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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
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この世の帳尻合うようになってる?の話
5月が終わりましたね。
今日は五月晴れでした。
五月晴れとは、文字通り5月という意味もあれば、梅雨の間に晴れ渡る事も指すようで、
梅雨入りが早い今年は、両方の意味を持ち合わせた、気持ちいい「五月晴れ」でした。

日照時間や光の強さは、人間の心身に影響が与えます。
日照時間が異常に少なくなる北欧の国では、「SAD」という鬱状態になる病気もあります。
最近では日本でも発症されているのか、テレビでも聞くようになったので、ご存知の方も
いるかもしれません。

暖かい国と、寒い国では、そこに住む人たちの人柄も変わってきます。
日本という小さい国の中でもあると思います。

沖縄の人は「なんくるないさ~」とのんびりかまえて、唄って踊っているイメージがあったり、
東北の人たちは、真面目でによく働き、忍耐強いイメージなどがあります。

また、秋田美人と言いますが、やはりUVが少ない所(世界的にはロシアとか北欧も)
色白の美人の人が多いような気がします。

気候によってできる作物や、食べるものも変わるので、その影響もあるでしょう。

私は花粉や黄砂が吹き荒れるのが止み、梅雨に入る今の季節が大好きです。
(今年はもう入っていますが・・・)
カラッとしていて、気持ちよくて、緑の原っぱの真ん中に行って昼寝した~いって思います。
今の季節、体調を崩している人も多いですが、私は5月はいつも元気いっぱいで、
メンタル的にもとっても元気です。

人によって、きっと得意な季節や苦手な季節があるのかな?と思います。
私は5月~夏にかけてが絶好調です。
その代わり、冬は苦手です。
秋からどんどんと、寒くなっていくとともに、テンションが下がっていきます(苦笑)

友人で、何か嫌なことがあると「ラッキー!一つ貯金」という子がいました。
赤信号にひっかかったとか、誰かにぶつかられたとか、上司に怒られたとか、
たわいもないような事も、マイナス貯金が一つ増えたとカウントするのです。

まぁ集計はしていないのでしょうが、その子の考え方では、この世の帳尻は合うから、
嫌なことがあった分、必ず良いことがあるのだというのです。
だから、嫌なことがあると、よっしゃ貯金だ!と思うというのです。

面白い考え方だな~と思いながらも、普通は嫌な事があると、嫌な気分になり、
凹んだり、イライラするのにも関わらず、ラッキー!と言っているその子は
幸せそうでいいな~と思いました。

まぁ、本当に人生には自分の想像だに出来ない、幸運や嬉しいことが訪れたりしますから、
もしかしたら、その子の言うとおり、帳尻は合うようになっているのかもしれません。

でも今生の人生で、一発逆転で業を一気に解消するつもりできた人は、今生ではもしかしたら
嫌なことが多いかもしれませんが、終了した時「おーえらい解消できた」事になってたり、
嫌な事に出会いながらも、卑屈にもならず、徳を積んでいたら、今生の早い時期に
業を解消できて、晩年幸運に恵まれるかもしれません。

反対に、あまり業を解消するつもりもなく、今生に来た割に、今生の人生で業を増やしていったら
晩年、解消するのに、徳を積む気がなければ、業の解消のために不運とも思える出来事に
出会う事になるかもしれません。

まぁ嫌と思えることがあるから、嬉しいことがわかるわけなので、やはり両方の体験は必要なのだと
私は思いますが・・・

冬の寒い辛さがあるからこそ、この今の気候の気持ちよさが何倍も快適に思えるのかもしれません。
あー幸せ!生きてるっていいな~!ああ気持ちいい!
と思っている最近の私であります。

皆さんはどうですか~?

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失敗した時の反応の話
何か間違ったり、失敗した時に注意されたり、指摘された時、
あなたはどのような反応をするでしょう?

私は「すみません。」
とまず謝り、どこかどのように間違っていたのか、どのようにすればいいのかを聞く。

間違った自分にちょっと腹を立ててしまい、ムカっとしたり、
きつい言い方で怒られると、萎縮してしまったり、
ボンミスとか、以前と同じ間違いだったりすると「あー。やってもうた」と
「私の馬鹿、馬鹿、馬鹿」とちょっと凹み気味になったりする。

人の怒られ方はマチマチだな~と思う。
間違いを指摘されて
「あっ本当だ~!気付かなかった~」とか「やっちゃった~」と笑う人がいる。

人によっては、とても嫌な反応かもしれないが、私は羨ましく思ってしまう。
その後、繰り返し同じ失敗をしたり、「ぬかにクギ」で全然その注意が効かないのは困るが、
その後、その間違いを起こさないようにするのであれば、そうやって自分の失敗を
他人に指摘されて笑えるっていいな~と思ってしまう。

たまに萎縮してしまって、反省ばかりするわりに、同じ失敗を繰り返す人がいる。
その注意の内容よりも、自分が怒られてしまったことに対して萎縮して、
いわゆるビビッてしまって、緊張してしまい、集中できず、失敗を繰り返すのだろう。

私自身も、今までの経験から、妙にその失敗が気になってしまって、
「失敗してしまったらどうしよう」と心配するあまり、目の前の事に集中できずまた失敗する。
そしてまた気にしてしまい失敗が失敗を呼ぶという、マイナススパイラルに陥ってしまうのだ。

そうなると萎縮してしまい、自分がする事に対してどんどん自信がなくなってしまい
効率は悪いわ、失敗したくないという気持ちにエネルギーを注いでいるもんだから、
心ここにあらずで、集中を欠き、結果目の前の事を節穴の目で見ているものだから、
また間違った事をしているにも関わらず気付けず、また注意される。
そしてまた萎縮してしまい・・・・・というスパイラルにどっぷりはまるのだ。

私が出会った、指摘をされて笑って「本当だ。間違ってました。」という何人かの人は、
その後も萎縮せずリラックスしていて、その後は間違わないよう指摘した人を質問攻めにして
同じケースの場合は「これでいいですか?」とチェックをしてもらい、OKだと
「分かりました。これからはバッチリです。」と豪語し、その後本当にきちんとしていた。

とはいえ、何か指摘された時の対応で一番気持ちいいのは、
「申し訳ありません」とまず謝り、口出しせず相手の指摘を聞く。
そして相手の話が全てすんだ後で、自分の意見やそのことに対する言い訳をするのが
一番いい対応の仕方だとは思う。
(絶対相手の心証はいいし、相手が何に対して指摘しているのか、
相手のツボはどこなのかを知るには、相手の話や言い分を聞かないとわかんないからね~。
人によっては、結果は同じでも、自分のやり方でさせたがる人とかいるし・・・)

ただ、相手に対しても自分に対しても失敗を責めるのは簡単だが、
失敗した時、どのような対応をするかの方が、本当は大切なのではないかと思ったりする。

客商売をしている時は、クレームを言われると「ピンチだけど、チャンスだ」と思っていた。
そのクレーム対応によっては、上得意客様になっていただけるからだ。

プロボクサーの辰吉丈一郎さんの幼少期のお父さんとの話で、
当時3歳の辰吉さんが家の近くの池で遊んでいた時、
普通の親であれば「落ちると危ないから池に近づくんじゃない」と言いそうだが、
父、粂二(くめじ)さんは「丈一郎。池に落ちたら上手く泳げよ」と言っていたそうだ。

誰もが苦難と思えるようなことに出会うし、失敗や間違いを犯すものだ。
その失敗をするなと言われて、チャレンジ精神を挫き萎縮するのであれば、
失敗した時対処するよう教えられた方が、よっぽどいい。
だって、この世に失敗した事のない人なんて一人もいないはずだから。

さあ、失敗した時にあなたはどうしますか?
失敗はピンチのように見えるけど、チャンスでもあります。
上手く対処して、自分の世界を広げていける人になっていこうではありませんか。

そしてもし嫌な上司に何か怒られたり、指摘されたりして「ムカっ」とした場合。
先回りして完璧に何も指摘できない仕事をして、その上司の口を封じてやりましょう(笑)

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誰もが今は成長途中の話
以前「無知は罪」と言われたことがある。
また本を読んでいると「愚かさは罪」と書いてあった。

がしかし、私は無知だし、愚かなところがある。
あー私はなんと罪深いのだろう(笑)
そう思うからこそ、色々知りたいと思うし、愚かだからこそ、賢くなりたいと思う。
でも、そういうことをきちんと分かっている自分でいることこそ、
大切な事なのではないかと思うのだ。

以前色の勉強をする前は、色ね。あーあーそんなもん見ればわかるじゃん!ってほどの感覚で
その上に分かったような気でいた。
実際に勉強し始めて、勉強すればするほど、自分がどれほど無知なのかを分かっていった。
自分の無知や愚かさに気づいていなかったのだと思う。

だからこそ、
分かったつもり・・・
知っているつもり・・・
賢いつもり・・・
はとても怖いと思う。

普段の生活で、皆が分かりきっているような基本的なことを
「これってどういう意味ですか?」と質問されて、あたふたする事はないだろうか?

そんな風に分かっているつもりでいるだけのことも、この世には結構あるのではないだろうか?

でも、この世の全てを知ることは不可能だろうと思う。
が、自分の興味あるものや、普段の生活にあふれている情報に耳を傾け、目を開いて
好奇心を持ち、見るということは必要なのではないかと思う。

ここで、またもう一つ大切になる事がある。
感性だ。

一を見て十を知る人もいるし、
十を見ても一も分からない人もいる。

「愚者は賢者から学ばないが、賢者は愚者から学ぶ」
ともいうように、出来事そのものは何の意味も持たなかったり、
ただ存在しているだけの事だったりする。
それを自分の中に吸収して、しまいこむ時に必要なのが「感性」なのだと思う。

最近「ガリレオ」のドラマや、カンヌでも上映後スタンディングオーベーションで喝采を浴び
賞もとった「そして父になる」での俳優業や、アーティストとしても活躍中の
福山雅治さんはすごい感性なのだろうと思ってしまう。

独身でありながら、父の役をして日本人だけではなく、全ての国の人を感動させ、
そしてゼクシイのCMで流れていた「家族になろうよ」という唄は、
とてもいい歌詞で、カラーコーディネートで毎月行っている結婚式場でずっと流れていた。

実生活でその経験をしていなくても、これほどの歌詞を書き、評価の高い父の役ができるというのは
素晴らしい感性を持ち、自分の内の世界が深く広い人なのだろう。

その感性。
本当は子供時代に磨くのが、一番いいのだろうが
(親御さんは勉強ばかりじゃなく、わくわくと興味をもった事を自由にするとか、
自然の中で遊ぶ、お絵かきをしたり、何かを作ったりするのはとても大切ですよ。)
大人になっても、感性は磨く事ができる。

一言でいえば、自分が時間を忘れ、わくわくすることをすればいいのだ。
感性は左脳より、右脳だろうから、創作活動などはいいと思う。
絵を描く、ものを創る、レゴブロックで何かを作る、とかでもいいし、
そういうことが苦手な人は、スポーツをするとか、自然の中でぼーっとするでもいいし、
美術館巡りでもいいし、時間を忘れて自分が没頭できる事をすることで、
感性は磨かれていくのだと思う。

そして、まだ自分は成長途中なのだと自覚することだ。
変化は当然なのに、たまに自分は○○だから!と決定して頑固になっている人がいるが
もったいないな~と思ってしまう。
素直でない人は、成長があるところで止まってしまう。

世界や世間、全てが日に日に変化しているのに、自分だけ変化しないという事はない。
これは知っていると思うことの内容も、変化しているかもしれない。
そういう自覚がなく、ふんぞり返って生きていると、
大きな落とし穴にはまってしまうかもしれないから、要注意だ!

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日本人の話
梅雨入りしましたね~。
早い梅雨入りです。

日本人は、この「雨」についても、色んな表現をしますね。
「時雨」「大雨」「秋雨」「涙雨」「朝雨」「小雨」「細雨」「桜雨」
「寒雨」「甘雨」「喜雨」「祈雨」「樹雨」「急雨」「暁雨」「霧雨」
「恵雨」「紅雨」「豪雨」「穀雨」「黒雨」「山雨」「残雨」「地雨」
「慈雨」「繁雨」「春雨」「暑雨」「少雨」etc...

雨一つとっても、これほど色んな表現をする国があるのでしょうか?

「古池や、蛙飛び込む水の音」
有名な松尾芭蕉の俳句だが、この句を聞くと多くの人が、
シーンと静まり返った山の中の情景を思い浮かべるのではないでしょうか?

