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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
自然と世界と変化の話
台風が温帯低気圧になりましたね~。
結構覚悟してたのですが、私の街は今は雨が降っていません。

最近のお天気は、本当に予測不能なことが続きますね。
気を付けようと思ってもなかなか無理なことはありますが、
特別警報の運用もはじまり、
「ただちに命を守る行動をとってください。」というセリフも
今後聞く機会も増えてくるのかもしれません。

「自然の変化が激しくなり、私たちの生活の変化も速度を速めている」
そんな気がします。

昨日までの常識が、今日には新たな常識に塗り替えられていったり、
新たな製品や技術、発明が出てくるスピードも早まって、
変化が加速していき、色んな情報とともに色んな意見も出てきて
それを知ることが簡単にできる世界になってきたと思います。

いい面としては、不透明だった事がどんどん透明化してきたり、
今までは知ることができなかった分野だったり、地方のことも
知る機会が増えたり、同じ悩みや同じ趣味をもつ人とも
コミュニケーションをとることになったり...etc...

でも、この情報の時代になってきて、悪意をもっての発言を簡単にできるようになり、
また秘密の漏えいや、人を傷つける言葉が氾濫するようなこともあります。
今2チャンネルの個人情報が流出したことがありましたが、
それによって使用していた人の中で、自分の発言を知られてしまったことで
匿名の為に自分の会社の情報を流していたり、差別発言や悪意のある発言をした人は
社会的立場を危うくなったり、嫌がらせをされている人もいるといいます。

自分とわからなければ、負のエネルギーや悪意のある言葉をまき散らしてもいいと
思っている人が多いともいえますし、見方を変えると、そういう人たちを作り出す
ストレスをかかえてしまう社会を私たちが創り出しているともいえます。

なんでもそうですが、素晴らしいものであっても、使い方次第では、善にも悪にも
なるものは多いと思います。
変化とともに私たちの生活はとても便利になってきました。
その見返りに、私たちはストレスを感じやすい社会をつくっているのかもしれません。

今の時代、もちろん今の時代の情報を知ることは今を生きることにとっては大切です。
ただ、その情報を得て、自分がどう思うか、何を考えるかをきちんと見張ることは
とても必要です。

色んな人の意見が氾濫していて、その事実よりもその人たちの意見や、世間の風潮に
どうしても流されそうになりますし、それが自分の意見と刷り込むを無意識にしている
場合もあると思います。

他人に自分が考えるべきことを委ね切ってしまうのは、自分を生きていないという
証明をしているようなものです。

「人間は考える葦である」という有名な言葉がありますが、
そのことについて「自分は」どう感じるか、どう思うのかが
今ここに自分が生きているという事なのだと思います。
自分が考え、悩み、考えないと自分には何も身につかないし、
どうするか考えない人に、どうなるかなど見えないのです。

というか、自分で考えたり悩んだりして自分を磨くために
この世に生まれ、肉体をかぶり、ここに生きているわけですから、
毎日起こる色んな事を他人に考える事をまかせ、自分はしないなんて、
そんなもったいないことはないのです。

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人事を尽くして天命を待ちましょうの話
台風が近づいてきていますね~。
昔は夏が終わって台風が来ていたので、台風がくると秋だな~と
感じたものですが、最近は異常気象なんでしょうかね~?
この夏は特に猛暑で、ゲリラ豪雨も多かったりで大変でしたね。

さて、そんな8月ももう少しで終わりですね。
石井ゆかりさんの「筋トレ」をふと読んでみたら、

「6月からこの28日までが「ひとまとまり」の時間帯で、
28日以降、また新しい時間が流れ出していくイメージです。
(中略)
今週が、2013年を「前半・後半」に二分する境目
と言うこともできるかもしれません。」

という文章がありました。

ちょうど昨日、今後の仕事について新たなアクションを起こした所だったので、
「あー自分では意識してないけど、やっぱり流れというものがあり、
それを無意識にキャッチして行動してる自分がいるのかな~?」
と、思ったりしました。

急に昨日どうしてもアクションを起こしたくなり、
一度日中に行動したもののタイミングが合わず×で、別に昨日でなくてもいいのに、
どうしても昨日しておきたくて、自分では珍しく夕方にもう一度行動起こしたんですよね~。

まぁ大体私はいつもは結構マインドが強く働いて、
自分の思考に沿って動くのですが、
今までの人生を振り返ってみると、大きな転機や変化の時は
必ず感覚で動いています。

なのであとで振り返ってみたとき
「なんでこれしたんだろ?」
「なんでこうしたんだろ?」

と思っても

「その時無性にしたかったから」
「した~いと思ったんだな」
「もういやーーーーーと思ったような・・・」

という気持ちや感覚のことしか思い出せず、理屈や理由が思い出せず、
思い出せないのではなく結局なかったんだなということが、
本当にとても多いのです。

もしかしたらその感覚こそが、自分の本当に進む道の
「お知らせ」なのではないか?と思うようになり、
結構それに沿って生きています。
(というか、気持ちが抑えきれなくなって行動してしまうのですが・・・)

まぁ、変化に対する恐怖感や不安感はあまりない方だと思うので、
さーどうなるかな~と楽しみだったりします。

以前は自我が強くて、自分がしたいと思ってしたことがうまくいかないと
落ち込んだり、腹立ったりと忙しかったのですが、最近では、
「自分に必要な時に必要な場所や必要な人が与えられるようになっている」から、
もしうまくいかなかったとしても「必要なかったか」と思うようになって、
以前ほど心が揺れ動くことはなくなりました。

だからといって、手抜きはせず、その時の自分が出来る限りの
努力をしようと思ってます。
「人事を尽くして 天命を待つ」のです!

また、
「天は自ら助くる者を助く」とあるように、
いつも誰かに頼って誰かのせいにしてたら、
幸せがこないと思っている所があります。
人のせいにする前に、自分で努力をしてみる方がよっぽど建設的だと思うのです。

昔の人はいい言葉を残しているし、こういう法則は昔も今も変わらないと痛感させられますね。

私がもし天の主だとしても、努力せずいつも自分勝手な頼み事ばかりする奴より、
一生懸命頑張って、人のせいにせず、自分を磨く努力を怠らない人の方に
ご褒美をあげたり、応援したくなると思うもんな~。

まぁ、出来事なんてものは、自分に必要なエッセンスがその中にあるから
自分の目の前で起こり、体験しているのだから、人のせいにしてる暇があれば
自分を振り返って早めに気づいた方が、次にいけるもんだと思うし、
それを人のせいにして気づかなかったら、自分の必要なエッセンスを気づかせて
くれるために、ご丁寧にもっとわかりやすくしてくれて(状況がひどくなって)
わからせようとしてくれるので、気づくまでのダメージがちょっとひどくなります(苦笑)。

たとえば、
最初は声をかけてくれて気づかなければ
次は、肩をたたかれ、
その次は肩をつかまれ
その次は強引に振り返らされ、
それでも無視していたら、最後は飛び蹴りが飛んでくる
というイメージを私は持っています。

私はなかなか声かけ位では気づけませんが、
肩をつかまれた所までには、気づきたいと思っています。

以前は気づかずによく飛び蹴りをくらわされて、
その時のダメージが結構こたえたので(苦笑)
最近では気を付けています。

まぁこの話が分かる方は賢明な方だと思うので、お気を付けあれ!

