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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
今年ありがとうございましたの話
年末は忙しい・・・・
掃除に買い出し、そして「おさんどん」
ずっと立ちっぱなしで、ちょっと腰が痛くなっております。
もう少し頑張って、お正月はゆっくりしよ~!!!

皆さんはどのような年末年始をお過ごしでしょうか?

昨日、門松に鏡餅、そして注連縄もセットして、
歳神様をお越しいただく用意は整いました。

この2013年ももう数時間で終わります。
私は「静」から「動」の年でした。
ふと先日気づいたのですが、今の生活はもうすっかり忘れた過去に
「こんな自分になって、こんな仕事をして、こんな家に住みたい」
と思ったことが叶っているな~と気づきました。

すっかり忘れていることだったのと、
同じ時期ではなく、違う時期に思った事だったりしたのもあって、
気付かなったのですが、ふと運転中に「あっ叶ってる」と思ったのです。

かなり前に読んだ本に
「願望はこれは無理だろうなんて思わずに、少し大きい位に思った方がいい」
と書いてあったものがありましたが、その通りだな~と思いました。
私も遠慮せずに、思い切りもうちょっと大きめに願っていたらよかったかな~と
ちょっと思ったので、これから願望を考えるときは、遠慮は禁物と思いました。

といっても、この現実が私のキャパなのだとは思いますが・・・(笑)
本当に恵まれていて、幸せだな~とつくづく感謝しています。

明日から、2014年です。
私の中では旧正月の2月3日の方が、年明けの実感があるのですが、
いい機会ということで、一年の抱負を明日は考えようと思います。

今年一年、ブログを続けることができました。
読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

皆様、よいお年をお迎えください。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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忙しい年の瀬の話
すっかり年末という感じになってきました。
パートナーが、いくらやはまぐり、牡蠣をもらってきて、
豪勢な食事を楽しみながら、掃除をしていました。

まずは仏壇のお掃除。
あとは、いつも拭いていない所を、色々と拭いていき、
台所は今日は冷蔵庫の中の拭き掃除もしました。
結構汚れているものです。

あとはお風呂掃除です。
カルキがついていて、白っぽくなっている所は
重曹をふりかけて、そのあと酢をつけたスポンジでこすると
とってもきれいになります。

明日はお墓掃除です。
寒いだろうな~・・・・

そして明日は食料品の買い出しもしてきます。
お正月にむけて、着々と用意をしていくぞ!っていう感じです。

門松や注連縄、そして鏡餅の用意も必要ですね。

本当にすっかり年の瀬という感じです。
慌ただしい年の瀬を過ごして、準備万端で、新しい年を迎えたいと思います。

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「生きる」話
今日、先日録画していた「北のカナリヤたち」を見ました。
湊かなえさんの著書は結構読んでいて、
この原作の「往復書簡」も読んでいたのですが、
映像として見て、最後は涙があふれ出てしまいました。
森山未来さんは本当に、演技がお上手です。

ちょうどその前に、人間の心によって、それぞれ色々なホルモンが分泌して、
それが思いがけない作用や、予想を上回る潜在能力を発揮する話を
聞いていたのですが、心の作用と、そして生きるということ、
この2つの重要さをしみじみと考えさせられました。

「生きる」ということ自体の大切さを、ついつい忘れがちになってしまいます。

以前、転職の支援をしている職業の人が言っていたのですが、
転職を考える人は大きな勘違いをしている人が多いと言うのです。
何かと思ってよく聞くと、自分の能力やスキルの自己評価があまりに低く、
別に大した仕事をしていなかったので、誇れるスキルもないと言い、
転職するためには資格を取らなければならないと考える人がいるが、
よく話を聞いてみると、誰もが誇れるスキルを持っているのだというのです。

例えば、すぐに覚えることもできたし、大した仕事ではないと本人は思っていても、
そういう仕事ができる人を探している企業にとっては、教育する必要もなく
即戦力で仕事をまかせられるその人の評価はとても高くなるというのです。

自分がすぐできるようになったりしたことは、価値が低いと考えがちであったり、
結構、自分に厳しく、自己評価が低い人が多いから、話をよく聞かないと、
実際にはとても素晴らしいスキルや、経験、それから知識を持っている人が多いのだと
その転職支援のコーディネーターの人は言っていました。

これは仕事に限らず、色んな場面に対してあるものかもしれないと思いました。
誰もが自分に厳しい所があったり、自分の思い込みから自分を責めたり、
自分のせいではないことでも罪悪感を持ったり、自信を失ったり
そんな事になっていることがあるのではないかと思ったのです。

「北のカナリヤたち」を見ていて「罪悪感」を考えさせられたのです。
一つの事柄に対して、それぞれが自分のせいだと罪悪感を持っている事情が
映画の中で、それぞれから語られていくのですが、人間とは出来事を通して
自分の心を映しているにすぎないということを思い知るとともに、
何かの不幸と対峙した時、自分の心に「罪悪感」が生まれるのだと知りました。

幸せを考えた時、他人の不幸を目の前にしたとき、
自分の幸せに罪悪感を感じることがあります。

死を前にした時、自分の無能さを思い知り、
打ちのめされ、自分の価値は何かと考えたり、
何の力もない自分が生きるという意味を
模索しようとしたりすることもあります。

それは考えても考えても、これ!という答えはでないものだったり、
それでも理由はないけれど
「生きる」ということの重要さだけには気づけたりします。

映画の中で「生きてていいんだよね」というせつない台詞がありました。
「生きる」ということは、ただそれだけで意味のある、
とても貴重なことなのだと思います。

そして最後の場面でその台詞を言った人に対して、その人が慕う人から
「皆あなたのことが好きだから」という言葉を投げかけられます。

絶望を体験した上での希望は輝かしいものであり、
闇があるからこそ、光の尊さと美しさがわかる瞬間の気がしました。

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歳神様の迎え方の話
今日、地域の無料配布の新聞に「歳神様の迎え方」という特集がありました。
お正月の用意もそろそろする頃合いですから、少し紹介しようと思います。

「お正月は、歳神様を家の中にお迎えする大切な家庭行事です。

歳神さまがどこに居るかというと神社にいるわけではありません。
歳神さまは山からやってきます。

その時、松を依り代とします。
乗り物に相当する松を粗末にできないので、立てておかなければなりません。

そのために玄関先に門松を立てます。
門松は、歳神さまがこれに乗ってきたという印、歳神様を迎えたという印です。
だから、竹や梅よりも、松そのものに意味があります。
(住宅事情で本格的な門松が難しければ印刷物でもいいでしょう)

最初の門松に依りついた歳神さまは、次に鏡餅に依りつき静まります。
その鏡餅を下げて食べる事で、歳神様の御魂(みたま)分け。
歳神様のパワーをいただくのが、御魂分け。
歳神様の御魂分けなので歳玉(としだま)といい、それがお年玉になりました。
かつては、主人から使用人へ、家長から家族への贈り物の総称で、
小餅が多かったのだそうです。

飾る順番は、門松を立てて、鏡餅を設置し、神様を迎え、そのあと
「ここは歳神様を迎えている神聖な場所」という標識として注連縄(しめなわ)
注連飾りを張るのが正式な順序といえます。」

のだそうです。今年は門松を立てようと思ってしまいました。

29日(二重苦)を避ける方がいいとも言いますよね。
実家でおもちをつくのは、絶対29日は避けていましたし、
ちょうど今日パートナーと年賀状いつ書こうかと話していたら、
「29日はダメだから明日書けばいいじゃない。」と言われ、
やはり色々な事を29日はしない方がいいのだな~と思いました。

もうすぐ、2013年も終わりますね。
私は新しい年を迎える準備を、これからしていこうと思います。

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友達の出産の話
仲良しのお友達に、待望の第一子が誕生しました。
アラフォーで、不妊治療を約2年頑張って妊娠、その後も入院などしていて
その後は高齢ということと、自然妊娠ではないからという理由で、
不妊治療をしていた産婦人科から大学病院に紹介され大学病院で、
無事出産しました。

何と、クリスマスに女の子が誕生したそうです。

良かった~。
自分の事のように嬉しく思います。
さっそく今週見に行こうと思います。

かなり、本人は無事出産できるかと不安に思っていたので、
無事に出産して、ほっとしてることだと思います。

子供は親を選んで生まれてくると言います。
もちろん、親子関係になる位ですから、縁が深い人なのでしょうし、
やはりお互いに絆を結ぶ関係の人なのだろうと思います。

再縁の縁もあるでしょうし、
自分がお世話になった人を今度は自分がお世話するのかもしれませんし、
お互いの今生のテーマが重なっていることからの縁かもしれませんし、
これからがとても楽しみだな~と他人事ながら思ってしまいます。

親も、子供に徐々に親として育てられていくのだろうと思いますし、
子供に色んなことを教わったり、気づかされたりすることも多く、
また、自分の通ってきた道を、もう一度なぞらえるようなそんな感覚もあったり
するのだろうな~と、子供のいない私は、ただ想像するだけですが、
楽しそうであり、大変そうであり、色んな思い出とともに、
自分の中にも色んな思いが生まれるのだろうと思います。

クリスマスに友達は本当に素晴らしい贈り物をいただいたな~と
心より祝福する年になりました。

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クリスマスの話
今日はクリスマスですね。
私は食べ過ぎです(苦笑)
チキンにパスタに、そしてケーキ、その他もろもろで、お腹がパンパンです。

これからのお正月も、きっと食べて寝ての「寝正月」でしょうし、
パートナーがおせち料理も頼んでくれていて、他にも色々いただきものもあるので、
それを食べまくっていくことになるのでしょう。

日本はクリスマスを祝って、その1週間後には、各神社仏閣に初詣の参拝します。
他の国からしたら、意志がないように思えるかもしれませんが、
八百万の神様を信じている私たちにとっては、神様は一人ではないと知っていますし
当たり前の感覚があり、外部から入ってくる文化を自分たちの文化の融合させ
新しい形にしていくということは、得意技のような所があります。