人によっては、その情景とともにその静けさを思い起こし、心が静まるように感じたり、
また「わびさび」という素朴さの中の美を感じたり、
古くからある池に、蛙が飛び込む事によって波紋を起こすように、
自分も威厳のある古い組織をに何か一石を投じる気持ちでチャレンジをしてみようと感じたり、
自分という凝り固まった池に、新たな息吹を入れるために一歩踏み出してみようと感じたり、
それぞれに人によって感じ方や思う事は違うかもしれませんが、
きっとその句を最初に聞いた時、思い浮かべる情景は似たものではないかと思います。

でもこの句を海外の人に伝えても「????」なんだそうです。
「古い池に蛙が飛び込んだ音?だからなに?」的な(苦笑)

句を聞いて情景など思い浮かべるような感性は、日本人特有の才能なのである!という文章を
以前本で読みました。

先日は、「血は水より濃い」という話から、血統の傾向があるのではないかという話をしたのですが、
日本人というDNAの傾向も必ず私はあると思います。

どの奥には「武士道」があるという気がしてならないのです。

「サムライジャパン」とか、スポーツでもそのワードが自然につくように、
男女関係なく、誰もが武士道を心の奥深くに持っているのではないかと思うのです。

そして、それを表に出すと「血が騒ぐ」という状態になるのではないかと・・・

きっとそれこそが「日本人のDNA」であり、感性であるのではないかと思うのです。

島国ということもあるのでしょうが、やはり日本人は特異な人種だと感じます。
素晴らしい感性と、礼節と、そして許す心を持ち合わせている、心の広さがある人種だと
思うのです。

だって、原爆を落とされた世界でたった一つの国なわけです。
昨年の広島原爆の式典に、原爆投下を命じたトルーマン大統領のお孫さんが参加していました。
招きに応じて参加をされたトルーマンさんももすごいと思いますが、
他の国であれば暴動になってもおかしくない状況だと思いますし、
非難や罵声などが飛び交いブーイングの嵐が起こっても不思議ではない状態の中、
被爆者の方や、被爆者の家族が静かに黙祷をされているトルーマンさんを見ている姿の中に
日本人の懐の深さを見た気がしました。

その焼け野原から復活を成し遂げた国民性もすごいですし、
災害があった時などに、人間は本性がでると思うのですが、
大震災の時にも、礼節を保ち、強奪などもなく、助け合いの心を持った国民性が出ていたと思います。
(もちろん、私利私欲しか考えない鬼畜生もいました。残念な事です)

終戦を迎え、アメリカの文化が入ってきて、教育なども変わってきましたが、
きっと誰もが心の奥には「武士道」を持っているのだと思います。

その「武士道」を強く持ち、その道を曲げる事なく生きていこうとすると、
生きにくい時代かもしれませんが、きっとこれからは変わってくるのではないかとも思います。
闇に光が当たると、次々と今まで闇に隠れていた色んな「悪」が浮き彫りになってきますし、
闇にまぎれて生きてきた人は、まぶしくて仕方ないでしょうが、
堂々とお天道様の下を生きてきた人にとっては、生きやすい時代になってくるような気がします。

私は日本人として生まれてきた事を、心から感謝してますし、誇りに思っています。

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自由の話
「俺の話を聞け~」のクレイジーケンバンドの横山剣さんがテレビで話していて、
「なるほどな~」と思った話がある。

ずっと自由に作曲や音楽活動をしていたが、一時期貿易会社の社員として勤めていたことがあり、
今までずっと自由にしていた自分が、上司から指示を与えられる事がとても新鮮で、
その社員として規則正しく、規律と秩序の中で、与えられた仕事を指示され勤めることが
却って、自分の創作活動にも刺激を与え、とても自分の世界の幅が広がったという話だ。

横山剣さん自体は、きっと「天才」だと思う。
ピアノの上手な同級生が音を聞いて、その音がどの和音か分からないのが不思議だったと
言っていたので、きっと絶対音感があり、楽譜は読めないし書けないと言われていたが、
小学校の時に創ったという曲を弾き語りしているのを聞くと、
「天才」としか表現できないようなクオリティーの高い曲だった。

そんな人だからかもしれない。
でも誰もかもしれない。

・・・が、

きっと自由って、案外つまんないものなのではないかと思ったのだ。

さぁ、明日からあなたは全て自由です。
何でも好きな事をしてかまいません。

と言われて、何年、何ヶ月、いや何週間、いや何日、楽しめるだろう?
ずっと楽しめるかもしれないし、趣味がある人は深く突き詰めていけるかもしれない。
でも、意外に世界が狭まってしまうかもしれない。

自分の役目があり、規則正しい生活を送り、規律であったり秩序の中で働き、
そしてその中に自由な日だったり、自由な空間だったり、自由な時間があるから、
自由のありがたさだったり、楽しさだったり、時間の有効活用ができて、
そのメリハリからクリエイティブなものが創造されるのかもしれないな~と思ったのだ。

人間いつでもできると思うと、案外ずるずると引き延ばして、しなかったりするが、
この日しかないとか、やっとお金ができたりすると、あっという間にしたりする。

また、メリハリが生活の中にできて、リズムよくなる事もある。

結構忙しくしてる方が、よく動いて、気がつけば色々している事もある。
私の場合、ほっこりすると、動くのがだるくなって、ダラダラ、ダラダラして
何もしないという状態になったりする。

他からの制約や束縛を受け、窮屈さを感じた経験こそが、
自由のありがたさだったり、自由という本来の意味の感覚をを謳歌できるのだろうと思う。

また、制限や束縛の中、一方的な指示や意見を相手から言われることで、
自分の意思や意見、感情などに気付く事もできたりするのではないかと・・・。

自由を知るためには、まずはその反対の体験が必要なんでしょうかね。
その制約や束縛がきつい方が、
その後の自由の感覚はきっと大きく素晴らしく感じるんだろうと思います。

あーこんなに制約されて、束縛されて、本当もういやだー!!っていうあなた。
あなたは自由を、深いところから感じる事ができる人に、今なっています。
いーなー(笑)

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ダービーの話
先日、パートナーのおじいさんが、生前滋賀県の栗東トレーニング・センターの厩舎で
働いていて、何頭かお世話をしていた馬がダービーで優勝した話を聞いていた所だったので、
馬の事は全然分からないまま、今日のダービー選をテレビ中継で見た。

一言で言うと、感動してしまった。

背景など、色々分かっているとまた全然違ってくるだろうし、
それこそ賭けていたら、同じダービーへの思いなど全然変わってくるのだろうが、
何の知識も背景など知らないまま見ても、競走馬の美しさと、
天才武豊と、競馬に疎い私でも知っているディープインパクトの血をひく「キズナ」の
ごぼう抜きのシーンは、あまりにもインパクトが大きかった。
最後ののびが、素人目でも「すごい」とおもってしまったのだ。
素晴らしい!!

でもテレビで見ただけでも、本当に美しい生き物ですね~。馬って・・・。

馬は血統がとても大切だと聞いたことがあるが、人間もやはり「血は水よりも濃い」と
いうように、やはり「血」は関係あるのだろうかと思ってしまった。

生まれつきの遺伝子の中に、やはり血統を表すものが埋め込まれているのだろうか?

友人達を見ていても、若かりし日は反抗して、全然親と違う性質だな~と思っていたが、
年を重ねる毎によく似てきて「そっくり」と思うような人もいる。
というか、そういう人がとても多い。

もちろん自分の魂という観点から言えば、他の人と自分は家族であっても違うのだろうが、
やはり血統というのが、あるような気がしてしまった。

まぁその血統がどのように出るかは、その人の持っている性質によるし、
ある意味、正反対に見えるようでも、
例えばめっちゃケチな親に対して、お金使いが荒い子供とか...でも
同じ「お金」というキーワードに対して、反応が違うだけという事もあるから、
やはり、それにフォーカスするということ自体、何か血統が関係しているのだろうか?

反面教師になっている事もあるけれど、どこか似通っている部分があったり、
すごく親を嫌っている人がいたりするが、それこそ「そっくりじゃん」と思う人もいる。
根本はやはり似ている部分があるのではないだろうか?

心が動く「大好き」「大嫌い」「快」「不快」の部分には、自分が映し出されやすいから
そこを見つめると、自分を知る手がかりがつかめるかもしれない。

今日武豊さんが、インタビューでずっと「キズナ」の事を「彼」と言っていたのがとても印象的だった。

一流の馬に一流の騎手、そして馬主、厩舎などバックボーンにも一流な人たちが揃い、
たくさんの縁がつながりその軌跡の上に、きっとこのダービー1位という結果が出たのだろう。
私は結果した見えていないが、そのプロセスこそにきっと素晴らしいドラマがあるのだろうと
思いながら、馬の美しさに魅了された一日だった。

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相対的なこの世と絶対的なあの世
今日は「ももちゃん」の告別式でした。
晴れ渡った空の下、旅立つ事ができてよかったと思いました。

でもコロコロとよく太った「ももちゃん」を想像していたら、
棺桶の中の「ももちゃん」はとても痩せこけていて、生命エネルギーが抜けた抜け殻に
見えました。

肉体を脱いで、次のステージに旅立ったんだな~とつくづく思い、涙が出ませんでした。

でもこの世の相対の世界から、あの世の絶対の世界に逝って、
この世の不安や恐怖などを捨てて、安心や喜びを得てる気がしました。

以前、
「人生は大変な事はある。
でも、怖いことや嫌いなこと、悪いことはない。」
という話を聴いたことを思い出しました。

その話は、

「人間は生まれて、お世話をしてもらえないと、生きていけない時間がとても長い。
誰もがスタートは一緒だが、「してもらえたら幸せ、してもらえなかったら不幸」という
快・不快を体や感覚で覚える。

母親にしてもらえたら幸せ・してもらえなかったら不幸。

そして、怒られることで恐怖を知る。
怖いことが自分に起こるということを知ってしまう。

守ってもらえると平穏。でもその守ってもらえる親から怒られる。
怒られるという不安な体験をするのだ。

成長していくと、自分でできてくることがある。
例えば、おむつから自分で用便できるようになったり、
食べさせてもらっていたことが、自分で食べることができるようになったり、
洋服を着せてもらっていた事が、自分で着替えることができるようになる。

できるようになる。できない事ができるようになる。
自分ができる幸せを感じた瞬間、もっとできるという事を知ってしまう。

そして、この世の相対の世界で、比較競争が始まり、負ける不幸を覚える。

自分の力だけではどうしようもできない恐怖や不安が訪れる。

この幼少体験があるから、誰もが誰かに与えてもらいたい。
与えてもらえる事が幸せだと思ってしまう。
そして、人と比較して、人より勝っている事を喜び、劣っている事を嘆く。
そして、自分には力がないという事を知り、相手に評価を求め、
その相手次第で一喜一憂して、恐怖や不安を自分の中で生み出す。

でも、本当は与えられる幸せよりも、与える幸せの方が絶対の幸せなのだ。

そして人生は本当は怖いことや不安なことなど何もないのだ。
ただ、その幼少期の思い込みから、そのように捉えてしまうだけなのだ。

本当は全て自分で組んだ自分の魂の為のプログラムをPLAYしているのだ。
だから、もちろん大変な事はあるが、本当は怖いことも悪いこともないのだ。
だって、自分が本当に怖いことや悪い事はプログラムに入れてないはずだから。
先の事が分からないからこそ、自分の魂を磨く事ができるし、その中での喜びも大きい。
だから、そのことを恐れる必要などないのだ。」

というような話だったと思う。

ってことは、この世のそのプログラムを終了して、ゲーム達成してあがれば、
全ては一つの絶対的な世界の、喜びや調和の世界の中に戻るって事だよね~。
ももちゃんもこちらの世界で頑張って、あの世でほっとしてるんじゃないかな~。

ももちゃん、お疲れ様でした。
ゆっくりそちらの世界でほっこりしてください。
そして、いっぱいいっぱいの優しさと思いやりをありがとう。

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楽観的+悲観的=○の話
ロバート・シュワルツという心理学者によると、

肯定的あるいは楽観的な思考(全体の約65%)
否定的あるいは悲観的な思考(全体の約35%)

を併せ持っている人が、比較的バランスのとれた
平静な生活を送ることができるそうです。

全ての事が最善の結果に終わると考える極端な楽観主義は、幻滅や恐怖心をもたらすし、
極端に非現実な楽観主義は、現実的な心配や用心を消してしまうのだそうです。

私も、色んな選択肢の中で選ぶ時は色々悩んだりすることもある。
そして選んだ時、ふとその後これで良かったのかな?と不安がよぎる事もある。

それでも、ちょっとうじうじと、あーでもない。こーでもないと悩んだ後で、
最終的に自分にとって最善な選択をしたのだと肯定をするようにしている。
だっていくら悩んでも考えても、その選択した時には戻れないし、
悲観的に考えたところで、状況は全然変わらないからね~。

そして、今最善でないと思うのであれば、今の最善とはどういうことかを考える。
理想的な事柄より、現実の状態をまざまざと見つめて、それを書き出したりする。
見方を変えてみたり、その悩みへの距離を意識的に変えてみたりして、
思いつく選択肢を考えてみたり、実際に何らかの「動き」をしてみたりする。

そうすると、ちょっと距離を置いてみたり、動いたりしたことで、大きな視点、
先の長い視点を持つことによって、見方が変わったり、その状況をステップとして
ジャンプできることだってある。

この世は必ず「変化」があるわけで、そして100%の確立で皆死んでいくわけです。
それだったら、色んな事を体験する為に、今ここにいると思って、次へのステップや
ジャンプをしてみた方がいいと思うのです。

でも100%の楽観的でも、きっとスッテンコロリンと転んでしまう危険があるし、
100%の悲観的だと立ち止まったまま、動けなくなるんだと思います。

何でも中庸とバランスが必要ということですね。
バランスのとれた見方をすると、物事の両面やあるいは側面も捉えれますからね。
白黒だけではなく、この世にはグレーもあるという事をついつい忘れがちですが、
その選択肢だってきっとあるわけです。

あなたは偏っていませんか?

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持って生まれたものの話
先日から、おじいちゃんを思い出し、このブログにも書いていたら、
おじいちゃんの兄弟で唯一生きていた妹が今日亡くなりました。

その妹の所に様子を見に行ったついでに、私の所にも寄ってくれていたのかな~?

そのおじいちゃんの妹のおばあちゃんは、享年92歳でした。
このおばあちゃんとは、両親が亡くなってから色々話をするようになり、
年もかなり離れていて、立場的にはそんな気軽な呼び方もどうかと言う感じですが、
「ももちゃん」と呼んで、仲良くさせてもらっていました。

遊びに行って、帰る時にはいつも
「よう来てくれたな~。ありがとよ~。気つけて帰られよ~」
といつも「あれ、涙出てきた」と泣いていた「ももちゃん」。

去年からデイサービスに行きだして、楽しいと言っていて、
電話するといつもいなかったり、出かけていたりして忙しくしてるんだと思っていたら、
数ヶ月前に脳梗塞で倒れて、意識不明のまま入院していて今日旅立ったらしい。

人間「持って生まれたもの」があると思う。
ももちゃんは「愛嬌」がある人だった。
とてもかわいらしいのだ。

数年前にだんなさんを亡くしたのだが、とってもだんなさんが好きで、
お墓は自分の部屋から見えるところに建立してもらっていた。
生きている間はよく喧嘩していて、文句や愚痴を言ったりもしているのだが、
何故か本人は一生懸命話してるのだが、笑えてくるような人だった。

これは、やはり持って生まれたものだろうと思う。
真似しようと思っても真似できるものではなく、自分と意識してやろうと思って
やれるものでもない、それこそその人の生まれ持った天性のものだろう。

人には、それぞれにそのような持って生まれたものがある。

私は戦国時代の歴史が好きなのだが、一度本を読んでいて、
愛嬌があり、怒られてもユーモアがあり憎めない豊臣秀吉を織田信長が気に入っていると羨み、
育ちがよく、真面目で教養があり、伝統に重きをおく明智光秀が、
豊臣秀吉のように自分も立ち振る舞えないかと悩んでいるのを見て、
妻に自分の性分と合わない、人の真似事をしても上手くいくはずがないと
諌められているシーンを思い出してしまった。

実際には、織田信長に明智光秀はとても認められていたにも関わらず、
他人ばかりを羨み、自分を認めてくれていない織田信長を恨み、その結果反旗を翻し、
あれほどの教養人で、誰よりもあの当時常識人で、素晴らしい才能の人が、
その後の史実において反逆人として、人気のない武将になってしまったのは残念な事だと思う。