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こころの皮むきの話
「こころの病」に悩んでいる人は、意外に多いものです。
でも自分で「自分はおかしいのかも?」って思っている人は正常に近く、
「自分はおかしくない!」と思っている人の方が、
深みにはまっていることもあると思います。

昔ほど「こころの病」は恥ずかしいものではなくなったし、
治療方法も色々出てきているのだろうと思います。
私は個人的には「薬」に対してはあまりいい印象はないですが、
ケースバイケースで服用をした方がよくなる方もいらっしゃるでしょうし、
上手に使われると効果があるのだろうと思います。

私は「認知行動療法」はいいと思います。
これも合う人もいれば、合わない人もいると思いますが、
ネットなどでも紹介されているので興味ある方は見てみたり、
ネットで手順にそって、自分自身でセルフでできるHPがあったり、
本などもいろいろ出ていて、セルフでできるワークブックなども
出版されているので、自分が好きなものを選んで一度してみるのも一つだと
思います。

「こころの病」になる方は、まじめできちんとされていたり、
世間体や周りの目を気にして、自分を殺してしまう人が多いと思うので、
何か始めるときも「しなければならない。」と思わずに
自分自身が「楽しい」と思ってできるようなものの方がいいですし、
「きちんとしなければいけない」という気持ちがむくむくと出てきたら、
「好きな時にしてみよう」と思えるまで、ちょっとペースダウンなどして
焦らずゆっくりとできそうなものを選ぶのもいいと思います。

「こころの病」まではいかないのですが、
攻撃的になったり、感情の起伏が激しくなったりする人や、
自己評価が低くて、誰かに高い評価をしてもらっていないと
不安に思ってしまい、必要以上に頑張ってしまう人や
相手の要求に従ってしまいストレスがたまっている人なども
いると思います。

根底には自分への「愛情不足」が絶対あると思うのですが、
矛先を外側や相手ではなく、自分へと変更するしか
根底にある問題は解決できないという事がわからなければ
どうすることもできない問題だろうと思います。

今まで仕事をしてきて思うことがあります。
必要以上に自分は仕事ができるアピールをする人がいます。
そういう人は大概仕事の能力が低い人が多いです。

本当に仕事ができる人は、アピールしなくても周りにすぐわかるので、
能力が低い人は、周りに評価されないことを自分でわかっているからこそ
仕事ができるようにアピールしなければいけないのだろうと思います。

でもその深層心理には、やはり周囲に認められる要求が強く(承認要求)
それを満たされないと不安=自己評価が低いということになります。

またそういう人は、誰かをいじめたり、上から目線で相手に不快感を与えたり
誰かを落とすことで自分が優越感を得たりという行動に出る場合もあります。

まぁ最近は「マジか!」と思うくらい、周囲の評価より
自己評価が高い「勘違い野郎」みたいな人もいますが・・・(笑)

でも金メッキは剥げるので、自分の思うような評価が得られないと傷つき、
エスカレートしていくと、やはり「こころ」が蝕まれていく可能性があります。

相手次第ではダメだと気付いたところから、本当の自分で生きることが
スタートできるのだろうと思います。

でも私自身、本当の自分で生きたいとは思うけれど、本当でない自分がたくさんいて
たまねぎの皮をむくように、本当でない自分を見つけて、むいていくことでしか
本当の自分にはたどり着けないと思っています。

その皮むきはきっと死ぬまで続く作業で、さぁ死ぬまでにどれだけの皮をむき、
本当の自分に近づけているだろうかという位に、色んな固定概念だったり
誰かの期待だったり、世間の風潮だったり、自分のいいと思い込んでる人物像だったり
友達の影響だったり、愛する人の好みだったり etc...
無意識の中で、本当でない自分という皮を、かぶりまくっているのだろうと思います。

もし「苦しい」と思いながらもがいている人がいれば、
本当の自分から「一枚皮をむけ」という指令が出て、
本当でない自分という皮を向く苦しみを味わっているのかもしれません。

その皮むきの仕方はいろいろあります。
自分にあったやり方を見つけて、苦しい中にも少しでも
楽しんだり、おもしろがったりできたらいいですね~。

そしてその皮を向いて脱皮した時は、新たなステージに立ち
今まで経験したことがない清々しさを体験することができるでしょう。

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心の病と家族の話
自分の周りで、自分は関係ないもめごとがあったり、
また家族の中で、体の病気、また心の病気があったりすると、
自分は当人でなくとも心が疲れるものです。

また自分の無力さをひしひしと感じてしまいます。
どうにかしたいと思っても、手をさしのべたり
話を聞いたりしても、本人が気づいたり、
本人がどうにかしていこうという意思をもたない限り
自分ではない誰かのことは、自分ではどうしようもできません。

それが家族であろうと、愛する人であろうと、友人であろうと、
きっと、自分を助けることができるのは自分であり、
そのためには、自分の意志が不可欠なのだろうと思います。

そうでない人は、すべてを周りの人や、環境のせいにして
怨み、悲劇のヒロイン化していき、周りを傷つけ、周りに甘え、
そして自分自身がもっと深く暗い闇に落ちていきます。

その時にどうにか引っ張り上げたいとか、
どうにか自分がその人をしたいとか、
いくら思ったところで、どうしようもないことがあります。

今日藤圭子さんに関する、元夫である宇多田さん、娘のヒカルさんの
コメントが発表されましたが、私は母を思い出しました。
私の母は晩年うつ病になり、奇行をしたり、
どんどん苦しみが増し、自分で作り上げた闇の奥に自分で落ちていき
最後には自殺未遂をはかる状態だったのですが、
母というより、その時の私と父のことを思い出しました。

「心の病」は本人がとても辛いのはもちろんですが、家族も本当に辛いものです。
友達にはそんなこと思うものではないと言われたけれど、
「母の苦しみを自分が肩代わりできたらいいのに。」
「母への不幸が私にふりかかればよかったのに。」
と思ったり、時には言葉に出したりしていました。

お前だったら乗り越えられるのか!と傲慢にとられてしまいそうですが、
そんなに私は強くはないけれど、愛する人が苦しむ姿を見るよりは
自分が苦しむ方がまだマシという思いが強かったのです。

家族の苦しむ姿を見て、自分ができることをすべてしても悪化するばかりで
自分の無力さをまざまざと味わい、そして毎日怨みの言葉を浴びせられ
結局何も役に立たず、最後には悪化する状態を見るだけというのは
本当に辛かった~~。

藤圭子さんと母とは全く違うと思いますが、今の世、自分が、
もしくは家族の中に「心の病」を抱えている人も結構いると思います。

本人以外にその家族となると、かなりの人数の方が、「心の病」で
悩んでいる人が多いということになります。

藤圭子さんは、持って生まれた「性」が強い方だったと思います。
その「性」に翻弄され、その「性」の通りに生きぬいた人のようにも思えます。
自分の立ち位置や生きている実感を味わうために、築いたものを壊したり、
現実を知るために、ギャンブルや旅行などの非現実な世界にはまったり、
愛する者を傷つけたり、愛情が強い分怨みや憎しみが強くなったり・・・

天才ゆえの精神の不安定さ、感性が研ぎ澄まされている人ならではのもろさ
そして家族というものへの愛憎の強さ、歌にも現れている「怨み」のこころ。
「陰」のエネルギーを全面に出し、それが世間に受け入れた所もあり
そちらが強くなったのかもしれないけれど、きっとその反対の「陽」の部分も
表には出せなかったけれど、強く多かった人なのではないかとも思います。

誰もが「陰」だけでなく「陽」が同じ分量、自分の中にはあると思います。
「心の中には闇がある。
でもその闇を照らす光もある。」

藤圭子さんが、自分の子供に「光(ヒカル)」と名付けたことも
自分が「闇」を生きるけれど、子供には「光」をという
「祈り」を込めたようにも思えます。

私は個人的には自殺は反対です。
何度も私自身「死んでしまいたい」と思ったことはあります。
銃が簡単に入手できる国に住んでいたら、死んでるかもしれません(苦笑)
本当に日本に生まれていてよかったと思います。

大体死にたいと思う時は、この苦しみ、もう耐えられないと思う時ですが、
今は、自殺は苦しみから逃れる方法にはならないと思っています。

深みにはまってしまって、自分ではどうしようもできないと思っている人は
専門家に是非相談して、治療をしていただきたいと思います。
この世は変化するのです。
最初はだれかの手を借りながらでも、
自分が変わりたいという気持ちが少しでもあれば、必ず変わります。
よくなりたいと思えば必ずよくなります。
不安定な心は安定します。
少しのきっかけで、光の方にも闇にもいくことができる世界で私たちは生きています。

それでも、「性」を背負い生き抜いた藤圭子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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季節の移ろいの話
私の住む地域は、この週末雨が降り、その間ちょっと涼しかったのですが
雨があがりお日様が出ると、やはり気温がググーンとあがり暑いです。

でももう暦では秋なんですよね~。
今年も3分の2を終えたわけです。
はやいですね~。

季節の変わり目で、私が感じやすいのはこの夏から秋が
一番実感します。
匂いが変わります。
秋は秋の空気の匂いがあるんです。
夏から秋になったら、その証のような早朝の外の空気の匂いがあるんですよ。
これって感覚なのかな~?
これを言って「わかる。わかる。」と言われた人の中で、
私と同じ感覚を感じてくれてると私が思ったのは2人だけなのですが・・・

この季節の変わり目で、目に見える世界が変わるように
目に見えない世界も変化があるように思います。

まぁ今年は特に暑かったので、
暑すぎて考えられな~いとか、
お祭り騒ぎで、夏はノリノリでお祭り気分~という感じから
秋は夜長にもなりますし、後回しにしてきた問題について考えたり、
「今」を位置づけ、自分の「いままで」を振り返ることもあるかもしれません。

私たちは「通ってきた道」の先にしか、「これから進む道」がないわけです。

お彼岸までの間は、まだ暑い日もあると思いますが、
季節の移ろいとともに、自分の心も落ち着いていき、
秋の夜長に、自分を見つめあうのもいいかもしれません。

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夫源病の話
おNEWのPCを購入しました。
サクサクと動くのでとっても快適です。

がしかし・・・先ほど、このブログのページをほとんど書いたところで
タッチマウスに当たったらしく、すべて消えてしまい、
ガーーーーーーーーン(ー_ー)!!
あまりのショックでちょっと私がフリーズしてしまいました。
もちろん、タッチマウスは速攻無効にしてやりましたよ!!