後1週間になりました。
私は年末は「大掃除」です。
重曹を使って、磨きまくろうと思っています。

私の中では「年が明けた」と実感するのは、旧正月の「節分」なのですが、
それでも、やはり新たな年を迎えるにあたって、「断・捨・離」の気持ちで
家の中の掃除をするのは、気持ちの上でもクリーンになっていくような所があります。

目に見えないものと、目に見えるものは、リンクしているところがあると思います。

自分の心と向き合って、クリーンにしていきたいと思っても、
なかなかうまくいかないひとは、それこそ目に見えるものをクリーンにしていくと
自分の心もクリーンになっていくことができます。

「新たなものにチャレンジしたい、でも何をすればいいのかわからない。」とか、
「行き詰っていてどうすればいいのか、もうわからない。」という時は
自分の中にパンパンに色んなものが詰まっていて、もう何も入るスペースがなかったり、
また、いらないものばかりを詰めていて、必要なものがわからないといったことも
あると思います。

入れたいなら、何かを手放せばいいわけです。
それも自分にとって必要ないものを、思い切って手放してしまうと、
必要なものが入るスペースができます。

これは自分の心の話ですが、それがわからない時は、
実際に自分の持ち物を整理してみたり、
自分の部屋や家、また職場、または家の周辺や、氏神様の境内、
自分の住む町などの掃除をしてみたらいいと思います。

掃除の本で、片づけの事を詳しく書いているもので、
自分が「わくわく」するか「ドキドキ」するかで判断して、
残すか手放すかを決めるというようなものがありましたよね。
私は読んでいないですし、テレビで見ただけなのですが、
一理あると思います。

これは、気づいた時にすればいいと思いますが、
この年末はいい機会になると思います。

そこで2013年の「断・捨・離」をすませて、
2014年のいい風を自分の中に取り込みたいものです。

クリスマスの話から、すっかり脱線してしまいました。
今日はキリスト教にとっては、とても大切な日であり、
イエス・キリストを祝い、その教えを学ぶ日でもあるのでしょう。

「愛は寛容であり、愛は情深い。
 また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。
 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
 愛はいつまでも絶えることがない。
 コリント13:4-8」

「いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
 テサロニケⅠ5:16-18」

「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。
 マタイ5:4」

「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように
 ルカ 2:14」

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メリークリスマスの話
メリークリスマス☆!!
今日はクリスマスイヴですね。
どこのケーキ屋さんも、行列になっていたり、警備員さんが立って、
駐車場への誘導をしていました。
今日は皆ケーキをほおばっているのでしょうか?

クリスマスにケーキを食べるのは、日本特有だと聞いたことがあります。
ケーキ屋さんの策略が大成功したのかもしれませんね。

そんな中、レストラン予約サイトが
20~30歳代の男女約1800人を対象にした
「クリスマスディナー」に関する調査では、
男性70%、女性58%が「付き合っている人がいない」と回答。
男女平均で、64・5%がイブに恋人がいないとみられるという結果だったそうです。

若い人たちの中ではクリスマスを一人で過ごす人を「クリボッチ」というそうです。
クリスチャンの少ない国だというのに、日本にもすっかりクリスマスが定着していますね。

以前のブログにも書きましたが、コカコーラのサンタのCMが好きですね~。
「あげるのは幸せなことじゃから。」

この世はちょっとわかりにくくなっていますが、
自分が与えたものは確実に返ってくる仕組みになっていると思います。
それがあげた人から、同じように返ってくるわけでも、
その間の時間が長かったりしたり、
自分があげたものが10個で、それがまとまって一つで返ってくる
ということもあるので、わかりにくいのだと思います。

また、その自分がアウトプットしたものと、インプットするものが
全く種類の違うものだったりするからということもあるかもしれません。

自分に入ってきたら、自分も出そうと思っている事が多いですが、
きっとこの世の仕組みは、自分が出すから入ってくるのだと思います。

また、出来事があって、それに対してどう対応するか考えているのですが、
実際には目に見えない所で、その出来事の種を自分が蒔いていて、
それを刈り取る時期が今でOKと自分が承認しているから、
その出来事が起きるのだと思うのです。

今現在の結果が気に入らないということは、
気に入る種を蒔いていなかったのかもしれません。

もしとても辛いと思う状況にある人は、今浄化の時機であって、
それが終わると軽くなって、上の方向へ向いていきます。

田舎のおばあさんが
「なんでかな~?ええ事がある前には悪いことがあるもんなんじゃ」
と言っていましたが、浄化が終了して、自分の気がきれいにクリーンになるから
いいことを引き寄せ受け取れる自分になれるのだと思います。

楽しいクリスマスをお過ごしの方は、思い切り楽しんでください。
そうでないクリスマスをお過ごしの方は、浄化が終わればHAPPYが待っていますし、
孤独を体感できたなら、その反対の体験も今後待っているということです。

では皆様、それぞれのクリスマスをお過ごしください。

読んでいただいてありがとうございます。
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「肉体年齢」「精神年齢」「魂年齢」の話
今日は来年のカレンダーを、違う所から複数いただきました。
あーもうすぐ2014年なんだな~と感じます。

肉体が一つ年を重ねます。
自分の心も一つ大きく広くなっているのだろうか?と思ってしまいます。

肉体年齢
精神年齢
魂年齢
があると私は思っています。

肉体は目に見えますから、わかりやすいです。
そして年と共に変化していきます。
私たちがこの世で間借りさせてもらっている大切なものです。

そして精神は、やはり生まれて生きていく中で鍛錬されていくもので
これは人によって、さまざまです。
マインドの部分も多く、その人がどれだけ目を見開いて、
そして何を見て、何を感じて、何を自分の中に取捨選択して
取り込んでいくかによって、その成長にしてもですし、
スピードにしても、マチマチで、見えないものですが、
話をしたりすれば、何となく感じるものがあります。

そして魂年齢。
これは持って生まれたもので、その人の魂としての年齢なので、
輪廻転生の回数や、その人生においての体験の度合い、
感受性や感性において、その出来事を通してどれだけの魂レベルに
自分が磨けているか等、なかなかわかりにくいものです。

この3つは、比例しているわけではないものだと思います。
肉体が若くても、魂年齢が高いな~と思う人もいれば
肉体の年が重なっていても、何と精神的に幼い人だろうと思う人もいます。

人によっては、その人の見える所だけを見て評価する人もいますし、
人によっては、自分のレベルで見たいものを見たいように見て、評価する人もいますし、
人によっては、表面に惑わされずに本質を見抜く人もいます。

それもその人の、それぞれの年齢の高さによって変わってくるのかもしれません。

冬になると、この自分の肉体を大切にしないとな~と感じます。
今日何回も救急車の音を聞きました。
私たちがこの世で色んな経験をするにあたって、必ず必要なものがこの肉体です。
大事に扱えば長く使えますし、乱暴に使えばやはり消耗(老化)が激しくなると思います。
私たちが生きていく中での必需品の一番の肉体を大切にケアするのは大切ですよね。

体験の中で色んなことを気付いたり、そして自分を深めていくことができるのですから、
いくら魂の年齢が高くても、肉体がないとその体験ができず、
この世での学びをしっかりと学ぶことができないことになります。

今日は天皇誕生日で天皇のお話がありました。
先の戦争という言葉とともに、戦後の日本を創り上げてきた人たちへの感謝と
そして、美智子妃殿下への愛の言葉もありました。

この天皇のいらっしゃるこの日本に生まれたこと自体、
魂年齢が高いことなのかもしれないと思わされました。

その中で、自分を生かせてもらえる感謝とともに、
その現実を可能とさせてもらえている肉体への感謝もしたいと
思う今日でありました。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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「必然」と「奇跡」の話
今日は冬至ですね。
一年のうちで今日が一番夜が長い日なわけです。
そして、明日から徐々に昼が長くなり、夜が短くなっていきます。

冬至明けの明日が天皇の誕生日、そしてキリストの誕生日と続くわけです。
昨年は、この当時がキーポイントで「地球滅亡」とか「アセンション」と
騒がれていましたし、やはり何かのポイントの時な気がします。

もうすぐ2013年も終わります。
あなたにとっての、「2013」はどうでしたか?
変化はありましたか?

私は昨年までが「静」の時期で、今年は「動」の時期でした。
このブログを始めたのも、今年のお正月だったので、一年になります。

何日かお休みしましたが、ほぼ毎日に近くブログを書くことができました。
ありがたいことだと思います。

何かを始めるのに「早い」「遅い」はないのだと思います。
友達と話をしていて、「歳」をできない理由にする人がいますが、
まぁ内容にもよりますが、何かを始める事を自分の勇気ではなく
「歳」のせいにするのは、疑問があります。

私は気合いいれて「やるぞーーー!!!」と思ってはじめたことより
「ちょっとやってみようかな。」と思って気負わずやり始めたことの方が
続く傾向があります。

このブログも「絶対続けるぞー」とか、
「始めたからには、毎日書かなくては・・・」などど思っていなかったので
続いているのかもしれません。

色とついているわりに、色は最初の何か月かだけで、そのあとは
私の思う事を毎日綴るだけになってしまいましたが、
その中で読んでくださっている人がいて、
ランキングも、自分で予想だにしなかった順位をいただけて
とても感謝とともに感動です。

私は人生は「偶然」はなく「必然」だと思う心と
「なるようになった」という考え方をもっています。
それでも、毎日ここに自分という人間が存在して生きていること、
そして自分では想像だにしなかった人との出会いであったり、
ふと耳に届いた言葉であったり、目にした美しい文章であったり
そういうものは、奇跡だと思うことがあります。

一瞬一瞬の奇跡が、必然のように連なっていると思うことがあります。

子供のころによくあった感覚なのですが、自分が自分ではないような感じで
自分がここに存在して生きているのが、とても不思議に思っていたことがあります。
大人になるにしたがって、それは薄れたのですが、
それでもたまに、すごく不思議だな~と思うことがあります。

