌いな人
<紫が好きな人>

美に対する意識の高い人です。
美しいことがしたいとか、美的感覚に自信があって、それを認めてもらいたいと
思っています。

他の人とは違う偉業、他の人よりも魅力的な服装に多くの関心を払います。

あらゆることをすぐによく理解し、バランスよく表現することができる点で、
自分に自信をもっているでしょう。

占いとか宇宙の神秘に興味があり、花や宝石が大好きです。

強さとはかなさという二面性のあることにひかれます。
情熱と哲学の両方を大切に思っています。

他人からは、素敵な人だけど、よくわからない人と思われることが多いようです。

<紫が嫌いな人>

不可解で怪しげなものを強く恐れる人です。
占いとか、不思議な縁といったものを否定します。

不安的なことは耐えられなくて、現実的な、
目に見える安定を強く願っています。

美しいことよりも、おいしいことや便利なことのほうが
価値が高いと考えるタイプです。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。

いかがでしたか?

よく「占いの館」みたいな神秘を表すときに、紫は使われますよね。

紫の神秘なイメージを無意識に皆持っているのではないでしょうか?

その理由は、やはりチャクラが一番地から遠く、天に近い
頭頂部の「クラウンチャクラ」の色である点、

赤と青という相反する色が混ざり合った、不思議な色である点、

夜の空や宇宙の色であり、自然界の中にあまりない希少な色の点

というように、他の色とは違う高貴な色として、昔から扱われていたからという事も
あると思いますし、人間の集合的無意識の中に、紫は特別な力を宿している色という
感覚があるのかもしれません。

紫が好きな人は、やはり変わった美意識であったり、非凡な才能であったり、
皆と違うものを追求するようなところがあったりする気がします。

それを上手くいかせば芸術面で成功したり、クリエイティブな世界で
その独特な美意識をビジュアル化させることで、注目を浴びる事も可能だと思います。

ただ、相反する色の混ざった色なので、やはりその人の中にある相反する
情熱と冷静だったり、現実と理想だったり、男性性と女性性だったりの
バランスをとるのが、普通の人以上に難しく感じる人もいるかもしれません。

外に向かうよりも、自分の内、それもシックスセンスというような第六感を信じる所もあり
その感覚は実際に優れている人も多いように思います。

紫は右脳を示す色でもあり、感情やエモーションを司る脳とリンクしているので、
感情豊かな分、他の人より感受性や感性が強く、それをコントロールするのも
他の人より大変な一面もあるかもしれません。

そのコントロールが自分でできない時には、依存症などになりやすいので
注意が必要です。

コントロールできずバランスを崩すと、睡眠障害などが出やすいのもこの紫の人です。
できるだけ、依存性のあるものに最初から頼らず、自分をリラックスできる手段を
みつける事をオススメします。

誰にも分かってもらえないような孤独感にさいなまれることもあるかもしれません。
それもこの世で、自分ひとりだけがその孤独を味わっているような気持ちになる事も
もしかしたらあるかもしれません。

あなた以外の誰もが、本当の意味では他人には自分の全てをわかってもらうことは不可能です。

それでも、誰もが心の奥で全能の神(サムシンググレートとか言い方は色々ありますが・・・)
と通じているのですから、孤独になろうと思ってもそれも不可能なのです。

その全能の神と全ての人間はつながっているのですから、いくら孤独になりたくても、
人間一人として孤独になることは不可能なんですよね~。

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青が好きな人と嫌いな人
<青が好きな人>

知的で従順で、控えめな人です。
よく考えて、理性で判断をし、客観的に適当と思われるようにセーブした形で
意思表示をします。
内心、自分は頭の良い、立派な人格者だと思っています。

しかし、用心して、いばっているとか、軽はずみだとか、下品だなどと
言われないように行動しようと思うあまり、同じとをしたり言ったりしても
大変疲れやすいのです。

誠実で、ねばり強く、他の人ほどには不平不満を口にはしません。
また、仕事や勉強をよくすることは大切であると考えています。
平均的な日本人の特性を多く持ったタイプといえます。

<青が嫌いな人>

実行する前から心配したり、終わってしまった事を気にしたり、
他人がどう思うかを気にかけてばかりいるような人が大嫌いです。

オープンでない態度やあたたかみのないことを極度に嫌います。
気取りすぎ、格好のつけすぎがイヤで、反発を覚えるタイプです。

◇◇◇
どうでしたか?

「青」は女性性も表す色なのですが、ここではその女性性はおいといての青の話をすると、

「青」はクールとか、静かとか、冷静沈着とかいうイメージがあります。

同じ出来事があったとして
熱く怒り燃えるのが「赤」だとすると、
「ブルーになる」という言葉もあるように、落ち込んでシュンとなるのが「青」です。

私の友人で「青」が大好きで、服も「青」車も「青」で青色の人がいます。
言葉下手で、シャイで実直で、仕事はとてもよくします。
自己主張はあまりしないのですが、「職人」きれいに丁寧な仕事をします。

あまり話さないのですが、本当はお笑い大好きで、お笑いのセンスはとてもよく
皆が話す中、一歩後ろにいるのですが、ポロっといいタイミングで面白いことを言って
皆を大爆笑させたりします。

誠実で約束を小さなことでも覚えていて、相手が忘れていても果たしていたり、
コミュニケーションを言葉でとるのがとても苦手そうで、いまひとつ何考えてるのか
分からない印象も与えますが、実際にはとても気配り上手で優しい面を持っています。

周りや相手に気を使っていて、相手にあわそうとしているようにも見えますが、
しっかり自分の意見や意志はもっていて、人に流されないものを感じさせます。

本当に青は聡明な感じですよね。
空も青、海も青、
国を超えて一番人間が好きな人が多いナンバーワンの色は青です。
青色をは地球のエネルギーを表す色なのかもしれませんね。

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空海の書の話
先日、NHKで再放送で空海の書についての放送をしていました。
「弘法筆を選ばず」
「弘法にも筆の誤り」
などのことわざがあるように、弘法大師の名筆は有名ですが、
晩年に書かれた文字を見て、感動してしまいました。

