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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
牡羊座の新月の話
3月31日 3:45 
牡羊座の新月です。

ちょうど4月1日、年度のはじまりでもありますが、
牡羊座も「はじまり」の星座のイメージがあります。
また現実社会につまびらかにしていくような、
そんなイメージもあります。

一つ前の星座の魚座が精神的で、自他の隔たりなどが曖昧なのに比べ、
牡羊座はエネルギッシュで自立心旺盛で、自分というものを知りたい、
自分というものを表現したい、自分を知りたい、というような
「熱」を感じさせてくれる感じがします。

まぁ自分を知るためには、他者を知る必要があったり、
自分ではない自分を知ることもいるわけで、
自分で自分ってどうなんだろう~?と悶々と悩んでいても
わからないわけで、やってみないと分からないことも
たくさんあります。

「やってみなきゃわかんない」
って、ポーンと挑戦して、自分以外の人を意識したり、
誰かみたいになりたいともがいた後で、
「私は私でしかない。」と何者かになろうとすることをやめることが
「自分を生きる」「自分らしく生きる」ということなのかもしれません。

でもきっとそれまでには
「自分らしく生きない」
「何者かになろうと生きる。」
「無理して周りに合わせて生きる」
「誰かの意見に従って生きる」
「自分を見失う」
「自分のことがわからなくなる」
というようなプロセスがきっとあってこそ
わかることなのだろうと思います。

牡羊座の新月は、開き直りとも思えるような
「私は私でいいんだ」という自己承認をして、
そこから始まる自己発見や、自分の価値観を表現していく
なんて、新たな始まりとともに、自立できるきっかけを
後押ししてくれる力があると思います。

ちょうど、年度の切り替わりに、新たな自分を発見して
色んな自分、気に入らない自分や不甲斐ない自分の受け入れて、
自分らしく生きるきっかけになれば幸いだと思います。

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別れと感謝の話
昨日映画を見ていて、愛する夫に自分よりも長く生きてほしいという
台詞のシーンがありました。

私は家族を見送って、自分が残ってとても寂しく辛かったので、
愛するパートナーよりも一日も長く生きて、
愛する彼にあの寂しさと辛さを味あわせたくないと思ってしまいます。

きっと彼は耐える忍耐力と強さはありますが、
それでも寂しいものは寂しいし、
今までいた人が自分の目の前から、
この世からいなくなるという心に開いた穴は
やはり辛いものですから・・・・

また、私の方がきっと孤独に耐える強さはあるようにも思えます。

故郷の様子を見ていると、
夫に先立たれたおばあちゃんは結構元気に、
その後の余生も楽しみを見つけ、楽しくしている人が多いけど、
奥さんに先立たれたおじいちゃんは、一気に老け込んでしまう。

そう思うと、女の人の方が強いのかもしれないと思います。

それでも、死という形でのお別れは、私の個人的な意見ですが、
それ以外の別れと比較しても、びっくりするほど辛かったです。

もちろん魂はずっと姿を変え、続くものと理解していても、
今まで形あった人が目の前から消え、もう二度と会うこともできず、
話すことも、笑いあうことも、喧嘩することもできないというのは
その出来事が起こってみて、こんなに寂しく辛い事だったのかと
実感しました。

私の場合は、病気で旅立ったので、心の準備もでき、
闘病生活を付き添うことができたのですが、
ある日突然身近な人を亡くす事は、どれほどの心の痛みだろうと
思ってしまいます。

まぁそれもその人の感受性とか、相手への愛情とか、色んな事が含まれるので
同じ感覚だったり、感情だったり、痛みだったりすることはないでしょうが
それでも、悲しく寂しい感情は生まれると思います。

今はちょうど別れの季節ですが、
どんな別れもやはり寂しいものです。

時間という素晴らしい贈り物のおかげで、家族の旅立ちの心の傷も癒え、
そして今になって、やはり魂は続いていて、形はなくとも
両親は別の世界で生き続けていると感じています。

友達や、恋する人、愛する人との別れはとても寂しく辛いものですが、
その気持ちは、自分の愛のバロメーターともいえます。
また、目の前にいるから、毎日会えるから、いつも一緒だからという関係よりも
離れていても、目の前にいなくても、会わなくても、話さなくても、
やはり家族は家族であり、友達は友達であり、
愛する人は愛する人なのだと思います。

そこでもし物理的な距離ができたことで、心も離れて、縁が切れてしまえば、
それだけのご縁だったということですし、
その時に必要で、もう今の自分に必要のないご縁もあるでしょう。

ただ、自分の人生において、ご縁があったということは、
それはその時の自分にとってのかけがえのないご縁だということです。
感情的に、それがよくなかったと思えるご縁だったとしたら、
それを教わることで、その経験をさせてもらえたということです。

幸せを知るためには、不幸を知る必要があります。
もし「嫌」な人が、自分に「不幸」を感じることをしてくれたとしたら、
その人のお陰で「幸せ」を知ることができるのです。

だから、すべての縁は「感謝」をするものなのだろうと思います。

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「はじまり」の話
桜の開花宣言も報道され、春がやってきた実感が持てるようになりました。
桜、さくら、SAKURA・・・の題名の唄もとても多いですし、
日本人は桜が好きですね。

私も桜は好きです。
きっとパッと美しく可憐に咲いて、潔くパッと散る姿が、
人間の人生のようでもあり、満開に咲いた時の美しさと、
あの潔い散り方のはかなげだからこその美とかが、心をつかむのかもしれません。