12月は一年の中で自殺が多いということを以前聞いたことがあります。
現在がそうなのかどうかはわかりませんが、
せっかくの奇跡をいただき、命を授かっているのです。
どんなに辛いことでも、一つの経験、
どんなに楽しいことでも、一つの経験、
どちらも、自分にとっては一つなのです。

その奇跡を浅はかな自分の自我によって断ち切ることは、
本当に自分にとって、後悔しか残らない結果を生み出すことになると思います。

光が強くなれば影も深くなります。
先に光に気づく人もいれば、先に影に気づく人もいます。
先に影に気づけば、絶対に光があるということです。
影だけを見て全部わかった気になって、おしまいにしてはもったいないです。
影を見た後は、必ず光に気づくことができるのです。

もうすぐ2013も終わります。
今年という年と、よく頑張った自分へ感謝して、もう少しの2013年を過ごしましょう。

読んでいただいてありがとうございます。
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「孤独」の話
年末ですね。
今の時期、忘年会や歓送迎会なども多いのではないでしょうか?
また、来週はクリスマスですね。

今日から三連休で早めのクリスマスを楽しんでいる人もいるかもしれません。

12月になると、イルミネーションも輝き、街がきらびやかになります。
幸不幸が何かはっきりと出るような気持ちがするものです。

この時期、ネットで近年「クリスマス中止のお知らせ」
という架空の告知が飛び交うそうです。

例えば・・・
「クリスマス中止のお知らせ 2013年12月24、25日に開催予定のクリスマスは中止となりました。
つきましては、目的のいかんを問わず外部・公共の場での男女間の接触は禁止されております」

レストランのネット予約会社「オープンテーブル」が10月に
20~30代の独身男女に行った調査では、
男性の70.3%、女性の57.5%が「彼氏彼女なし」と回答したといいますし、
クリスマスに恋人のいない男女はネットで「クリぼっち」と呼ばれ、
恋人のいない人が多いということから、「クリスマス中止」の告知が
ネットで話題になるのかもしれません。

やはり年末は一人は寂しいと思わず身に沁みる季節ですよね。
私も、恋人がいる人をうらやましい~と思っていた事もよくありましたし、
クリスマスもお正月も関係なく、仕事をしていたこともあります。

冬になると、人恋しくなったり、やはりイベントなどがあると、
自分ひとりが独りぼっちなんじゃないだろうか!!と孤独感を味わったり、
そして、何か寂しくなったりする季節だと、私は思います。

家族を次々と失くした年の師走、
それも大晦日とか、年末は本当に寂しかったことを覚えています。
お正月というより、私は年末がとてもさみしかったです。

実家で皆がいる時は、年末がとても忙しかったからだと思います。
大掃除からはじまり、お節料理作り、そして、おもちも杵と臼でついて、
それを皆で丸めたり、あんこを煮て詰めたり、それはそれは
皆で大わらわというようにバタバタしていました。

それが一気になくなって、一人分のおせち用の御惣菜を買っている時
本当に寂しくて、家族で買い出しに来ていて、
口げんかしている人を見て、当人同士の心はわかりませんが、
「いーなー!!あんなにお正月のことで喧嘩したいな~。」
なんて思っていました(笑)

今にしてみたら、きちんと孤独から逃げず、その孤独を感じきってよかったと思います。
ごまかしても、きっとどこかで向き合う必要があったと思いますし、
その孤独を、どれだけ辛くても、寂しくても、情けなくても、
思い存分、その孤独にひたりました。

それがあるからこそ、見える、感じる幸せがあります。
そして、孤独ということを体験したことで、孤独ではないということに気づきました。
誰もが、孤独になろうと思ってもなれないのです。
うまくいえないけど、一緒に誰かといるから「孤独ではない」わけではないのです。
一緒にいるわけでもなく、一人でいても「孤独」ではないのです。
人間一人では生きていないし、すべてが一つなのです。
自分もその一部をになっているに過ぎず、でも自分が一つの宇宙でもあるのです。

何かよくわかりませんよね。
私もうまく言葉にのせられず、残念です。

だから、もし「孤独」だと思っている人がいたら、
人間「孤独になろう」と思っても、厳密には「孤独」になることはできないのです。
つながっているのです。
だから、寂しがることも本当はないのです。

それよりも「寂しさ」から逃げようと無理すると、そのしわ寄せがきて
もっと深い「寂しさ」を味わうことになるかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
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心身一体の話
今日、私の住む町は「雪花」が散っていました。
「あー寒い・・・」
寒いのが苦手な私は、カイロを貼っていました。
カイロってあったかい~と実感できる一日でした。

寒いのは苦手です。
椎間板ヘルニア持ちの私は冬になると、入院することが多かったからです。
寒いと、力んでしまい、筋肉が硬直して、そして腰痛もひどくなり、
特にヘルニアは電気のような「ピキピキ~」とくる痛みがあり、
夜も眠れず、少しでも動くと電気が走るという状態だったので、
それのトラウマもあり、冬は辛い季節というイメージがついています。

椎間板ヘルニアは病院では「治りませんから、一生仲良くつきあいなさい」と
言われたのですが、私は「鍼」がよくあったようで、民間療法で治りはしないものの
痛みがなくなるまでになりました。

普段は全然平気なのですが、疲れがたまったり、
寒い日が続き、身体が固まったようになってしまうと
痛くなります。

以前、アロママッサージをしていて思ったのですが、
コリのある人は、緊張型で、性格もちょっと固いというか、
きちんとしている人が多い気がしました。
反対にこったことがない、という人は、普段からあまり力まず、
身体をリラックスさせるのがうまく、そして細かい事はあまり気にせず
おおらかで、楽観的な人が多い気がしました。

私は思い切り緊張型です。
まぁゆるくはないので、固い方でしょう。

心身一体と言いますが、性格が体に出たり、また体調から気持ちが変わることもあります。
自分がどういうタイプかを知っておくことで、未然に色々な予防ができたり、
ケアできたりすることもあります。

私は筋肉質で、筋トレや以前はジムにも通い鍛えていましたが、
椎間板ヘルニアになって、痛みをなくしてくれた「鍼」の先生曰く
ゆるませなさい!と言われ、ストレッチやヨガのような運動をすすめられました。
実際に毎晩ストレッチしていますし、「カーヴィーダンス」も私には合っています。

また最初に「椎間板ヘルニア」になった時、仕事で異動を命じられ、
すごく嫌で辞職しようとしたけれど、色んな人に説得されてできず、
あまり仕事をそんなに嫌がることはないのですが、本当にもう嫌で嫌で仕方なく
その異動先で仕事をしていて、ある日倒れて「椎間板ヘルニア」になりました。
とても忙しくハードワークだったこともありますが、
絶対にストレスが大きな原因だと思っています。

自分の心の声を聞きながらも、無視した結果だと思いました。

やはり自分に合う合わないということと、
自分のタイプや、自分はどういう状態なのかを知るということは、
何であれとても大切なことなのだろうと思います。

今の状態は、過去の自分が創り上げたものであれば、
今の自分は明日以降の自分を創り上げているわけです。

そう思うと、今を知り、自分を知り、そして今どんなエネルギーで
何を感じているのか、何を思っているのか、そして自分が何をしているのかが、
それ今後の自分へとつながる、きっと色んなキーになってくるのでしょう。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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「素」の話
「素」の字は「主」と「糸」でできています。
以前、心の勉強をしていた先生に、
「素」とは、自分を主(創造主、自分の内につながっている神様、サムシンググレート)と
糸で結んでいるということなのよ。と教えてもらいました。

「素のままの自分」であったり、
「素朴」であったり、
「素直」であったり、
「素」という言葉は、やはり本物、とか真実を含んでいる気がします。

以前本を読んでいた時に、
「素直でない奴は、ある程度の所まではのびるが、
それ以上は絶対に伸びん。」
という言葉がありましたが、
「なるほど!そんなものかもしれない」
と思ったことがあります。

恰好つけていても、自分だけがばれていないと思っているだけで、
周りにはバレバレの時もありますし、
「素直」で「素朴」の人は、恥をかくことや、馬鹿にされることもあるでしょうが、
やはりとても魅力的です。

「色んな自分」を認めている人は「素直」な人が多い気がします。
昨日「リーガルハイ」の最終回を見ていた時に、
「自分の愚かさを愛せ!!。」というような台詞がありましたが、
その通りだと思います。

公の場では、誰もが「仮面」をかぶっていて、「社交辞令」もあったり、
全て自分の感情や意見を出すことはできないでしょうが、
何か失敗をしていた時に、素直に認めれたり、
誰かに注意された時に、素直に人の意見を聞くことができたり、
自分の物差しでの見方とは、違う意見、物事の見方を聞いた時にも
とりあえず受け止めることができるとか、
やはり「素直」さは大切な徳なのだろうと思います。

私は。きれいごとばかり言っている人よりも、
辛いことがあれば、「辛い」とぼやく人の方が好きですし、
いつも誰かのせいにしている人よりも
私が何か悪かったのかな?と考えていたりする人の方が好きです。

友達で、いつもブランドの服と小物を持ち、
高い化粧品でべったりとお化粧をし、髪をいつもきっちり整えていた友達がいましたが、
今のご主人に出会い、「素のままの君が一番きれいなのに、なぜそんな事をするの?」
と言われ、薄化粧になり、素材のいいシンプルな洋服に、ナチュラルな髪型にして
本当にとても素敵になった人がいます。

「素敵」も「素」が入ってますね。

ただ、この世はその素直な人に対して、「詐欺」を行う人がいます。
因果応報で必ずそれをした人には、相応の結果に合うと思いますが、
素直な人がもっと住みやすい、生きやすい、そんな世界になれば
とても素敵なのにな~と思います。