20代前半の書は、中国の王羲之(おうぎし)を真似て書いた書で、
きちんと正確であり、カチッときれいに書かれた文字だったのですが、
京都の東寺にある「真言七祖像」に空海が書いた書は、
正に書の域を超えたデザインというか、アートの世界なのです。
この書体は飛白体と言うそうです。



kukai2.jpg

その後に紹介された高野山霊宝館に貯蔵されている「益田池碑銘」は素晴らしいものでした。
これは、空海が52歳の時に、ため池として益田池ができたお祝いの書なのだそうですが、
色々な書体の中で、オリジナルの空海の文字もあり、同じ「也」の一文字でも
それはそれはバラエティ豊かで、同じ文字でも色んな意味があるように、同じ文字でも
これだけ色々な顔があるのだな~と思えるほど、色んな表情の「也」の文字を表していて、
まさに紙の上に空海が森羅万象を表し、宇宙の世界観を写し表した作品というものでした。

kukai3.jpg

kukai4.jpg

やはりこの空海という方は、宗教家としてはもちろんですが、あらゆる分野において
スーパースターであり、天才だったのだろうと思いました。

その頃は日本特有のひらがなはなく、その後出来るそうなのですが、
そのひらがなができる事を予知していたかのような、空海の書も残っていました。

kukai5.jpg

のびやかに流れている線の中に「益田池碑銘」の書と通ずるものがあります。

その番組の中で、空海さんの言葉が紹介されていました。

「書の極意は 心を万物にそそぎ
心にまかせ 万物をかたどること
正しく美しいだけでは 立派な書にはならない
心を込め 四季の景色をかたどり
字の形に万物をかたどる

字はもともと人間の心が 万物に感動して
作り出されたものなのだ」


これは字だけでなく、あらゆる芸術にも通じるものがあるし、
全ての創造・・・クリエイティブな作業の中には必要なものだろうと思いました。

外側がいくら美しくあっても、その中に心がないと、また感動がないと
きっと完成されず、立派なものには決してならないのだと思いました。
全ては万物につながり、その万物の中で自分は生かされているということなのでしょう。

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緑色が好きな人と嫌いな人の話
<緑色が好きな人>

やさしく、家庭的で、おだやかな人です。
何事も行き過ぎになるのを嫌い、普通で、中くらいであると安心し、
うれしくなります。

周りの人から好かれているかどうか、嫌われていないか気になります。
それで、ついついイヤと言えず、ノーと言えず何でも引き受けてしまったり、
あいまいな受け答えをしてしまいます。

精神か肉体の若さには大変に自信を持っています。

すべての基本は家族にあり、家族を愛し、愛されたいと考えて、
そのように行動しています。

気さくでいつもニコニコしている人です。

<緑色が嫌いな人>

はっきりしない人や、はっきりしないことが大嫌いな人です。
他の人にお世辞を言ったり、ごきげんをとることが苦手で、
それを上手にやってのける人を信用できないと思っています。

家庭よりも仕事や社会参加に幸せを感じるタイプといえます。


いかがでしたか?
私の周りにはグリーンを好きという人が多いです。
グリーンとピンクが好きという人もいて、皆優しく、気使いし~だったりします。

気使わない人には、自然体で話しやすく、相談とかもよく受けるような
優しい人が多いです。

常識で協調性もあるので、近所の受けや友人達の中でも受けがよく、
好かれる人が多いような気がします。
「あの人嫌い」と言われるような事はあまり聞いたことがありません。

でも、自分は関係ないのに、仕事場で派閥があったり、誰かが仲悪かったりすることに
気をもんでいたり、心配したりしているので、平和主義だな~と思ったりします。

皆、基本的に、仕事よりも、何よりも、家庭が一番大事というタイプで
本当にいい奥さんであり、いいお母さんの人が多いです。

癒しというと言いすぎかもしれませんが、会うとほっとしたり、
ほっこりと心が緩むような感じがするのが、緑の人です。

よかったら参考にしてくださいね~(^^♪

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幸せと不幸の話
人には、幸運と思われるような出来事に出会う人と、
「何故あんないい人がそんな目にあわなければいけないのだろう?」と
思うほどに、不幸と思えるような試練に出会う人がいる。

でも幸不幸とは、途中ではなかなか分かりにくいものだったりする。
今の不幸が、将来どんな幸福へ変わるかなど、誰にも分からないものだ。

何が幸福の種か、人間には区別がつかないんだと思う。
だから、ただ自分の置かれた状況の中で最善を尽くしたらいいんじゃないかと思う。

年を重ねて思う事がある。

幸運と思えるような人生を歩んでいて、あまり苦労をしていない人は
とても心が浅いような気がするのだ。

話をしていても正直おもしろくないし、物事の表面だけしか見えていないので
話がかみ合わなかったりする。

苦労していても、人のせいにしていたり、苦しんでいない人は、
「自分が世界で一番の悲劇のヒロイン」といわんばかりに、苦労自慢をしたり、
あるいは悲壮感があったり、根性が歪んでいたり、人に対してとても冷たかったりする。

苦労を試練ととらえ、自分の問題として対峙し、逃げずに
考えて悩んで苦しみながらも自分を磨く糧とした人は、
明るいカラっとした人が多いような気がする。

与えられている事を知っていて、足ることを知り、
また失うものがないという事に気付いているからかもしれないし、
試練の中で、懐の深い、他人の心のわかる、優しく豊かになったのかもしれないし、
苦労から、自分の中から善意という心をひっぱりだしたのかもしれないが
明るい人が多い気がする。

出来事や物事は、自分にとってのただのえさであり、
そのえさで、自分の心をどのように育てていくかは、
きっと自分次第なのだろう。

この一つの見方においても、
幸せとは?
不幸とは?
と自分に問うてみても、反転してしまうような出来事もある。

ただ、自分にはいつも必要なものが与えられているのだろうから、
その中で、最善を尽くしながら、その時は分からなくても
後で振り返った時に後悔することなく、色々気付くことができれば
それはとても幸せな事だろうと思う。

皆自分の中に泥の池を持っている。
そこから蓮の花を咲かすかどうかは、それぞれにかかっているのだろう。

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黄色が好きな人と嫌いな人の話
<黄色が好きな人>

とにかく自由でありたいと強く願っている人です。
明るく前向きで楽天的です。

習慣や常識に縛られることなく、いつも自分自身や人生の出来事を楽しもうとしています。
やさしく、あたたかみがあり、広い心の持ち主です。

しかし周囲からは、変わっている人、わがままな人、子供っぽいところがある人と
思われやすいようです。

頭の回転がよく、鋭い批評をし、ユーモアのある会話で人を楽しませます。
気に入ったことに関しては、ものすごく勉強をし、能力を発揮しますが、
イヤなことには大変ルーズになります。

細かいことにこだわらない魅力で人気を集めます。

<黄色が嫌いな人>

わがままで自己主張の強い人、自分より優れている人が嫌いです。

ものごとが約束どおりに進まないとか、はっきりした制限、
ルールのようなものがないのを不安に感じます。

人気のあるもの、かわいがられるものをねたみやすいでしょう。

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聖☆おにいさんの話
聖☆おにいさんをご存知でしょうか?

聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)
(2008/01/23)
中村 光

商品詳細を見る


内容は、ざっくり言うと
世紀末も無事に乗り越えた二人
キリストとブッダ(釈迦)が、現在アパートをシェアして下界で休暇中の話です。

私はキリスト教に関しては無知なので、
読みすすむ中で、「ん???誰?」「ん?どういう意味?」
と思ったところはネットで検索したりして読んでいますが、
基本的には「ゆるゆる~」なお話です。

でも、ゆる~く宗教や人物などについてもちょっと勉強になったり、
シュールではありますが、笑える話だったりして私は好きだったのですが、
何と今度映画になるということで、そんなに人気だったんだ!!と
ちょっとビックリなわけです。

「聖☆おにいさん」2013年5月10日全国劇場に降臨☆

また興味ある方は、是非一度ご購読あれ(^^♪

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オレンジが好きな人、嫌いな人
<オレンジが好きな人>

明るくにぎやかな人です。
いつも太陽のように輝いて魅力をふりまいていたいと思って、
そのようにしています。

ざっくばらんで親しみやすい性質を持っていて、自分が注目を浴びるようなことは
なんでもやりたいと思っています。

歌、ダンス、演技が好きで、上手です。
おしゃべりをすればするほど、魅力をふりまき、
笑えば笑うほど人に好かれる人です。

たまにうるさいとか目立ちすぎると思われていることがあっても
気にしないでしょう。

独りになると、別人のようにシュンとしてしまうことがたびたびあります。
心の底から理解し合える人が欲しいと感じています。


<オレンジが嫌いな人>

うるさいこと、目立つことが嫌いです。
考えなしに行動したり、誰とでも気安く口を聞く人を憎み、軽蔑しています。

思慮深く、威厳があることを自分にも他人にも求めます。

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ピンクが好きな人、嫌いな人の話
「ピンク:Pink」

<ピンクが好きな人>

表面的に、女らしい部分、あるいはソフトな面を多く持っています。

しかし、実際にはしたたかな計算を本能的にやってのける人です。
どちらが、自分にとって利益があるか、どうすれば安全か、
どうふるまえば好かれるかを知っています。

人に頼ったり、甘えたりすることがとても上手です。

自分の美しさか、女らしさか、弱弱しい魅力に内心では自信を持っています。
あるいは、美しくやさしく見られたいという強いあこがれを抱いています。

いつかはすてきな強い人があらわれて、自分をさらうように愛してくれると
夢を見ています。

けれども、なかなか思い通りにいかないので、あれこれ思いめぐらしては
不満に思っています。
また、やがてやってくる老いに不安を感じ、自分の中の「女」がなくならないように
願っています。

ピンクが嫌いな人>

ロマンチストやこびる人が大嫌いでしょう。
女性的な性質を持ったものを見るとムカムカします。

他人に甘えることなく生きて生きたいと思っています。
スタイルや顔立ちにコンプレックスを抱いていることもあります。


いかがだったでしょう?
かなり辛口な意見ですが、ピンクが大好きと言って、
いつもピンクの服にピンクの小物を身にまとっていた知人は
「めっちゃ当たっている」と言っていました。

ピンクは女性らしい、細やかさや優しさなどの意味はもちろんですが、
こういう意味もその奥にはあります。

ピンクが好きな人、嫌いな人は、自分を振り返る意見として
参考にしてみてください。

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宇宙カレンダーの話
「宇宙カレンダー」というものをご存知ですか?
私は全然知らなかったのですが、先日パートナーがあるお寺のご住職とお話していた時に、
そのご住職から聞いたと教えてくれました。

宇宙の誕生を1月1日、現在を12月31日として計算した暦なのだそうです。

■宇宙カレンダー
1月1日:宇宙誕生(150億年前)
9月14日:地球誕生(45億年前)
10月9日:生物(細菌)の発生(38億年前)
11月12日:植物の発生

12月1日:酸素大気の発生
  19日:魚類の発生
  21日:昆虫の発生
  22日:両生類の発生
  23日:爬虫類の発生
  24日:恐竜の発生
  25日:哺乳類の発生
  27日:鳥類の発生
  28日:恐竜の絶滅(7000万年前)

12月31日
  23時58分:ホモ・サピエンス(現生人類)の誕生
  23時59分40秒:農耕・定住生活の開始
  23時59分50秒:四大文明の成立
  23時59分59.8秒:産業革命
  23時59分59.9秒:第二次世界対戦

なのだそうです。
これはカール・セガール博士が提唱した考え方だそうです。
これだと大体1秒は約475年にあたります。

そう思うと人の一生などは長くて0.2秒ほどということになります。
(95歳まで長寿を全うしたとして、0.2秒)

ここからはそのご住職のお話です。

「人間この一生の間の経験や知識だけで分かったようなつもりになっても、
宇宙から見るとたったの0.2秒にも満たないのです。
ほんの少しの事しか、実はわかっていないのです。

輪廻転生の中、今この世に生を受け、あの世との行き来の中で
魂を磨きに来ているという事を忘れることは、悲しいことであり、
本人にとっても、大変残念な事です。

そこで歌舞伎俳優の十二代目市川團十郎さんの辞世の句
「色は空 空は色との 時なき世へ」
のお話をされていました。

これはきっと般若心経の色即是空、空即是色の意味を含んでいるのだと思いますが、
私は見ていないのですが、テレビでご子息の海老蔵さんがその辞世の句のお話を
されていたのですが、全く違った意味のお話をされていた事が残念で、
これは、その後亡くなられた三國連太郎さんにあてたメッセージのようにも思えたのですが、
それを三國さんが受け取られなかったようで残念でした。と仰られていたそうです。

このお話を聞いて、私自身、人間はいつでも成長過程なのだなとまた痛感しました。
全てが分かったつもりになったり、現世だけで終わりという考え方では、
その成長がある程度で止まるような気がします。

この宇宙カレンダーでは、私たちはたった0.2秒の間のご縁の仲間という事になります。
やはり、その一瞬のような瞬間の中、同じ時空間の中、存在する事自体
とても縁が強い事なのかもしれません。

この話は知らなかったのですが、昔一時期、家が大変で、自分も病気で辛い時、
夜星を見ながら、
「この世界からすると私の人生なんてほんの少しだけの時間でしかない。
そんな人生の中の、今辛いことなんて、ほんの一瞬でしか過ぎない。
だったら、もうちょっと頑張ってみよう」
とよく思っていました。

この世は、変化があるありがたい場であり、
また自分の意志で自分の世界を広げる事が可能な世界であり、
現実の世界で実際に体験する事ができるという素晴らしい世界でもあります。

宇宙からすると一瞬にも満たないこの人生の中で、
分かったつもりになる事なく、色んな体験をして、自分の世界を広げたいものだと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
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赤が好きな人と嫌いな人の話
赤:REDの話