春になると、お日様の光も変わってきますね。
日照時間も長くなりますが、やはり冬に比べて、お日様の力が強くなります。

そして春になると、桜をはじめ色とりどりの花も咲きます。
その色もとてもはっきりときれいに見えるような、明るさがあります。

花粉症の人は、春は苦しい季節かもしれませんが、
温かくなっていき、開放され、花は咲き、鳥は唄い、日は明るさを増し、
四季の中で一番天国に近いような気候のような気もします。

ただ、雨がとても多い季節ですが・・・

今日は私の住む町は暖かかったです。
もう高齢になる(推定20歳)の我が家の猫は寒がりがすごくて、
冬はフリースの服を着てご満悦なのですが、
今日帰ると脱ぎ捨てて走り回ってました。
春だな~(笑)

何か「はじまり」を感じますよね。
実際に進学、就職、転職、異動などなど・・・はじまる人もいるでしょうが、
そんな外側の状況に大きな変化がない人でも、「はじまり」を感じますね。

まぁ、日々変化は起こってますからね~。
毎日がおわりではじまりでもあるのですが、
その中でも、はじまり感が強いような感じがします。

派手な出来事や、大きな転機など、スペシャルな事やパンチのきいた事が起きることを
変化を思いやすいですし、そういう事はとても大きな転換期にもなったりしますが、
実は日々の何の変哲もない、何も変わっていないような普通の毎日の中にこそ
色んな貴重な経験であり、自分というものを創り出していると思います。

誰もが「・・・なりたい」「・・・・だったら」という理想を追いますが、
実は足元をしっかりつけて、毎日を精いっぱいその時の自分で生きていると、
流れが良い方向へ向いていくような気がします。

誰もが「・・・なりたい」という理想を掲げますが、その理想の器に
その時の自分の努力というエネルギーを精いっぱいずっと注いでいく人が
やはりその器が形になっていくような気がします。

毎日はその器にエネルギーを入れている状態で、
それが器にいっぱいになった時、ポンと階段を一段あがるような出来事が起きたり、
反対に器の中にあったエネルギーが0になってしまい、
ある日突然ストンと落ちるような出来事が起こるような気がします。

まぁ、その出来事がきっかけになって、腰をかがめることになり、
そのあと大きくジャンプできる事もありますから、
その出来事自体は○でも×でもなく、ただの自分に必要な経験の種なのだとは
思いますが・・・・

外が変われば内が変わるように、
内が変われば外も変わります。

さぁ、あなたの「はじまり」はどのような春一番が吹くでしょうか?

読んでいただいてありがとうございます。
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「忙」の話
今日は暖かかったですね。
すっかり春です。
里芋って今の季節なんでしょうか?
たくさんいただいたので、煮っ転がしにしました。

もうすぐ消費税があがりますね。
テレビを見ていると、日用品をまとめ買いしている映像がよく流れています。
トイレットペーパーなど、かさばるものをたくさん購入して
あれだけ置ける場所があることがすごいな~と思いながら、
私は別にそんなまとめ買いもせず、必要なものを少し多め?位に
買って過ごしています。

今は就職や、進学、また異動などで、忙しい時期ですね。

パートナーも最近とても仕事が多忙で、休みもつぶれまくり、
昨日は「あーもう何かイライラする~。イライラMAX~。」と言っていました。

推定20歳の我が家の猫に「どう?イライラオーラ感じる?」と聞くと
「ホワー~!!」と気の抜けた声を出していたので、
そこまで怒気は出ていなかったのかもしれません・・・(笑)

「忙」という字は「心を亡くす」と書きますが、
心が悲鳴をあげるのかもしれませんね~。

予定をいっぱいいっぱいにしていないと落ち着かない人がいますが、
私は予定表にドンドン予定が入って埋まっていくと、
もうそれだけで疲れてしまいます(苦笑)
仕事だけでなく、友達との予定とか、遊びの予定でも、
詰まってしまうと、自分の心もパンパンに詰まってしまうような感じです。

空の時間がないと、息がつまりそうな感じですね。

今年、風邪をひくばかりしているのも、
今年入って、予定が詰まり気味で、
自分の何もない時間をあまり持てていないのも
その理由の一つではないかと思う位です。

私は何もしない空の時間が必要です。
何もしないと言いながら、ちょこまかよく動いてしまう質なので、
本当に何もせずぼーっとすることもあまりないのですが、
自分の家で一人で過ごすとか、一人で散歩するとか、
何も考えずテレビを見て笑うとか、そんな時間が必要です。

パートナーにもこれは話していて、理解してくれるのですが、
彼は一人よりも私と一緒の方が、エネルギーチャージができるようで、
一緒の時間を大切にしようとします。

お金を払って、他者のエネルギーを自分に入れてもらおうとする人がいますが、
自分のエネルギーが自分を癒す一番のエネルギーであり、
他者のエネルギーを輸血のように入れてもらうよりは、
自分の血液をサラサラの健康なものにするように、食べ物に気を使うように、
自分のエネルギーを健康にするために、自分を喜ばすことを自分でする方が
エネルギーチャージもでき、そしてリカバリもできると思います。

いつも誰かと会わないと一人ではいられない人や、
隙間なく予定を入れる人の中で、他者と会った方が元気になるという人は
自分でエネルギーや気は高めたり、充電できるのに、
いつも誰かを頼って、その他者がいないとどうしようもできない状態に陥ります。