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「もらうこと」と「あげること」の話
今日は一日雨でした。
冬の雨は芯から冷えるような気がします。
思わず貼るカイロを買ってしまいました。

本当はダメなのでしょうが、我が家のグルメな猫はよく残すので、
そのキャットフードを野良猫にあげています。
以前は黒猫だったのですが、縄張り争いが起こり、
勝ち残った三毛猫風の白ベースの猫が、
ごはんを上げる場所で待ち構えています。

黒猫は一切なつきませんでしたが、数年あげていたので、
当初は、その猫が大嫌いであげるのをやめていたのですが、
少したって、ばったり違う場所で黒猫に会うと、
あまり痩せこけてもいなくて、
違う場所で元気に暮らしている事がわかり、
じゃあいいか!と思って、その三毛猫にご飯をあげるようになり、
もう半年以上たちました。

今日みたいに寒い雨の日にも、雨に濡れながら待っている姿を見ると
ちょっと愛しくなってしまう私であります。

今日はパートナーから、ちょっと早いクリスマスプレゼントをもらいました。
すごくきれいなネックレスでした。
ダイヤモンドがキラキラして、それはそれは上品で、
すっかりお気に入りになりました。
私はというと、彼からのリクエストの香水を渡しました。

後で、こっそりネックレスの値段を調べてみてびっくり!!
私のあげたプレゼントの10倍以上の金額だったのです。

彼はただ私が喜ぶのを見て、嬉しそうでしたし、
自分の欲しい香水が手に入りご満悦風でしたし、
収入の差もあるので仕方ないといえど、
私は「この金額の差ってどうなんだろう!!」と思い、
以前から彼が欲しがっているものを、ネットで探していました。
それとて、その金額の3分の一ほどなのですが・・・

皆クリスマスプレゼントとか、誕生日プレゼントってどうしてるのかな~と
思ってしまいました。
女子は結構はっきりと金額がしていて、それを贈りあったりしますが、
恋人とか夫婦はどうなのでしょう?
それ以外にも、この季節は日本には「お歳暮」という贈り物があります。
それもどういう風に金額を決めるものなのでしょう?

なぜか私は、親に対してでさえそうだったのですが
相手にもらうだけで返さない。とか、してもらいっぱなしとか、
そういう状況が苦手なのです。(親には結局はしてもらいっぱなしですが・・・)
50:50(フィフティフィフティ)というか、
「Give&Take」ギブアンドテイクという関係を、
できたら「Give&Give」ギブアンドギブで
その相手が誰であろうとしたいという気持ちがあるのです。

以前、とてもお世話になった仕事の上司がいて、
いらなくなったと色々洋服や小物をいただいたり、
食事をごちそうになったりしていたので、その人に少しは返そうと思い、
ボーナスが出た時に食事をごちそうしようとしたら
「私も先輩によくしてもらったから、それのお返しを後輩にしてるだけなの。
だから私にじゃなくて、年下の人や後輩にそのお金や気持ちは使ってあげて。」
と言われたことがあります。

実際に、年下の人と出かけたりするときは、
それ以降は、できるだけお金を出すようにしたり、
してもらったのと同じようにするようになりました。

「あげること」と「もらうこと」
同じ相手に、その両方をすることもあれば、
違う相手から「もらい」違う相手に「あげる」こともあるのでしょう。

私はきっと「受け取る」ことが苦手なのかもしれません。
誰に対しても、貸しを作りたくないとつい思ってしまい、
自分が「損」するくらいがちょうど良いと思っている節があるんですよね。

コカコーラのCMのように、与えることは幸せなのです。

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「自分」と「他人」の差=個性の話
明日はまたとっても冷えるようですね~。
寒いですね~。

最近寒くて力んでいるんでしょうね。
肩こりがして、ブルンブルン腕を回したり、肩甲骨を動かしています。

今の季節は腰痛や肩こりが激しくなる人も多いのではないでしょうか?
重ね着をしたり、寒いとどうしても背を丸めて、縮こまってしまいます。
できるだけ、ストレッチなどをして、ケアをしたいものです。

もうすっかり師走ですね。
もう2013年が終わりを迎えます。

そんな中今日は満月ですね。
「満ちる」日であります。

交通事故などに気を付けた方がいいとも言われたりしますし、
やはり月の満ち欠けと、人間の生活には関連性があるのだと思います。

自分に起こる事は、すべてが関連があるということですよね。
自分を知ろうとするときには、自分ひとりでは自分を知ることが
なかなか難しかったりします。

自分を「他人」という「鏡」に映して、個性や自分の意見、
自分独自の考え方などを知ることができます。

相手と違う所が、自分の個性であったり、特異性だったり、
こだわりだったり、偏りだったりするわけです。
自分では当たり前と思っていたことが、
「当たり前」ではなく、自分の「思い込み」ということも
誰か「他人」に自分を映して、初めてしることができます。

そこから「自分とは何か」とか「本当の自分とは?」ということを
みつめることができるわけです。

でも、そのことをすっかり脇に押しやり、
その「他人」に対して気を使いすぎてしまったり、
「他人」と違うことを気に病んだり、
「他人」の視線を考えすぎるあまり、自分を封印してしまい
「他人」に合わせてしまったりしている人もいます。

それが長期にわたると、やはり自分のバランスをくずしてしまったり、
そのうち、本当の自分の心の叫びがほとばしる日がくるかもしれません。

やはり、他人を愛するためにも、自分を愛することに標準を向けてみましょう。
自分が幸せであったら、自分の個性を認めていたら、
「他人」にも寛大になれたり、「他人」の個性も認めることになると思います。

もうすぐ2013年が終わります。
「今年の汚れは今年のうちに~♪」というCMがありましたが、
今年のうちに自分の心のお掃除もして、断・捨・離をしたいものです。

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大きな流れの話
生きていると、毎日の選択を自分でしていくことで、
自分の事を自分で「考えて」「決定」して生きていると思っていますが、
というかそういう意識でいますが、
実は、その自分の「考え」以外のものによって、
結びついていたり、自覚していない力に動かされている
と思えるような所があります。

例えば、自分では「こうしたい!!」と思って挑戦をしていたけれど、
そちらにはいくことができず、誰かの紹介から行った所で
「あっ!これ、私楽しい。向いてるかも!!」と思う事に出会ったり、
それこそ、友達の中には多いのですが、
長年付き合って結婚するんだろうと思っていた人と別れた途端に、
新たな人と出会い、お付き合い始めて数か月で、あっという間に結婚したりする
とか・・・・

「縁」とか「流れ」としか思えないような事があります。

何か大きな力で支配されて、そのことにたどり着くための過程の中で
自分の思いと失敗や挫折や苦しみがあったと思えるような事もあります。

何かを得たいと思った時は、反対の事を経験する事も多い気がします。
まぁ、それが今生の自分のテーマで、苦手だからテーマになっているのかもしれませんが、
社会的な地位を得たい人は、幼少期に貧乏で人から蔑まされた経験があったり、
家庭や家族がテーマの人は、家族に恵まれず、そこに憧れを持つようになったり、
反対に得たいものが得られないと「辛い」という感情が起こりますから、
その「辛さ」を体感したくなくて、あえて「家族」や「家庭」を拒絶したり・・・
というように、欲するものだからこそ、なかなか手に入れられなく、
もしくはそれを欲するようなシュチュエーションを体験するような気がします。

人間何かに対して、感情がネガティブに動くとき
例えば「苦しい」「悲しい」「辛い」という時は、それを欲したいとか
そういう自分になりたいという気持ちの裏返しなんだと思います。

例えば、仕事であるポジションにあがりたいと思っている人にとっては
人事異動で昇格しなかったら「悔しい」とか「辛い」という感情が生まれますが、
それに対して全然欲のない人は心は動きません。

また、「お金」のテーマの人は、お金に対して「執着」がある分、
なくなる事に対して敏感になったり、たくさんお金を得る事に貪欲になりますが、
そうでない人は、生活できればいいや!位で、執着が少なく
お金よりも、自分の時間であったり、他のものが優先順位が高かったりします。

何かに対して「辛い」とか、コンプレックスを感じている所こそが
自分のテーマにつながる所なのかもしれません。
そうでない所には、自分の心が動かないので、ネガティブな気持ちにもならず
悔しいなどの心も生まれず、もちろんコンプレックスにもなりません。

そして、自分が生まれる前に描いた青写真に、その感情が何かのヒントを与えてくれ
もし自分の「考え」があさっての方向を目指していても、
大きな流れの中では、それがあってこそ次の所に行ける事もあったり、
やはり自分に起こる事に偶然はない気がします。

そう思うと、自分では、今の状態が
「こんなはずじゃなかった」とか思っていても
今はわからないだけで、今後「なるほど!あの体験があったからこそ分かる」
という事につながるのかもしれませんね。

この世に無駄な事はなく、いつも成長過程の途中なのだろうと思います。

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冬季うつ病の話
今日も寒いです。
寒いのは苦手と言いながら、アラジンストーブで鳴門金時を焼き、
そしてこたつの上には「みかん」というスタイルで、
すっかり冬を満喫しております。

冬は、心の病を患っている方にとって、あまり好まれない時期かもしれません。
どうしても「日照時間」が減ってしまうので、
「鬱」傾向がある方は、ちょっと調子が悪くなってしまう傾向があります。

季節性情動障害(SAD)という病気もあります。
10〜11月ごろに憂うつな気分が始まり、
2〜3月ごろに治まるというサイクルを繰り返す
冬型のSADは「冬季鬱病」とも呼ばれます。

日照時間がとても短くなる北欧では、かなり前からある病気と
聞いていますが、日本でも最近はこの「冬季鬱病」の人も
増えているような気がします。

まぁ「うつ病」とまでいかなくても、倦怠感やだるさ、
そして眠くて仕方なくて寝ても寝ても眠たいとか、
甘いものや食事量が増えてしまうというのは、
誰でもある症状でもあります。