そうなのだ。
その人、その人に性分があるのだ。
でも、ついつい自分とは違う性分を見て羨ましくなり、自分もああなりたいと思ってしまう。
でも、自分はその人が持っていない、素晴らしい性分を持っているのだ。
その点を見出し、磨いていけば、とても自分に自信を持つことができ、
また自分らしく生きていけるのかもしれない。

ももちゃんは、本当に小さくて、丸顔でくしゃくしゃにして笑うかわいいおばあちゃんだった。
よく「ももちゃんは、本当にかわいいな~」言うと、
「もう年寄りをからかうもんじゃね~」
と言っていたが、あの愛嬌とかわいらしさは天性のものだろう。

次の世界へと旅立ったももちゃんの、ご冥福を心よりお祈りしています。

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愛想のいい人と悪い人の話
職場でも近所でも、またママ友や、何かのコミュニティの中でも、自分にとって
合わない人や、嫌だと思う人はいるものだ。

私が苦手と思う人は、最初愛想がよく
「何でも聞いてね。歓迎するわ」とか
「○○さんは以前何されてたの?まぁ○○なんてすごいわね。」とか
いきなり優しく話しかけてきて、色々詮索してきたり、親切そうに見える人だ。

実際、本当に親切ないい人もいるが、中には気をつけた方がいいタイプの人もいて、
少し時間がたつと、他人のことを色々話して聞かせてくれる人もいる。
「○○さんって、ここだけの話、○○なんだって~」とか
「○○さん、さっきあんなこと言ってたわね。話にのらない方がいいわよ。」
「○○さんってちょっとああいう所が○○だと思わない?」
とか、言ってくる。

ここで昔は、本当に嫌な人だな。
他人を落として、自分を売り込んで、この人にどんなメリットがあるんだろう?
そんなの私に言わず、本人に言ってあげればいいじゃん!
なんて思っていたものだ。
あー若かったな~。

きっとその人にとっては、メリットがあるのだろうし、メリットがなくても楽しいのだろうし、
本人に言ったら、その建前だけの関係がぎくしゃくしてしまうのだろう。

最近は、そういう人がいると、絶対に話にはのらないが
「へーそうなんですか。よくご存知なんですね~」
と言いながら、その人の話を聞く。

その話の中に出てくる人の事より、その話をしている人自身の事がよく分かるからだ。
同じシュチュエーションの出来事を体験しても、それぞれの捉え方や思いは違う。
だから、その人の話を聞くと、その人の出来事の捉え方だったり、
その人の価値観だったり、何を重視して、何に重きをおきたいのかが分かるのだ。

まぁ、大体そういう風な話をしてくる人は、一切興味を抱けないタイプが多いのだが、
色んなものの捉え方や思いがあるんだな~という事は勉強になるし、
大体そういう人は敵にはまわしたくない人なので、話を聞くと嬉しがるのだ。

人は自分の話を聴いてくれる人を、自分を理解してくれると信頼するそうだ。
結構営業の人は、一方的に話すだけの人も多いが、
えっ?この人がそんなに売る人なの?という大人しそうで、決して話が上手いわけでもない
見た目もやり手ではなく普通で、パッとした華もないトップセールスの人と出会うことがある。

そういう人は、話すより聞き上手で、よく話を聞いて相手の要望を把握しているので、
言葉少なでも、相手の望む形での薦め方ができるし、人間は言葉巧みに流暢に話す人より
話下手な人の方が、信頼する傾向があるそうだから、もちろんそれ以外の心遣いや
マメな連絡などの努力はあるのだろうが、信頼されるのかもしれない。

私自身も「ヒョウヒョウ」としていて、あまり最初は愛想がなく、怖い位に見える人が
結構好きだったりする。

今までの自分の経験上、そういうタイプの人は、本当に困った時には、
ひょいっとどこかから出てきて助けてくれて、恩を着せるどころか、何事もなかったかのように、
その後も「ヒョウヒョウ」としている人が多く、実際には温かくて優しい人が多かったのだ。
言葉は少ないが、「気にせんでいいよ」とかここぞという時に一言、
救われるような言葉を投げかけてくれたりする。

シャイだったり、照れ屋だったりするので、その後お礼に言っても、とぼけたり
反対に「いらんことせんでもええって」と怒ったような口調で言われたりしたこともある。

こういう人は、本当に私は大好きだし、今までに数え切れないほどの感謝すべきことを
してもらった覚えがある。

色んな事ができたり、頭が良かったり、それぞれの才能や能力が人それぞれあると思うが、
私は、いらん事を言わず、人の悪口を陰で言ったり、悪意を持って人に接したりせず、
何があっても動じず、ヒョウヒョウをしていて、謙虚で、威張ったり、傲慢な態度をしない人が
本当の意味で、とても才能がある人だと思ってしまう。

先天的なものもあるような気がする。
女性は、どうしても噂話が好きだし、その人がいない時にその人の話をしたりもするが、
同じような話でも、悪意があるなしでは全然内容が違うし、その言葉にのっている気持ちは
相手に伝わっていると思う。

好き嫌いは誰にでもある事だから、自分の中にためずに吐き出す事はいいことだと思うが、
自分のメリットの為に、人を貶めたようなことを吹聴するとか、
悪意を持って悪口を、色んな人に言うのは、全く違う事だと思う。

最初の印象だけで、人を見ていたら、大きな落とし穴にはまってしまうかもしれない。
どうぞお気をつけあそばせ。

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おじいちゃんの話
子供より孫の方が、霊線が強いというような話を聞いたことがある。
祖父母と孫の関係は、親子のようにしつけをきちんとしなければいけないという責任感がないから、
皆「かわいい、かわいい」とあんなにかわいがるんだろうと思っていたが、
もし、霊線が子供より孫の方が強いなら「なるほど」と思ってしまう。

私は父方の祖父母と一緒に暮らしていた。
母は結婚してあまり里帰りをしなかったので、母方の祖父母とは幼少期には
あまり思い出がない。

うちのおばあさんは、障子の影から片目だけで覗いているような陰気な人で、
「自分も嫁姑でいじめられたから」とそれはそれは陰湿にお母さんをいびり、
後に聞いた話では、服や下着など買ってきていると全て切り刻まれたり、
ヒステリー症をいつも隠しているが、台所で二人になると大声で怒鳴られながら
色々投げつけられたりしたそうだ。

私もおやつを盗まれたり、部屋を覗かれたりしたりしていたし、
現場を見ていなくても、お母さんをいじめているのは分かったので、子供の頃は大嫌いだった。
「姥捨て山」を読んだ後は、どこにその山があるのか本気で知りたかった位に
本当に嫌いだった。

兄は未だに他の家族はいいけど、おばあさんとだけは一緒の墓に入りたくないと言う。

その分、おじいちゃんが良かった。
昔はお見合い結婚だが、よりによって何故こんな人と結婚する羽目になったんだろう?
絶対おばあさんとは性格は合わないだろう!と幼い頃から思っていた。

実際におじいちゃんがおばあちゃんを若い時から、押さえ込んでいたらしく、
年をとっておじいちゃんが寝たきりになってからは、「恨みをはらすんじゃ」と
馬乗りになって、おばあさんがおじいちゃんの顔や頭をグーで殴りつけていたこともあった。
大声で怒っておじいちゃんをかばったら、おじいちゃんの目から涙が流れたことを覚えている。

そのおばあさんが苦手だった分、私は「おじいちゃん子」だった。
おじいちゃんは、ファンの大泉洋さんと同じ「洋」と書いて「ひろし」と読む。

おじいちゃんは、お父さんの下に生まれた女の子を3人、5歳になる前に次々と亡くしている。
お父さんには姉がいるのだが、その娘2人のうち最初の女の子は「白血病」になり、
亡くなってしまった。

そんな事情もあった上に、私も生まれつき体が弱く、高熱を出しては寝込んでいたり、
予防接種をすれば入院するような子だったのもあってか、本当に目に入れても痛くないと
いうようにかわいがってくれた。

お母さんは、私が生まれてすぐ働きだしたし、兼業農家だった我が家は、両親とも
勤めが終わって帰ってきても、すぐに畑や田んぼに行っていて、忙しかった。
その分、いつもおじいちゃんと一緒にいた。
また、保育園も、体が弱かったからか、いじめられてたからか覚えてないが、やめたので
いつも「ニコイチ」でおじいちゃんと過ごしていた。

絵本を一人で読んでいない時は、おじいちゃんの趣味で凝って創り上げていた日本庭園の
松の剪定をするのを見ていたり、これまた趣味の骨董品を磨くのを手伝ってみたり、
後は時代劇「遠山の金さん」「大江戸捜査網」「大岡越前」「江戸を斬る」などなどを見たり、
将棋や碁並べをしたり、一緒に駄菓子屋に行ったりした思い出がある。

農業が大嫌いで、町議会の議員を何期もしていたおじいちゃんだったのだが、
いつも髪は天然パーマでくるくる、そしてボロっちい着物をいつも着ていた。
そんなに普段は、ダラダラの格好をしているのに、「ザ・昭和」という感じだが、
買い物に行くと「この店で一番いいものを持ってこい」と言って、請求書は家族にまわして
自分は商品を持って帰るような人だったので、持ち物は良いものを持っていたらしい。

でもその「ザ・昭和」の豪快さで、一度、駄菓子屋でくじで一等賞のあめの指輪が欲しくて
いつも1枚とか2枚くじを買っては「あーあー、またはずれた」と言っていたら、
大人買いというのか、残り全てをまとめて買って「ほれ」とその指輪を渡された時は、
「そうじゃない。」と私が大泣きしてしまい、
「これが欲しい言うたんじゃねんか~。じいちゃんが悪かったからもう泣かんでくれ~」
とおろおろと申し訳なさそうに、返品していたのを覚えている。

そんなおじいちゃんだった。

でも、幼少期いつも発熱しては寝ているわけだから、スポーツは出来ないし、
学校に体調悪くあまり行ってないから、勉強はできないし、
唯一オルガンがすきで、勝手に曲を作っては即興で歌詞も作って唄って楽しくしていたが
習い事を近所の子がし出したからあんたも・・・とピアノを買われ、オルガンを処分され、
この楽譜通りに弾きなさい。先生の言うとおりにしなさい。と母に言われ
すっかりおもしろくなくなってしまった。

母は自分がコンプレックスだったのか、近所の子と見劣りしないように私を育てようと
思ったのかは不明だが、小学校に入ると、お花、そろばん、習字、英語etc...と
習い事が増えていった。
すぐやめたものもあるが、母に辞めさせてもらえず行っていたものもあった。
続けていたのは、近所の子も行っていたので、何かあるたびに比較されていた。
(全て私が劣っていたのだが・・・)

また、父には、何でもできるお兄ちゃんと比較され
「お兄ちゃんは、家で勉強せんでもできるし、遊んどってもできるんじゃ。
でも、お前は人の3倍努力して、一人前じゃから、他人以上に努力せにゃいけん」

と、両親からは「ダメダシ」の嵐だったの上に。体が弱くて困るとよく言われていたが、
おじいちゃんは、そんな事は全部おかまいで、私という存在を愛してくれた人だった。

幼少期、おじいちゃんは私の逃げ場だった。
そんな「ダメダシ」をされている上に、両親には学校でいじめられているなんて
絶対口が裂けても言えなかったし、私は劣等感の固まりみたいな自信のない子だった。
何も言わなくても、おじいちゃんのそばにいるだけでほっとできた。

私は小学校入るとすぐに、変な和室に一人で寝させられるようになった。
般若面があったり、鷲が獲物を狙っている掛け軸があったり、
透明な四角の箱に入った、着物の人形やドレスを着た人形があったり、
母の嫁入り道具の箪笥があり、そのガラス棚に、大量のおみやげの人形が入っていて、
それはそれは怖い部屋だった。

そして我が家は何代か前のご先祖様が裕福だった名残で、2つ蔵があったのだが、
その一つの蔵が隣の部屋だった。今でも気持ち悪いが、その頃はおばけがいると
本気で信じていた。

嫌で何度も両親に訴えたが一緒に寝てくれず、よくこそっと抜け出しては
おじいちゃんの部屋に行き、布団に潜り込んでいた。
後で思うと、おばあさんが母に言っていたのだろうが、次の日には母にばれ
怒られるのだが、おじいちゃんの布団にもぐるとぎゅっと抱きしめてくれ、
何とも優しさに包まれて安心できたのを覚えている。

そして、母も言っていたが、私もおじいちゃんが声を荒げて怒っているのを
一度も聞いたことがない。
決して気が長い人ではなかったような気がするが、感情的になって怒るということは見た事がない。

だからこそ、安心できたのかもしれない。

家族は、どうしても期待を相手にしてしまうし、要望や批判も多くなりがちだ。
それも、もちろん「愛」があるからだという事は分かっている。
でも、そんな中、期待もなく、ただただ生きているわたし自身を肯定し、
すっぽり包んでくれる人がいたという事実は、私のその後の人生において大きな宝だと思う。

一度実家に帰って、おじいちゃんが亡くなるまで一緒に暮らせてよかったと思う。
おじいちゃんの訃報を聞いて、車を飛ばして帰っていたら、スピード違反で捕まり
一発免停になり、それをきっかけに家を出て一人暮らしを始めたのだが、
何故か、私は何度家を出ても、不思議と誰かが調子悪くなる前に実家に帰ることになり、
あの時、一緒に暮らせていてよかったと、後で思う事が多い。
流れなのかもしれない。

おじいちゃん、本当にありがとう。
私はおじいちゃんの元に生まれ、とても感謝しています。

量子力学においては、過去と現在は直線ではなく、両方一緒に存在しているらしい。
過去の中でもおじいちゃんは私の中の現在にも生きていて、
そして大好きな気持ちは過去も現在も同じだしね。

おじいちゃんは形があっても、なくても、すごく私を大切にしてくれてるのが分かる。
たまに置いた場所わかんなくなって、おじいちゃんに尋ねると教えてくれてありがとう。

そちらの世界はどうですか?
13回忌を越してちょっとは、そちらでの生活に変化がありましたか?
おじいちゃんが幸せで、いつものにこ~っとした顔でいてくれたら、私も幸せです。

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パーソナルカラーのWinter(冬)の話
winter-color.jpg

昨日もブルーベースを紹介しましたが、昨日のSummerと
もう一つのWinterを今日は説明しようと思います。

Winter(冬)