で、今日書いていた記事をもう一度書きます。

今日は「夫源病」について、ちょっと最近みた記事にあったので
それを書こうと思います。

「夫源病」とは
結婚している女性が、夫の何気ない言動にストレスを感じ、
それが原因で心身に不調が現れている状態のこと

最近は反対の「妻源病」もあるそうです。

症状としては、耳鳴り、めまい、頭痛のほか、うつなど、さまざま。
更年期症状と似ているので、間違われている人も多いのだそうです。

「夫源病」になりやすい妻のタイプ
①我慢強くて弱音を吐かない
②几帳面で責任感が強く、仕事や家事に手を抜かない
③感情を表に出すのが苦手で、人前で泣いたり怒ったりできない
④人に意見するのが苦手で、理不尽なことを言われても反論できない
⑤「いい妻」「いい母」でありたいという意識が強い
⑥外面や世間体が気になる
⑦細かいことをクヨクヨと気に病む性格

「夫源病」になりやすい夫のタイプ
①人前では愛想がいいが、家では不機嫌
②上から目線で話をする
③家事に手は出さないが口は出す
④妻や子供を養ってきたという自負が強い
⑤「ありがとう」「ごめんなさい」のセリフがほとんどない
⑥妻の予定や行動をよくチェックする
⑦仕事関係以外の交友や趣味が少ない
⑧妻が一人で外出するのを嫌がる
⑨家事の手伝いや子育てを自慢する自称「いい夫」
⑩車のハンドルを握ると性格が一変する
※8個以上は明らかに夫源病

ご結婚されている人はいかがでしょうか?
女性は「良妻賢母」タイプですよね~。
我慢してストレスを抱え込むタイプで、逆に夫や子供に過度な期待をして
それが満たされずストレスになる人もいるようです。

そこでは対処方法は「波風を立てない」ことをやめて、
ストレスの少ない夫婦関係に変えていくことが必要と紹介したのは
①言いたいことを言う。イヤなことはイヤと伝える
②夫を残して外食や旅行などに出かけるのも、距離感をとるための練習になる
と書いていました。

「夫はわかってくれているはず」
「夫は言っても聞いてくれない」
と思っている人が多いと思いますが、それは自分が夫を見て思い込んでいるだけで
実際に言ってみると全然わかっていなかったり、話を聞いてくれたりする可能性は
あるわけです。

また夫の言動や行動が改まらなくても、言ってスッキリすることもあります。
まずは自分の気持ちを相手に伝える練習を自分がしていくということは
とても大切なことだと思います。

私の母も絵にかいたような昭和の「良妻賢母」な人でしたが、我慢し過ぎて
50代でストレスがMAXになりはじけてしまい、それ以降は「うつ病」になり
毎日「死にたい」といい、「ALS」という難病になり亡くなりましたが、
本人も苦しくつらかったでしょうが、家族も大変でした。

MAXになる前に、ストレスを抜いていくことは、決して「わがまま」ではなく
自分が元気でいることが、夫の幸せ、家族の幸せにつながるんだと意識して、
自分ができそうな所から、自分のペースで我慢をやめて、言いたいことを言ってみたり
少し友達と出かけて愚痴を言ってみたり、ストレスに負けない自分を
作っていっていただきたいと思います。

相手を変えようとするより、きっと自分が変わる方が早くて簡単で、効果も絶大と思います。

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美術の話
昨日は徳島県にある「大塚国際美術館」に行ってきました。

西洋名画1,000余点を陶板に同じ大きさで複製しています。
触っても、写真撮ってもOKなので、本当の美術品では絶対NGな事ができるのも
魅力のひとつかもしれませn。

行った時にちょうど人気上位10点のガイドが始まるところだったので、
それを聞きながらまず巡りました。

ガイドの方は、女の方でベテランさんという感じの方で、
知識もすごいですし、本当に説明がお上手で、1時間という事でしたが、
時間を延長してお話していただいて、本当に勉強になりました。

1位は「モナリザ」レオナルド・ダ・ヴィンチでした。

それ以降は順不同ですが、
・「システィーナ礼拝堂天井画および壁画」ミケランジェロ
・「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」フェルメール、ヤン
・「スクロヴェーニ礼拝堂壁画」ジョット
・「大睡蓮」モネ、クロード
・「最後の晩餐」(修復前)(修復後)レオナルド・ダ・ヴィンチ
・「ヴィーナスの誕生」ボッティチェッリ、サンドロ
・「叫び」ムンク、エドヴァルト
・「ゲルニカ」ピカソ
・「ひまわり」ゴッホ、フィンセント・ファン

でした。

ガイドさんが、作者についての人生や、その絵の背景も説明してくださり、
本当に面白かったです。

ゴッホについては以前このブログでも少し説明しましたが、
ムンクの「叫び」は本当に見ていると苦しくなるような絵でした。

ガイドの方の説明では、ムンクはノルウェーの出身で、
母親を5歳の時に30歳という若さで結核で亡くし、姉も15歳の時に結核で死に、
ムンク自身も結核だったため、死に対する不安が人一倍強かったのだそうです。
そして医師だった父も、ムンクが20代の時に亡くなり、精神的に追い込まれた
ムンクが30歳の時に描いたのが、この「叫び」なのだそうです。

この「叫び」は人間が叫んでいるように思っていましたが、
ムンクの日記によると
「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。
突然、空が血の赤色に変わった。
私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。
それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。
友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。
そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」

この絵は友達がどんどん自分を残して歩いていく中で
「橋の上の男(ムンク自身)が叫びに耐えかねて耳を押さえている」様子を
描いた絵なのだそうです。

また、この絵にはちょうど赤い空の中央から左よりに
絵の上に鉛筆書きされた「イタズラ書き」が残っています。

「この絵は狂人にのみ描ける」と。

ムンクが書いたのか、誰かに書かれてしまったのかはムンク自身が
「そのままにしておこう」と訊ねた新聞記者に答えているだけで
不明なのだそうです。

また、ムンクの油絵の「叫び」を見る機会があれば、近づいて見てみてください。

あとはエル・グレコ、レンブラント、ラファエッロ、ゴヤ、ルソー、セザンヌ
マネ、ミレー、ルノワール、ドラクロワ、ゴーギャン、クリムト・グスタフ
などなどの名作揃いでした。

ゴヤの家も再現していましたが、黒い絵は不気味でした。
ゴッホも精神病院に入っていましたし、ムンクもそうでしたし、
やはり芸術家などの感性がとても高い人は、少しふれる方向がずれると
とても深い闇の部分へと入り込んでしまうものなのかもしれないと思いました。

私はミレーの「春」が好きでしたね~。
haru.jpg

モネの「睡蓮」シリーズも好きです。
ほとんど人物画だったんですが、自然が好きなんですかね~(苦笑)

人物画は「聖☆おにいさん」風に言うと、めっちゃイエスばっかでしたね。
私の記憶では「ブッダ」は一枚だったと思います。
やはり西洋画はイエスは多いですね~。

お話していたら、那覇からお越しの方もいらっしゃいましたし、
また機会があれば行ってみてください。

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夏は太る話
夏バテや夏ヤセする人もいるかもしれませんが、
夏は基礎代謝が落ちるので、太りやすい時期なのです。