私の周りでも、人と会うと疲れるという人と
人に会うと不思議と元気になるという人がいます。

だれもが、自分の見える体を見えないエネルギーや気が覆っています。
誰かと会っている時には、物理的に重なっているわけです。
少なからず影響を与えたり、与えられたりするのは、当たり前の事かもしれません。

これからは、外出が増えるでしょうし、新たな出会いもあり、
初めての事だらけの毎日になり、気を遣ったり、緊張したりで
楽しくわくわくな反面、疲れることも多いかもしれません。

宮本輝さんの本を読んでいて

「生きるということは、
自分を肯定するところから始まるのかもしれない。

どんなに失敗しても、欠点や短所があっても、
自分を大好きと本気で思う努力をしてるうちに、
本当に自分のすべてが大好きになり、
何があっても安心していられるようになる。

疲れたら休む。
自分にとって心地いいものと接する。
楽天的であろうと努めること。
自己否定しないこと。」

という言葉がありました。いい言葉だと思います。
これからの季節、疲れたり、すこし壁にあたったりしたら
思い出してほしい言葉です。

読んでいただいてありがとうございます。
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価値の話
人間関係の諍いとか、争いとかの理由って・・・
結局のところ、損得勘定も含む私利私欲、虚栄心、愛憎劇、とか
結構たくさんあるようで、突き詰めて考えると絞られるのかな~と思います。

まぁどれも絶対、不安から生まれてくるものだとは思いますが・・・

あとは自分の価値を、外にある何かで測ろうとする行為だとも思えます。
自分が自分の事を思うよりも、周りから評価が低いと怒りますし、
自分の事を相手が理解していないと落ち込みますし、
相手を愛する気持ちと同等もしくは、それ以上に愛してほしいと思ってしまう。
そんな所から、怒りが生まれ、不安になり、争いが生じることって
結構あると思います。

まぁ、お金も含む金銭や物質などの「欲」のトラブルもありますが、
それも、自分がそれだけの物や金銭を持つ価値があると思っているわけですから、
自分の価値を、結局は物やお金で測っているともいえます。

「欲」や「虚栄心」や「勝負に勝ちたい」「相手に愛されたい」という感情は
生きていくうえで、とても大切な感情であり、それがバイタリティにもなり、
頑張るエネルギーにもなるわけですから、必要なものです。

でも、自分を知り、自分に見合うものや、背丈にあうものを求めることや、
それ以上のものを手に入れようと思う場合は、矛先は外側ではなく
自分の内に向けて、それを手に入れる価値を自分に与えるための努力を
する必要があると思います。

人は外に向けて、「恰好つけ」たがります。
でも本当の自分を知っているのは、だれでもない「自分」だけです。
それをごまかすかのように、言葉や容姿など表面だけを着飾って
取り繕うとして「恰好つけ」る人もいます。

それも、その差を知っているのは自分自身です。

「能ある鷹は爪隠す」と言いますが、本当に聡明な賢い人は
隠すつもりもないのでしょうが、自然体でアピールしない人が多いですね。。
それは、きっと他者に評価されて自分が決まるのではなく、
自分を一番知っている自分が、自分の価値を決めているようにも見えます。

何かあった時に、周りを変えようとしたり、その出来事のせいにしてしまいますが、
本当は自分がその出来事で、何かを気付き、変わることで、
それ以降の生活すべてが変わってくるのだと思います。

先日、テレビで「佐藤浩一」さんが
「無駄な時間はあるけど、無駄な経験は一つもない」と言われていました。
本当にそうだと思います。

例えば、何か気負って空回りしていて、周りからその時にひかれていたとしても、
自分であとで「あの時って気張って空回りしてて、恥ずかしかったな」と
思って、それ以降の人生に生かせば、それは無駄ではなく有効なことなのです。

それを、何か理由をつけてごまかしたり、言い訳をして誰かのせいにしたり、
それがエスカレートして人間関係をこじらせたりすることもあります。
その時は、それが自分の精いっぱいのできることだとして、
その後気が付くことがあれば、それは自分の糧になるということです。

まぁ人間「合う」「合わない」はだれにでもあるものです。
私も大体は「どうでもいい」「どっちでもいい」
「好きでも嫌いでもなく感情が動かない」という感じですが、
「大好き」「合う」「似てる」「居心地いい」「面白い」って人もいれば、
「本当に大嫌い」「苦手」「苦痛」「めんどくさい」って人もいます。

できるだけ「合わない」人とは距離を置きますし、それを意識しても
なぜかよく会うとか、一緒にいなければいけないという状況の時は
自分が認めていない性質を相手が見せてくれているのかな?と考え
相手の嫌いな所を書き出して、なぜ嫌いなのかを考え、分析して
自分に当てはめ、自分を知るきっかけにします。

でもその分析をして、自分がそういう性質が自分にあると気付けても
相手の事は嫌いなもんは嫌いですし、つきあいたくない人はいます。

不思議とその分析をして、相手の中の自分を見尽くすと、
「はい。終了!」「クリア~」という感じで離れることができます。

でもそういうどうしても会う必要があるわけではないのであれば、
距離を置けばいいんですよ。と思います。

無理して合わすこともないと思うんです。
もちろん仕事では、合わない人もいますが、仕事は「仕事スイッチ」を入れて、
元から自分とは全く違う人種と割り切って、仕事をすればいいと思います。