ブルーベースの中ではっきりしたダークな色
(例えば黒、ボルドー、インディゴブルー、ダークパープルなどの深い色)が似合います。

Winterの方はクール、エレガントな感じです。
自分に似合う色を合わすと、印象的な感じになり美しく見えます。

全てのシーズンの中で、白と黒が唯一似合うのがWinterの人です。

他のシーズンは黒を始め暗いダークな色を合わすと、血色が悪く見え、
老けた印象になりますが、Winterの人は負けずに印象的になり、肌が美しく見えます。

芸能人でいえば、

岩下志麻さんや、若村真由美さん、柴崎コウさん、
大地真央さん、桃井かおりさん、小雪さん、
りょうさん、常盤貴子さん、黒木メイサさん、松雪泰子さん、

などはWinterの人ではないかと思います。

Winterの人が似合うと言われるイメージや服の傾向をご紹介します。

イメージは、クール、シンプル、エレガント、上品

デザインはドラマティックで印象的なデザイン

生地はシルク、サテン、ベルベット、スウェード

プリントは幾何学模様、優雅な花柄、無地

アクセサリーはシルバー、プラチナ、

口紅はオレンジ系よりも、深紅や紫よりのピンクが似合います。

アイラインをしっかりひき、アイメイクを濃いめにすると
クールでエレガントの印象が引き立ちます。

はっきり、しっかりメイクをするとドラマチックに美しく見えます。

Winterの人は高級感のある大人の女性らしいスタイルをすると、
印象的なイメージが深まりよく似合います。

淡い色よりは深い色、グレーよりは黒、茶系よりは紫系や深いブルーやボルドー、
茶系だとバーガンディのような深みのある色が似合います。
また純白も似合います。

Summerの肌が色白で血管が透けて見えるような肌と対応して、
Winterの人は、陶器のように皮膚の厚みがSummerの肌よりもあるように見えます。
そしてなめらかさの中にも、強さを感じる肌で、しっとりとしていながらも
美しく、本当に陶器のような美しさがある肌です。

よければ参考にしてください。

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パーソナルカラーSUMMER(夏)の話
summer-color.jpg

以前パーソナルカラーについて説明をしましたが、
今日はブルーベースを詳しくシーズン毎に説明しようと思います。

<<ブルーベース Summer(夏)>>

ブルーベースの薄い、パステルカラーのグレイッシュなはっきりしない
優しい色が似合います。

Summerの方はスッキリ、癒し系な感じです。
自分に似合う色を顔の近くに合わすと、肌に透明感が出て美しく見えます。

全てのシーズンの中で、Summerの人が一番自分に似合う色を合わせた瞬間、
肌の見え方が変わる気がします。

芸能人でいえば、

石田ゆり子さんや、鈴木京香さん、
松嶋菜々子さん、広末涼子さん、蒼井優さん、
松嶋尚美さん、綾瀬はるかさん、小倉優子さん、
佐藤江梨子さん、ほしのあきさん、木村多江さん、

などはSummerの人ではないかと思います。

Summerの人が似合うと言われるイメージや服の傾向をご紹介します。

イメージは、ソフト、フェミニン、ロマンティック

デザインは流れるようなライン、女性らしいデザイン

生地はシフォン、ジョーゼット、アンゴラ、レース

プリントは小花柄、小さな水玉、繊細なストライプ

アクセサリーはシルバー、プラチナ、小さなもの

口紅は薄いピンクが似合います。
色つきリップクリームで艶を出すだけでも、Summerの人はいいかもしれません。

あまり濃いお化粧より、すっぴんメイクや素肌を生かした薄めのメイクの方が、
透明感が溢れて美しく見えます。

Summerの人はThe女の子という感じや、清潔感ある女性らしいスタイルがよく似合います。

黒よりはグレー、茶系よりはアイボリー、また顔回りにはパステルカラーの薄い色を持ってくると、
一気に顔のトーンが明るくなり、透明感が出ます。

夏の方は、色白で、血管が青く透けて見えるような人が典型的な感じだと思います。

日焼けしたら、赤くなって戻るのですが、メラニンが少ないのでシミになりやすい傾向が
あります。
これからの季節、UVケアには気をつけた方がいいでしょう。

よければ参考にしてください。

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水の流れのような人生の話
昨日、ターコイズの色の説明をしていて、水の流れのように、
自分の人生にも流れがあるな~とつくづく感じてしまった。

私は「我」が強い方だと思う。
こうしたい!と思うと、自分で出来うることであればするのだ。

例えば、20代後半の時、やっと親へ借金を返し、一人暮らしを始めた時、
その頃は販売の仕事をしていたので、服飾代と生活費と食費でお金がとんでいき
貯金などもなく、余裕もなかった頃、カイロプラクティックを習いたいと思った。

ある先生に、教えてくれと治療院に押しかけ、教えたりしていないというその先生に頼み、
では50万持ってきなさいと言われ、次の週から、仕事が終わった後バイトを始めた。
結局何ヶ月かかったか忘れたが、お金を作って習いに行ったが、
色々原因はあるが、結果体格のいい男の人の施術をするのは、いくらコツをつかんでも
私にはきつかったのと、人の肌を触る仕事は私は好きではないと気付いて辞めた。

その後、その先生は治療院以外の教室をし始めて、年々大きくなり、成功している。

その他にも、仕事で成果を残すとか、勉強して資格取得するとか、
後は○○に行きたいと目標を立て、お金を貯め、計画をたてて実行するとか
そういうことは、突発的な思いつきも含めて、力ずくでしてしまうのだ。

だからそういう時は、色んなお知らせがきていても、一切気付かない。
「したいもんはしたい!」という「我」だけで突っ走ってしまうのだ(苦笑)

私は普段は理屈っぽかったりするが、人生は勘と感覚で生きているので、
「理由はないけど、してみたい」
という感覚は意外に合っている事も多いと思うが、
全く違う場合も多々あるわけで・・・そういうときはお知らせに気付かないので、
最終的には足が動かなくなる。

文字通り、ヘルニアになって足が立たなくなって、寝たきりになり入院したり、
その他でも、大体体を壊して入院する羽目になるのだ。

私の中の感覚では、

「すみません。ちょっと違ってますよ」
と肩をたたかれても気付かず、

腕をつかまれ、振り向かされ
「全然違った方向に行こうとしてるから、戻った方がいいですよ」
と言われても気付かず

「だから違ってるって言ってるだろ~~」
ととび蹴りされてやっと気付く・・・

みたいな感じなのではないかと思う。

で、結局大筋の自分のテーマに沿った流れに戻ることになる。
という感じがするのだ。

が、、、
私は昔から道草が好きなのだ。

小学校の時にも、行きの登校は一斉登校するから30分ほどだが、
帰りは一人だと2時間位かけて帰っていた。
れんげ畑に行ってみたり、グイチゴと言っていたがラズベリーを摘んで食べたり、
花の蜜を吸ったり、草笛を吹いてみたりetc...

何よりも小学校の時のよき思い出が、その道草だったりするのだ。

人生でもそうだ。
道草が多いと思う。
でもその道草が、案外楽しかったりするのだ。

自分に合わないことをやってみて「合わない」事が分かったとスッキリすることが多いが、
やらない後悔より、やった後悔の方が気持ちいいと思っている私は
とび蹴りされようとも、自分の人生が大好きである。

が、年を重ねるとともに、あまり無理はせず、大人しく流れにのるようになってきた。
以前は「負けるもんか」と抗っていたが、そう抵抗したところで結果同じなら、
じゃ、流されていきますか。と流れに身をまかすようになったのだ。
そうすると、驚くほど生きるのが楽でびっくりした(笑)

以前、テレビに大沢たかおさんが出て、
「何もすることがなくて、ずっと何もせずじっとしていた」
・・・そうすると、マネージャーから、役者のオファーがあって
・・・賞をもらったり、賞賛されてもピンとこない
「今も合ってるかどうか分からない。嫌いでもないけど、好きなのかどうかもわからない。
ただ一生懸命来た仕事をやっているだけ」
と言っていたが、流れを待って、自分に合う流れに乗るのが上手い人なんだなと思った。

マインドではなくハートで感じた事をしている=流れにのっている
だから、いい俳優さんとして活躍されるのかな~と思った。

死ぬまで、自分はこうだ!とか、自分の性分はこう!とか
私の天職は○○だ!という事は分からないと私は思っている。

っていうか、早いところ決めてしまったら、
成長途中ではなくなってしまい、他の才能を眠ったまま終わらせてしまう気がするのだ。

まぁ結局形が変わろうが、自分という水の流れに戻るのであれば、
蓋をしたり枠を決めたりしない方が、色んな自分が表現できやすいかもしれない。

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ターコイズの話
ターコイズ

私の大好きな色のターコイズは
グリーン(真実・ハート)とブルー(コミュニケーション)の合わさった色です。

ターコイズのキーワードは
「海」
「水」
「川」
「イルカ」
「アトランティス」
などがあります。

私は水の星座ですが、それもあってかターコイズが昔から好きです。

意味としては、先ほどのキーワードから説明していくと、
まずイルカを想像してみてください。

遊び好きで、その瞬間瞬間を自由に楽しんでいます。
集団で生活をして、子育ても仲間皆でしますし、弱いものや年老いたものを守り、
愛のあふれた生物だとも言われます。

そこから博愛主義や人道主義という言葉の象徴的な色であり、
ほかの誰かの為に自分ができることをする、皆の幸せを願う色でもあります。

ターコイズは、ネイティブアメリカンが神聖な色として大切にして、
トルコ石がその装飾品によく使われています。

ネイティブアメリカンは、その長老などは特に真実しか言わなかったといいます。
ハートからのコミュニケーションで本当に必要な言葉だけを使っていたのでしょう。

ターコイズはハートからのコミュニケーションという意味もあります。

これはどういうことかというと、「インナーティーチャー」
答えは自分の中にある。内なる教師の声を聞く。

頭のおしゃべりをやめて、心の声を聞きながら、楽しく行動することで
道が開けていくということです。

既に外に探さなくても、自分の中に自分の先生がいるのです。

アトランティスというキーワードもありますが、ターコイズは
子供のような純粋さ、感受性、直感、創造性を持っています。
それを表現するための、コンピューターや最新テクノロジーともつながりを持つ色です。

自分を表現し、エネルギーを拡大させたい、多くの人と分かち合いたい、
多くの人に届けたいと思った時には、この色が大きなサポートをしてくれるでしょう。

また、ターコイズブルーが好きな人は、言葉でのコミュニケーションは苦手でも
ネットやメール、ラインなどを通じてのコミュニケーションは向く人が多いかもしれません。
また、そのような仕事につくと、向いているかもしれません。

またパソコンやスマホを使って、クリエイティブな作品を創るとか、
ソフト開発やアプリの開発などに携わっても、創造性を発揮できるかもしれません。

ただ、自由に感性での自己表現をしたいという気持ちや、純粋さがあるので
できるだけ、自分に合う環境を選ぶ必要があるでしょう。

でも仕事ではすべて自由に好きなようにできるわけにはいきません。
重荷を感じやすかったり、人間関係に悩んだりする事もあるかもしれません。
神経質になったり、不安にさいなまれるようになることもあったり、
また、反対に気ままになり易くなることもあるでしょう。

ターコイズの人はダメージが体に出やすいので、
ゆったりと自分ひとりの時間を持つことが大切です。
そうすることでバランスをとっていけるでしょう。

ターコイズの色の反対色(補色)はコーラルです。

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美しい心の持つ人の話
今年入って、とてもきれいな心の持ち主と出逢った。
「悪意」というものがないのだ。
これは先天的でもあり、後天的でもあるのだろうと思う。

自分の心の内に「悪意」がないので、人が話す言葉の中にもそれが見えず、
その言葉通りに受け取るのだ。
なので、空気を読めなかったり、行間が読めなかったりするので、
「変な人」とか「変わっている人」という烙印を押されているらしい。

でもなぜ自分がそういう風に言われるかは、ピンとくるはずもなく、分からないらしい。

数人でいた時に、一人の人がその悪意のない人を自分より格下に見て、
馬鹿にしたような失礼な態度や言動をしていたが、本人一人が全然気付いていなくて
「今日は本当に私楽しいです。」と言っていた。

その日に「今日は楽しかったです。また次回皆で集まりましょう」というメールが来たので、
本当に気付いていなかったんだという事を知った。

では、その人が恵まれた人生だったかというとそうでもない。
話を聞くと、暴力をふるう父と新興宗教に熱心な母との間に生まれ、
裕福だったので、小学校の時から私立に通ったが、いじめを受けて
中学校の時は1年間不登校になり、ひきこもっていたらしい。

その後大学に進むが、両親が離婚して、母親が慰謝料請求の裁判を起こしたらしいが、
慰謝料どころか、成人であるということで養育費も一切もらえず、貯金もなかった為
授業料が払えなくなり大学を辞めて、その後は新聞配達などのバイトを転々としている
という状態だそうだ。

母親は相変わらず新興宗教の布教に熱心で、実家には縁を切られていて、
夫にも拒絶された分、彼女にべったりくっついていて、
「私が死んだら自由にしたらいいけど、私が生きている間はだめ。
私が信仰している宗教はすごい力があるから、私を裏切った人は皆不幸になっている。
そして私が毎日祈ったので、○○さんは全身癌になっている」
と脅されている毎日で、その中姉は県外に逃げ、その人も一人暮らしをしたらしいが
新居の住所を教えたら、すぐに同じアパートのそれも隣の部屋に母親が越してきたという。

姉は一生父には会いたくないと、幼少期からグーで全身殴られたり蹴られた恨みと
最後に自分達を捨てお金持ちなのに一銭もくれず、自分は再婚して一人幸せでいる父親を
絶対許さないと言っているらしいが、その人は父に会いたいと慕っている状態だ。

父親=男性という事になっているので、男性は怖いと思っている所もあり、
また小中学校の時に好きになった男の子にも、いじめを受けたらしく
あまり男性と付き合いたいと思うこともないようだ。

でも本当にその中、やさぐれるわけでもなく、ひねくれるわけでもなく
自分を見失うことなく、とても美しい心の持ち主のままなにの、驚かされた。

悪意がないというのは、何と美しいことかと思うとともに、
自分が薄汚れているような気にもなってしまった。

なぜなら、人の悪意や嫌味、感情の起伏が見えてしまうからだ(苦笑)
またエネルギーまで、たまに感じてしまうから困ったものだ。

でも、そのとても美しい心の持ち主の人を見ていて、今の世はとても生き難いだろうなと
思わざるをえなかった。

摂食障害、パニック障害、対人恐怖症、アダルトチルドレンetc...
きっと、病院に行ったら、これらの病状には当てはまると診断されるだろうと思う。

でも自分自身では、困ってないという。
そして、色々と文化(音楽や物語、ドラマ、映画などなど)はとても詳しくて、
同年代の友達はいないが、年上の知り合いの人はいるし、独りで遊ぶのも苦ではなく
一人で色々することは、苦どころか楽しいという。

人がどう思い、その人を判断しようとも、本人が困っていないのであれば、
全然問題ではないと私は思う。
雑談で、魂や心の話をすると、とてもよく分かり、深く理解する人で、
この人は魂の高い人なんだろうなと、会うたびに思う。

そして慣れると明るくてとても面白いのだ。
目線や見方が一般の人とはずれているので、とても新鮮な驚きとともに
いろんな物事を見返すことができる。
自分では「当たり前」と思うことが、「当たり前ではない」という事を気付かせてくれる。

(そんな事全然言われないばかりか、受け入れてもらえずいじめられたり
何もしていないのに怒られる事が多いと言っていたので、皆の目は節穴なのか?と驚いた)

素直で、悪意がなく、毎日毎日を一生懸命生きていく姿勢があり、
クヨクヨすることもあるが、毎日の生活の中で嬉しいことを見つけていき、
自分で立って歩いていくという覚悟と、当たり前のことを喜び感動する感性を持つ
その人を、私は今まで生きてきて出逢った人たちの中で一番美しいと思った。

思わず「どぶねずみみたいに、美しくなりたい」というブルーハーツのリンダ・リンダを
思い出してしまうような、そんな出逢いだった。

最近会ってないけど、元気かな~?