冬は寒いので、脂肪を燃やして体温を上げようとするので、
代謝があがりますが、夏は特に今年のように暑いと、体温を上げる必要もなく
代謝は悪くなります。

また汗が出る=痩せると思いがちですが、夏の汗はスポーツの汗とは違い
体を冷やすために流れるので、脂肪が燃えているわけでもなく、
また汗が出るからといって、糖分の高い飲み物を摂取したら太ってしまいます。

また、暑いと冷たいものを飲むので、内臓が冷えてしまい、余計に内臓脂肪を
燃やせなくなったり、消化器官が弱ってしまうため、消化吸収が悪くなり
便秘になったりします。

夏の暑い時期は、暑い飲み物はなかなか飲みにくいですが、
常温のものの方がいいですよね~。

珈琲は体を冷やします。
しょうがなどは体を温めてくれるので、しょうがを使った飲み物や料理、
また弱った胃腸には刺激の強いものはきついので、
今の季節だとかぼちゃやじゃがいもなどのスープもいいかもしれません。
根野菜は体を温めてくれます。
反対に夏野菜のきゅうりやすいかなどは、体を冷やします。

クーラーなしでは過ごせない夏ですが、
あまり冷やしすぎないようにしないと、自律神経などが不具合を起こしてしまいます。
また代謝が悪くなって、肩こりが激しくなったり、却って冷え性になっている人も
いるそうです。

外気温と8度の差位までがいいのだそうですが、やはり30度以下にはしたいもの。
28度の微風位で、あとは扇風機などで空気を拡散する方法などがいいかもしれません。

残暑が厳しい毎日が続きます。
お盆も終わり、この夏の疲れが出やすいのもこの時期だと思います。

疲れているわりに、あれ?太っている!!っていう人もいるかもしれませんが、
夏は太りやすい時期だから、他の季節と同じ量食べているだけでも
太ってしまうものなのです。

また、この季節はイベントが多く、外食だったり、皆で集まって食事する機会も
多かったと思うので、ついつい食べすぎという事もあると思います。

という私もお盆の1週間で、2キロ近く太ってしまいました・・・トホホ
とりあえずは体力温存と思い、ダイエットは涼しくなってからと
ちょっと後回しにしてしまってます。
でも、効率よくダイエットするには、きっと夏より冬の方がいいんですよね~。

ダイエットを考えている方、ご参考あれ!

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日常を楽しもう!の話
今日でお盆休みが終わり、明日からお仕事の方も多いと思います。

人間は慣れるものですから、ずっと仕事していたらそれが習慣になっていますが、
長期であればあるほど、また非日常の世界に旅行など行っていた方などは
特に「あーめんどくさいな~」と思う方もいると思います。

まぁまた仕事に行きだすと、それにも慣れていくのですが・・・

今年の夏は高温すぎて、本当に体が疲れますね~。
ちょっと外に出ただけで、汗が滝のように流れます。

35度以下だと、ちょっとマシと思ってしまいます。
マンホールやコインパーキングなどの鉄の部分が高熱で70度以上になっていて
転んだり、足が当たったりして火傷している人もいるそうです。
やはり異常気象ですね。

昨日はとても眠くて寝まくっていましたが、今日は目が覚めました。
やはり疲れがでたんでしょうね~。
夏は睡眠不足にもなりやすく、体力も消耗するので、
皆さんも疲れをためないようにしてください。

今月いっぱいこの暑さが続くとも言われていますが、暦では秋ですし
このお盆休みが終わると一段落ついて、新しいシーズンが始まる感じがします。

帰省されたり、旅行から帰って明日から仕事の方は、疲れを取る間もないまま
という状態かもしれませんが、今日は早めに寝て明日からの仕事に臨んでください。

「日常があるから、非日常は楽しいものです。」

知り合いで沖縄に転勤になって住んでいた人が言っていました。
「旅行という現実から離れて行くなら楽しいが、
仕事という現実と日常で生活するのはそんなに楽しい所ではないよ。」と・・・

仕事したり、家事したり、勉強したり、一生懸命の日常生活があってこそ、
それから解き放たれた非日常の旅行が楽しいのでしょうし、
いつも会えないという現実の中での寂しさや恋しさがあるほど、
久々に会った時の喜びも大きいのだろうと思います。

私はスペシャルな日も素晴らしいと思いますが、
何もない、そういう毎日の日常の中にたくさんの気付きや喜びが、
散りばめられているのだろうと思います。
それが積み重なっていき、自分という人間が創り上げられているのだろうと
思うのです。

さぁ、明日からまた日常生活を楽しみましょう。

読んでいただいてありがとうございます。
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よく眠る話
今日も暑いですね~。

何かこの夏の疲れがどっと出たのか、昨日の夜から
眠くて眠くて、寝まくってしまいました。

今日も一応起きて色々してるのですが、その合間合間に眠りこけていました。

そういう時期ってありますよね~。
すごーく眠い時期。
大体疲れきっている時ですけど、
魂がレベルアップする時も眠くなるって説も聞いたことがあります。

私は単に疲れきっているということですね~。
夏って疲れやすくなるから、何か眠くなりますよね~。

不眠症の人には考えられないでしょうが、
私は横になるとすぐ眠ってしまいます。

夜、寝る前にストレッチをしていて、その途中で寝ていた事も
よくあります(苦笑)
体をねじったままとか、前屈したまま寝てしまうのです。
起きた時もそのままの姿勢なのですが、
固まっていて動かすと「痛たたたたた」なんて事になります(笑)

パートナーにマッサージしている途中に寝ることもあったりします。

まぁ仕事中とかスイッチONの時は絶対そんな事ないのですが、
自宅に帰るとスイッチOFFに切り替わっているのか、
よくうたた寝をします。

記憶は一度寝ることによって、脳にインプットされるのだそうです。
何か嫌なことがあった日に寝つけれないのは、脳に記憶させないようにする為に
自分を守るための防衛本能の能力なのだそうです。

私は嫌なことがあると、寝て忘れるタイプです。
結構眠れてしまうのです。
嫌なことは起きていると考えてしまうけど、
眠ってしまうと忘れられるので、私はすぐ眠ってしまいます。

ということは、きっと脳にインプットされて記憶しているんでしょうね~。

人間、自分の記憶に照らし合わせた事や、自分の信じていることが
「真実」ですからね~。
良くも悪くも、自分の体験は宝だと私は思っています。
実際に、記憶できていても意識上に上がってこない事も多いのが実情ですが・・・

今も眠りから眠りの間のちょっと起きている時間なので、
頭があまりまわらず、とりとめのない話でごめんなさい。

明日は目がシャキっと覚めて、ブログを書いている事を願うばかりです(笑)

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終戦記念日ですね~の話
8月15日。

終戦記念日でもあり、お盆の送りでもあります。
8月は霊界に対して感謝とともに、供養をしたり、
自分が生かされているという事を実感する月なのかもしれません。

また生と死、戦争と平和のテーマを考える時期なのでしょう。

戦争を知らない世代ではあるけれど、色々と考えるきっかけになります。

最近戦争に対しての色々な番組をしていましたが、
やはり情報によって、人間の見方、考え方というものが大きく左右され
そしてそれが信念になったり、常識になったりすると、
もはや歯止めが利かなくなるのだな~と思ってしまいました。

戦争中、冷静に見つめ、客観的に見た状況の中で、今現在の私達から見ると
それこそ「正論」ではないかと思える記事を書いた新聞社は、
一般人から不買行動を起こされたり、まっとうな意見を述べた記者が
退社せざるを得ない状況になったりしていた事を報道で知りました。

まぁこれも一つの視点からの見方であり、今現在の常識という観点からの
切り込みなのですが、やはり情報というものは大きな力なのだと
痛感してしまいました。

戦時中は、情報が少なく、情報操作も行われていたのでしょうが
今は情報過多の時代です。
でも情報操作がなくなったのかと言われたら、それは疑問が残ります。

情報の取捨選択は自分の責任ですし、自分がその情報からどんな行動を
起こすのかということが、自分というものの表現だともいえます。

他人の意見や情報に流されず、自分の意見をきちんと持つという事は
とても大切な事だと思います。

「Woman」のドラマを見ていたら、
「この世には幸福も不幸もない。心だけがある。
幸福を感じる心を持っているかどうかだけの事なのだ。」
というセリフがありました。

本当にそうだと言えます。
それは誰かに聞いたり、情報を得て、分かったり、心をゲットできるのではなく、
自分が生み出し、育んでいくものです。
誰にも育てられず、自分でしか育てていけない範疇のものです。