結構よくイライラしたり、怒ったり、文句言っている人は、
自分のものさしが正しくて、皆も自分と同じと思っていたり、
分かり合えて当然と思っているようなところがあります。

自分と似ている人など稀ですし、意外に嫌いな人は自分と似ている人が多かったりします。
人それぞれ全く違うものですから、言葉で説明しないと伝わらないことも多く
言葉を尽くしても伝わらないこともよくあります。

自分の思い通りになどならないし、自分と同じように相手が感じていることなどありません。
その幻想を手放すだけでも、諍いは減るのではないかと思います。

また、恰好つける事をメインで頑張ると、意外に周りからは低く見られたり
小さく見られていて、周りはうんざりということもあります。

プライドとは、そんなことではないと思うんですよね。
恥を知るということこそ、本当のプライドの気がします。

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春の話
春めいてきて、花の香りが漂ったり、近くの公園の木からは
小鳥のさえずりが聞こえてきて、季節の変わり目を感じます。

暑い寒いも彼岸まで・・・本当ですね。

これからは別れと出会いの季節になります。

仕事柄ということもありますが、今までの人生で
色んな人と出会った中で思うことがあります。

最初に「ニコニコ」して、近づいてきて、
「よろしくね。何でもわからないことがあったら聞いてね」
という人は、気を付けなければいけない人だということ。

最初は無愛想で、あちらからは寄ってきてくれない人の中で
困ったときに裏でわからない様にそっと手を貸してくれ、
一切恩着せがましい態度もとらない、親切で優しい人がいるということ。

表面だけでわからないこともあります。
でも表面しか見えない人もいます。

また自分の最初のインスピレーションというか感覚は当たるものです。
私も最初に「苦手」と理由もなく思った人は、
努力して「苦手」が払しょくできない事が多いです。

また、周りから人気があって、「いい子」「いい人」と聞いても
例えば「嘘っぽい」「ずるい人」「裏表がひどい」と思う人がいます。
でもそんな行動や言動はされたこともないし、
理論的には根拠もないし、そういう出来事はなくても
とても不自然な感じを受ける人がいます。

でも他人とは違っても、自分のその感覚は信じていいと私は思います。
他人とは合っても、自分とは合わない人もいれば、
他人とは合わなくても、自分とは合う人もいるわけですからね。

その時の自分の器の目で、目の前の事を見ているだけなので、
自分の器が大きくなったり、小さくなったりすると、
またその相手の見方が変わる事もあるかもしれませんが、
これからの出会いの中で、一番信用できるのは、
相手のプロフィールよりも、周りの人の目を通しての人気よりも
自分がその人の事をどう感じたかだと思います。

でも反対に、第一印象で自分の色んな感じを
相手に与えているということです。
内から出るものは仕方ないですが、
外見は意識できますから、自分どう演出して見せたいかで
変わってくるかもしれません。

春は変化の時ですね。
何かわくわくするそんな季節です。

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正直な心は人生の道しるべの話
いつもはとても口が悪く、喜怒哀楽も激しく、感情的に怒ったり、
もう憎たらしいと思えるような人がいるのですが、
ここぞ!という時に、本当に琴線に触れる事をさらっと言う人がいます。

その一言で、今までの嫌な事もチャラに出来る位、
深く、そして温かく、心に寄り添うような、
その時に一番必要としていたような言葉を言うのです。

もちろん先天的な感性もあるでしょう。
また考えず、感じて、ポロっと口に出ているような所があるので、
その人の内にある「大いなるもの」とか「神」の言葉なのかもしれません。

でも、私はそれだけではないような気がするのです。
自分で会社を興して、一代である程度のものを創り上げ、
それを次の代に渡した人なのですが、
就職して会社の一員として働けるような大人ではありません(苦笑)

これがやりたいと言うより、これもダメ、あれもダメと消去方法で消していき
ちょうど機会と縁に恵まれて起業したと思えるような所もあります。

でも、その人は正直なのです。
そして周りから見たら嫌だと思う面と映る所、
気も小さいし、細かいし、ケチだし、しつこいし、感情的で、寂しがり屋で
嫉妬や羨望、また権威欲や見栄もバリバリある人なのです。

だからこそ、人の弱さや小ささもわかるし、
いつも隠している相手の心の闇もわかり、そっと寄り添えることもできるのです。
またケチだからこそ、人が何をしてもらえば嬉しいか、
見栄をはる人の気持ちもわかるからこそ、その人のニーズに気づけるのです。

また、ある一方だけということもなく、相対性の世界で住んでいる私たちは、
必ず表裏一体の、もう片面も自分の内には持っています。
どちらを外に見せているかはその人次第ですが、
必ず弱さがあれば強さを秘めているし、小さい所がある人は大きな所も持ち合わせています。

それがどういう場面で、いつ出るかで、その人の見え方は全く変わることがあります。
たった一言で、信頼を失うこともあれば、
この人のように、いつも憎たらしいのに、
たった一言で心をわしづかみされてしまうような事もあります。

平常の時よりも、アクシデントがあったり、非常な時に、
その人自身が露わになることが多い気がします。

そのときの、行動や一言に、その人の本質が現れるのです。
いつもの仮面が取り外されるのでしょう。

私は仮面をとった時、どんな自分でいられるのだろう?
どんな仮面を持っているのだろう?