が好きな人>

生きるエネルギーが強い人です。
明るく活発で、よくしゃべり、よく笑います。
クヨクヨせずに、何でもやってみようとアタックしていくでしょう。

人に負けるのがイヤでなりません。
目標を達成するために、よく頑張ります。

人や物に対する好き嫌いがはっきりしていて、それを隠さず表現します。
食欲が旺盛で、どちらかといえば男性的な性質を多く持っています。

このような人は今は楽しく、思い切り生きていたいと願っています。
カッとしやすいのですが、すぐにケロリとしてあとに尾を引きません。

あらゆるものに興味がありますが、その強い興味は長続きしません。
そのため住まいや仕事、恋人を変えてしまうことが多いようです。

人と会うことや歌うことなど、自分を表現できることは何でも好きです。
自分と同じように、明るく元気でさっぱりした人を好み、
反対に暗く大人しく、内に秘めてしまう人を嫌います。

のろまなこと、はっきりしないことが大嫌いです。

が嫌いな人>

出しゃばりやおしゃべりが嫌いな人です。
主張しすぎることを好みません。
感覚よりも理知や知識が大切だと考えています。
知的に上品に、人と協調して、静かな人生を送りたいと考えています。

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パーソナルカラーの話
パーソナルカラーをご存知でしょうか?

一言で言えば自分に似合う色。

カラーセラピーが色彩心理を応用して、色に投影した自分の心を見るのに対照的に、
外見の自分の肌に似合う色を探して見つけていくのがパーソナルカラー診断です。

服の販売を長くしてた私は、そんなの診断してもらわなくても、
服でもメイクでも合わせてみれば分かるじゃん!と正直思っていて、
全然興味がありませんでした(苦笑)

カラーセラピーを習いに行ったスクールで、スタッフとして働かないかと声をかけられ
お世話になる事になった時、そのスクールの仕事で必要だからと強制的に
何十万もする受講料を払い、受講してパーソナルカラーを習得させられました。

実際に習得してみると、診断をはじめ、セミナーやイベントなど本当に需要が多く、
また皆さんがとても興味があり喜ばれる姿を見て、驚きました。

女性だけでなく、イベント等では男性も興味をもたれて、
「面白かった。」
「見てもらって良かった。」と言われます。

簡単にパーソナルカラーの説明をすると、先ほども言いましたが、
パーソナルカラーとは自分に似合う色です。

自分に似合う色とは、顔の近くにその色を持ってきた時に、肌がきれいに見えたり、
若々しく見えたりする色です。
反対に似合わない色は、老けて見えたり、疲れて見えたり、くすんで見える色です。

「お好きな色や、自分に似合うと思う色はどんな色ですか?」と尋ねると、
「赤が好きです。」とか
「青はよく着ます。」という風に色で言われる方が多いですが、
赤という色一つとっても、深いワインレッドもあれば、朱赤もあれば、原色の赤もあれば、
ピンクのような薄い赤もあります。

色指定ではなく、赤の中でも、自分に似合う赤を探していこうというのが、パーソナルカラーです。

基本的な考え方は、人間の肌には、黄みベース(イエローベース・ウォーム)と
青みベース(ブルーベース・クール)の二種類があります。

黄色人種だから黄みベース、白人は青みベースというわけではありません。

あらゆる人種の中に、黄みベースと青みベースの人は存在します。

日本人でも、黄みベースの人と青みベースの肌の人がいて、
黄みベースの人は黄みベースの色が似合いますし、青みベースの人は青みベースの色が似合います。

同じ色でも黄みベースと青みベースがあります。

分かりやすく極端な例を紹介すると、

黄色では、黄みベースはマスタードや山吹色、青みベースはレモンイエロー。

赤色は黄みベースは朱赤、青みベースはワインレッド。

ピンクでも、黄みベースはアプリコットピンクやサーモンピンクなどオレンジよりのピンクで、
青みベースはローズピンクなど紫よりに近いピンクになります。

黄みベースと青みベースの見分け方は、メラニン色素も関係していて、
日焼けしてすぐに茶色く焼ける人は黄みベース、
日焼けして赤くなって戻る人は青みベースの可能性が高いです。

パーソナルカラーでは、黄みベースと青みベースを、それぞれ2つずつに分け、
4つのグループを作り、一つ一つにシーズンの名前をつけています。

黄みベース(イエローベース・ウォーム)
Spring(春)
春の新緑、例えばチューリップの色とりどりの明るい色、
光が強くなり、明るくはっきりと色が輝くような春の色は、
明るい純色の濁りのない生き生きした色です。

Autumn(秋)
紅葉や山々が色づいてくる実りの秋は、紅葉のオレンジや
渋みを増してくる山々のブラウンやオリーブグリーンやマスタードなど
アースカラーのような落ち着いた色です。

青みベース(ブルーベース・クール)
Summer(夏)
梅雨の時の紫陽花の薄いサックスブルーや淡いピンク、
日差しが強く蜃気楼のようにぼやけて見えるようなグレーやサンドカラーなど、
パステルカラーのような淡くグレイッシュなはっきりしない優しい色です。

Winter(冬)
冬は空気が澄み、また夜の闇も深く長くまばゆく輝く星も美しく見えます。
その闇の黒や夜のイメージの深いバイオレットをはじめ
ダークな色や濃い色、真っ白などはっきり見える色です。

白や黒は無難だからとよく使う色ですが、それが似合う人は冬の人だけで、本当は難しい色なのです。

黄みベースの人は黒より茶系、白よりアイボリーの方が、
夏の人は黒より薄いグレー、真っ白も人によって似合う方もいますが、
少しグレイッシュな白の方が似合います。

次回は色見本を載せて、各シーズン別にもう少し詳しく説明していきます。

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空海の話から変化の話


先日、NHKで空海についてのテレビシリーズをしていた。
その一回目が「仏像革命」で、密教の世界を目に見える立体曼荼羅として
大日如来様を中心とした菩薩様や不動明王様、梵天様、帝釈天様、四天王などの
仏様の説明とともに、京都東寺の講堂の21体の仏像を映し出していた。

その菩薩様の慈愛あふれるお顔や、不動明王様の怒り恐ろしいお顔など素晴らしく、
一本の木から彫り上げられた大きな仏様もいらっしゃったが、、
平安時代の作品と思えない、時代を全く感じさせない圧倒される仏様の数々だった。

また、大日如来様や不動明王様は空海が唐から持ち帰り、日本に広めた事を知った。

両親が病の床についた時、お不動様に祈祷に何度か行かせてもらった。
左手に持っている縄は煩悩の束縛を表し、その右手に持っている剣はそれを断ち切る知恵を表し、
必死の形相で人々を助けようとしているのだそうだ。
その怒りの顔の不動明王の力にすがろうとしていたその頃の私を思い出した。