自分の答えは自分の中にあり、他の人の中にはありません。
どうしても自分の事は信用できず、他人のことを信用して、
自分以外の人に答えを求めがちになりますが、他人には
自分の質問に対する答えはありません。
自分にしかないのです。

幸福を感じる心を生み出し、育む力は、元々生まれた時から
その力が強い人もいれば、弱く今生で育てていく人もいるのだと思います。
生む苦しみ、育む苦労もあるでしょう。
でも幸不幸は全て自分の心の中から、生まれ育んでいくという法則を
知っておくのはいいことだと思います。

「不幸」ばかり感じてしまう人は、きっと「幸せ」を知っている人なんだろうと
思います。自分にとっての「幸せ」は何かをきちんと掴むとその後の行動に
生かされてくるかもしれません。

そのドラマの中で
「死んだんじゃない。
生きたの。
生きただけ。」
というセリフもありました。

終戦記念日の今日、戦争の被害者、そしてお盆を終え霊界に帰られる霊の方々は
「死んだ。」「亡くなった。」「殺された。」と言われますが、
「皆さんは生きたんですね。この世を精一杯生きぬいたんですね。」と
感謝と尊敬の念を持って、今年は思えました。

私は両親が親しい人、知人などの死の中で、
「なんで?今まで辛い苦労ばっかりしてきて、さぁこれからって時に
なんで死ぬん。これから楽しもうって時に、なんで命が消えんといけんのん?」
ってよく思う事がありました。

もちろん、戦争で若い命をなんでこんな犬死させんといけんのん?
って思ったこともたくさんあります。

ずっと私は自分の人生は自分でコントロールできるし、
自分で制御できるもんと思っていたところがあります。
でもそれってきっと傲慢であって、実際には一切制御できてないって事に
年を重ねる毎に思えてきたのです。

自分の運命を受け入れる。呑みこむ。
人事を尽くして天命を待つ。
これに尽きるのかなと思うようになったのです。

そして、客観的に見てどんな不幸と思えるようなことであっても、
それは自分に必要だから起こるのだと。
受け入れなければ逃げればいい。
逃げて逃げて逃げて・・・逃げ切れなかったら思い切って受け入れたらいい。
と思うのです。

「失敗は成功の元」といいますが、因果の結果のデータはたくさんあった方が
自分の経験値や心の深みは増す分、きっと自分の糧になることが多いので、
その時点で失敗と思った事でも、その後に逆転するかもしれないし、
その失敗を経験するからこそ、たくさんの選択肢が一つずつ消えていき
結果残ったものが、最初に提示されたものだったりすることもあるのだと思います。

じゃあ、遠回りした分、それが間違いだとか時間のロスだったのかというと、
自分が一回りも二回りも大きくなったとしたら、それは間違いどころか、
大きな収穫を得たと考えられます。

他人は一部を見て、間違いだと騒いだと思うと、次の瞬間には正解だというものです。
その他人の目線で自分の人生を生きようとすることは、もったいない話だと
私は思います。

でも、それも実際に自分がしてみた方が、強烈にその事を実感できるのでしょう。

この世は理不尽な事や不正などがはびこる世の中ですが、
そういう世界だからこそ気付けたり、自分を磨ける事があり、
そういう世を選んで私たちは今ここに生きているだろうと思います。

そして、生き抜いてその後散っていくのは、
その人の魂が必要な経験を終え、次の世界へと旅立つ事なのだろうと思います。

「憎まれっ子世にはびこる」ということわざがありますが、
早世する人は、魂レベルが高く早くこの世を卒業できた人なのかもしれない。
と、戦争で若く亡くなった人の事は思わずにはいられません。

日本人は、調子にも乗り、横柄にもなり、勘違いもし、他国民に対して
様々な行為も行った歴史もあるとは思います。
でも第一線で闘った軍人の中には、純粋な使命感や愛国心で闘った人も
多かったのだと思います。

今日の終戦記念日に、戦争犠牲者の方々に、ご冥福を心からお祈りいたします。

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お盆の話②
お盆真っ只中ですね~。
しかし、日本全国高温すぎるでしょ~。
本当にバテますよね~。

お盆。
今年はこの暑さでぼけていたので、つい12日にお迎えに行ってしまい、
次の日に「あっ!!今日が迎え火だった!」と
気付くという慌てぶりでした。

お墓にお迎え行くと、毎年お迎えきている近所の人と会うのに
おかしいな~と思ってたわけが、ここで判明したわけです。

13日にもう一度、マンションのベランダから迎え火をしまして、
12日からもう切子灯篭はもう灯がともっていますし、
お供えもたっぷりとして、きゅうり、なすと共に今年はブロッコリーも
足をつけてデデーンとお供えしていたので、皆さん到着しても
準備万端取り揃えられてたわけです。

この乗り物問題ですが、次の日
ブロッコリーが一番傷んでいて、
次がきゅうりでした。

きゅうりは馬で、あちらの世界からこちらに帰ってくるときは
早く帰ってきたいから、馬のきゅうりを使われ、
こちらの世界から、あちらの世界に帰る時は
ゆっくり帰りたいから、牛である茄子を使うんですよね~。

仏様が触ると、痛みが早くなるという観点から考えると
今年のブロッコリーの乗り物は大人気だったというわけです。
作戦成功とほくそ笑んでいた私であります(笑)

やっぱり、ブロッコリーは、くるくる、くるくると回り
きゅうりより早かったんだと思うわけです(笑)

来年はさぁ何にしようか、お盆の楽しみが増えました(笑)

ちょうど12日に地元に帰った時に、採りたてのすいかをもらい
お墓に迎えに行き、帰りがけに
「皆さん、そちらにあるスイカ、どうぞご賞味ください。」
と声をかけて、一晩お供えして、次の日の朝下げて切ったら
ものの見事にびっくりする位に腐っていました。

「どれだけ、ご先祖の皆さんスイカにむしゃぶりついたんだよ!」と
思わず笑ってしまいました(笑)

また、今日はパートナーが今年禁煙してから、
「タバコ吸いたい」とほとんど言っていなかったのに、
今日は我が家で連呼していて、あまりの先祖様からのリクエストに
「はいはい。タバコですな。お供えしますよ。」と
思っておりました(苦笑)

彼にもそれを言うと、あーそういえば去年もおんなじ事言ってたな~!
と納得していました。

お盆はご先祖の皆様方がお戻りになられるからか、
ドンと体が毎年の事ながら重くなってしんどくなります。
本当に13日から、ズンと肩が重くなり、腰とかも痛くなってしまいます。

まぁ、ご先祖様がゆっくりとくつろがれている事を願うばかりです。
とりあえず明日はタバコを準備しましょうかね(笑)

では、皆さん楽しいお盆をお送りください。
くれぐれも、お盆には水場には近づかれませんように。
また、お祭りも多いと思いますが、この1週間高温の為、倒れたり、
亡くなられている方もいらっしゃいます。
しっかり水分をとって、無理されないようにしてください。

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お盆の話①
日本全国、暑すぎるでしょう~^_^;

昨日はお墓掃除に行き、二度ほど気が遠くなってしまい、
お墓で倒れそうになってしまいました。

我が家は私が8代目ということで、夫婦墓もありますが、
子供のお墓だったり、戦争に行って亡くなった先祖もいたりで、
お墓の数が10以上あり、山の中なので、色んな葉っぱも落ち、
雑草は伸び放題で、特に夏は2時間以上掃除にもかかってしまうのです。

もちろんお茶も持っていってましたが、
やはりアクエリアスとかポカリスエットなどのスポーツドリンクが
必要だと痛感しました。
また、いつも献血ができないので、きっと血が薄いのか、
貧血の気もあるので、鉄分をしっかりとろうと思いました。

最近お肉はあまり食べないので、何に鉄分が多いのか調べたら、

(あおのり、ひじき、焼き海苔、味付けのり、煮干、あさりの佃煮
卵黄、きなこ、だいず、抹茶、切干大根、パセリ、カレー粉)
などがあったので、ガンガン摂取してくぞ~!!