仮面はだれもが持っているものです。
それも一つではなく、色んな仮面をTPOで使い分けているものです。
仮面をつけずに、すべて正直に露わにしていては、社会では受け入れられません。
それでも、自分の仮面の部分と、本来の自分を全く一緒と思っていると、
その仮面を脱がなくてはいけなくなった時、本来の自分もいなくなるような
そんな不安と失望感を感じるかもしれません。

この世界を卒業する時、死んで旅立つ時に持って行けるのは
その仮面をとった自分そのもの、そして肉体も返して、持って行けるのは
自分の内側のみになります。

これは○、これは×と、自分の内側をジャッジし続けて、分けていくと
どんどん小さくなります。
それを表に行動や言動で出すことはありませんが、色んな自分を受け入れていき
肯定していくと、豊かに自分の内側は広がり、そして自分の内とつながっている
「大いなるもの」へのコンタクトも可能になるのかもしれません。

理論や理屈、分析も大切ですが、自分の感性、感覚、本音の部分の方が
本当は自分の人生の道しるべになるのかもしれませんし、
それを大切にしていくことで、自分自身にはもちろんですが、
周りの人をも「ハッ」とさせたり、感動させるのかもしれません。

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風邪をひいてる私と鶯と友達の話
ま、ま、また風邪をひいてしまった・・・・

今年は2月から、健康な時よりも、インフルエンザやら風邪を引いている時の方が
長いような気が・・・

小野田寛郎さんの事もブログに続きを書きたいと思いつつ、
風邪の中でも、仕事やら、誕生日月間で外食やら、そしてお彼岸やらで
なかなか書けず、というかPC自体、家に帰ると、バタンキューで開けないまま・・・
そしてブログも数日書かず、今日久々なのであります。

まぁやはり誕生月は、なんだか毎年よくないな~。
メンタル的にスキっとしない時もあれば、今年は体調にきたな~。

でも先日お彼岸でお墓参りに行っていたら、うぐいすが鳴いていて、
上手なうぐいすもいれば、下手ッピーな子もいて、
いつも掃除も含めて2時間位はお墓にいるので、
「ホーーーホケキョ!」と私もできるだけ高音の声で言っていたら、
ラリーをずっとしてくれた「うぐいす」がいました。

鳴き方に特徴があって「ホーホケキョ?」っていう感じで
語尾があがるので、よくわかったのですが、ずっとラリーをしてくれました。

そうすると、近くに他のうぐいすもきて、上手な子は
「ホーケキョケキョケキョケキョケキョ・・・・・」と連呼し、
下手ッピなうぐいすも負けじと鳴いていました。

風邪で「めんどくさいな~」と思いながら、
小雨の中行ったお墓詣りでしたが
そのうぐいすさん達のお陰でとっても楽しかったのです。

でもその日は携帯電話を忘れていき、体調を崩していたことを心配して
パートナーは、電話に出ないのは、お墓で倒れているのではないかとか、
家で高熱出てぶっ倒れているのではないかと、仕事中色々捜索したらしく、
とっても楽しかった「うぐいすとのラリー話」は
とてもではないけどできなかったです。残念。(苦笑)

誕生日月で、久々に会った友達がいたのですが、
私の友達の中でも希少な、言葉の通じるお友達で、
私なんかよりも、とっても深くそして純粋で、正直な人で
色々話をしていて、とても楽しい時間を過ごしました。

「人生にこれが正解ってものはない」という言葉が印象的でしたが、
今までの人生、まぁご苦労が多い人なのですが、とても聡明な人で
見事にそれをただ無駄にせずに、分析をして、取捨選択し、
磨かれているな~と思える人です。

ただ、やはり純粋な故に、傷つきやすい心を覆うバリアをはり、
正直な分、この世は生きにくく、理解してもらいにくい場所であり、
賢く、色んなものが見え、そして鋭い洞察力でわかってしまうだけに
「鈍感な人っていいよね~、本当鈍感な人って幸せだよね~。うらやましい」と
連呼してました(笑)。

でも、私はその人と話していると、だれと話すよりも「ハッと」したり
「なるほど、その切り口があったか」というような見方を教えてもらったり、
正直に生きるために、その裏に秘めた覚悟や孤独を感じたりします。

私自身、たくさん友達を欲しい、皆に好かれたいという気持ちは薄い方と思うのですが、
それでも、どこかで相手に気に入られておきたい、という気持ちが動いたり
その気持ちから、相手の思いの沿おうとしている自分がいますが、
その人は一切そのあたりの媚がない人なのです。

私以上に、常識的で礼儀正しく、時間に厳しく、会話も相手に合わせた会話もでき、
とても気遣いのできる人なのです。
そして私の中では、とても愛情深い人だといつも感じます。
でも心の中での、相手に対しての媚がないのです。
媚って、相手ではなく自分の為に使うものですよね。
そういうずるさのない、潔さがいつも話していて気持ちよさを感じる人です。

私は自分ではわからないのですが、相手との距離感の定め方が緩いのだそうです。
媚とは違い、きっと相手が困っていたり、癒しを求めていたりすることで
自分が少しでも役立つことに喜びを感じてしまう人間なのだろうと思いますが・・・
自分ではきっちり線引きしているつもりなのに、相手に全然伝わっていないことが
以前は多かったのです。

その人は、吟味して決定するまでは時間がかかるみたいですが、一度始めるとやめません。
今も「ビリー」で体調管理をしているそうです(笑)

「器用な人は、少しやればすぐできるから、飽きるし、長続きしないけど、
不器用な私みたいなのは、努力を重ねて、ずっと続けないと結果が出ないのよ」
と言っていたけれど、ずっと続けることができる力はすごいと思います。

飽き性の私ですが、この「ブログ」は続けるぞ!と思っているのであります。

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「自信」の話
自信とは「自分を信じる」と書きます。
では、自分を信じるということはどんなことでしょう?