結局、その願いも届かず、続けて、父、母、祖母と亡くなり、
その時光の届かない哀しみの淵に落ち込み、孤独を味わい、
自分の無力さに打ちひしがれ、底に落ち、這い上がれないのではないかと思えた事が
自分の大切な体験となり、そして今の自分の血となり肉となっていることを思うと、
自分にとって必要であり、学ぶべき体験だったのだなと感じる。

その時は、悲しいを飛び越えてびっくりするといった状況で苦しかったが、
今思うとその経験が、自分の心を深くし、そして痛みを知ることで他人に思いやりをもて
そして、人間どんな事があっても笑える日がくるという事を教えてくれた。

自分に必要な事しか起こらないのだろうと思う。
だったら、抗わず受け取ればいいのだろうと思うようになった。
そして、その出来事や状況の中に、自分に必要な要素があり、それに気付く事が大切であり、
その時は吐きそうな位苦しくて、悲しくても、無駄ではないのだと思う。

もし今苦難と思えることに直面している人がいたら、
その人に乗り越えれる事しか絶対起こらないし、
その経験を通して、その人自身が自分で創った殻を破ったり、
心を深くするために必要な痛みを今味わっているのだろうと思う。

でも乗り越えるには、今の状態では無理と判断したら、一度ひいて休んだり
また一度その場所から避難すればいい。
そのことを教えてくれる出来事かもしれない。

いじめ問題が今報道されているが、いじめがあったからこそ
練習に励み世界チャンピオンになったり、その悔しさをバネにしてその後大人になって
仕事などで成功を収めている人もいる。
そして、いじめられた事のある人は、痛みを知っているので人に優しい人が多い気がする。

学生の時は、その校内と友達の世界が全てと思うが、そうでもない。
私も高校までは学校は刑務所か監獄か?と思うほどに、勉強できる子○できない子×の一つの判断の中
個性を潰し大人の意向に従わなければならない嫌な場所と思っていたし(苦笑)
友達っていっても、学校では合わしていたが、本音で話す友達はいなかった。

そもそも自分と合う人間なんて、そうそう簡単に見つからないのではないか?と思ったりする。
既に幼少期からいる人は、昔から本当にうらやましく思っていた。
私が価値観や感覚を共感できたり、うまく説明できないが自分の思いをのせた言葉が通じる人と
めぐり合ったのは、30歳を過ぎてからだ。

だからあまり早くにあきらめたり、決め付けてはいけない。
そこで終わりではないし、その後どんな人やどんな出来事にめぐり合うかはわからないのだから。

何でも白黒つけなければいられない人には、この世にはグレーもあり
白でも黒でもない事を知ることの為に、起こることもあれば、
決断するだけではなく、決断しないという選択肢を知る出来事だって起こることもあるだろう。

その時に、自分の物差しを見直す事につながり、自分の世界が広がり
自分で縛り付けていた枠が広がる事もあるのだろう。

若かりし頃は、私は私の人生を切り開いていってやるといったエゴが強く、
人生にも、色んな事に抗って抗って、自分の我を通そうとする傾向が強い自分だったが、
両親や家族の死によって、自分の我のちっぽけさを感じる事ができ、
人生にはどれだけ願っても祈っても届かない事や、
自分の思い通りにいくといった傲慢さが通用しない事を知り、
それまでは自分には力があるという思い違った傲慢さがあったから、
あれほどの無力感に陥ったのだろうと思う。

今から思うとそれまでの自分は自信家で我が強く、なんて嫌な奴だったのだろうと思うが(苦笑)
その体験も必要であり、そして伸びた鼻を挫かれる体験があり、
自分の力ではどうしようもできない事がる事を身にしみる形で体験することによって
色んな事に気付く事もできたのだろう。

この世の素晴らしさは「変化」という事だ。
永遠に続く事がなく、絶えず変化する。
今どれだけ辛くとも、それも時間軸を通して変化によって変わるということでもあり、
人生とは、思いがけない変化が起こる、その予測できない面白さがあるのだ。
今その世界の中にいるということは、ありがたい事だと思う。

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マゼンタの話(part2)
風邪が治ったかな~と思って、ここで一気にデトックスだ~!と、
数年前に行っていた岩盤浴のチケットが出てきて使えたので、
行ってきたのはいいのですが、やはりまだ時期尚早だったようで、
ちょっと負荷がかかったのか、ちょっと却ってしんどくなりました。トホホ

マゼンタの色の説明をしたのですが、
マゼンタは力強く生きる女神のエネルギーを感じさせてくれます。

赤と青が混ざったこの色は、赤の行動力が強く作用して、
自分の青写真を実現できる可能性、無限の可能性を感じさせてくれます。

私達の記憶にある、今生での過去の経験や知識で
「これはこういうものだ!」
「世の中はこんなもんだ!」
という決め付けや思い込みで考えてしまいがちですが、
数年前には予想もしなかった事が、今の現実の当たり前になっていたり、
自分の人生においても、自分で「こうすればこうなるから」と思ってした事の
結果が、全く違う事になっている事もあります。

自分の縛りによって、自分の人生を限定してしまったり、
過去のデータから恐怖や不安を増幅させてしまい、
自分の可能性を小さくしてしまったりする事は、もったいない事です。

「大丈夫!
自分に必要なものは与えられるようになっています。」
信頼できたら、今の不安や心配に与えているエネルギーを、自分の為に使えます。

マゼンタの気をつける面も書き添えておきます。
私の母はこのマゼンタが大好きで、衣服や小物など、本当にこの色を好んで身につけていました。
いい意味でも悪い意味でも、母はやはりマゼンタの人だったのだと思います。

愛情深く、子育てや家族の面倒、そして親の介護も辛抱強く明るくしていました。
家族はもちろん、ご近所でも困っている人や弱っている人に対して、
相手に気を使わせないように、本当に見事な位自然にケアをしていましたし
また動物が大好きで捨て猫を拾ってきては世話をするといった、心優しい人でした。

自分のことは、二の次、三の次といった感じで、人のお世話をしたり、
自分が役立つ事に喜びを感じて、本当によく働く人でした
人の痛みや気持ちがよく分かる聡明な人で、決して前面には出ず、
人に対しても押し付けるような雰囲気は出さず、上手にケアをしていました。
自分を犠牲にして頑張っているといった感じに子供も私も見えましたが、
明るく、楽しそうに毎日忙しく本当に人の世話をしていました。

それが晩年、体を壊して、自分が人にケアするどころか、ケアをしてもらう立場になります。
体が原因で長年勤めた会社も辞め、そこで一気に気力を失くしてしまいます。
自分の思い通りにいかないのであればと、最初から手をつけなくなります。