そして今日は、ご住職が棚行に来てくださったのだが、
何度も来て頂いている場所なのに、間違えて隣のマンションの部屋に
行ってしまい(笑)ドタバタしてしまった。

このご住職は、高野山真言宗の中でも結構偉い人だと
他の檀家の人に聞いたこともあり、腰も低くて本当にいい方なのだが、
「ド」がつくほどの「天然」だと私は思っている(苦笑)

霊感とかもあまりない「ノンスペック」だと思うし、田舎の人は色々噂をしたり
口さがないが、その辺りも面と向かって言われると分かるが、
裏でコソコソされると一切気付かない、空気や人の心を読まない、
天然でかわいらしい、そして素直で美しい心の人だと思っている。

約束事などは絶対に守られる人なのに、たまにこんなミスをする、
人間らしい、本当に笑わせてくれる、檀家の皆に愛されているご住職だ。

明日は仕事なので、迎え火の日なのだが、お墓までに迎えはどうしようか
迷っていたが、田舎でずっと育って、一度もその田舎の町を出たことのない
ご先祖様も多いので、ご住職のように隣のマンションに間違って行かれては
ご迷惑をおかけするので(笑)明日はお迎えにやはりお墓まで行くことにした。

あーお盆ですな~。
あっ今年は、なすにきゅうりに、当初の予定通り「ブロッコリー」に足をつけます(笑)

昨日見ていて、来年は「ゴーヤ」、再来年は「パプリカ」などにしてみようかと
毎年一つづつ違う乗り物を用意してみようともくろんでおります。
まず今年は、「ブロッコリー」です。

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お盆の用意が楽しみな話
今日は68年前、長崎に原爆が投下された日です。
原爆被害者の方のご冥福をお祈りするとともに、被爆の後遺症に苦しむ方に
お見舞い申し上げます。

8月はお盆もありますし、日本人にとっては、二度にわたる原爆投下、終戦記念日と、
戦争と平和、そして生と死というテーマを考える月であり
霊に対して冥福を祈るとともに、霊をお祀りする大切な月とも思えます。

地獄の釜の蓋が開き、いつもはお迎えできない霊もお迎えし、
色々お供えし、またお送りするお盆は、霊界との距離が変わらずとも
近くに感じる事のできる時期と思えます。

地域によって違うのかもしれませんが、私の地域では8月12日に迎え火をして
8月15日に送り火をします。
その間は、我が家ではお盆提灯ではなく、切子灯篭をかけて火を灯します。

12日は仕事があるので、終わってからお迎えに行くつもりです。
そしてマンションのベランダから迎え火を炊きます。
迎えに行って車で帰っている時は、いつもバスガイド風に
「皆様方お疲れ様でございます。
どうぞこちらでございます。
ゆっくりおくつろぎください。」

そして我が家に到着してからは、
「お間違いないように、こちらでございますよ~。
迷子にならないでくださいよ~」
と、バスガイドさんが旗をふる気持ちで迎え火でお迎えしています。

12日は掃除ができないので、明日お墓掃除に行きます。

明日は実家の近くに大きな池(というか川?)にたくさんの蓮の花と
蓮の葉が自然に咲いているところがあるので、蓮の花と葉をいただいてきて、
ちょっと早いですが、お盆仕様のお供えの準備をしようかと思っています。

そして、あさっての11日には、ご住職が棚行にきてくださいます。

今年はこのお盆の準備にあたり、実は計画があるのです。
聖☆おにいさん」の中で、お盆に茄子ときゅうり以外に、ブロッコリーに足をつけて
お供えしていた話があったので、今年私もチャレンジするつもりなのです(笑)

きっと私の家の先祖様たちも、
「おっこりゃ珍しい。」
「どうやって乗るんじゃろうか?」
「いかしとる」
なんて言って盛り上がって、試乗してくれないかと結構期待してます(笑)

それ以外にも、パートナーにどんなものがいいかと聞いてみたら、
「にんじんを、包丁でスーパーカーみたいにきれいに造詣してみたら?」
「足をつまようじや串じゃなく、マジなタイヤ(おもちゃ)にしてみたら?」
「それか、色んな野菜を使って飛行機作るとか?」

とか言われ、そんなに立体的なものを作る器用さはない私は、

「どんな野菜が、先祖様にウケるだろうか?」
「他の先祖様から一目置かれるイカす乗り物としての野菜って?」
とこの数日結構マジで悩んでいる(笑)

変わった野菜に足をつけて置いていたら、先祖様も楽しんでくれないだろうか?
などと一番私が楽しみながら、お盆の用意を明日から着々としていく予定。

まぁ、棚行の際、ご住職には「ドン引き」されるかもしれないが、
うちの菩提寺のご住職はとてもいい方で、ユーモアもわかってくださる方なので、
笑ってくれるだろうと思いながら、明日スーパーの野菜コーナーで
私はお盆の乗り物の物色に励むのであります(笑)

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やらずに後悔するよりやって後悔の方がいい?の話
亜熱帯の国に日本はなったのだろうか?
あちぃぃぃ!!!
と今日も言いまくっている隣の部屋で(クーラーが効いてない部屋)
寒がりの同居猫の「あやさん」はムートンの上で寝ている。
推定年齢19歳の「あやさん」ではあるが、ボケてはない。
本当に夏は強くて、羨ましくなる。

わたしも夏は大好きで、夏になると、海や祭りに出かけまくっていたのだが、
年を重ねた事もあるが、最近のこの暑さですっかりインドア派になっている。

この季節、だんじり祭り、よさこい祭り、阿波踊りなどの祭りや
色んな花火大会など、毎年のように一緒に行ってた友人が妊娠した。

私の周りのアラフォーの友達は、この数年、結婚⇒出産が続いている。
40歳で結婚して、40過ぎて初産で出産する人も私の周りには結構いて、
また、40過ぎて2人目、3人目と出産している友達もいる。

その祭りを一緒に行っていて妊娠した友達は30代後半で、
不妊治療を約2年頑張って、めでたく妊娠した。
体外受精で授かり、切迫流産しかけて1ヶ月以上入院していたのだが、
最近やっと安定したのだそうだ。

でも、驚いたのは、不妊治療していた病院ではなく、
現在大学病院に通っていて、大学病院で出産予定なのだそうだ。

自然妊娠ではない事、子宮筋腫などの病気がある事、
高年齢出産だという事などが理由なのだそうだ。

子供はお母さんを選んで、この世に降りて来ると聞いたことがある。
授かるということは、その友達を選んで降りて来るのだと思うと、
当の本人は「んー実感ないんよな~。」と言っていたが(苦笑)
どんな人がくるんだろう!と私の方がわくわくしてしまっていた。

不妊治療の助成金ももらったそうだが、不妊治療は経済的にも
精神的にも、肉体的にも、結構辛いものがあったそうだ。

特に最初病院に行った時に、35歳を過ぎてからの妊娠の可能性は
年々低くなるという%のグラフみたいなものを見ながら説明され、
37歳で初めて行った友人は37歳から一気に妊娠率が下がると言われ
当初かなり凹んでいた。

でも実際に去年位から、40過ぎて初産で自然妊娠した友人が何人もいて、
勇気をもらったらしく、彼女もその友人達と同級生の子供を授かったのだから、
もちろん治療のおかげだろうが、心の問題も大きいような気がする。

人間思い込みも大事ということだ。
「ダメ」と思っていたら「ダメ」になる可能性があがるし
「大丈夫」と思っていたら「大丈夫」になる可能性があがるのだと思う。

楽観的に思いながら、その時考えうる事を全てして、あとは天にまかせる。
これがやはり自分の願いを叶える一番の近道な気がする。

でも、願いが全然叶わないのであれば、それは自分にとって不必要な
状況なのかもしれない。

人生こうなりたい!と思ってもそうはならず、後で振り返ったときに、
「あの時にそうなっていないから、違うあの道に行く事になり、
結果その道が自分にとって一生をかけてする事に出会った」
とか、
「あの時にうまくいかなかったからこそ、今の自分の幸せにつながった」
なんて事もたくさんある。

でも、精一杯その時に努力はしておいた方が、あとから思い返すときに
きっと心がスッキリと晴れ上がっているのではないか?と思う。

「やらずに後悔するよりも、やって後悔する方がいい」という考え方がある。

私の場合、「あーーーーーやってもうた~!!!」と後悔することも、
やってもうた後始末の方が、やってもうた事の何倍も大変で、時間も何倍もかかる事も
完全にありゃー失敗だったなという事もあるが、やってよかったと思っている。