読んでいただいてありがとうございます。
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ダイエットはほどほどにの話
季節がガラっと変わった感じですね~。
太陽の光が違います。

UV対策も必要ですが、太陽の光も人間には影響があるので、
これからの季節日照時間が延びて、日照の光が強くなると
元気になる人もいるのではないかと思います。

人間の眉間に「松果体」という器官があり、
その器官が光に強さなどを感知して、脳に刺激を送り、
必要なホルモンを出すように指示する大切な器官だと言われています。

例えば、朝日を浴びて、脳内物質のアドレナリンを出し
「さぁ頑張るぞ!」という、静から動になるようにしたり、
反対に暗くなると、メラトニンを出して、睡眠を促すようにするといった事です。

人によっては冬の方が好きという人もいますが、私は冬より夏が元気です。
冬は冬眠したいと本気で思います(笑)

春は別れと出会いの季節でもあり、出会った人とのコミュニケーションも
とれてきて、徐々に距離感が近くなってくる時期が今頃かな~と思います。

私は結構最初の初対面の印象が強い方です。
そして最初に持った印象を忘れた頃、あーやっぱり。最初思ったとおりだと
思う事もあります。

若い頃は美醜だけですが、年を重ねてくると、内面が顔にも出てくると思います。
意地悪な人は意地悪な顔に
人のいい人は人のよさそうな顔に
神経質な人は細かそうな顔に
なるような気がします。

また、体型にも、性格が現れてくるような気がします。
美意識が高く、おしゃれな人は、やはり気にしていて細い方が多いですが、
色々と気がつく、ちょっと神経質な感じの方は細かったり、
おおらかで「まいっか」というような感じの方は、ふくよかだったりするような
気がします。

これからの季節はやはり薄着になるので、ダイエットをする人も多いと思いますが
あまり無理なダイエットはおすすめしません。

先日夏八木勲さんがなくなりましたが、15キロ痩せた後すい臓がんが見つかったと
いう報道を見ました。

私の父も糖尿病の治療という事で入院して、10キロ以上痩せて帰ってきた後
すい臓がんが見つかり、あれよあれよという間に亡くなりました。
母も、ALSになり最初は進行がゆっくりだったのが、痩せだすとともに
一気に病気の進行も進み、最終的には30キロ台になり亡くなりました。

以前雨上がりの宮迫さんが癌になった事がありましたが、
その前にテレビのお仕事で肉体改造をされ、随分痩せていらっしゃった記憶があります。

他でも、私自身も痩せている時に入院していたり、何故か私の周りも
ダイエットして痩せたと喜んでいたら、その後調子を崩して入院する人が多く、
私の中で、生命エネルギーも一緒に抜けていくのではないかと思ってしまいます。

もちろん、太りすぎはよくないですし、成人病になる確立もあがるので
摂生が必要だと思うのですが、一気に体重を落とすような無理なダイエットは
あまりしない方が健康のためのような気がします。

人によってベスト体重も違うと思います。
平均を見て参考にするのは大切ですが、あまりにそれに囚われてしまうのも
どうかと思います。

そして無理をすると、その反動がきます。
ダイエット⇒リバウンド⇒ダイエット⇒リバウンドと繰り返す人もいますが
筋肉量が減ってしまって、健康にもよくないと思います。

短期ではなく長期的な目線で、ダイエットも考える必要があるのではないかと思います。

おしゃれも大事ですが、健康あってのおしゃれですからね。

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思い込みの話
人間の思い込みについて考えてみたいと思います。
私は「思い込み」も光の部分もあれば、影の部分もあると思うんですよね~。

では「思い込み」の光の部分っていうと、やはり自分の願望達成とのつながりでしょうか。
潜在意識を動かすのは、やはりこの「思い込み」が大変重要になると思います。

「思い込み」から
「こうなるに決まってる」とか、
その達成した様子が目に浮かぶようになると
その願望は達成しやすくなるとも言われます。

私の経験から言っても、
自分でも理屈は抜きにして、絶対うまくいく!と思い込んでいる時とか、
「こうなってよかった」とイメージして疑わなくなるほど思い込んだ時とか
周り皆に反対されても「大丈夫だって」と思い込んで信じているときは
本当にうまくいったり、自分のイメージ通りになったり、大丈夫な結果になります。

段取り八分という言葉がありますが、その八分にはその思い込みも大きな位置を
しめているのではないかと思うわけです。

でもこの「思い込み」よくない事もあるわけです。
そう。
「わたしなんて・・・・」
「どうせ・・・・・だから」
という思い込みです。

そう思い込んでいると、本当にそのような現実が自分に訪れます。

心配するというのは、たとえ相手がいて、その相手を思うあまりの「心配」で
あったとしても、いいエネルギーではないと私は思っています。

心配するというのは、自信がない証明であり、うまくいかないと思っている事でもあり、
自分の思っている状態にはならなかったらどうしようと思っていることであり、
相手がある事であれば、失敗をイメージしていることだったり、見方を変えれば
相手を信頼してなかったり、相手を過小評価している可能性だってあるわけです。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、
自分ができうる事をし尽くしたら、それ以降は神の手に託すべきなのです。

それをどうにかしよう、絶対自分の思い通りにいこうと思う気持ちが
心配を起こすのであり、そしてその「心配」の負のエネルギーに引っ張られて
その心配通りの現実を創る場合もあるわけです。

だったら「心配」はしない方がいい方向にいくということです。
「備えあれば憂いなし」という言葉もありますが、
備えをすることと心配をする事とは違います。

これは私の周りだけかもしれませんが、心配する人は心配ばかりして
実際にあまり行動しない人が多いような気がします。
反対に備えをする人は、色々調べてその対策を考え、
その対策に必要なものを用意したり、必要な知識を得るために時間を使っているので
心配にかける時間が少ないような気がします。

「思い込み」の話から、話がそれてしまった感がありますが、
ある意味よくない「思い込み」は「井の中の蛙」の要素も多いのだと思います。

「もうー私はダメだ~」と思い込んでいるとします。
でも色々調べたら、そんなにダメではない事に気づけたり、
自分が思いこんでいるだけで、俯瞰から見たり、他人に意見を聞いたら
全然ダメではなく、解決できる事かもしれません。

また、私はこうだから!っていう「思い込み」ももったいない事だと思います。
人間は多面性な生き物ですし、凡人は脳の数パーセントしか使わず終わるとも言われます。
色んな面がある自分を、最初から「思い込み」でこうだからと枠をつけてしまうのは、
自分で自分を枠にはめて縮こませているようなものです。

人から自分の事を評されるとイヤなものですが、その中にヒントが隠れています。
ちょっと耳を傾けて聞いてみるのもいいと思います。
また、自分の性格をどう思っているかを、家族や近しい人に聞いてみると、
意外な自分の面を聞くことができるかもしれません。

何でもそうですが、何事も両面あるものです。
だったら「思い込み」はよい方向だけに使っていって、
自分はまだ成長途中と「私はこうだから」という「思い込み」は捨てて
もっと自分の世界を広げていこうではありませんか。

私は人間は面白いものだと思います。

とても器の大きい、またする事のスケールも大きい人が、
驚くほどある部分では、気が小さく細かかったり、

反対に大人しくて、人の中にいても全然目立たない人が、
とても大胆な事をして、皆を驚かせたりします。

人を見てある面だけで「あの人はこういう人」と思いこんでいたら、
全く違う一面を見て驚かされる事があるかもしれません。

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母の日だから、私の母の話
今日は母の日ですね~。
もうこの世にはいないけれど、母に「ありがとう」と感謝の気持ちを送ります。

今日は懐かしい母の「天然話」を書いていこうかな~と思います。
母はとても優しい面とともにクールな面、そして天然な面のあるかわいい人でした。

<<母の思い出1>>
いつもはフランクに、私のことも○○ちゃんと呼んでいる母なのですが、
「お話があります」の時だけは、さん付けになります。
そしてある日、突然前触れもなく、このさん付けで呼ばれる話が始まります。

(10代の時)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 どうやって妊娠するかはわかりますね。
 避妊ということを知っていますか?
 そういう行為をもしするのであれば、きちんと避妊をしなければいけません。」

(20代前半の時)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 周りが皆次々と結婚しているからといって、焦ることはありません。
 あなたが好きな人が出来て、その人と結婚したいと思った時が
 あなたの結婚適齢期なのですから、人を気にする必要はありません」

(20代後半の話)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 結婚している人とお付き合いしてはいけません。
 それは不倫という関係であり、女性にとって何一ついい事はありません。
 気をつけなさい」

(30代の話)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 あなたの結婚適齢期はまだきませんか?
 お母さん、今旬を迎えてる友達同士の孫話に入りたいんですけど、まだですか?」

その後、兄が結婚して孫が出来て、よく実家に連れてきていたが、そんな時母は
「あー疲れる。はよー帰ってくれんかな~。」と小声でよく私に言っていた(笑)

<<母の思い出2>>
勝手な私は昔よく、
「ちょっと一週間くらい出てくる。」
「ちょっと2、3日出てくる。」
と言って、行き先も告げず、旅行(海外も含む)に行っていた。

一度モルディブに行った帰りにシンガポールにより、シンガポールエアラインで
関西空港まで帰ってきた時に、全く同じスーツケースが荷物でまわってきて、
他人の荷物を持って出てしまったことがある。

携帯電話もバイブにしたままで、空港からの電話にすぐ気付かず、
スーツケースにつけていた緊急連絡先の実家に電話が入っていたらしい。
(これは後日知るのだが・・・)

気付いた私は空港に引き返し、スーツケースを替えて、関西の友人の家に泊まって
後日家に帰ってお土産を渡し、モルディブのカレー粉を使ってカレーを作っていると、
両親二人で話をしているのが聞こえてきた。

(母)「シンガポールってお父さんどこにあるんかな~?」
(父)「そりゃーアジアじゃ。そんな事も知らんのんか。お前はものをしらんな~。」
(母)「どうやったら、海外にいけるんかな~?」
(父)「そりゃー飛行機でひとっ飛びしたらすぐじゃ。」
(母)「でも飛行機乗るには、パスポートがいるんじゃねんかな。」
(父)「そうじゃ、それがいる。」
(母)「どこ行ったら、パスポートもらえるんかな~?」
(父)「なんじゃ。どっかいきてーんか?」
(母)「そういうわけじゃねーけど、どこでもらえるんじゃろうかと思ぅて~。
    役場行きゃーくれるんじゃろうか。」
(父)「そりゃ、そんなもんは全部役場じゃ。今隣の○○ちゃんが所長しょーろーが。
    ○○ちゃんに言うたら、そんなもんすぐ持ってきてくれら~」
(母)「さすが、お父さん、何でもよー知っとるな~」

※絶賛されてるお父さんのどや顔を見て何にも言えなかったけど、それって違うから(笑)

<<母の思い出3>>
母が私の仕事場にしてきた電話は3回。
一度目は、父が心筋梗塞で倒れた時。
二度目は、祖父が死んだ時。
三度目は、たぬきが私の部屋に入り、私のベッドの上に大きなうんこをして帰った時。
「あんたのベッドが気に入ったらしく、全然出ていかんで、
やっとお父さんと追い出したら、大きいうんこをベッドの真ん中にして出てって、
もうくそうてかなわんけど、どうする?」

※今仕事中ですぐ帰れないから、片付けといてよ(笑)
 その後当分、仕事場で「うんのついてる女」と呼ばれていた(苦笑)

<<母の思い出4>>
父が心筋梗塞で倒れ、何時間もかかる大手術が終わり、
医師に「するべき事はしましたが、危ない状況です。今晩が峠です」と言われ、
その後初めて、集中治療室に母と二人で入り、父に対面した時の話。

服の上に透明な白っぽいカバーみたいなものを着せられ、スリッパも履き替え、部屋に入ると
カテーテルを入れ、酸素吸入しながら、全身が管につながれているような父の様子を見て
ショックを受け「お父さん大丈夫?」と声をかける私を見ず、私の後方に視線を向ける父。
「ん??」と振り返ると、そこにはパンをかじる母の姿が・・・

「お母さん、何してんの?」
「お腹すいたからパン食べてる。あんたも食べる?食べりゃーえーがー。
 あんぱんに桜あんぱん、抹茶あんぱんとかあるよ。」
「いやそういうことじゃのうて、ここでそんなん食べたらいけんて。」

と言っていたら、担当医が入ってきて、絶句した後、
「何してるんですか?」
「あー先生、お世話になりました。先生も召し上がります?ここのパンおいしいんですよ。」
「ここは飲食禁止です。何考えてるんですか!」

とその後も医師にこっぴどく怒られ、ICUを出た母は一言。
「先生、そんなにお腹すいとったんじゃろうか?
 パンどうぞって言うとんじゃから、あんなに怒らんでもええのにな~」

※だから、そういうことじゃないんだって(笑)

まだまだ尽きないほど、母の天然話はありますが、今日はこれ位にしておきます。
真面目なんだけど、めっちゃ天然でおもしろくて、かわいい人でした。
はにかんだように笑う人で、いつまでも少女のようなかわいらしさがあり、
死に顔は、それこそ女学生のような顔でした。