動物も「冬眠」をするくらいですから、
人間もそういう傾向が高まるのかもしれません。

また、風邪やインフルエンザなどの感染症もかかりやすくなります。
どうしても免疫や抵抗力が減ってしまう季節なのでしょう。

話が横にそれましたが、「冬季うつ病」の緩和としては、
日光浴がいいと言います。
できたら、午前中の日の光を浴びるのが効果的と言いますが、
それ以外の時間でもいいです。
やはりお日様には、私たちに必要なエネルギーがつまっているわけです。

また
規則正しい生活。
朝起きて、夜は早めに寝る。とか、
一日3食、過食しないように食べる。
青魚がいいというので、イワシやサバなどを食べるのもいいそうです。
一度テレビで、サバの缶詰を食べると、痩せるホルモンが分泌されると特集していました。
缶詰は骨や皮まで食べれるし、油もすべての栄養を余すところなく摂取できるので、
最近ちょっとふさぎ気味と思う人や、ちょっとダイエットを意識してる人も
「サバの缶詰」はいいかもしれませんね。

また、ゆっくりぬるめのお湯に、眠る予定の2時間前までに入ったり、
ストレッチや軽い運動するのもいいと言います。

どうしても、冬は縮こまってしまい、運動もおろそかになるので、
血行も滞り、肩こりや腰痛にもなりやすいので、
メンタルにも、肉体にも「一石二鳥」ですね。

寒い冬、色んなケアをしながら、健康にそして元気に過ごしたいものです。

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努力は階段のように結果が出る話
最近新たな仕事を始めています。
基本をわかったつもりで、応用をしていくと、わけわからなくなったり
間違ってしまって、テンパってしまい、また間違ったり、
次々に畳み掛けてくる量の仕事をこなさなければ・・・と焦ってしまうと、
それがまた間違いを引き起こすという、悪循環に陥ってしまいます(苦笑)

本当に、急ぐ時には心を落ち着けて、
そして間違った時こそ冷静になることが
とっても大切なことだと、最近痛切に感じています。

新たな事を始めると、わからないことを知っていく段階で、
やはり間違いをしたり、恥をかくことも多いです。

何でもそうですが、一生懸命やっていても
なかなか上達しないように思えたり、
何かを勉強して身につけようとしていても、
よくわかんないな~と理解できないことが、
ある日を境にパーンと変化することがあります。

「努力は階段のように結果が出る」のだそうです。

努力をしている時は、坂道のように、
徐々にあがっていくのではなく
もうこのまま変わらないんじゃないかと思う、
真っ平な道を歩いていき
ある時、垂直に一気に一瞬であがるのだそうです。

何かちょっとわかる気がします。
こんなに頑張っているのに、全然成果につながらないとか、
こんなに勉強しているのに、なかなか理解できないということが
それでも、し続けていると、
ある日「あっできた」と実感したり、突然大きな成果になったり
「あっわかった。そういうことか!」と理解できたという経験があります。
皆さんもあるのではないでしょうか?

現実の起こった所だけを見て、「突然起こった」と思いますが、
その裏には、じわじわと火をかけていっていて、
ある瞬間に沸点が来るというような仕組みになっているんですね。

「坂道じゃなくて、階段」
今の努力が「ぴゅっ」と上へ上がる日を信じて、頑張ろうと思うのであります。

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「輪」の話
今年の漢字が発表されましたね~。

「輪」

です。

清水寺の森貫主は
「『輪』には、大勢の人が手を握りあい円滑に回転していくという意味がある。
皆が譲り合い支え合って、来年も震災復興など輪のつながりに努力していきたい」
とおっしゃっていました。

今年は、東京五輪招致や、台風被害を受けたフィリピンへの支援など
自然災害への国内外の支援の輪の印象が強かったとの報道もありました。

この「輪」の漢字の成り立ちを調べてみると、
「音記号の「侖」は、文字を書いた木の札「木簡」などを文脈に合わせて
順序良く綴り、巻き取った形。
「輪」は車の車輪。きちんと輪になって、ひとつながりになっている。
なお、人間同士が輪のようにひとつながりになっているのを
「倫」と言い、「人倫」とか「倫理」などと使われる」
のだそうです。

私はガラケーですが、最近は皆周りは「スマホ」で
「LINE」や「facebook」や「twitter」などでつながっていますよね。
それも「輪」にあたるのかなぁと思ってしまいます。

私はマメな方でもなく、SNSも全然していないのですが、
やはり皆「輪」の中に自分を置いて、「輪」を広げていきたいんだな~と
思います。

ただ、いつも連絡しあっているから仲良しというものでもないと思います。
信用をしている間柄の中では、本当に用事がある時以外は全然連絡も取りあわないけれど
会うと時空の距離を感じず、ずっと今までも一緒にいたような関係もあります。

私の家族は、幼い時は違いますが、大人になってからは
そっけなくて、自分の事を各自していて、あまり干渉もせず
ベタベタした関係ではなかったので、周りから見ると一見仲悪いように見えたかもしれないけど
お互いへの信頼関係が厚く、信用しているからこそ家族といえど、
相手の気持ちを尊重して、その人がすることには口をはさまず、
すってんころりんと転ぶと温かく迎えるといった
そんなところがありました。

兄は「おこちゃま」なので、そんな度量はありませんが(苦笑)
お父さんは特に晩年はそういう大きな器の人でした。
おじいちゃんも私の中ではそういう人ですね~。

家族というカテゴリになると、
ついつい相手をコントロールできるような気持ちになり
自分の意見を相手に押し付けてしまったり、
相手のせいにしてしまったりもします。
その反面、相手に与えたいと思って与える喜びを感じやすかったり、
家族の幸せを願うことが、自分の幸せになっていることもあります。

自分の為にするという行為は、年を重ねる毎にむなしさが大きくなっていきます。
相手を幸せにすることが、自分を幸せにしたり、
相手を思いやり、相手の喜びを与えようとする行為の中で、
自分の心の中の光が輝き、喜びや「HAPPY」が大きくなっていることもあります。

そんな「思いやり」「感謝」の輪が、家族、友人、地域、国、世界へと
どんどん広がり、輪になり、この地球を包んでしまえばいいのにな~と
今年の漢字の「輪」を聞いて思わず願ってしまいました。

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あげるのは幸せなことの話
南極大陸で、氷点下約93度という史上最低の気温が観測されたそうですね~。
寒いはずです。

温暖化といいながら、地域によって、めちゃくちゃ寒くなったり、
季節の時期が狂いがちになったりしてますね~。

秋が今年は短かったと思います。
冬は苦手なわたしですが、今年初の牡蠣をいただき
(それも殻つき、それも獲れたて)
ぷりっぷりでおいしくいただき、冬の味覚を堪能させていただきました。

ウォーキングもちょっと予定が合わず、私はお休みが続いてましたが、
今日の夜久々に歩きに行きます。

とりあえず、今日でシーズンオフに入るということで、
歩いて焼肉屋に行き、歩いて帰ってくるという、
ウォーキングというよりも、夕飯食べに行くみたいな事になっています。
その上、「寒いし歩くのめんどくさい~!!」と焼肉だけ食べようとメールして
即効却下された私は、本当にどうしようもない奴であります。

あー寒空の中、歩いてきますよ~!!

でも冬の夜って、夜空がきれいですよね~。
空気が澄んでいて、☆がとてもきれいに見えます。
今住んでいる所は、まぁまぁ街中なので、ちょっと下界の明かりが邪魔しますが
生まれ育った田舎は、空がとっても近くて、満面に広がる星空が
見えていました。

一度その感覚を毎日堪能したくて、

家庭用星空投影機「ホームスター(HOMESTAR)」 コスモブラック家庭用星空投影機「ホームスター(HOMESTAR)」 コスモブラック
(2005/08/13)
セガトイズ

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を購入していました。
(最近はそういえば、見ていないですね~)

先日テレビから、
「室町時代の頃の星の光が今私たちは見ているのだ」
という説明が聞こえてきました。

実際に今は実在していないかもしれない星もあるかもしれませんが、
私たちの目にはあるように見えて、美しいと感動しているわけです。

人間も生死があり、その人が亡くなった後も、ずっと影響を与えていたり、
誰かの心の支えになっていたり、誰かの心の中では生き続けることがあります。
何か似ている所があるな~と思います。

実際に巨星現るという事があれば、人間界においても巨星と思えるような人物が
登場したりすることもあると聞きます。
占星術などは、宇宙の星の動きを見るわけですが、それが人間の世界にも反映しています。
そう思うと、この宇宙にあるものは、目に見えないもので、すべてがつながっているような
そんな気がしてしまいます。

自分では気づいていなくて、
「自分の事だから自分勝手にしたって誰にも迷惑なんかかけない!!」
なんて思っていても、もしかしたら廻りまわって、めちゃくちゃ迷惑をかけていて
自分ではわかっていないだけって事もあれば、
誰もみていない所で、こそっと自分の良心に従ってしたことが
廻りまわって誰かのHAPPYのお手伝いになっていることもあるかもしれません。

直接的なものはわかりやすいですが、間接的なことの中にも光輝く事があるのだと
思ってしまいます。

今のコカコーラの「サンタクロースの手紙編」のCMが私は好きです。

サンタクロースの手紙編
「みんなへ
クリスマスにしてもらいたいこと。
それはみんなが誰かにあげることじゃ。
ものじゃなくてもいいぞ。
例えば、お友達をディナーに招待してあげたり、
君のHAPPYをあげよう。
あげることは幸せなことじゃから。」

そう。あげるのは幸せなことなのです。

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日本人の美徳の話
12月に入ると、街はすっかりイルミネーションや
クリスマスの飾りで、きらびやかになりますね~。

この季節になると、心躍る人もいれば、
心寂しく思う人もいると思います。

まぁクリスチャンの人が少ない国民が、
これほどクリスマスを祝うというのも、不思議な気はしますが、
異文化をすんなり受け入れることも、日本人の美徳なのかもしれません。