頭で考えるだけではなく、実際にやってみないとわからない事はたくさんある。
やってみて「違う」という事が分かるのは、一歩前進だと私は思うのだ。

でも、これは人によるから、一概には言えないが、
色んな思いが切れて「思い切って」やってみるのもいいし、
反対に「思い切って」やらないのもいいのだろうと思う。

まぁ、友達もこれだけして授からなかったら仕方ないと思えるだけの事は
全てしようと思っていたらしい。

その友達が念願の子供を授かったのは、本当に嬉しい。
自分の願いが叶うのも嬉しいが、自分の大切な人の願いが叶うのも
本当に嬉しいものだ(^^♪

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新月(ちょっと過ぎたけど)の話
今月は、獅子座の新月です。 
8月7日 6:51

(過ぎちゃってますね~・・・)

でも一応説明しますね~。  

獅子座に月がある時期は、
自分の意志や主体性といったものがガツンと後押ししてくれる時です。
自分のアイデンティティを確立して、注目されたり、
認められたりすることを好むようになり、
自分の魅力を周囲にアピールするのによい時です。

この機会にあなたの中に眠る創造性を自覚してください。
自分の中から湧き上がる、自己表現への欲求を解き放ってみましょう。

自分の個性を際立たせ、他の人とは違う才能を見出す力があります。

いい意味で堂々と「我」を「張って」いくのが吉といった感じでしょうかね。

相手から愛されるには、自分が自分を肯定することが大事。
自分をちゃんと愛せるように後押ししてくれるのもこの獅子座の新月のパワー。

相手から愛されるから、自分を肯定できる!と考えがちですが、
自分を肯定するから、相手から愛される!のです。

相手の愛は想像でしか感じれないけど、自分の愛は思い切り感じれます。
思いっきり、自分の愛を体感してみるのもいいと思います。

自分に大体皆厳しいものですが、
たまには、自分に甘くしてあげたり、
短所ではなく、長所を見つめたり、
自分で自分を誉めてあげましょう。

私は「誉めて伸びるタイプ」です(笑)
だから、パートナーにもこの事は宣言して、
「伸ばしたいなら誉めてくれ」と言っています(苦笑)

でもついつい、自分では誉めてなくて、粗探しばかりをしています。
たまには、そのまんまの自分を受け入れ、誉めまくってあげてもいいと
思います。
そのタイミングにこの新月はバッチリなのかもしれません。

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原爆から68年の話
広島の原爆の日から、68年が立ちました。
そしてそんな日、昨日午後に起きた米軍基地キャンプ・ハンセン敷地内で起きた
米軍ヘリコプターの墜落事故の報道を朝からしていました。

戦争について考えさせられる日だな~と思ってしまいました。

広島の原爆の被爆者は平均年齢が78歳を超えたそうです。

私は戦争を知りません。
自分の身に起こることはない世界の話のように思えます。

でも、今現在、この地球上で、戦争をしている所はあり、
実際にテロリストなどもいるのです。

なぜ戦争をするのでしょう?
でも人間が誕生した昔から、争いは続いているので、
人間の本能なのでしょうか?

争いから、憎しみや悲しみが生まれ、そしてその報復をしたり、
自分の宗教のみが正しい、自分の文化が正しいという世界観の違いからの
争いもあるでしょうし、または利権がかかった戦争などもあるのでしょう。

殺戮しあい、破壊を繰り返し、その中からは何が生まれるのでしょう?

今日の広島市長の話の中で
「無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、
また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、
非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。」
とありました。

「絶対悪」という言葉が、印象的でした。

時代と共にどんどん風化していくことがないよう、
わたしたち日本人が、原爆の痛み、戦争の苦しみを学び
後年に伝えていき、対極にある平和の素晴らしさやありがたさを実感して
それを守る民族として生きていけたら、幸せだと思いますし、
また、それを課せられた民族なのではないかとも思えます。

原爆の被害者の皆様方のご冥福を心よりお祈りいたします。

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運・ツキの話
運について、最近考えることがある。
運というよりも、「ツキ」というものかもしれない。

先日、おいしいと思える仕事の依頼が入った。
結果から言うと、私は断り、その仕事をしたそうな人に仕事をふった。

先日スーパーで何千円以上お買い上げでくれた応募用紙に、
何気なく書いて応募していたら、京都旅行が当選したと連絡が入ったが
それも断った。

せっかく舞い降りたこの「運」というか「ツキ」を断ると、
この「運」や「ツキ」はプールされるのだろうか?
それとも、断るのは私の勝手ということで、「運」と「ツキ」は
消化された事になるのだろうか?

などと、今日友達と話していたのだが、結局分からず、
「まっ生きてれば、いい事もあれば、嫌なこともあるさ。」
って結論に達した。

先日、高野山と空海の特集をしていた。
(本当私よく空海のテレビは見るよね(苦笑))

その中で

「あなたの心が 暗闇であれば
出会うものは
ことごとき禍いとなります

あなたの眼が明るく 開かれていれば
出会うものは
全て 宝となります」

「正しい道は
遠くにあるものではありません
あなたの心ひとつで
目の前に開かれるのです」

という言葉が紹介されていた。

「その通り!!」と思いながら、
でも疲れると、心がささくれ立ったり、
悲しいことがあると、理性で抑えられず涙はふきこぼれるし、
苦しいと、地球で一番の悲劇のヒロインになった気分になるよ~。
と思っていたら、

空海のお弟子さんの智泉が亡くなった時の、空海さんの言葉が

「哀しい哉(かな) 哀しい哉 哀れが中の哀れなり
悲しい哉(かな) 悲しい哉 悲しみが中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 復(また)哀しい哉
悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉」

というもので、

「悟りを開けば この世の悲しみ 驚きは
すべての迷いの生み出す
幻にすぎないことは わかっています
それでも あなたとの別れには
涙を流さずにはいられません」

だった。
空海さんやっぱ好きだな~と思った。
あのスーパースターの空海さんでも、理性、知性で押さえ込めない感情が
噴出してしまう事があるんだと思うと、人間っぽい一面が見えると同時に
感受性豊かで、情緒豊かな分、哀しみや悲しみも深く、
大きいのかもしれないな~と思えた。

でもこの文章は、私はとても哀しみや悲しみをよく表現していると思う。
そして、理屈ではなく、ほとばしる悲しみと深い哀しみ、
涙が止まらない状況が現れていると思う。

人間、理屈じゃなく、
嬉しいときは嬉しいし
楽しいときは楽しいし
悲しいときは悲しいし
辛いときは辛いんだ!
と思う。

我慢すると、どこかでそのしわ寄せが寄るから、それは表現したり
アウトプットした方がいいのだと思う。
ストレートに出せないときは、形を変え(絵や音楽、スポーツやカラオケなど)
やはりどんな形であろうが、表現した方がいいのだろうと思う。

それでも、アウトプットしたから「あーすっきり」というわけに
いかないのが、この悲しみ、哀しみである。
結局の所、悲しみの一番の癒しのツールは「時間」だ。
「時間」は神からの思し召しだと思う。
悲しみを少しづつ、溶かしてくれる力強いツールである。

「運」についての話から、全然違う話になってしまった。

まあかなりの浮き沈みはあるが、きっと私は「運」が強いし、
よく知る友達からも「ほんま運強いよな~」と言われるので、
迷ったり、「ん?」とピンとこないものは、ちょっと違うのだろう。
また、自分に必要な出来事はくるだろうと信じて、
「ピシャリ」と合うものがきた時は、すかさず握り締めようと思う。
理屈ではなく、自分の感覚を信じていこうと思う私なのであった。

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「礼儀正さ」「当たり前のこと」の話
人としてかわいらしい人がいる。
そういう人はやはり、年上の人や周りからかわいがられる人が多い。

そのかわいらしさは、「人懐こさ」「愛嬌」の場合もあるが、
結局の所、「礼儀正しさ」ではないかと思う。
後は、「当たり前」のことを「当たり前」に出来る人。

知人の会社に2人の男性新人が4月に入社した。
3ヶ月の研修という事で、知人の部署に2人が来て一緒に仕事をしたらしい。
仮にその2人をA君とB君としよう。

A君はとても人懐こく、おしゃべり好きな人で
臆せず誰にでも話しかけていき、上司に飲みに連れていってもらったり、
「ゴルフ始めるので教えてください。」と休みにゴルフを教えてもらったり、
仕事も、何でも「やらせてください」と言うような人。