「ないもの」ばかりを見て、被害者妄想が激しくなってしまいます。
「みじめな私」、「不幸な私」、「誰からも愛されない私」
その時の母の口癖でした。
変化が訪れる事は怖い事ではありません。
天からの愛を受け、自分の毎日は自分自身が創っていけることはできるのです。

自分で自分の事は自分の思うようにしたい!というエゴなのか、
サポートを受ける事を望まず、してくれた事に対しても文句しか言わないという状況になります。
欲しいものは、自分の望む形で望んだ通り望むときに手に入らないかもしれません。
でも、必ず天はサポートしてくれているのだから、自分をゆだねた方がいいのです。
どんなに愛が周りにあったとしても、自分が受け取る用意がなければ受け取ることができません。

天、宇宙、神、サムシンググレート・・・
言い方は色々あると思いますが、人智を超えた目に見えない大いなる何かは
私達一人ひとりに愛を注ぎ、必ずケアしているのです。
必要なものは必要な時に自分に与えられると信頼して、大いなる可能性を生きましょう。

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マゼンタの話
週末に、宝飾の展示会のイベントでカラーセラピーをしていました。
やはりそういう展示会には、美意識が高い方が来られるのでしょう。
オレンジを選ぶ人がとても多かったです。
(オレンジは外見の美意識が高いのです)

そんな中、とても印象的な方がいらっしゃっいました。
マゼンタを選ばれたので、色の意味のお話をしていたら、ご苦労が多かったのか
感動されたのか、聞かなかったので定かではありませんが、涙されていました。

マゼンタはナイチンゲールの色とも言われています。
今まで私がカラーセラピーをして、マゼンタを選ばれたり好まれる方の中で
看護婦さんや介護の関係のお仕事につかれている人が多いのですが、
昨日の方も、体に障害をもつ状態になった後も、定年まで看護婦としてお勤めになられた方でした。

マゼンタは慈愛や無償の愛という意味もあります。
無償の愛というと、母の愛を思い出します。
誰もが今生きているという事は、愛された証拠なのです。
人間ほど、一人で自分の事が色々できるまでに時間がかかる動物は珍しいと思います。
その間、誰かが衣食住を補い、あなたを育んでくれたのです。
幼いあなたに、見返りも求めずしてくれた誰かがいるのです。
誰もが無償の愛を与えられているのです。

また「神は小さきものに宿る」と言われます。
私は凡人なので、何かとてもスペシャルな事や、目立って嬉しいことがある事が
幸せだと思ってしまいますが、毎日の何気ない瞬間瞬間に幸せは潜んでいると教えてくれるのが
このマゼンタのエネルギーです。

毎日の普段と変わらなく見えるその生活の中で、その事を気づける人が
本当の意味で幸せな人なのでしょう。

なくなって分かるということも多いですが、なくならない前に気づけると
もっと素敵な幸せな事なのだと思います。

また、幸せというのは自分の主観的なもので、
「○○からこういう事をしてもらえたら、私は幸せ」とか、
「○○が手に入ったら、私は幸せ」とか
決めてしまいがちですが、
天からはいつも愛のシャワーが降り注いでいます。

それを、こうだったら幸せ、でもそうじゃないものは違うからいらないと
その愛のシャワーに当たらないように、傘を差してよけている人も
いるのではないでしょうか?

ちょっと傘を閉じて、フラッとな気持ちで、周りを見渡してみると、
あー私はこんな幸せなんだ!とか、
あー私は愛されているな~!とか
気づける事があるかもしれません。

でもこの世に生まれ、今生きていること自体、今存在している事自体、
大きな愛を受けていることなんでしょうけどね。
その上に五体満足で生まれ、教育を受け、仕事も得ていたり、家族を得ていたり
友達を得ていたり、恋人を得ていたり、その事だけでとても恵まれているのでしょう。

「喜怒哀楽」の「喜び」と「楽しさ」の体験も体験の一つであれば、
「怒り」や「哀しみ」の体験も同じく体験の一つであり、
自分の中の世界にとっては、同じく大切な体験なのだろうと思います。

その体験をできるということ自体、この世に生まれてきた理由なのかもしれません。
だから、いろんな体験をして、自分の世界を広げたり、新たな自分を見つけたり、
自分を信じることができるようになりたいものだと思います。

愛というと、特に女子は相手から愛されたいと思ってしまいますが、
自分がその愛というものを感じたい、愛を知りたいと思うのであれば、
自分が誰かを愛する体験をする事しかないのだろうと思います。
いくら相手に「愛してる」と言われても、その心は感じる事はできないのです。
自分の愛しか、愛を心で感じる事はできないのです。

その自分から発する愛の体験の中で、愛の中に「喜怒哀楽」全てが含まれていることを知り、
その全てを○として、自分の中で肯定し受け入れることが出来るようになると、
もっと深い無償の愛を自分の中から放出でき、その愛をダイレクトに自分自身が
体感できるのかもしれません。

その愛はきっと至福のエネルギーを帯びて、自分から外に対して出していると同時に
自分自身を深く愛する事につながるような気もします。

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パステルアートの話


昔、きっと5~6年前に、パステルアートの資格取得講座をしていた時に、
紹介で資格を取る為に講座を受講された方で、アートセラピーの世界に造詣が深く
心の勉強を自身もずっとされながら、カウンセリングをされている方が、
自分の作品を持ってこられた中にこの絵があり、あまり人の絵を真似するのは嫌なのだが、
あまりに気に入って、思わず頼んで模写させてもらった一枚だ。

この絵は、他のアートセラピーの先生の所に通っていた時に、お題をだされて、
何度も描いていっては「ダメ」と言われ続け、やっとOKをもらったと言われていた作品らしい。

そのお題をすっかり忘れてしまったのだが、
「自分の道をみつける」とか
「自分らしさの創造」とか
そんな感じだった気がする。

模写といっても、色や形などは全く一緒ではなく違っていると思うのだが、
お気に入りの一枚だ。

友達の誕生日カードやお祝いなどにも、パステルアートを描いてメッセージをつけて
プレゼントするのだが、先日友人の家に遊びに行ったら、2008年に描いた絵を
きれいに飾ってくれていてとても嬉しかった。

また、今年は年賀状も友人達に向けて、簡単にパステルアートで描いたのだが、
先日会った友達が「すごくて本当に嬉しかった」と言ってくれた。

最近は描いてなかったので、ちょっとまた時間をつくって描こうかな~と思う。
ヒーリング効果があり、その時の気持ちを乗せやすいのは正方形の方がいいのだろうが、
ちょっと大きめの画用紙に思い切り描いてみようかな~とも思ったりする。

アートはきれいに描くこともできるけれど、変化の時の戸惑いやストレスなどの思いを
自分の外へ吐き出す事にも使える便利なツールだったりもする。
パステルアートでなくても、好きな画材で自由に塗るだけでも、それは可能だ。

今日の日めくりカレンダーに
「いやな思いを長くとどめてはいけない
水たまりの水が腐っていくように
健康な心も
むしばまれていく」
とある。

嫌な思いをとどめないようにする、自分に合ったツールを知っておくといいかもしれない。

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変わるということだけが変わらないこの世界の話


春の嵐とともに、私の中にも風が吹き込み、風邪をひいてしまいました・・・
が、復活いたしました。
プチデトックスだったのかな~?