皆生まれた時から、不安にまっただ中に陥ります。
自分では生きていけず、誰かに世話をしてもらわないと
一人では何もできないのです。

そこで出会う人は大半の人は、自分の両親や、家族、
または血縁関係のある親族の人がほとんどだと思います。

人間は、生まれ落ちて、感情をあらわにすることで、
衣食住に恵まれ、世話をしてもらい、育っていきます。

その途中、誰もが差はあるでしょうが、条件付きの愛情に触れます。
例えば、自分が何かできたら、褒めてもらえる(愛情を受けれる)
誰かに勝つことができたら、親が喜んでくれる。

その中で、自分が役に立たないといけない、
または、何かをできたり、しなければ、愛されないという思考が
自分の内側にどんどんと体験の結果として蓄積されていきます。

だから、これが原動力となって、頑張る力になったり、
その悔しさから、自分を鍛えていく力が生み出されることにもなり、
その人、その人の生きていく道での、エネルギーに変わることもあります。

でも、それ以前の存在価値を自分自身が認めることがとても大切です。
自分は何も役に立たなくても、できなくても、
存在しているだけでいいんだ!という自分を肯定する力です。

きっとこれが「自信」の根底になっているような気がします。
両親がそれを与えてくれる人もいるかもしれません。
でもなかなか難しいような気がします。
兄弟がいる人は、幼いころから比べられるでしょうし、
親心としたら、子供が何かをできるということはやはり喜びです。

ですから、その「自信」は自分で、意識的に育んでいくことが大切なのだと思います。

かなり昔、若かりし頃ですが、自分を見失うとは、まさにそのことかと思うように、
自分が役に立たないということは、情けなく、みじめなことであり、
どんどん自分の意志や意見、思考なども、自信がなくなり、わからなくなり
自分の無力さに打ちひしがれ、役に立たないどころか自分で自分のこともできず、
周りに世話してもらったり、支えてもらわないと生きていけない
もうそんな自分は生きていく意味がないと、死にたいと思ったことがあります。

もがき苦しんだ時期でもあったのですが、自分が頑張り屋で
「働かざる者食うべからず」の考え方が強い、ドケチと思っていた父親が

「そんなに無理せんでもええ。ゆっくりすりゃええ。焦るな。
お前一人位、何年だろうが養ってやれることぐらいできる。
一生懸命何かすることはええけど、それで体壊したら、何もならんがな。
仕事やこ~できんでも、元気でおってくれた方が、こっちはええ。
お前は甘えるいうことができん、困った奴じゃ。
ちーたー人に甘えんといけん。甘えりゃええんじゃ。」

と言ってくれたことがありました。
かなりびっくりしたとともに、泣き崩れた事を覚えています。

いるだけでいい。何もできなくても存在してるだけでいい。
なかなか、自分のことは思えなくても、自分が大切に思っている人を
思い浮かべてみると、分かりやすいかもしれません。

私は母親がALSになり、寝たきりになり、旅立った時、
親戚や周りは私の負担が減ってよかったと言いましたが、
私は、ただ生きているだけいいから、この世にいてほしかったと
痛切に思いました。

あなたが大切な誰かを思うように、自分のこともそう思えたら、
きっと生きるのがとても軽く、そして土壇場の時などに、
その「自信」が自分の大きな力になってくれるような気がします。

あなたはそこにいるだけでいいのです。
あなたは何もできなくても、役に立たなくても、存在しているだけでいいのです。
あなたが生きていることが、喜びなのです。

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日本人女性の特性の美の話
ちょっと面白い記事を見つけたので、紹介します。
3月10日、中国のネット上に「日本人女性と中国人女性の違い」と
題するブログが掲載され、注目を集めているのだそうです。

1.児童教育の違い
 日本の女性は子どもに勇気を持って悪と戦うよう教育し、
 たとえ犠牲になってもそれを栄誉なことだと教える。
 中国の女性は子どもに悪と出会ったら逃げるように教育し、
 神様が悪を懲らしめてくれると教える。

2.愛国心の違い
 日本の女性は、日本が世界で一番素晴らしい国だと考えている。
 中国の女性は、ほかの国に魅力を感じる。

3.恋愛の違い
 日本の若い女性は自分と年があまり変わらない男性と付き合い、一緒に奮闘する。
 中国の若い女性は金持ちの年寄りを探す。

4.婚姻感情の違い
 日本の女性は普通、外国人に嫁ぎたくないと考える。
 中国の女性は、外国人と結婚することに無限の栄誉を感じる。

5.母親の教育の違い
 日本の母親は娘が嫁ぐ際に、夫に尽くし、姑に孝行するよう教える。
 中国の母親は娘が嫁ぐ際に、何としても夫の財産を管理するようにと教える。

6.夫への態度の違い
 日本の女性は夫を励まし、気にかけ、
 遅くまで仕事をして疲れて帰宅すると「お疲れさま」と言って迎えてくれる。
 中国の女性は夫に文句を言い、遅くまで仕事をして疲れて帰宅すると
「どこをほっつき歩いてたの?」と言う。

7.金銭感覚の違い
 日本の女性は男が貧乏なのを我慢できるが、意気地がない男には我慢できない。
 中国の女性は意気地がない男には我慢できるが、金のない男には我慢できない。

あなたは日本人ですか?
中国人ですか?