B君は少し人見知りするようなシャイな感じの人で、
挨拶以外は、自分からはあまり話しかけたりはしないが、
誘われると嫌な顔せずいくし、指示されるとする人。

最初は断然A君の評価が高く、その知人もA君のことをよく誉めていたのですが、
3ヶ月たって、その評価は逆転して、B君の評価が高くなっていたのです。

その理由は、「礼儀正しさ」と「当たり前の事を当たり前にする」事でした。

A君は自分から志願してやる仕事も、確認をせず我流でしてしまう事が多く、
やるとやりっ放しだったり、ミスが多く、間違いを指摘しても謝る事もなく、
「お金がない。」と言って自炊をしているA君に、部署の人が
野菜や食料をあげても、持って帰らず置きっぱなしにしていて、
時にはそのまま腐らしてしまったりする事もあり、皆笑ってたそうですが、
研修最後の日も、A君は誰にも挨拶をしなかったのだそうです。

B君は、指示された仕事は確認しながら、完璧に仕上げていて、
誰かに何かしてもらうと、「ありがとうございます。」とお礼を言い、
慣れてくると、誰にも見られていなくても、気付いた事は自分がして、
間違っていると「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、
研修最後の日は、「3ヶ月ありがとうございました。お世話になりました。」と
一人ひとりの席を回って、挨拶をして帰っていったのだそうです。

知人曰く
A君は、田舎で自由にのびのびと育ったような人で、人懐こいし、悪気もないけど、
する事が雑で、自分で色々と気がつけない残念な人、
B君は素直で気配りができて礼儀正しいかわいらしい人!!と絶賛していた(笑)
部署の人も皆B君のことをべた褒めだったそうだ。

A君に関しては、今まで周りの大人で教えてくれる人がいなかったのだろう。
悪気がなくても、やはりこれからの人生において、マイナスになっていくだろう。
最初の印象がとてもよさそうなだけに残念だが、どこかで気付いてほしいものだ。

「当たり前のことを当たり前にする」という事は、結構難しいものである。

人は一発パンチのある目立った事をする方がいいだろうし、
目立たない事を毎日毎日する事はなかなか面倒だったりする。

また最初はできていても、「慣れ」ると「なあなあ」になってしまい、
「ありがとう」
「すみません」
という言葉も忘れがちになってしまう。

また人に評価されるような事や、目立つ事はしたいが、
誰にも見られていないような所で、評価してもらえないことなんて
「やり損」だと思う人だっているだろう。

でも、どれだけ目立つ事をしても、金メッキははがれるし、
どれだけ隠そうとしても、本当の金の輝きは出てくるということだろう。

「礼儀正しさ」
「当たり前のことをする」
簡単そうで、し続ける事はなかなか骨折ることであるが、
この2つをし続けると、きっと信頼を得て、
神にも周りの人にもかわいがられる人になるような気がする。

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夏のお出かけの話
8月になりましたね~。

今日からねぶた祭りが始まっていることと思います。
また、全国では今週末に「花火大会」があったり、
これからお盆にかけて、全国津々浦々で「お祭り」がありますよね。

私が今まで行った中で一番好きなのは、「阿波踊り」です。
あの笛とチリンチリンという音を聞くと、日本人なら誰もが魂が震えるのでは
ないかと思ってしまうくらいです。

女踊りも美しいですし、男踊りもかっこいいです。
踊り方のノウハウのDVDを購入して、踊りを練習した事もあります。

一時期は毎年行っていたのですが、この数年は行けていませんが、
やはり伝統のある「お祭り」は、長年消える事なく続く理由や、
心おどるものがあると思いました。

元々「お祭り」は「お祀り」と同じ音をもつように、
神に対しての感謝のイベントであったり、
お盆の際には、お盆に戻ってきている霊に対して行うイベントでも
あります。

今年は例年になく、暑い夏です。
感謝の気持ちを持ちながら、自分の体調には万全の対策をして、
熱中症で倒れないように、スポーツドリンクなどを持って
お出かけしましょう。

先日テレビでしていましたが、お茶やお水では、
体の塩分や電解質が薄まってしまう為、糖分や塩分も必要だそうです。
スポーツドリンクはやはりそのバランスに優れているそうですし、
また汗は表面が濡らすことで、体温を蒸発させ、体内の熱をクールダウンする
機能があるので、あまり乾いたタオルで拭きすぎないように、
拭く時には濡れタオルの方がいいそうです。

夏をエンジョイしながら、体調管理にも気をつけ、
楽しい思い出をたくさん作ってもらいたいものです。

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「縁」の話
縁とは面白いものだとつくづく思う。

自分の好き嫌いと関係なく、人生の中で時間や空間を共有する人というのは
やはりこの「縁」というものが深い人なのだろうと思う。

例えば友人の結婚について思い出しても、

(case1)
ビジュアル重視だった友人のケース
「絶対イケメンじゃないと嫌!!」と顔重視で、男前でかっこいいお洒落な人を
好きになったり、付き合ったりしていた友達が、結局結婚したのは友達曰く
「本当にぶっさいくだよね~」という、ビジュアルは人並み、もしくは少し劣るが、
本当に優しくて友人の事が大好きで仕方ないというお相手だ。

(case2)
相手の仕事は自営業希望だった友人のケース
絶対に自分で仕事をしている人がいいと言っていて、独身時代はいつも自営業の
お仕事の人とお付き合いをしていたのだが、結婚したのはお勤め人。
それも銀行員や大手企業の技術職の人。か、かたい(苦笑)
安心感、安定感がとても自分の心のゆとりにつながるらしい。

(case3)
相手に経済的な豊かさを求めていた友人のケース
独身の時の彼はとても経済的に豊かなセレブな人たちで、
毎日高級な店で外食、年に何度も海外旅行、ブランドで身を固めていた友人。
結婚したのは、実直を絵に描いたような、真面目できちんとした質素な方。
派手な事は苦手で、地道にコツコツと頑張るだんなさんに影響され、
金銭感覚もすっかり庶民派になり、節約上手になり、家庭的になった友達もいる。

他にも、会社をしている友達は、
「不思議なことに好き嫌いのどちらかといえば、合わない奴ばっかりが
きて、何故か一緒に働く事になり、そして全く辞めない。」
と言っていて(苦笑)
「正にそれこそが「縁」なんだろうね~」と先日話をした。

仕事に関しても、「これになる!!」と思ってやろうとしたが、
結局その途中に縁が合った会社、縁が合った人、縁があった仕事をして、
結局自分の想像とは全く違う仕事に長年身をおいているという人もいる。

肉体の自分
精神の自分
魂としての自分
が三位一体になっている人は、こういう「ズレ」はないのかもしれないが
大半の人は、やはり「ズレ」があるような気がする。

でも、そこに行き着くために、一度反対の人と薄い縁で交わり、
本来の深い縁が結ばれる!という道のりなのかもしれない。

何か、ジタバタしたところで、やはりある程度似たような所、
深い「縁」に導かれたところで落ち着くものなのではないかと
最近思ったりもする。

でもそのジタバタっぷりが、激しいほど、色んな気付きもあり、
その気付きが深くなったり、多くなったりするのかもしれない。

その気付きが深く多くなるに従って、その縁のレベルも上がり、
自分の成長と比例したレベルの「縁」と結ばれるようなシステムに
なっているような気がする。
だから、反対に自分という人間を貶めていったり、衰えさせたりすると
やはりそのレベルに下がった「縁」の人を交わり、結ばれるように
なるのかもしれない。

人は自分の鏡というが、その鏡は自分の好悪と関係なく「縁」というもので
選ばれている可能性だってある。
その「縁」を結ぶために「好」「快」という感情が生まれる場合もあるだろう。

だから、離婚はその「好」の感情がなくなり、「縁」を切ろうとする事なのだろうが、
本当に全てお互いに相手に自分を映し出した姿を見尽くした後は、
自然に離れるようになるだろうから、まだ見尽くしていない時は
うまく「縁」を切る事ができず、苦労するケースもあるのかもしれない。

人間関係の中での「縁」も、見方を変えて、自分の鏡と徹底的に考えた場合は
きっと嫌でも縁が切れない場合は、まだ映し切れていないか、
相手が自分の鏡としての役目を終えてないということなのかもしれない。

我が強く好き嫌いの激しい私は、やっぱり「好き」で「快」で「おもしろい」
「ご縁」が結ばれますように~と思ってしまうのであります。てへへ(*^。^*)

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