大震災の時も、日本人の素晴らしさについて、
全世界が驚いていたことを思い出します。

コンビニに並んで、少ない物資を購入する人たちであったり、
帰れなくなった人たちが、真ん中が人が通れるように開けて
階段に座っている姿であったり、
自分はいいから他の人にあげてと、おにぎりを受け取らない人であったり、
あっという間に、亀裂の入った道路を修復している技能であったり、etc...
日本人としては、それって当たり前の事じゃない?と思うことも
世界から見ると感嘆されることであると知り、
非常時に本質が出ると思いますが、
やはり日本人とはレベルの高い人たちなのだな~!と誇りに思えました。

全世界において、宗教の争いをしているのを見ても、
日本人はあまりピンときませんよね。
だって神様が一人のわけないじゃん!!って考えが根深くあるからだと思います。
日本は八百万の神様もですし、家の中でもヒットした「トイレの神様」もいれば
井戸の神様や色んな神様がいらっしゃるわけで、
また、家の中の神棚には「天照大御神」さまをはじめ、氏神様のお札も
あったりするわけですから、
キリストも仏陀もアラーの神様もそりゃいるさ!っていうことなのだろうと思います。

色んな文化を取り込んで、融合させ、そしてそれを自分のオリジナルにして、
そして進化させ、世界的にも賞賛されるほどのものに仕上げていくということを
日本人は得意としているような気がします。

まずは受け入れてみるというのも、日本人の美徳なのだろうと思います。
そしてどんどん自分の世界を広げていく、貪欲さがあるような気もします。

そう思うと「こだわり」や「プライド」が強い人の方が、
自分の世界をある程度で止めてしまって、広げられないような気もします。

「~は○○でなければならない」というのは、自分の世界を固定し、
それ以上広げられなくする、恐ろしい呪文のようなものかもしれません。

無限の可能性もあるのが人間です。
また、変化をし続けるのも人間です。
いつでも、「成長途上」「成長途中」なのです。

ここで終わりとか、もう自分はわかったと思う慢心も危ないことです。
そこでストップしてしまう、変化がないと、
水でもそうですが、桶に水を溜めてそのままにしておくと腐ってきます。
人間も少しずつ少しずつ腐敗して、気づいたら
とんでもないことになってるかもしれません。

以前ブログでも書きましたが、ゆめは「幽冥」とも書くと以前教えてもらいました。
私たちは肉体があると同時に、魂である霊体でもあります。
眠るということは、その霊体でもある魂が
あの世に帰り、充電しているとも考えられます。

毎日眠る=死ぬ、起きる=生まれると考えれば、
毎日が新しい自分になって、今日という人生を生きるということです。
毎日がおNEWな人生ということです。

そんな限られた時間の中で、自分らしく生きて、
少しでも魂を磨いて、角をなくして、
真ん丸のつるっつるのピッカピカにしたいものです。

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喜怒哀楽の感情の話
人気の芸人さんが、美人で尽くすよくできた奥様と結婚して、
「だんなさんが浮気したら、怒らず一緒に反省します。」と言っていて、
それを聞いたさんまさんが、番組中で離婚をすすめていました。

一般的には、男性ならうらやましいと思うような話だと思うのですが、
さんまさん曰く、怒ったのを見たことがないという事に関して、
優しくて従順ということとは違っていて、
自分に自信があるか世間や相手を舐めているのだと言うのです。

その芸人さんの奥さんは、私もテレビで拝見して、
とてもきれいで、優しそうな雰囲気で私は好印象だったので、
その人がそうかどうかはわかりませんが、
私自身、何が起こっても、冷静で感情を出さない人に対して
この人、皆を見下しているのかな?と思ったり、
心がちょっと壊れ気味なのかな?とか思ったりするな~と
ちょっと思ってしまいました。

やはり、愛憎はやはり感情の中でセットであるものなのかもしれません。

怒らない=美徳と感じている人もいるかもしれませんが、
私の知っている人の中でも、怒りを出さない人がいましたが、
自分の心にふたをしていて、心を病んでいる感じになっていたり、
自分では隠しているつもりでも、言葉や行動以外に怒りがもれまくっていたり、
さんまさんが言うように、自分以外の人を見下しているようで、
周りの人が不快に思い、その人から去っていったり、
表面的な付き合いだけしかしないようになったりしていました。

私自身、本当に私の事を思って、怒りをぶつけてくれた人の事は
とてもよく覚えています。
そしてとても感謝しています。

その時は
「えーーーー!!もうほっといてほしい。」
「関係ないのに、うるさいな~」
と迷惑に思ったこともありますが、
その中に、その人が何を込めているかは伝わるものです。

自分の自己保身や自己顕示欲での思いは、興ざめさせられますが、
その中に「愛」や「相手への思いやり」があれば、
それは伝わるものだと思います。

以前、高校に授業に行っていた時、あまりにやる気のない生徒に対して
大人げないと思いながらも、私自身が学生の時にとっておけばよかったと
社会人になってから思った資格があったので、
同じ時間をどうせ使い、そしてテキストなど必要なものも手にしているのであれば、
「この機会を与えられているのに、それを無駄にするのはもったいない。」
と、無気力な生徒に対して怒りも込めて、一度熱く語ったことがありました。

これで生徒皆に嫌われてもいい。
今後完全無視されてもいい。
学校側からクレームがきてもいい。という覚悟で、
自分の思いをぶつけたら
その後、皆授業を真面目に聞いてくれるようになり、
補講を生徒から頼まれるほどになり、前年に比べると
比べ物にならないほど、検定の合格率があがったことがありました。

もう何年も前になりますが、その中の生徒さんは社会人になった後も
メールをくれたりしています。

斜に構えてクールにスマートなのはかっこいいですが、
喜怒哀楽は天が与えてくれた魂
(自分の内の神、サムシンググレートなど色々言い方はあると思いますが)
と自分の精神と肉体の懸け橋のツールです。
それをないがしろにすると、自分の内の神とどんどん離れていき、
根なし草のようになってしまい、定まらず、
道に迷い、不安でさまようことになるような気がします。

全て与えられているものに無駄はないのだと思います。
好き嫌いや、かっこいい悪いで排除していくと
きっともったいない事が多いんでしょうね。

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損得勘定の話
寒いと、本当にあたたかい食事が体に沁みていく感じがしますね~。
そして、体があったまります。

それと同じように、あたたかい言葉も心に沁みて、あたたかくしてくれます。
その反対にあたたかくない言葉はどうなのでしょう?

やはり冷たい言葉は、心を凍らせてしまったり、
頑なにしてしまったりするきっかけになるのだろうとは思います。
でも、誰の言葉かで、それって変わるような気もするんですよね。

結構、自分と合わないと思っている相手からの言葉を、
受け入れてしまい、ずっと心のわだかまりになっていたり、
「普通そんなこと言う??(怒)」とか
「あんなこと言うなんてひどい(泣)」
「どうしてあんなこと言われないといけないのよ!!」
と、自分の心のわだかまりになっていたり、
どうでもいい、どちらかというと嫌いな人からの言葉で
すっかり自分の心を暗く、そして怒りや悲しみでいっぱいに
なってしまっている人がいます。

誰でも、人に好かれると嬉しいですし、
褒められると気持ちいいですし、
評価されると、自信につながったりします。

反対に、相手に嫌われると
自信喪失につながらないまでも、やはり嫌なものですし、
怒られると、自分が能なしのような気がしますし、
評価が低いと、自分の価値が下がった気がしてしまいます。

でも、人によって考え方や価値観はそれぞれであって、
自分と合わない人は、それが真反対のこともあるわけで、
合わない人はいて当たり前であり、
まぁ少なくても、半分合う人がいたら、半分は合わない人なわけです。

自分を半分の人は好きになってくれても、後の半分の人は嫌うわけで、
半分の人は褒めてくれても、あと半分にはけなされてしまい、
半分は評価してくれても、あと半分は批判してくるわけです。

それでも人間、どこかで損得勘定も働いてしまいます。
人から嫌われるより、好かれた方が自分にとって得になると思ってしまうのです。
実際、仕事の査定などでは、評価によって金銭的に変わってくることもあり、
本当金銭的な損得が発生することもあるかもしれませんが、
金銭的なことが関係なくても、損得勘定が動いてしまいます。

嫌われるより好かれた方が得、
知り合いは少ないより多い方が得、
って感じです。

そしてそれが無意識に自分の心の軸になってしまって、
それに振り回されてしまい、
自分の気持ちは後回しで、相手の気持ちばかりを
考えてしまうようになります。

知り合いで、仕事を一緒にしている苦手だと嫌っている人から
言われた言葉やされた事ばかりをいつも話している人がいますが、
自分が嫌いな人から何言われても、何されても
嫌いなんだからそんなに気にしなきゃいいのに!って思う人がいます。
(それに重要なのは、「何を言われたか」よりも、それで自分が何を思い、
何を言い、何をしたか(もしくは何を言わず、何をしなかったのか)ですしね。)

よくよく話を聞いてみると、その人の深層心理には
「好かれると得をする。」という意識があり、
それを一生懸命自分がしている事で、
相手にすっかり好かれてしまい、自分は嫌いなのに
仕事以上のつきあいを強いられているという状態なのです。

でも嫌われたくないから、いくらストレスを感じる嫌いな人でも、
仕事以外は会いたくなくても会っていたり、相手の要望に応えるので
自分自身のストレスがたまりにたまってしまい、
気の合う友達と会ったとき、ずっと嫌いな人の愚痴を延々と一人で話し
その時間を楽しむのではなく、たまったストレスを解消するために使うという
すっかり本末転倒な事になっています(苦笑)