ちょっとフライングですが、明日はおひつじ座の新月ですね~。
おひつじ座は「はじまり」の星座で、新月も「はじまり」のタイミング。
4月は年度のはじまりで、「新しいこと」がはじまったりします。

なんか「はじまり」が重なっているのを見ると、
この世には
「変わらない事はないという事だけが、変わらない」
という事を思います。

自分の力では絶対変えることなんて出来ないと思っていることも、
「もしかしたら、硬そうに思うものも、もろい事があるよ」とも思えるし、
反対に保守的に、この状況を守ろうと萎縮している人には、
変化は恐ろしいもののように映ることもあるかもしれません。

慣れたものや、依存しているものが、ババーンと変わってしまうと
恐怖や不安を感じる事は、もちろんあると思いますが、
そのエネルギーの矛先を、後ろではなく、前に向かわせると
新たな力を手に入れられる事や、自分の世界が広がる事になるのではないかと思います。

マゼンタの色の説明の中で、
「いつでも天からの愛は自分に降りかかってきているのに、
自分がこの人からこの方法の愛しか受け取らないと決めてしまって、
せっかく降り注いでいる愛の下で、それを避けるように傘を差してしまっている。
避けずに選り好みしないで受けようとするだけで、
その瞬間から自分に降り注いでいる愛を感じる事ができるのだ。」
というような、意味のことがあります。

私たちは、ただ感じず、見ようとせず、受けてないと思っているだけで、
本当はいつも天からの愛を受けているのでしょう。

本当に私達を想い、愛してくれる天は、
私たちの才能(GIFT)の気づかせてくれるために、
自分の青写真を自分で体験できるようにする為に、
何も言わず、私たちが自分の力で獲得したり達成する喜びを味わうようにと
無償の愛を与え続けてくれているのでしょう。

だからどんな状態であっても、私達は愛はふりそそいでいるのです。
誰の上にも、いつも・・・
だから安心して、その状況を冷静に俯瞰から見てみると、
抜けだせないと思っていた問題にも、解決法が見つかったり、
変化を恐れる心とは裏腹に、まだ見ぬ今後の新たな展開を楽しみに思えるかもしれません。

「ずっとこのままが続く」
ことはこの世では絶対ない事なのですから、
どうせ変わる状況であれば、その状況を面白がって楽しんだ方が
全く同じ状況であっても、自分の中はおもしろい人生になります。
この春は、変化を楽しみましょう。

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体験する事は素晴らしい話
この週末は春の嵐が吹き荒れていた。
春って、温かい日もあるが、よく雨や風も吹き荒れて、
春になったと思ったら、冬に逆戻りのように、よく変わる天候だな~とよく思う。

神は自然の中に、たくさんの真実を潜めていて、私たちに見せてくれている。
変化の時は、一歩進んではまた下がるといった状態があるものと教えてくれる。
また桜を見ると、パッと咲き誇り、潔く散る姿に、生の美しさとはかなさを見せてくれる。

それでも、冬の後には必ず春が訪れる。
春になると、景色がどんどんと変わっていくのが、よくわかる。

人間の人生においても、春の前には冬があったり、夜明け前が一番暗かったり、
雨の後にしか虹は見えなかったりするのだろうと思う。

でもその冬だったり、一番暗い時や雨の時に、色々と大切なものが自分の中で育まれると思う。

私は段取り八分という言葉は、そのとおりだと思っている。
大体が、本番のその時までに、既に出来上がっているのだ。
それまでの段取り次第で、全てが決まってしまう事もある。

だから、冬の時期や夜明け前の暗闇の時に、目には見えなくても
既に創造や変化は始まっているのだ。

でも出口が見えないような暗闇に、独りでいるような時には不安にもなるだろうし、
それこそ、いつまで続くか分からないような恐怖を体験する事もある。

私もそういう体験をしてきた。
臆病の私は、よく泣いたり、自分を見失いそうになったこともある。
本当に怖くて、永遠に続くのではないかと絶望の淵までいったこともある。

が、この世では永遠という事はなく、変化が起きるのだ。
そして「なるようになる」のだ。

最近では、辛ければ泣くし、悲しければグズグズと落ち込んだりもするが、
どこか自分の中で
「この体験を私はしたかったのかもしれない」とか
「私に必要な体験だったんだろうな~」とか思ったりする。

そして最後には
「どうなろうが、大丈夫。
わたしにはわたしがついてるんだから!」
と思えるようになった。

最近やっと自分の中の神は、自分の人生の味方なのだと信じれるようになってきたのだ。
だから、泣いたり怒ったりという感情はあるが、心の奥では安心していられるようになってきた。

体験とはありがたい事だと思う。
他人から色々言われるより、過去の自分の体験ほど、自分を応援してくれるものはない。
そして、その時には何のためかどんなに考えても、さっぱり分からないが、
後になって「あー、これにつながる事だったのか」と思えることもあるのだ。

何もない安全な道だけを選んで進む人生も、どこに落とし穴があるかもしれないものだし、
明日以降の事は、誰にも分からない。
だったら、自分のやりたい事はやった方がよくない?と思う。

この世にはきっと、色んな体験をしたくて来ているのだから・・・。

ただ、動く事だけが体験ではない。
迷っていることがあれば、迷いが消えるまで、迷いまくればいい。
辛い事があって逃げ出したければ、一度逃げ出し、安全な所に避難すればいい。
傷ついているのであれば、自分を癒す時間をとってあげればいい。

そして、動き出したいと思うまでじっとしてたらいい。
大切な事は「焦らないこと」「無理をしないこと」
この2つをすると、もっと手間がかかる事になる。

何もしたくないという人は、「静」の時期なのだろうから、
何もしない時間を自分に与えたらいいし、
これをしてみたいという事がぼんやりとでもあるのであれば、
まずは自分のできる範囲から始めたらいいと思う。