一昔前の日本人女性というのは、
このような特性を皆持ち合わせていたような気がします。

人の心がよく分かり、謙虚でありながら支えてくれ、
一本筋が通っていて「かっけー!!」ということを言い、
カラっとして、辛抱強く、いらん事は言わず、苦労も笑い飛ばし
よく働き、そして芯の通らないことに対しては頑固なまでに反対して
厳しいなかに、本当の愛情をもつ、そんなおばあさんが、
私の田舎にもいます。

畑仕事で、顔はしわくちゃで、よく仕事した手はごつごつしていても
それはそれは美しく、私も年を重ねた時に、あのような人になれたらいいと
思えるような、そんな日本人女性がいます。

でも最近は、周りを見ると、中国化現象がブームのようで(苦笑)
日本人女性特有の「美徳」が失せているように見えて、
本当に残念で仕方ない気がします。

でもこの記事が中国で発表され、そして大きな反響を呼んでいるということは
やはり、このような特性を持つ女性というのは、国を超えて、
全世界の男性からは支持を得、魅力的ということなのでしょう。

誇り高く、凛として、愛情深く、芯が強く、労を惜しまず、一本通った女性は
それだけでこれほどに美しい輝きをはなち、魅了されるということですね。

外見も大切ですし、肩書なども大切なのかもしれませんが、
美魔女と言って、若く見えることを誇るようなことが一時期ありましたが、
20代は20代の、30代は30代の、40代は40代の、50代は50代の・・・・
それぞれの年代に応じた魅力というものがあります。

同じ30歳に見える外見であれば、30歳に見える50歳の人より、
本当の30歳の人でいいのではないかと思います。

先日テレビで、面白い実験をしていて、
自分では若く見えると思って、若作りのメイクやファッションをしていても、
周りからは10歳近く老けて見られていて、
年相応のメイクと服に着替えると、本人は嫌がっていましたが、
実際周りからは、実際の年齢相応もしくは若く見られる結果が出ていました。

年を重ねていくと、顔が変わってきます。
メイク塗り重ねようが、やはり人間性が顔に出てきます。
しわくちゃであろうと、いい顔はいい顔ですし、
いくら若作りのメイクをしても、顔のつくりや肌はきれいだけれど、
薄っぺらく、一切魅力を感じない、味のない顔もあります。

日本人女性として生まれたことを誇りに思い、
恥じない生き方ができるよう、努力したいと心から思うばかりであります。

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3.11の話
あの日から3年が過ぎました。

震災関連死を含め犠牲者は2万1000人を超すと報道されています。
ご冥福をお祈りいたします。

今朝、東日本大震災の津波で自分の住まいや会社を流され、
いち早く、雇用を生み出すためにと工場を復活させた
「オイカワデニム」の及川秀子さんが
「すべてを失って初めて手に入るものもある。
 人生はいつからでもやり直すことができる。」
と話されていました。

オイカワデニムはミシンを改造して世界ではじめて、
綿に麻糸を乗せたデニムをつくった事でも有名で、
アメリカに20年ほど寝かせていた生地を使って
501本の「リーバイス501」を製造したのもこの工場で、
あんなに大きな津波に流されて、ドロドロのヘドロの中から出てきた
オイカワデニムが、1本の糸も、ほつれていなかったという逸話もあり、
そのデニムは「復興のデニム」と有名になったりしていました。

家は流されたので、今も仮設住宅住まいで
震災から1か月もたたないうちに、工場を復活させ
その中で、地元の貝殻やサメの皮など捨てる部分を使って
デニムのバッグなどの製造も始めることで、
雇用も増やし、地域の独自性も兼ね備えた商品を作られています。

人生と同じように「ほつれたら縫えばいい」
「何度でも修正はきく」とも言われていました。

とても強いな~とつくづく感動してしまいました。

でも本当に終わりと自分が思えば終わるけれど、
「まだまだ」と思えば、まだまだいけるのでしょうし、
アクシデントに見舞われたり、絶望と思えるような状態になっても
そこでへこたれなければ、希望の光は差し込むのでしょう。
また、間違えば気づいたところから修正をしたり、
何度でもやり直すことも可能なのだと思います。

それでも報道を聞いていて、あれだけの寄付金や義捐金など
有効に被災者達の生活に生かしていただけないのだろうか?
とつくづく思ってしまいます。

同じ日本という大地の上で、同じ民族の日本人が苦しんでいる時に、
私利私欲のために着服したり、関係ないことに使ったりする
そんな意地汚いことや、ずるいことをすることは
とても恥ずかしいことだ、と気付くべきだと思います。
それは回りまわって、誰をいちばん傷つけ苦しめるかというと
きっと自分自身なのだと思えます。

日本の国を、人間の一人の体に置き換えて考えてみると、
ある臓器が弱っているのであれば、他の部分が、
その回復の為にサポートしたり、ケアするのは当たり前であり、
その行為自体が、自分自身を強く健康にするのだと思えば
今自分に何をできるかを考える機会になった気がします。

他人事ではないのだと思います。
自分の痛みであり、悲しみであり、苦しさなのだと思います。
それらを共有して、その被災者の方々の悲しみや苦しさを減らし
全て失った人たちが、やり直すという希望と力を生み出すために
私たち被災者でない日本人は何をすればいいのだろう?
と本気で考えることが大切なような気がしました。