これって得してるのかな~???といつも思います。
どちらかというと、っていうか絶対損なんじゃないかと思うのです。

だって、自分のエネルギーや時間をその人に奪われているわけで、
その上に自分の心の中が、いつもその相手によって揺れ動くわけですから、
いつも疲労困憊の状態で、自分のエネルギーがスッカスカなのです。

そして、嫌いな相手に自分の人生の舵をとってもらってるんですから、
それそれは、とっても損をしているとしかいえません。

また、気の合う友達も、楽しい時間を過ごしたくても
その愚痴を毎回聞かされて、自分たちの楽しい話ができないのですから
つまらなくて会いたくないと思われたら、気の合う友達さえも
失いかねない状態なわけです。

自分が我慢していると、どこかでそのしわよせをしてしまおうとして、
結構一番居心地がよかったり、一番身近だったり、
一番大切な人をに対して、そのストレスを発散させてしまい、
自分自身と同様に大切なものをおきざりにしてしまう危険性があります。

嫌いなどうでもいい人を重要視して、大切な人をおざなりにすることこそ
自分にとって最も損なことをしているのかもしれませんね~。
嫌いな人に嫌な言葉を言われても、受け止めず「そっか~」っと受け流し、
自分の大切な人に自分からあたたかい言葉を伝えたいものです。

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「波風」のあとの「得るもの」の話
寒いですね~。
天気予報の「来週が寒くなる」という情報を聞き、
本当に冬が一歩一歩深まっていると感じるこの頃です。

先日、自分の本心を伝えたという話をブログに書きました。
一時的には、拒絶されたかのように感じてしまいましたが、
そうではなかったような気がします。

相手の心の内を言葉にしてもらえて、聞くことができましたし、
今までは相手を思うあまり、我慢していたことを
本音を吐き出すことによって、いい意味で力が抜けたような感じになりました。
自然体というのかはまだわかりませんが、
ナチュラルに近づいた気がするのです。

よくも悪くも「波風」をたてて、人とぶつかると
時差があるかもしれませんが、そこで「得るもの」があったことに
気付くことができるような気がします。

今までは、近いと言いながら大きなテーブルを囲んで
むこうとこちらで話をしていたのが、
こたつに隣同士で入って話しているような、
今までは一緒の世界といいながら、全く別の世界にいたのが、
別の世界にいるということを認識したことで、
もっと「心」は近くなって、お互い知りたかったことを
理解していくプロセスにたったような気がしています。

苦しんでいる知人の話を聞いていると、
「波風立てたくない」
「どうせ言っても伝わらない」
とか言ってますが、
「波風たてない」からわからないことや
「言ってみないとわからない」ことなんかもあったり、
距離を近づけることができないこともあるのだと思います。

そこには熱が必要ですが、その熱によって、波風がたった後は
現状を突破する道が見えたり、
自分にとって「得るもの」が必ずあるのだろうと思います。

私たち人間に言葉が与えられているのは、
やはり「言葉」で伝えないと伝わらないことが
あるからなのだと思います。

自分の心や気持ちを「言葉」に変換する作業は難しく
そのことで「波風たつのは面倒」とか、
伝わらない時の自分の心の「寂しさ」を考えてしまいますが、
きっとその事をしないと、その後に「得る」喜びは
味わえないのだろうと思います。

自分の思い通りになるとは限りませんが、
自分の心を開かなければ、相手との距離は縮まらない時もありますし、
自分自身を自由にもできないこともあります。
そして、もしかしたら「寂しさ」を感じるかもしれませんが、
一歩出さないと「喜び」も得ることができないこともあります。

恐怖、不安は何かをしようと思う時にはつきまといます。
特に大切に思う人であればあるほど、自分の心をむきだしにして
ぶつかって、それを拒絶された時の不安は大きくなるものだと思います。

ただ、私はいくら表面を取り繕って仲良くしていても、
それが大切であればあるほど、
そんなに寂しい関係はないような気がするのです。

私は大切であればあるほど、本音で語りあえる関係になりたいと思います。
それができないのであれば、一緒にいる意味がないと思う位に大切な人もいます。

人によって、他者との付き合い方は色々と思いますが、
私は深く狭くなのだろうと思います。
たくさんの友達が欲しいと思うより、
一人分かり合える友達ができれば
こんなに幸せなことはないだろうと思ってしまうのです。

よく友達には「間口は広いのに、キャパが狭いよね~。」と言われるのは
きっとそういう性質だからだろうと思います。

幼少期からそういう人と出会っている人もいれば、
なかなか出会えない人もいます。

昔読んだ本に、○が割れた自分が「ひとかけら」で、
○になるためにその他の「かけら」を探す旅をするために
生まれてくるというような事が書いてありました。

それらのかけらが集まって、○になることができたとしたら・・・
考えただけで、心はときめき、
どんなに素敵で幸せなことだろうと思ってしまいます。

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くう・ねる・あそぶの話
寒い冬は苦手ですが、魚が美味しい季節のイメージがあります。
お正月は、鰤(ブリ)のイメージですが、最近では
我が家の猫も大好きなので、鮭を一緒に食べています。

塩鮭はいつでもありますが・・・
鮭は、コラーゲンが多いと聞き(特に皮が多いらしい)、
せっせと食べていますが、たまに半分くらい猫に食べられてしまいます。

そして今年はこたつで、猫とぬくぬくと過ごしていて、
冬は苦手だけど、何か幸せを感じるな~!!と思っています。

人間「くう・ねる・あそぶ」が必要なのだと思います。
ホームメイド家族の歌でも、この題名の歌があったような気がしますが、
疲れたり、何か元気がなくなったり、凹んだりした時は
「くう・ねる・あそぶ」です。

疲れた時や、元気がない時に色々と考えてしまうと、
どんどん悪い方向へ考えがいってしまったり、
ネガティブの気に覆われてしまいます。

疲れたら休む。
元気がなくなったら、おいしいものを食べる。
凹んだら、遊ぶ!!

落ち込んだ時、食事がとれなくなる人もいるかもしれませんが、
美味しいものを食べると「美味しい」と思って、
落ち込んでいても、ちょっと幸せを感じます。

冬の時期は特に、あたたかいものを食べると幸せを感じます。

そして、あったかいお風呂につかって、ふとんに潜って
おふとんがぽかぽかになってくると気持ちよくなります。
寒い中、あったかいおふとんの中にいると幸せです。

そして、遊ぶと楽しいです。
人によってその遊びは千差万別だと思います。
自分の楽しいと思う遊びをすればいいのだと思います。
遊ぶというと、アウトドアのイメージとか、外出のイメージが
あるかもしれませんが、自宅で何か作るとか、自分の好きな本を読むとか、
そういうインドアのことが好きな人は、それが遊びです。

忙しくて疲れがたまってくると、ちょっとしたことでイライラしたり、
うまくいかないと不機嫌になったり、ネガティブな方向や、
悪い方向に考えが向いてしまうことがあります。

そんな時にはまずは「くう・ねる・あそぶ」を思い出しましょう!!

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迷う・悩む・明らかに極めるの話
この間テレビから
「夢をすべてかなえられている人なんていないんじゃない?
夢をあきらめるということは、そんなに悪いことではないよ。
だって新しい一歩が踏み出せるってことでしょ。」
というセリフが聞こえてきました。

そうだよな~と思ってしまいました。
「あきらめる」とは、もともと「明らかに極める」という意味と
聞いたことがあります。
問題の本質を明らかに極めることができた時に、
初めて次に選ぶべき道が見えてくるのだと思います。

でもその前には悩んだり、迷ったりという時間があります。
迷うことを、恐れないでください。迷うことは当然のこと。
誰一人として迷わない人はいません。
過去の偉大な人物であろうと、現在の世でも皆が憧れるような人であろうと
皆悩み、迷います。

悩み、迷っているという事は、自分の人生を真剣に考えている証拠であり、
世の中と真正面から向き合おうとしていることなのだとうと思います。
進もうとしているから、苦しかったりしますし、
真摯に向かい合うと、それに伴う苦しみを味わったり、何かにぶつかったり、
失敗して凹むこともあるでしょう。

疲れたら休めばいいのです。
振り返ってもいいのです。
うずくまってもいいのです。
泣いてもいいのです。

そして、また動きたくなったらやってみればいいのです。

また自分の夢だったと思っていたことが、
行動してみて違うと気付くこともあるでしょう。
それが明らかに極まったら、あきらめたらいいのです。
そうすれば、また違う扉が必ず開きます。

真面目に生きようとすればするほど、
人から「真面目~」とからかわれたり、頑張りすぎる姿を笑われたり、
失敗を重ねたり、恥もかくでしょう。
でもシニカルに斜に構えて世の中を見て生きようとすれば、
恥もかかず傷つかず苦しみを味わわずに、
一生を終えることができるかもしれません。

でも、そんな冷めた人生は、何の面白みも充実も成長もない
つまらない空っぽの人生になってしまいます。

すべての成功は、多くの失敗が形を変えたものにすぎません。
失敗をして、凹んだり、痛い思いをして学びます。
繰り返し失敗して、恥をかきながら、認められる一人前になっていきます。
失敗の痛みがあるから、初めて成長できるのだと思います。

その為には、自分の置かれた状況の中で、
今の自分の精いっぱいの最善を尽くすことがなのだろうと思います。

それでもまた悩んでいたり、迷っている人に・・・
有名な数学の難問「フェルマーの最終定理」を解いた、ワイルズの言葉です。

「袋小路に入り込んでしまったり、未解決の問題にぶつかったりしたときは、
定石になったような考え方は何の役にも立たないのです。
新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で
問題に向かわなければならない。
その問題以外のことを考えてはいけない。
ただそれだけを考えるのです。
それから集中を解く。
すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。
そのとき潜在意識が動いて、新しい洞察力が得られるのです。」

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強者と弱者の話
あなたは誰かを守ろうと思う方ですか?
誰かに守ってほしいと思う方ですか?