できない言い訳をするのは、他人に対してではなく自分に対してだということをお忘れなく。

失敗してもいいじゃない。
それが体験になるのだから、自分の世界は広がるんだもん。

家族に反対されるなら、話をすればいい。
分かってもらえるように話をしてみるという体験が必要なのかもしれない。

自信は、体験を重ねていくうちについてくるものであって、
考えていても、思っていても、自信にはつながらないものだから・・・

何歳になろうが、死ぬまで人間は成長過程なのだろうと思う。
新しい事にチャレンジもできるし、
知らない事を知ることもできるし、
悲しみの深さを知ることも、喜びの大きさを知ることも、
そして泥のような困難な人生の中で、蓮の花のように生きることも、
全て、可能なのだろうと思う。

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ええ事の前に辛い事がやってくる話
4月から、ガラッと流れが変わった。
4月は、学生であれば入学や進学など、また会社員の方であれば転勤などで
変化が起こりやすい月だと思う。

が、そういう縛りのない私なのだが・・・
今年は4月に変化が起こった。

半年という期間で、先月末にちょっといいな~と思った仕事を実際にすることになり、
すると今までのカラーなどの仕事の依頼も増え、
そして兄が退院して引っ越すというので、その手伝いも多くなり、
(その中で、兄との心の隔たりも何となく取り払われてきて上向きになってきて)
毎日多忙な毎日になってしまった。

私の人生において、急に風向きが変わるという感じで、変化が起こることがある。
今まで引越しも何回もしているが、それもいつも無計画で急だったりする。

一生懸命仕事しようと思っていても、それこそ足を止められるというように、
病気になって動けなくなったり、自分では予想しなかった仕事をしている事や、

どうしようかと悩んでずっと思いが切れなかった事が、
ふと朝の歯磨きの時に「これだ」とか「辞めよ」とかとひらめき、
そうすると、その後待ってましたというような出来事が起こったり、

一切想像もしなかったし、全然自分がそうしたいと昨日までは思っていなかったのに、
気がつけばトントン拍子に事が運び、あまりにスムーズに流れすぎた為、
その過程を思い出すのに一苦労という事もある。

私は女性の中では知識欲もあり、どちらかというと理論派で、理屈っぽい事もあるが、
自分の人生においては、すべて感覚で生きている。

結構ふと「こうしよ」と思い、人に「なぜ」と聞かれても、自分でよく分からないときもある。

「したいと思ったから」
「何となく、もうやだーって思ったから」
とか、大人として、その本心のままに言ってはダメだろうなということが多い。

だから仕方なく、聞かれると色々と考え付く理屈をつけたりするが、本音は
「そう思っちゃったんだもん」
という事がほとんどだったりする。

そしてその感覚は合っている事がほとんどだ。

一度仕事で、本心では辞めたくて仕方なかった時に、条件も地位も上がるという事で、
何人にも止められ、挙句の果てに会社側がお世話になった上司を送り込んできて、
説得されまくり、「半年だけ行ってくれ」と情に流され辞めなかった事があった。
そして私はヘルニアで倒れ、ドクターストップがかかり、もうその会社でも働く事ができず、
体的にその職種の仕事もできなくなった。

本当結局皆に迷惑かけ、自分に持病ができ、痛い思いしただけだった。

この世には偶然はないから、それも選択肢によってのプログラムだったのかもしれないが・・・

自我と自己。
自我(顕在意識・偽我)はお馬鹿だから分からなくても、
自己(潜在意識・真我)は全てをお見通しだから分かるのだろうと実感する。

そして4月の前の3月にはショックのことがあったけど、
何かすっきりとした感覚があって、あの時の苦しみがウソのように
今は毎日わくわくして楽しくて仕方ない。
本当にルンルン気分なのだ。

やっぱり浄化は必要なのだろう。
自分の中の「断・捨・離」をすると、新たな風が吹き込むのかもしれない。

父が亡くなった時に、隣の90代のおばあちゃんが泣きながら来てくれて、
「なんでかな~。
昔から、不思議なことに、嬉しいことある前には辛い嫌なことがあるもんなんじゃ。
嫌なことあったからいうて、ふてたり、やけになったり、いつまでもグジグジしたらいけん。
その後のええ事がそんなんじゃったら、なかなかこれんようになるけんな~。
辛いときは、我慢せんと泣きゃあええんじゃ。
でも辛い思いして、思いっきり泣いて辛い事流した後は、絶対ええ事があるんじゃからな。
それを忘れんと、顔上げ取ったら、ええ事がやってくるからな。
あんたには絶対ええ事がこれからあるんじゃからな。」

と言われたことを思い出した。

本当にそのとおりだと思う。

もし今辛い思いをしている人がいたら、
上の言葉を今度は私からあなたに贈る。

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エイプリルフールとウソの話
今日はエイプリルフールでした。
海外ではメディアや新聞も、このエイプリルフールの今日、
それに乗って、おもしろい記事を載せたりするそうですが、
日本ですると、非難やクレームの電話がなりやまないそうです。
だから、どの社もしないという事を聞きました。

日本人は、ウソが嫌いな民族なのかもしれません。

ウソも色んなウソがあります。
誰もが、絶対についたことがあるウソ。

社交辞令なども、一種のウソであり、それが人間関係の潤滑油にもなっています。
また、相手に合わせるウソや、自分の為のウソ、人を傷つけるウソもあれば、
反対に相手への愛情からつくウソや、楽しみを大きくするためのウソ、
相手が自分を思ってつくウソに気づきながらも、相手を思って気づいてないふりをするウソ。

ウソとだけ聞くと、×、よくないものと思い勝ちですが、
使い方によっては、○になったり、よいものになったり、楽しめるものもあります。

全てはきっと一面だけではなく、両面あり、
人間はたくさんの多面性の生き物なのですから・・・

なんでも、ある一面だけを見て、「○○は○○だ」と決め付けるのはもったいない事です。
見る方向を変えるとは、まったく違うような面もあります。

相手は変わらなくても、自分の見方や見る方向を変えると、全く違う面が見えることも
多いものです。

でも自分の心を広く深く見つめてつかむと、相手の事がもっとよく見えます。
富士山の頂上から、下から登山してくる人をながめるようなものです。
相手のことをなんだかんだと論ずる前に、自分を見つめた方が、自分の視点もあがり
俯瞰からも見る事ができ、また色んな面を自分に見つけると、相手の中にも見えます。

同じものを見ても、人によってそれを見る目が違うし、何が見えているか違います。
そのもの自体よりも、自分の心の目がどれだけ見えるのかの違いが大きいのです。
物探しや視点を外にばかり向けるよりも、自分の内に目を向けて掘り下げていくと、
同じ世界で生きていても、もっと広く、深く、そして面白く見えるようになれるのです。
そして気づく事も多く、たくさんの喜びや幸せも感じることにつながるのだろうと思います。

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