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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
数より空白が大事の話
お正月三が日が終わり、仕事が始まった人や、
帰省していた人も帰り、仕事に備えているという人もいると思います。
それぞれのお正月を過ごしたことと思います。

なぜか、予定が多かったり、知り合いが多いことが、
自分の価値があがるという思い込みを持っている人が多いような気がして不思議です。
実際に、予定が空白な事が怖いのかと思うほどに、次々と1か月前から予定を詰める人もいて、
「あーもう忙しい」と嬉しそうに言っている人もいます。

友達の多さを誇る人もいます。
その人に、一度ちょっと調べたいことがあって、
そういえばその人の友人にその業界の人がいたという話を聞いたと思い
ちょっと聞いてもらえないかと頼んでみた所、そこまで親しくないと断られ、
「友達」という規定は何なんだろう?それも個人差が激しいのだな~と思ったことがあります。
また、その人の価値と友達の価値は一緒ではないのに、誰かを知っているということが
自分の価値上昇と思っているような人もいます。

数について多いほどいいという思い込みというものが、誰の中にもある気がします。
もちろん学生の時は、点数や偏差値の数字は大きいほどよかったですし、
社会人になっても、評価は高いほうがいいし、お給料も多い方がいいです。
そして、自分という人間の評価に、予定の多さや友達の多さもつながるような気もします。

その予定や友達についても、自分が楽しく自分の思いを中心に考えられたり、
計画されたりしたものであればいいですが、照準が自分ではなく他者になってしまい、
自分を大きく見せたい、これを断ったら嫌われるんじゃないか?という恐怖感、
自分自身に、自分は必要とされている人間なんだと思い込ませたいというプライドという
そんな自分からどんどん離れてしまうような観念からだとすれば、
どちらかというと、予定の多さや友達の多さを気の毒に思ってしまいます。

照準が自分以外に向いている時は、目の前のものが瞳に映っていても見えていない事が多く
出来事もただ通過するだけのものになり、友達もただ一緒にいる人たちという
無味無臭のような、味気ないものになっていき、それだけで終わればいいですが、
他者に合わせているうちに、自分というものと離れていくこともあります。

皆とわいわいすることも好きですし、色んな所に出かけたりすることも好きですが、
私は自分の時間と空間を、それと同等な位持ちたいと考えてしまう人間です。

クリエイティブな活動は、独りでの世界の中で、自分の内から引っ張り出す行為であり、
誰かひとりを思い創り上げたものが、多くの人が共感したり、感動したりすることはあっても
多くの人の中にいて、誰かに授けられたり与えられたりするものではないと思いますし
何よりも癒されるのは、自分のエネルギーの中だと思っています。

もちろん、刺激として気づきやインスピレーションを与えられることや、
きっかけを授けられることはあったとしても、自分というものの内へのベクトルがあり
初めて生まれるものも多いと思います。

多さを求めるのは、人間の性かもしれませんが、それよりは濃さを私は求めてしまいます。
自分にとっての濃さというようなものですから、それも人によって違うと思います。

そして、若かりし頃は、予定があることを周りに誇っているような所がありましたが、
今は予定がぎっしり詰まっていくと、息苦しさを覚えるような(苦笑)
自由を奪われたような感じがして落ち着かなくなり、その後は予定を入れない様に
心がけるようになってしまいます。

全て決まっているような日々は、なんだかつまらなく、
自分の可能性を狭めるような感じさえしてしまうのです。

友達にしてもそうですね。
意識せずとも、自分の波長が変われば付き合う人も変わるのですが、
意識して一度友達と友達でない人を自分の中で整理したことがあります。
友達と思えた人は、ほんの数人でした。
これは私だけの感覚かもしれませんが、誰か一人「ん???」と思うような人と縁ができ
あまり快くは思わないけれど会う機会があり、よく会っていると、
不思議と同じような感じの人が自分の縁に加わり、あまりよくない方向へ行くというか、
不快なことが続くということがあります。

類は友を呼ぶということわざがありますが、何かある波長の人がくると、
同じような波長の人も呼ばれてどんどんくるような気がします。
条件や、姿かたちなどがよくても、あまりよくないと感じる縁はできるだけ
深くならないうちに、早めにフェードアウトするように心がけるようになりました。

縁の多いからいいと思っている人の中には、そういう波長をどんどん取り込んでいて
数を減らしたくないから絶対につなげているといった人も見かけます。

私の場合は、自分のキャパは決まっていると思っていて、いらないもので埋めていたら
必要なものが入らないから、必要なものが来たときにすぐ収めれるように
いらないものは排除していきたいという気持ちがあります。

数にこだわるよりも、自分というものと、自分に合うものを引き寄せたいという欲が
とっても強いのだろうと思います。
そのためには、時間にしても自分のキャパにしても空白が必要だと思っている所があるのです。

あなたはどうですか?

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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