もちろん誰もが両面もっていると思います。

能力が高く、自分で何でもこなせて、できる人などの中では
能力が自分より劣っている人や、できない人に対して
どこか馬鹿にしている所があったり、
自分がその人の分まで頑張っているとか、面倒を見ていると、
自分と相手に上下関係を感じている人もいるかもしれません。

相対性の世界では、強者と弱者がいる場合、
強者が勝ち、弱者が負けるか、
強者が弱者を守っているという形ができていると思います。

会社でも例えば、優秀な営業の人で
「会社の為に自分が他の人と比べて貢献しているのにわかってない」と
不満を持ち、脱サラする人がいます。
そこで、陰で自分を支えてくれていた人たちがいることに気づきます。

家庭などでもその面はあるのかもしれません。
一生懸命働いて家族を養っている人と、
その人に養われている人がいます。

たまに話に聞きますが、
「自分が頑張っているから、家族は生きていける。」
「誰が食わしていると思っているんだ。」
と、養っている側が養われている方に言うことがあるそうですが、
そこでは、やはりその関係に上下がつけられているのだと思います。

でも、守るものがいるからこそ、頑張れるのではないでしょうか。
もし自分が強者と思っているとしたら、弱者の人のお陰で
強者でいられるのだろうと思います。
守るものがいないと、自分の為だけであれば、頑張れないこともあります。
だから強者が偉いというわけではなく、弱者がいるからこそ元気に働き、
自分の能力を生かすことができているのかもしれません。

人間目立つものには視線を向けますが、目立たないものや
見えにくいものには気づきにくいものです。
陰の存在に気づいて感謝できる自分になりたいものです。

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真実の追及の話
今日は射手座の新月です。
少し早いですが、昨日私は自分の心を開いて他者に見せました。
相手にその思いを綴り、自分の一方的なものになりますが、手紙を渡しました。

一方的なその手紙には、自分で今まで口に出したことはないであろう
色んなことを本心で書きました。
相手にとっては面白くないどころか、イヤなことも書きました。
今まで自分の心の奥に閉じ込めていた気持ちだったからです。

お互いに自分で立ち、自由を手に入れながらの上での関係にしたい気持ちと
ずっとある問題に対して、その解決に向けてメスを入れたつもりでした。

現実から目を背けてごまかしてきたけれど、
もう見なければいけない状況で、
目を見開き現実をまざまざと見据えた上での、
自分の道をお互いに見つける時がきたと思ったのです。

昨日はその手紙を渡し、相手の本音を聞くことができ、
そして私を信じて心を開いてくれたことが嬉しかったのですが、
今日は、私を拒絶する連絡が入りました。

もちろん、今は私を必要とするのではなく、
自分自身の一人で考える時間と空間は必要なのでしょうし、
このような状況になることを望んでいたような、
もしくは覚悟していたのにも関わらず
寂しいものだな~と思ってしまいました。

私がその人の心の湖に、大きな石を放り込んだようなものです。
今波紋が広がっているのでしょうが、
大きな石を放り込んだ私に対しての思いもあるでしょう。
波風立てたくない人の心に波風も波紋も起こしたようなものです。

昨日からそんな現実になっている私にとって、
今日の射手座の新月はまさにドンピシャリのタイミングの気がします。

きっと私は射手座のキーワードにも書きましたが、
真実の追及をしたかったのかもしれません。
真実を追及するには、正直に自分の心を開き
本音を引っ張り出すしかないのかもしれません。

心を開いて、真実の追及をするにはいい時です。
もし自分が思っていた結果にならなくとも、
必ずその先に道が見えます。

この世に偶然もないし、必要な時に必要な出来事が与えられ
正しい時に正しい所に正しい人といるのでしょう。

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射手座の新月の話
今月は射手座の新月です。
今月の新月は「12月3日 9:22」です。
 
射手座はオープンマインドな前向きなテンションの高い星座です。
未知のものへの好奇心が強くなり、変化を求めている人や、
仕事や恋愛で新しい出会いが欲しい人は
この時期に積極的に機会を求めて行動しましょう。

旅行や冒険、探求というテーマも得意分野です。
外国や異文化への興味や憧れがある人は思い切って旅行の計画を立てたり
交流の場に行ってみたり、また読書など自分の内の旅を楽しむのもいいでしょう。

内の世界では、自分に誠実でいるために、自分の感情と言葉と行動を一致させましょう。
ありのままの自分でいることをためらわず認めましょう。
心を開いて本当の自分を他者に見せましょう。
自分に誠実な人は、その誠実さによって他者からも信頼されると思います。

また、自分の可能性を信じて大きな目標を持ち、それに向かって
第一歩を踏み出すのもよいでしょう。

<射手座のキーワード>
【真実の追究】
「正直さ」「率直さ」「本音」「真理」など。

【心の安定】
「自然との結びつき」「共生」など。

【自由・旅行・冒険】
「探究心」「冒険心」「海外旅行」「発展的」「未来志向」など。

【法律問題】
「弁護士」「訴訟」「裁判手続き」「調停」など。

【忠実さ、楽観主義】
「楽観主義」「寛大な心」「親切さ」「親しみやすさ」など。 

【トライすること】
「過剰を克服する」「解決策をみつける」など。

【身体的症状】 
 腰・座骨神経痛、肝臓、大腿部、足の付け根に要注意です

〔願い事の例〕
・私は自分を信じて心を開くことができます。
・私はどんな時でも、常に平常心を保っています。
・私は直感を信じて自分自身の道を歩んでいます。
・私は自分の人生に対する完全な自由を手に入れています。
・私は友達と海外旅行に行き、交流を深めています。
・私は積極的に問題解決に取り組んでいます。
・私は自分の信念や夢のために戦える勇気を持っています。
・私は現実を軽視して楽観的になりすぎる癖を、完全に手放しています。
・私は自分の本心を語ることへの抵抗を手放しました。
・私はものごとがうまく運ぶと、心から信じる自分になっています。
・私は直感によって、人や事柄の本質を正確に見極めることができます。
・私は自分の進む道をみつけました。
・私はありのままの自分でいることを認めています。

<<新月の活用の仕方>>

★{願いごとの書き方の例}
・新月に入った瞬間から8時間以内に願い事リストを作る。
 (48時間以内有効。8時間以内のほうが効果大。
  ボイドタイムは極力避けて書く方がよい)
・手書きで書く。
・願い事は2件以上10件以内で書く。
・主語は自分で書く。
・自分を信じる。
・願いは1件につき1文にする。
・現在形、または完了形で書く。
・肯定文で書く。

※新月から48時間以内のボイドタイム
12月4日 12:43 から 15:47です。

個人的にはあまり気にしていませんが、
月は12星座をめぐって動く運行中に、色々な角度で、
太陽や惑星の性質を反射しながら、人間へと影響を与えていて、
その月を経由して地球にやってくる太陽や惑星からのエネルギーが
遮断される時間帯を、「ボイドタイム」と言います。

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思いは時空を超える話
12月になりました。
今年もあと1か月ですね~。
昨年の12月はマヤ暦が終わる⇒地球滅亡説がとりだたされてました、
「アセンション」なんて言葉も飛び交っていたような気がします。
物理的な世界から、精神的世界への変動期であるという事でしたが、
徐々にその傾向が強くなってきていて、パワーも強まっている気もします。

最近はどんどんスピードがあがっていってますね。
昨日一面だったニュースも、すぐ次にとって代わり、
スマホなどもどんどん進化していき、
変化のスピードが速まっているような気がします。
そして今までは闇に隠れていたことも、光が強くなり
明るみに出る事も、非常に増えたような気がします。

今日ドラマを見ていて、思いは時空を超えると言っていました。
未来にもいけるし、過去も書き換えれると・・・
絶対にないとは言えないし、見えないからあると実感もできない世界ですが、
思いも素粒子だという説でした。

でも素粒子の研究だったと思うのですが、
以前読んだ本に、実験をするのに人を集めて、
皆が絶対に成功すると思えば成功するが、
一人でも疑っている人がいるときには成功しない
と書いてあるものを読みました。

「思い」のパワーとはすごいものなのでしょう。

以前心の勉強している時に、
ボランティアを熱心にしていた友人の事をうらやましいを通り越して
ジェラシーを感じる(苦笑)と言っていたら、
「祈りの力を過小評価してるのね。
 自分の思いのパワーを信じていないのね。」
と半ばあきれたように言われた事があったのを
今日テレビを見ていて思い出してしまいました。

誰かの事を無心で願う。
自分の事はさておき、誰か大切な人への思いが強くなる時、
大きなエネルギーとなるのかもしれません。

不謹慎と思う人もいると思うのですが、
私が一番幸せと思った瞬間は、死期が近い父の昏睡状態の時に
手をつなぎ、個室に二人でいた瞬間なのです。
うまく言葉では表せないのですが、父の愛なのか、私の無心の思いなのか
それとも親子の通じ合っていた心の波動なのかはわかりませんが、
本当に愛に包まれていて、今時間がストップすればいいのにと
思った瞬間がありました。

全てが溶けて、一つの世界になり、自分もその一部になったような感じ。
愛と安らぎとあたたかさのみがある世界といった瞬間だったのです。

父の愛が大きく包み込んでくれたのでしょうか。
本当に感謝です。

時空を思いが超えるというのは、応用できるとも思えます。
以前カウンセリングをしていた時、幼少期の辛い気持ちを抱えて
大人になってもそれに振り回されている人は、
自分が両親からのエネルギーで縛っている自分を解放すると
幼少期の自分を今の自分がなぐさめ、癒し、愛することを意識的にすると
幼少期の思い出がただの出来事になり、辛い思い出ではなくなることがあります。

やはり思いは、時空を超えるのでしょう。
今苦しい思いをしている人は、きっと心の中で苦しい自分にした体験とともに
苦しい気持ちを抱えているのだと思います。
自分を癒す力が一番強いのは自分自身です。
傷ついた時の自分を、自分が認め、愛することが、
一番早くそして確実に癒す近道かもしれません。

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