優しすぎて、自分を傷つけてでも、相手を思う愛情深い人でした。

「お母さん
今、そちらの世界はどうですか?楽しくしてますか?
好きな動物やお花に囲まれて、楽しく笑いながら過ごしてくれていたら、
私もとっても幸せです。

お母さん、生んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
私はお母さんの娘として生まれて、本当に幸せです。」

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水曜どうでしょうの話
今日アマゾンさんから、予約していた本が届いた。
大泉エッセイ ~僕が綴った16年 (ダ・ヴィンチブックス)大泉エッセイ ~僕が綴った16年 (ダ・ヴィンチブックス)
(2013/04/19)
大泉 洋

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まだ、少ししか読んでいないが、思わず大笑いしてしまっている自分がいる。

同じくし、今日から大泉洋さん主演の映画
「探偵はBARにいる2」
が上映される。

私は「水曜どうでしょう」のファンだ。
今はもうテレビで放映していない作品も、テレビで放映されたものは全て
DVDにきれいに編集され、私のテレビの下のキャビネットの一つに
パンパンに収められてある。

水どう(水曜どうでしょうの略語)が高じて、数年前には
「ThanCUE 5thアニーバーサリー、ファンミーティング2007 in マレーシア」
にも参加してしまった。

マレーシアはファンの方ならご存知の名作である「ジャングル・リベンジ」の舞台である。

そこで、「マニア」という人たちの造詣の深さとエネルギーの強さなどに圧倒され、
私はマニアではないということを痛感して帰ってきたわけである。

私は「水曜どうでしょう」が好きであって、他の事・・・
(チームナックスとしての舞台などの活動や、唄だとか、大泉洋さんの俳優活動など)
にはあまり興味がない自分に気付いてしまったのだ。

でもそのマレーシアでの思い出で一番強いのは、オフィスCUEの社長である
ミスターこと鈴井貴之さんのオーラである。
まぁオーラなど見えない私だが、一緒に行った友人とともに、鈴井さんにハイタッチした後

「何か観音様のようだね。わかんないけど感動して涙出てきた。」
「愛ってこんな感覚なんだね~。ありがたい。あーありがたい。」

と、二人して涙が出てしまい、思わず鈴井さんに向かって手を合わしてしまったのだ。
愛があふれた人とは、まさにこんな人なんだと感じた瞬間だった。

その前後で、水どうファンの中では聖地といわれている
「藤やん」のお母さんの名古屋の喫茶店(ラディッシュ)にパートナーの彼と訪れた。
とてもフレンドリーな藤やんのお母さん(この後はかあちゃんと呼ぶ)は、
聖地のその喫茶店にファンの人が持ってきたというあの「だるま」に目を入れさせてくれ、
あまり長居しても迷惑かと帰ろうとしたら、「気使うな」と言ってくれ、
帰りには新幹線で食べろと、天むすなどのお弁当を作ってくれた。

お礼に両親が亡くなった後、うちの畑の一つで私が食べる用にと、
「しげちゃん」というおじいちゃんが色々野菜と作ってくれていたので、
その野菜を大量にダンボールにつめて「ドドーン!」とお礼状とともに送ると

「もしもし。わたし。誰かわかる~?」
とこれまたフレンドリーにかあちゃんが電話してきて、年末が近かったのだが
「あんた年越しうちにおいで~。一緒にお正月こっちで過ごせばいいが~
かあちゃん手作りのおせちも食べさしたる。etc...」(方言は違うだろうがこんな感じ)
と誘ってくれ、まさかそんなお誘いをしてくれるとは夢にも思っていない私は
予想外の言葉に驚いていると、その隣にいたにいちゃんが
「もう、そんな無茶言うたら迷惑だって・・・」
という声が聞こえてきて、その後も積極的に誘ってきてくれるかあちゃんから
受話器をにいちゃんが奪い、
「母がすみません。急な事だし無理なら本当にいいので・・・」と
気を使ってくれ、結局そのせっかくのお誘いはお断りさせてもらったのだが、
かあちゃんのそのフレンドリーさと温かさには感動してしまった。

大泉洋さんがかあちゃんと会うと涙が出るというのがとても分かる気がした。
すごい温かさと母性というか大きな慈愛があふれているのだ。

結局その年越しもいけず、その後もなかなか行く機会がなくてそのままなので、
すっかり忘れられているだろうが、本当に温かくて力強いかあちゃんだ。
そんなかあちゃんの息子である「藤やん」が、面白くて温かくて熱い人なのはとても納得だ。

私と「水曜どうでしょう」との出会いは父が亡くなった後、一人暮らしをするようになり
父の供養、母の看病、仕事などで忙しい頃だったので、見る時間もあまりないだろうと、
ブラウン管のテレビが重かったので持って来ず、その後数年テレビがない生活をしていた時
一緒に働いていた「水曜どうでしょう」ファンの人に、きれいに編集したDVDをもらい
何気に見たのが最初で、すっかりはまってしまった。

面白いのは、もちろんだが、勇気づけてもくれ、癒してもくれ、生きる元気をもらえた。
お腹がよじれるほど笑えるのだが、その中でも感動や気付かせてくれることがあるのだ。

もちろん、出演者に感動させようなどという意図はないだろうが、
私は「原付ベトナム縦断1800キロ」は本当に勇気付けられた。

「水曜どうでしょう」が初めて世に出したDVD全集第1弾なのも納得するとてもいい作品だ。

「私は今!!生きております」
と両親の死の痛みを受け入れながら、自分自身頑張って生きていこうと思った作品だった。

苦しい事や予想外の事、色んな事が生きているとあるけど、それでもゴールに向かって
どんな事があっても走りぬいてやる!絶対にやめるもんか!と頑張ることや、

辛い事があった時、泣いて過ごすこともできるけど、
ぼやきながらも笑って過ごすこともできることや

相手に気を使いあって自分の心の中にもやもやを残すことも出来るけど、
腹を割って話し、喧嘩しながら、自分の心の泥を吐き散らかしながらも、
最後には深い絆を結べることや

人生には笑いとユーモアが必要だということや
相手を思う心は必ず自分へも返ってくることや
大泉洋さんというスーパーエンターテイメントの才能のことや

その他にも、色んな事を教えてくれる作品だと思う。

興味ある方はどうぞご覧ください。

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今日はおうし座の新月の話
今日5月10日は新月ですね~☆

時間は9:28でした。
新月への願い事は、5月12日 09:32までがチャンスです。

今月の新月は牡牛座です。

新月が牡牛座にある時のキーワードは 

「お金」「物質的快適さ」「所有物」「美」

「官能」「身体的敏感さ」「快感」「味覚」

「感謝」「体を持つことへの喜び」「満足」「安らぎ」

「確かな基盤」「固執」「着実な前進」「忍耐強さ」

「根気」「信頼性」「信用」

「存在価値」「自己欲求を知る」「明確な価値観」「自分自身を受け入れる」

「頑固さ」「執着」「変化への拒絶」「独占欲」

などがあります。

お金や物質的快適さ、また自然との調和、独占なども表しています。

あなたはどうですか?
お金と仲良くしていますか?
お金や物質を否定したり、持つ事に対して罪悪感など持っていませんか?

また、自分を受け入れていますか?
体の快感を否定してませんか?
あるいはものや相手に執着したり、固執していませんか?

自分を振り返って、そのキーワードの合わせた願いを書いてみると、
新月のパワーによって叶いやすくなるかもしれません。

牛座の新月に叶いやすい願いは・・・

・私は毎日美味しいものを食べ、健康で美しい体で生活しています。   
・私は経済的な豊かさを手にいれています。   
・私は物質へ執着する癖を手放しています。   
・私はパートナーと心身ともに満たされた生活を送っています。   
・私は欲しいものを手に入れる経済力を維持しています。   
・私は根気強く自分の存在価値を知るための努力をしています。   
・私は自分の独占欲を解放しています。
・私は体を持って今生きている事に喜びを感じ感謝しています。   

今日の新月の48時間以内のボイドタイムは
「2013年5月10日 9時28分~5月11日 6時21分」
新月から8時間以内がすっぽりと入ってしまっています。

<<新月の活用の仕方>>

①その月のキーワードを見て、自分に照らし合わせてみる。
(例)私はお金や物に執着しているだろうか?
   体の快楽や官能を否定していないだろうか?
  
②そのキーワードに合うような自分の願いがあれば、新月に入った瞬間から
48時間以内に願い事を2個以上最大10個紙に手書きで書く。
(気をつけること)
 自分を主体に書く。
 願いは1件につき1文にする
 現在形、または完了形で書く
 
③全部書き終わった後に、声を出してそれを読み上げる。

④日付を入れて大切にしまい、その願い事も忘れてしまいます。

⑤気が向いた時に、例えば1年前の紙を見ると、叶っている事があります。

では興味ある方は、御活用ください。

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私の個人的なパステルアートの使い方
パステルアートとは、パステルという画材を使って描くアートです。

あなたは自分の本当の気持ちに気づいていますか?

自分の本当の気持ちに気づかずに生きるということは、
自分の大切な人生を100%生きていないということにもつながります。

パステルアートは使い方によって、心の窓を開いて、もっと笑顔で、
もっと自分らしく生き生きと生きるというテーマに取り組むことができます。

アートセラピーとは、多様なアートの手法を使って、心と体の状態や、
今抱えている問題や人生のテーマなどを読み取っていったり、
アートを活用して、心身の状態を調えたり、機能の回復につなげていくものです。

アートセラピー自体は絵から色々「読み取る」という事もしていきますが、
作品を見て、そこから問題やテーマを読み取っていくので、知識と訓練が必要になります。

パステルを削って指を使って描く「フィンガーペイント」はおすすめです。
五感の中でも触感も他の手法よりも、ダイレクトに使えることから、
感情の表現を心の深いところの部分を、無意識に描くことが出来るともいえます。
また形主体に細かく描くアートより、純粋に色を楽しみながら塗ることもできます。
ということは、左脳ではなく、右脳を活発に使うことにつながり、
正方形の紙に描くことによって、その効用が高まります。
(右脳:感情、感性を司ります)

感情は言語によるセラピーよりも五感や感情とのつながりが大きく、
感情は言葉よりもアートの方が表現しやすい事から、
言葉になりにくい自分の感情やイメージを、自由な自己表現でアートにすることで、
自分の本心に触れていくことにもつながります。

言葉にはできない「もやもや」した苦しみや、「いらいら」した怒りなどの感情も
アートセラピーを通じて、自分の外に出すことで、放出し、浄化できることもあります。

その浄化の後に、今まで気付かなかった新たな自分の部分をアートにしていて、
その後ふと見たときに意識して気付く事もあります。

パステルアートは個人的には、本来の目的は「美しく描く」ことではないと思っています。
もちろん美しく描いた絵を見て、自分の一部の世界を表現していることなので、
その美しさを見て自信につながる事もあると思います。

ただ、それよりも、自由に自分の好きなように色をぬることで
自分の内面と対話をし、自分の本当の感情に触れていくことで
「自分を見つめる」「自分を知る」
ことができるのです。

また、そういう使い方をすることで、自分の純粋な時間を持てることにもなり、
自分の五感を発達させていくこともできます。

色を使って描くことでプロセスでの気づきや、自分への洞察の深まりはどなたでも必ず体験します。
自分の本当の気持ちや願いに気づく事こそ、五感を使ったパステルアートの醍醐味と思います。
私は一種の瞑想のようだな~と思うことがあります。

年齢関係なく、老若男女関係なく、
楽しい、心地いい、癒された、すっきりした、気持ちいい、
きれい、面白い、自分を深く感じられるようになってきたetc...
心が楽になるような言葉が出てきて、心の高揚を感じることができます。

この使い方は必ず、続けていく中で大きな変化をあなたにもたらしてくれると思います。

画家の方の中で長寿な人が多いとも言われますが、アートの力も大きいと思います。

パステルアートには、色のエネルギーも働きます。

色のエネルギーは私たちの生活に大きな影響を与えながら、
常に私たちに寄り添っている光の存在です。

色を使う事で、自分の気持ちを言葉以外で放出できることもあれば、
色を使う事で、元気になったり、やる気が出る場合もあれば、
自分では思いがけない色を使っていて、新たな自分の一面を知ることもあれば
自分のその時のエネルギーを転写できるので、その時の自分の色を見て感じる事もできれば
色の色彩心理の意味や空間配置を知ることで、自分の内面を読み解くこともできます。

苦しい時や悲しいとき、自分にはその痛みや苦しみをどうにもできない、
自分には自分を癒す力などないと思ってしまいます。

だから、誰かに心の痛みを癒して欲しいと思ったり、誰かに依存したくなったりします。
でもパステルアートは、自分で自分を癒せるということを教えてくれます。
そして自分の心を開き、色んな自分へのメッセージも引き出してきてくれます。

本当の「ヒーリングアート」は、他人が描いた美しくきれいな上手な作品ではなく、
自分自身が自分の為に癒したいと思って描いたものが、下手であったとしても
世界で一番自分を癒すアートなのではないかと、私は思います。

自分の心を傷つけたり、癒したりするのは、他人ではなくきっと自分自身なのでしょうから。

また、これは「百聞は一見にしかず」とも言いますが、
実際にパステルアートしてみると、その楽しさを体感できるでしょう。

読んでいただいてありがとうございます。
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三位一体の話
「春眠暁を覚えず」と言いますが、最近とっても眠いのは私だけでしょうか?

季節は5月というものの、暑い日があったと思えば寒い日があったり、
夏日とニュースで見た次の日には雪が降るといった感じで、
何とも今年のお天気はめまぐるしく変わりますね~。

風邪をひいている人も多かったり、今の時期にインフルエンザになったりしている人も
いるので、体調管理にはお気をつけください。

先日、運について話したが、人間というものは
「宿命」・・・運、才能、容姿etc...
「環境」・・・3つのち・・・(血)(地)土地、(時)時代
「自分の基となる根の部分」

この3つがつながりあって、まざりあって、もつれ合って、三位一体となり
自分という道を作り、そして最終駅に向かって走っていくのではないかと思う。

宿命は変えられないが、その中にある才能や容姿などの使い方によっては、
幸福にも不幸にもなれる。

例えば・・・

(CASE1)
知性があり、ロジカルな考え方ができ、クリエイティブな才能があったとする。

それを、皆が楽しめたり、癒されたり、喜ぶような建設的な仕事に生かしたり、
人類の為になる研究に使えば、人の為にもなり、自分をも高める事もできる。

その知性を詐欺などに使い、「オレオレ詐欺」や自分の私利私欲の為に、人を陥れて
人を不幸にさせた上で、自分だけが儲けるという卑しい事にも使える。

(CASE2)
とても美しい容姿を持って生まれたとする。

その容姿を生かして、その美を生かしたモデルや、美を創造して表現する
バレリーナや演劇などの職業に、努力を重ねながらついて、
周りの人に自分の美を見て感動してもらう事もできる。

その美しさを使って、男性を騙してお金やブランドのものを貢いでもらったり、
色々な人に言い寄ってこられ、お金持ちややくざの愛人になったり、
その外見の美しさ故に不幸な人生を送ってしまう生き方もある。

このように容姿が美しかったり、才能豊かであっても、
幸福へもなれるし、不幸にもなれるということだ。

次に環境・・・・

環境は、幼少期や学生時代は限られた中で、自分自身ではどうしようもない状況にある。
私のパートナーは父親に虐待されて育った。
気分で自分が殴られ、それだけではなく弟を自分も何度も殴らされたりもしたらしい。
毎日のように暴力を受け、水の中に何度も頭をつけられたりという経験もしたらしい。

彼に対しては、
「前世どんな暴君だったんよ~。
今生はその暴君を治しにきたんじゃない?
でもやるよね~。
幼少期に、今までの業を一気に晴らしにかかるんだもんな~。
その苦行で一気に浄化されて、魂の借金返済をすませたんじゃない?
借金すませたら、後は貯金ばっかじゃん。
徳貯金貯めてったら、これから右肩上がりに運はあがるね~。
そのうち、悪役になって、自分の浄化をさせてくれたパパに感謝する日がくるかもよ~。」
なんて言っているが、話を聞くと小さい時の彼は本当にかわいそうだと思う。

付き合い始めの何年かは、心を開く事が怖いとか恥ずかしいとかで、
「本音を話せないんだったら、付き合う意味ないよね~」
「自分がどうしたいかってきちんと言葉で言わないとわかんないよ。
私がどう思うかって事ばっかり気にせずに、自分の気持ちきちんといいなよ。」
とか、よく言ったものだ。

最近聞いてびっくりしたが、私と出会うまではパニック障害の症状も出ていたらしい。
潔癖症は未だにあるが、付き合い始めは睡眠障害もあり、よく眠れないと言っていた。
体と心両方に、何度も繰り返し、幼い時に刷り込まれたものは、根が深いと知った。
現在は気がつくと寝ているし(笑)本当によく寝るよね~と毎日言っている。

でも彼はその体験をその後の人生の肥やしにちゃっかりして、生かしている。
人の気持ちをよく理解するし、どん底を知っている人のカラッとした明るさがある。
本当によく気がつくし、その場の気を読むし、危機管理能力も高いためあまり失敗をしない。
よく考え、人の心の内をよく理解できる能力が高いので、先手をうって物事を進めていくのだ。
だから営業の仕事をしているが、毎月驚くべき数字の売上をあげている。

幼い頃体が弱く寝てばっかりで、ぼけーっと過ごした私はいつも
「本当すごいね~」と感心している。

ただ、環境は大人になれば自分で変えれることも可能だ。
自分で心地いい環境を選ぶ事は、私はとても大切だと思う。
出会う人によって、変わってくるものだ。

自分が辛い環境や、合わない人といて自分が苦しくなるのであれば、変わればいい。
もしかしたら、その中に自分が気付くべき点があるのかもしれない。
でもその気付くべき点は、その人とその環境からしか得られないわけではない。
他の人と他の環境からも得る事はできるのだ。
だったら、自分が心地いい環境や人を選べばいい。
我慢して自分を傷つけすぎてしまうと、それは自分の魂のためにならない。

そして最後の自分の根っこの部分

ここばっかりはどうしようもできないものだったりする。
無意識の領域であり、自分でも未知であり無知だったりするからだ。
でも、やはりその根っこをいい方向へ育てたいと思うなら、
自分の良心に沿った生き方を心がけるしかないのかな~と思う。

短期・中期・長期で見ると、同じ事でも変わってくる。

短期は今の状態
中期は今生の人生
長期は自分の魂の輪廻転生の旅

今、もし得したと思った事でも、中期や長期では損していることであったり、
今相手に要請されたけれど、自分の良心に沿って「NO」と言って窮地に陥ったとか、
恥をかいたと思った事でも、長期的に見たら◎のことだったりする事もあるわけだ。

なかなかその目線で見ることは難しいが、中期や長期の目線で見るように心がけたら
もしかしたら、選択も変わってくるかもしれない。
そうすると、根っこの部分も栄養を吸って、泥の中に美しい自分という蓮の花を
咲かす事ができるかもしれない。

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パーソナルカラー:AUTUMN(秋)の話
イエローベースで先日SPRING(春)の話をしましたが、
イエローベースのもう一つのシーズンはAUTUMN(秋)です。

Autumn(秋)

autumn-color.jpg

上の色がAUTUMN(秋)の人が似合う色です。
秋の季節の紅葉、山々の色づいている木々の色を想像してみてください。
それがAUTUMNの人の色です。

秋の人はイエローベースの中でもアースカラーと呼ばれるようか落ち着いた色が似合います。
かっこいい渋い感じです。

Autumnの人は自分に似合う色を合わすと、自然体のナチュラルに見えたり、
全体にマッチしてスムーズに見えます。

芸能人でいうと
天海祐希さん、後藤久美子さん、
安室奈美恵さん、西尾由佳里さん、
篠原涼子さん、飯島直子さん、
長谷川潤さん、小西真奈美さん、
万田久子さん、かたせ梨乃さん

などはAutumnの人ではないかと思います。
(個人的にそうではないかと思っているだけなので、確かな情報ではありません。
あしからず・・・)

Autumnの人が似合うと言われるイメージや服の傾向をご紹介します。

イメージ:シック、ワイルド、マニッシュ、エネルギッシュ

デザイン:直線的なライン、個性的なデザイン

生地:ラメ、ツイード、レザー、コーデュロイ

プリント:アニマルプリント、ペイズリー、エスニック

アクセサリー:ゴールド、ブロンズ、メタリック、個性的なデザイン

口紅はサーモンピンクやオレンジ、レッドオレンジなどオレンジ系が似合い、
ラメのグロスなども合うでしょう。

ゴールドメイクが一番似合うのはAutumnの人です。

茶系はアイボリーから濃いブラウンまで、どんなブラウンでもよく似合います。

ブラウンはオレンジを渋くした色なので、オレンジ系も合わせてもきれいですし、
よく似合います。
またグリーンはオリーブグリーンやカーキなどもよく似合います。

顔回りに薄い色のアイボリーや、Autumnの人の似合う黄色であるマスタードを
持ってくると明るくなります。
(黄色は全ての色の中で、一番明るい色なので、似合う+明るさも増すので
とても顔色がよく見え、肌もきれいに見えます)

私のシーズンはAUTUMN(秋)です。
が、あまりダークな深い濃い色が合わず、ライトな明るめな色だけしかあいません。

芸能人で、どちらかというと、そういうタイプではないかと私が思っているのは

平子理沙さん、
水川あさみさん、
スザンヌさん
梨花さん
優香さん
(注)これも個人的にそう思うだけであり、診断したわけではないので
不確かな情報です。

デザインもクールなスーツというカチっとしたものより、
個性的なデザインの服などが似合うタイプのAUTUMNの人もいます。

例えば、前から見ると普通のワンピースだけど、バックスタイルがとてもデザイン的で
変わっているとか、アクセサリーなども大きめのチャームやペンダントとか、
変わったデザインのものも、よく似合います。

ちょうどきれいな色がよく出てくる今の季節は、昔服飾の販売していた時などは特に
「もっと春らしい明るい色着たら?」
「地味な色ばっかり選ぶね」
などとよく言われていたけれど、それは秋の渋い色が自分に似合ったからだと、
勉強してみて分かりました。
「なんだ!あってたんじゃん」って感じです。

もしかしたら、秋の色の似合う人の中には、同じ経験をしている人もいるかも???

よければ参考にしてください。

※心を見て内から美しくなっていく方法もあれば、外見から美しくなり
それが心のケアにつながることもあります。

うつ病の人に、おしゃれな服を着て、ヒールを履いて、きれいにお化粧をして
街に連れ出して歩いた所、それがきっかけに自信を取り戻し元気になったという
データもあります。

また認知症の人に対して、きれいにメイクをした所、
認知症の症状が少し改善に向かったという例もあるそうです。

人間、無意識の内に「美」を求めているのかもしれませんね。
「真」「善」「美」はどれもが同じという事でしょうか。
自分の最善の真であり、善であり、美を追求する事は、
もしかしたら、神に近づくことなのかもしれません。

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運の話
きれいな人や、お金のある人、能力のある人などいるが、
運のいい人はなかなかいないのではないかと思う。

この運のいい人・・・こればっかりは持って生まれたものもあると私は思っている。
ほんの少しの運の差が、その後の人生において大きな差をつくりだす事はある。

この世には、天に愛されている人っていう人がいるのだ。

これは今までの輪廻転生において、創り上げてきた自分の魂のレベルなのか、
徳の部分なのかよく分からないが、今頑張ってすぐ運のよい人になれるかというと
そんな短期レベルの話ではない気がする。

巡り合わせというのか、運に見放されているように思える人もいれば、
何故かトントン拍子に流れるように、うまくいく人っていう人もいる。

では能力に差があるのか?
容姿や学歴、地位や生まれ育ちの差か?
というと、そういう訳ではないのだ。

故松下幸之助さんが、自分の会社の求人募集をして、ご本人が面接をされていた時
「あなたは自分が運がいいと思いますか?」
と必ず聞いていて、どれほど能力や学歴が高くても、運が悪いと言った人は
採用しなかったという話を聞いたことがある。

それは松下幸之助さんが、どういう意志でされたのかは分からない。
同じ出来事が起こっても、人によって捉え方によっては、○にも×にもなるので、
プラス思考の前向きな人を採用したいと思ったのかもしれない・・・

が、

やはり運のいい人と悪い人はいると松下幸之助さんは思っていたのではないかと私は思う。

私自身、
運のいい人と一緒にいると、自分も運が上向きになるし、
運の悪い人と一緒にいると、自分もひっぱられる気がする。

この運というものは、その人の命というか魂の器と関係があるような気がする。

例えば、明るく振舞っていて、友達や知り合いなども多く、いい人であっても
何か暗さや気持ち悪さを感じて近づきたくない人もいれば

いつもぼやいてたり、文句言ったり、なまけ癖があるんだけど、笑えてしまい
この人好きだな~、何か困ったら手を貸したいと思ってしまう人もいる。

これって理屈ではなく、自分の感覚の話なのでうまく説明できないけど、
誰にでもそういう感覚ってあると思う。

その感覚にはきっと従った方がいい場合も多いんだと思う。

運は平和な時代にはなかなか分からないが、有事の際には浮き彫りになる気がする。
戦争はそれこそ運なのではないか。

私の祖父はとても運の強い人だったと思う。
戦時中、足の指をまむしに噛まれ切断した為、戦争に行かなかった。

その当時としては異例だと思うが、そんな片田舎で情報も少なく、
別段、学歴があるわけでもない祖父だったが、
時代を読む感性があったのか、良心が優れていたのかはわからないが
戦争は断固反対で、口に出してそのことをいつも言っていたらしい。

8人兄弟の長男で、弟達は皆戦争に行き、軍の中でもどんどん出世して、
鼻高々に、チョコレートや珍しい食べ物や色んなものを持って帰ってくると
「お前らはあほーじゃ」といつも説教をしていたとも聞いた。

戦時中は英雄であった人たちが、戦争に負けたと途端犯罪者になる時代でもあった。

その中、弟の一人が、遠い遠い外国の島で戦死した。

戦時中、自分の娘たちが、5歳にならないまでに次々に3人続けて亡くなり、
疎開に訪れていた人たちの中で亡くなる人も多く、祖父は自分の土地に
たくさんの人を埋葬している。
祖父は不幸も訪れるが、それがその後好転したり、困ると救いの手が現れるような
そんな体験している人だと聞いたので、きっと天に愛された人だったのだろう。

百姓が大嫌いで、田舎で百姓以外のことをしている人はいない中、
町会議員を何期か務めただけで一生働く事なく、勤めに出る事も百姓することもなく、
祖父は90歳以上の大往生で一生を終える。

まぁ家族、特に父は大変だったようだが、祖父は働いてはいなかったのに
とても人徳があり、近所はもちろん、色んな人が祖父に会いによく家を訪れていたし、
色々な相談にのっていたそうだが、不思議と祖父の言うように物事が流れる事が多かったらしい。

自分は議員を辞めた後、選挙で絶対無理と言われていた人を
祖父が裏で応援して当選させたという事で、それが事実かどうかは知らないが、
それ以降祖父の株はあがり、町内のお偉方が入れ替わり立ち代わり
祖父の所にくるようになったのは覚えている。

本当に祖父はたくさんの人に師事された人だったと思うし、私自身大好きな人だった。

話がそれたが、
今生での運の良し悪しも、もしかしたら自分で決めてきているのかもしれないが、
ほんの些細な事のようなことが大きく変わりゆく事もあり、
人間の力では遠く及ばない事であったり、巡り合わせであったり、
それこそ生死をわけるような出来事であったり
自分の力だけではどうしようもできないことはこの世には存在する。

全て自分の事は自分がしていると思う傲慢さや、
自分は全て理解して、分かっているような気でいたら、
それこそ足元をすくわれることになるのかもしれない。

でも自分の運の良し悪しがわかるのは、きっと今生を終えるその時だと思うし、
もっと長い目で見ると、それも魂の成長途中の一環に過ぎないのかもしれないが・・・
私はきっと運がいい。
昔は悪いと思っていたのだが、年を重ねるごとに、人から運がいいとよく言われるようになり、
客観的に自分を見てみて、なるほど!私は運がいいのだな!と思うようになった。
ありがたいことだ。

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夢は与えられるものではない話
先日テレビで『レゴ(R)モデルビルダー・直江和由さん(50)』を特集していました。

デンマークに本社を構えるレゴ社の社員・直江和由さんは、
「レゴ(R)ブロック」を使ってさまざまな造形物を作り出す「レゴ(R)モデルビルダー」です。
世界でもたった14人しかいない「レゴ(R)モデルビルダー」という称号を持つ1人です。
レゴ社の社員のみが資格対象で、厳しい試験を突破したした人だけに授けられるものですが、
直江さんは37歳で入社してわずか2年で見事一発合格したそうです。

その作品を見れば、一目瞭然で直江さんのすごさが分かります。
その番組で紹介されていたのは、世界遺産をレゴブロックで作ったものだったのですが、
その精巧さと美しさ、そしてレゴで作り出したと思えないほどの美術品なのです。

そして驚くことに、その直江さんは「レゴ(R)ブロック」で作品を作る際、
一切設計図を書かないそうです。

「自由に発想することが『レゴ(R)ブロック』の基本だから」と、何万というピースを使って
何日もかけて創り上げるのですが、その完成度の高さたるや、本当に驚愕してしまうのです。

そしてもっと驚くのは、展示が終わったら壊してしまうのだそうです。

仏陀の砂絵を思い出すとともに、諸行無常の詩が頭によぎってしまいました。

直江さんによれば、毎回壊して全部作り方を忘れることが大切なのだそうです。
「作り方をパターン化してしまうことで、想像力の成長が止まってしまうんです」
だそうです。

そして僕は『夢を与える』という言葉が大嫌いとおっしゃってました。

それは、『夢は与えられるものではない』と思うからだそうです。
自分で掴んで実現するのが夢であり、子どもたちはもっとすごいことができる、
そういう意識をレゴブロックで育むことができると思います。
と言われていました。

私もそれを聞いて、本当にそうだな~と思いました。
子供の発想は無限大で、枠がない分本当に自由なのに比べ、
大人になると固定概念や枠、常識というものに縛られていて狭まっている気がします。

そして、その狭まっている親が子供に「夢を与える」という言葉の裏で、
自分のコンプレックスの解消を子供に託しているパターンって多い気がします。

私も幼い頃、母が次から次へと習い事を私にさせましたが続かず(苦笑)
あんたは飽き性で困る!と怒られ続けさせられたものもありますが、一切身についていません。

でも、自分が見つけてヒットしてはまってしまったことは、勝手に調べまくって
勉強したり実践したりして、スキルと知識を自分のものにしていっています。

また友人で服飾関係の仕事をしている友達がいて、とてもおしゃれが大好きでセンスも抜群ですが、
その子の原点は幼少期、男兄弟のお古ばかりで、一切きれいな服が着れなかった、
着たかったというハングリー精神が、その後の彼女の欲求になり、今の仕事に行き着いています。

意外に簡単に手に入れられたり、ちょっと興味があっても
誰かに押し付けられるような感じで「やれ!やれ!」と言われると、
テンションが下がったり、やる気を失せてしまうこともあると思います。

あまり期待せず、自分の夢やコンプレックスを子供に押し付けず、
子供の才能を私が見つけてやらねばと力むのをやめ、
子ども自身に自分の可能性はまかせてみるのもいいのではないかと

子供のいない私が言っても説得力はあまりないのですが、

先日、親の期待の中、あまりに萎縮してしまって疲れきっている子供に会い、
それでもそんな子供の事を親は一切気付かず、どんどん習い事を増やす計画や、
自分が幼い頃できなかったから、この子にはさせると熱く語っていた人を思い出し

直江さんのその「夢は自分で見つけるもの」と、
たくさんの可能性を自分に秘めている事を気付いて欲しいと、
自分自身がいきいきした子供のような目で大好きなレゴブロックしている姿を見て、
親御さんに
「子供に夢を与えようとしなくていいから、その子供のやる気と可能性を摘むことはしないで欲しい!」
と思ってしまいました。

その直江さんの作品を見たい方は

世界遺産チャリティーアートエキシビジョン PIECE OF PEACE 「レゴ(R)ブロック」で作った世界遺産展PART-3
会場:パルコスペース4(仙台パルコ4F)
会期:5月13日(月)まで
・宮城県 仙台パルコ 5月13日(月)まで
・埼玉県 浦和パルコ 5月18日(土)~6月3日(月)まで
・岩手県 ※9月開催予定
入場料:大人300円(中・高校生含む)、小学生100円、小学生未満無料
時間:10:00~21:00(入場は閉場30分前まで、最終日は17:00閉場)

なので、興味ある方は足をのばしてみてください。

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パーソナルカラー:SPRING(春)
以前パーソナルカラーについて説明をしましたが、もう少し詳しくシーズン毎に説明します。

まずイエローベースから

Spring(春)

spring-color.jpg

SPRINGの人が似合う代表的な色見本です。
このような、イエローベースの明るく濁りのないキラキラと輝くような色が似合います。

Springの方は生き生き活発な感じです。

自分に似合う色を合わすと、肌が艶っぽく明るく見えます。
生き生きと若々しくフレッシュに肌が見えます。

芸能人でいえば・・・

ベッキーさん・観月ありささん・宮沢りえさん
木村カエラさん・米倉涼子さん・松浦亜弥さん
矢口真理さん・高島彩さん・関根麻理さん
石原さとみさん・YOUさん・山瀬まみさん
 
などはSpringの人ではないかと思います。
(といっても、実際に診断していないので違うかもしれませんが、
テレビで拝見して、個人的にそうではないかな~?と思います。)

Springの人が似合うと言われるイメージや服の傾向をご紹介します。

イメージ:キュート、明るい、元気、親しみやすい感じ

デザイン:カジュアル、スポーティー

生地:コットン、デニム、ウール、麻、ニット

プリント:水玉、明るい花柄、チェック、ストライプ

アクセサリー:ゴールド、イエローゴールド、ピンクゴールド、
         カラフルな小物、帽子

口紅:アプリコットピンクやコーラルピンクなど温かみのあるピンクが似合います。

色物でないものでしたら、
黒よりは茶系、グレーよりはアイボリーの方が顔うつりはきれいです。

また顔回りにははっきりした自分に似合う色を持ってくると、華やいで若々しく見えます。

ベッキーさんなどは小物でカラフルなものを用いて、顔まわりに上手に使っています。
全体的にはなかなか、春の色は明るいので使いにくければ、部分的に使ったり、
インナーで使うだけで、肌はつやっぽく輝きます。

自分がどのシーズンか分からない人は多いと思います。
簡単な診断方法としては、

イエローベースの人は、日焼けして色づきやすい人です。
(ウォームという言い方もします)

イエローベースはSPRINGとAUTUMNです。

SPRINGの色は、上の色見本にあるようにきれいな明るい色です。

洋服屋さんに行った時に、顔がライトにあたるように、
原色に近い赤や緑、黄などはっきりしたきれいな色を顔の下に持ってきて見て下さい。

私が分かりやすいのは、緑(原色)です。その後が黄色、赤色です。
肌が若々しく輝いて、艶がでて見えるならSPRINGです。

SPRING(春)の色は、他のシーズンの人が合わすと、顔にその色が移りこんでしまいます。
例えば赤色を合わすと顔が赤っぽくなり、緑をあわすと緑色が
口の周りや、頬や、眉間、目の上などにその色が移りこんで見えます。

または、秋の色のアースカラーのくすんだ色を合わせてみてください。
オリーブグリーンやカーキ色、ブラウンやディープオレンジを合わせてみてください。
そこで全体的にしっくりくるように思えば、AUTUMNの可能性があります。
反対に、くすんだように見えたり、顔のトーンが下がったような感じがしたら、
SPRINGの可能性の方が高いといえます。

イエローベースの人がブルーベースの色(今後説明するSUMMERとWINTER)を合わすと、
血色が悪く見えたり、不健康そうな色白に見えたり、WINTERの色などは老けて見えます。

よければ参考にしてください。

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今年は変化の年?の話
ゴールデンウィークに、帰省されたり、旅行に行かれたりしている人も多いと思います。
色々なところでイベントもしていて、それに参加する人もいるでしょう。

また、神社やお寺で春季祭や土砂加持などの行事もあったり、
G.W.にお墓参りに行かれている人も多いと思います。

今年は60年ぶりに出雲大社では「平成の大遷宮」があり、
また伊勢神宮でも20年ぶりの「式年遷宮」があります。

今年はこの2つが揃うということで、神社ブームという報道もありました。

また、平成27年は高野山が開創1200年目の吉祥の年を迎えます。

昨年はマヤ暦がその日までということで、年末の冬至の日に世界滅亡という噂や、
「2012」という映画などもありましたが、現実的には変化がないようでも、
やはり今年から、目に見えない世界では変化が起こる兆しがあるのかもしれません。

ということは、個人においても、外側の世界は同じようでも、
内側の世界は変化が起こっているのでしょう。

意識しないと気付かない位の、些細な変化がその後大きな現実となって
現れることもあります。

後でそういえば、以前はこう思ってたけど今は違うな~という考えだったり、
人に右習えで人にどう見られるかを意識して色々選択していたのが、
最近は自分がどうしたいかで選択してるな~とか、
ほんの小さい事と思えることが、重要な事につながる、
というか人生そのものを創り上げていることも多いんですよね~。

だから、無意識の事にしておくのはもったいなくて、
意識すればするほど、自分というものをつかめて、
それに沿って創り上げていける可能性も増えるわけです。

例えば、今まで複雑と思いこんでいた事が、見直すと単純な事であったり、

今まで大切と思って握り締めていたものが、開いてみたら必要なかったり、

馬鹿にしていた事が、重要なものと気付いたり、

他人主体で行動していた事に気付いて、相手が自分にとってそんなに重要なのかというと
そんな事もなかったり、

ただ他人主体と思っていただけで、自分がいい人でいたかっただけで
そのことで疲れて、イライラして却って人を遠ざけるような行動をしていたとか・・・

結構無意識にしていると気付かないことを、意識してみると、
重要と思っていた事が無駄だったり、
反対におろそかにしていた事が重要だったりする事もあります。

きっと変化って、バーーンって大きい事ってそうそうないと思うし、
ある日突然こう思った!って吹っ切れる事もあるけど、
それってその随分前からその用意を無意識下でしていて、
それが意識化にあがってきた瞬間に気付くだけなんだと思うんですよね。

今年って、本当にスタートの年って感じがするし、
新たな自分、リフレッシュした自分になりやすい雰囲気があるような気がするから、
せっかくのそんな年を利用しない手はないんじゃないかな~と思ったりします。

今まで、時間がないからとか、私なんて無理って思ってた事を「えい!」って始めるとか、
ちょっとイメチェンしてみるとか、自分の心の整理とともに部屋の整理をしてみるとか、
興味あることをしてみるとかすると、もしかしたら新たな自分を発見できるかもしれません。

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黒が好きな人と嫌いな人の話
<黒が好きな人>

傷つきやすい心を持っているために、相手のことがよくわかり、
自分と同じ傷や不安をかかえていることが知れるまでは、
できるだけ自分を隠そうとします。

そのため、他人から「恐い人」「とりつきにくい人」と思われることが多いのです。

周囲の人間関係には強い不満を持っており、現在自分が置かれている状況にも
強い不安と不満を抱いています。

とくに親や上司、教師などのような、近くて離れようにも離れられない相手に
憎しみを覚えています。

音や色に対してはとても敏感で、芸術的センスがあります。
そんな自分の感性に自信を持っている人です。

<黒が嫌いな人>

自分の内面を見つめることができないか、怖い人です。
素直で明るくなければ、人間の価値が低いと思える傾向があります。

はっきりと否定するような人が嫌いで、そういう人が怖いと感じています。

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白(クリア)は全ての色の光を含んでいますが、
黒は全て吸収する色であり、闇の色でもあります。

闇を体験することで、人の深いところまで理解できます。
でも発散しにくいので、その闇に飲み込まれてしまうと、苦しんでしまうでしょう。

黒は威厳・重厚・力強さなどのキーワードがあります。
黒を着ると、そのキーワードのイメージがわきやすいのではないでしょうか>

黒の好きな人は
自分の世界を持っていて、自分の価値観も持っています。
礼儀正しく、堂々としている力強さを感じる事もあるでしょう。

デザイナーの人などで、黒をよく着られる方がいらっしゃいますが、
感性の高い芸術肌の人は好まれる色です。
意志が強く独立心が強い人や、人を動かす才能がありますが、
自分の世界にこもりがちだったりします。

最近黒が気になる人は・・・
敗れなかった壁を破り、新しい世界を広げる時期なのでしょう。
大切なことは、今の自分に満足して、感謝すること。

これから紫外線が強くなる時期には、黒は白い布に比べ
紫外線を大幅にカットする色なので、よく日焼け防止で使われます。

ただ、太陽からのよい影響も受けにくく、肌の活性、活力が衰えるので、
多様することは気をつけた方がいい色です。

また外部からの影響を受けたくない時、
自立心を高めたい時、
外部からの恐怖から開放されたい時
などの気分のときは、黒も用いるといいかもしれませんね~。

よければ参考にしてください。

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グレーが好きな人と嫌いな人の話
<グレーが好きな人>

組織とかシステムが大切だと考えています。

人と人のふれあいには、表面的にはソフトに親切にしながら、
親しくなりすぎないのがちょうどよいと思って、そのように行動をしています。

感情がはじめにあるのではなく、必要か必要でないかが先に判断の基準になります。

知的であること、数字や金銭をきちっと管理できることにおいて、
自分はすぐれた能力をもっていると自負しています。

計画とか算定とか分析、作表が大好きです。

<グレーが嫌いな人>

冷たい人や冷たいものが嫌いな人です。

何事にも無関心でいる人に対して腹立たしくなり、情熱のない、
すべてのかかわりを放棄したような態度を許せないと思っているでしょう。

機械が苦手で、コンピューターはイヤだと逃げ出すタイプです。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。

色と言っても、グレーは無彩色といって、彩りのない色というカテゴリに属します。
白と黒を混ぜた色で、グレーといっても範囲も広く、来いグレーや薄いグレーなどあります。

あまりグレーが好きとか、嫌いという人は少ないかもしれません。
他の色ともあわせやすいので、特に秋冬は洋服によく用いられたりします。
私も白は汚れやすいし、黒は猫を飼っていて毛がつくと目立つので、
トップスはあまり着ないですが、ボトムのパンツやスカートにグレーを着ます。

グレーの色彩心理的に説明させてもらうと、
目立ちたくないときに着ると一番いいと言われるのがグレーです。

また、スチールのグレーはやる気を失くす色と言われているそうです。
会社や学校のロッカーや机などによく使われていましたよね。
最近でもまだ使われている事も多いですが、他の色を使う方が
色彩心理的には、仕事の能力アップ、やる気アップにつながるんでしょうね。

グレーには安全、無難、用心というキーワードがあります。

用心深い反面、そのための妥協も多くなったり、
安全の為に、曖昧になる傾向を持っていたりします。

平穏と無事をいつも望んでいるのです。

グレーが最近気になるという人は、ストレスや緊張状態にある可能性があります。
また音に対してうるさいと感じていることもあるかもしれません。

心身ともに雑音に悩まされているのかも・・・

理想にあてはめようとするので、
自分に必要なものをはっきりさせる時期だったり、
笑う・遊ぶ・楽しむ・など明るくなる時期を表していたりします。

よければ参考にしてください。

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