東北の人の、忍耐強さには感動しますが、
それに甘えているばかりでは、あまりにも酷だと思います。

風化させずに、復興に向けて、日本人皆が本気で取り組むことが
これからの日本自体を考える時、とても大きいと感じてしまいました。

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友達少ないって悪い事?の話
今日パートナーと話していて、仕事をしていると
「○○さん知ってる。あと、○○さんも知ってる。」と言う人がいるらしい。

そして周りの名前の知れた人や、仕事のできそうな人にばかり連絡をとり、
その人の人脈やその人の顔、またはその人たちから紹介をもらって
自分の仕事の成績をとろうとするのだそうだ。

仕事、これは営業はもちろんだが、何でもそうだけど
自分が相手から「信頼」を得て、初めて仕事につながり、
また、その仕事っぷりを見てもらって、納得したら
相手が他の人を「この人だったら大丈夫」ということで
紹介してくれるものなのだと思う。

それが反対なのだ。

「漁夫の利」を得よう得ようとして、自分は漁業をしないのだから、
そんなラッキーなことなど、なかなか起こらないし、
実際に地道にコツコツとしている人こそ、ご褒美のように
稀にそういうポーンといい話が決まったりするのだと話していた。

でも最近「漁夫の利」狙いだったり、他人のふんどしで美味しい思いを
しようとする人が、結構多いのだな~と思ってしまった。

「信頼」とはとても大きな財産だと思う。
失うのはとても簡単だが、得るにはやはり「メッキ」では剥げてしまうので、
自分自身の中身が、真面目で真摯で、約束は守り正直な事が大切だと思う。

今日パートナーと、
若い時には、弁がたつ人(口のうまい人、インストラクションの上手な人)を
すごいと思ったり、友人知人が多い人が人間的にも優れているような
そんな価値観を持っていた所があるけれど、
年を重ねるごとに、そうではないと思うようになったと話していた。

友達が少ないという人は、きっと自分に正直な人も多いのだと思う。
だから、自分の意見を持っているから、何でもかんでも人に合わせない
イエスマンじゃないって人も多いと思う。

また、自分の事は自分がわかっているから、あえて他人に分かってもらいたいとか
自分を相手に認めてもらいたいという要求が少なくて、
自分は自分、他人は他人という線引きをしっかりできているから、
自分の気の合う大切な人とは時間を共有したいけど、
それ以外では、あえて人付き合いをして、色んな人と知り合いになりたい要求が
少ないのではないかと思う。

私も変わっていると言われるが、私が「この人好き」と思う人は
あまり人間付き合いが得意でなかったり、自分の意志や意見をしっかり持っていて
人とつるんで色々とするのが嫌いという人が多く、
変わり者のレッテルを貼られている人も多い。

でもこの人たちは、実に話をしていて面白いのだ。
洞察力も深く、そして物事を主観的だけでなく、俯瞰からも
また多面的に見ていて、それを自分からはあえて口には出さないが
こちらから聞いたり、話をふると「はっ」とするような事を言ったり、
思いがけない切り口から、その出来事への意見をぶっこんでこられて
本当にとてつもなく面白いのだ。

そして、言葉が通じるというか、1聞いて10わかってくれるという人が
とても多い。

でも世間の人はなぜか、その人たちのその素晴らしさを見過ごす事が多い。

よくしゃべり、お友達(自称かもしれないが)が多く、いつもSNSをしている人は
色んな情報を持っているが、そんな事を抜きにして、
その人自身と対話しようとすると、空っぽという人がいる。
「自分が」ではなく、「○○さんが」とか「○○に書いていたけど」とか
全て誰か意見の請負だったり、他人の意見をそのまま自分が話すだけなのだ。

また、SNSの依存症になっている人もいる。
そりゃ誰かに認められたり、褒められたりするのは気持ちいい。
でも、ずっと他者にそれを求め続けなければ、
満たされないのも辛いだろうと思うし、
寂しさを解消して楽しむためのものが、不安や恐怖を増長させるのであれば
何のためにするのだろう?と思ったりもする。

きっと、他人の言葉や情報収集にエネルギーを使って、
外へ目も耳も向けているから、自分の内が見えていないのだろうと思ってしまう。

同じような出来事や経験をしても、それは自分の外でのただの映像に過ぎない。
それをどのような自分の目で見て、自分の耳で聞き、
そしてどういう風に自分の中にインプットして、
そしてそこで取捨選択し、何を消化吸収し、
何を自分の中におさめ、そしてそれに対して何を思い、何を気付き、
自分の血と肉にし、自分というものをどう表現していくか、
それはきっと、自分の外ではない、自分の内にあるものが重要になるのだと思う。

もちろん先天的なものもあるけれど、後天的なもの、
そして自分の「意識」っていうことも大きいかなって思う。

体験っていうことにおいて、自分が体験していないことを体験している人は
人間的に大きく、すごいと思っていた所があったけれど、
それも人によると最近つくづく感じるようになった。

やはり感受性、感性、洞察力、思慮深さ、そして人間力によるのだ。
苦労知らずの恵まれて育った人で、なぜそんな体験をしていないのに
そんな気持ちがわかるのだろう?と思うほど、奥の深い人もいれば
色んな体験をしている人でも、「なぜ?」というほど、
その体験を全然自分のものにせず、幼児のような精神と行動の人もいる。

やはりその人の外側や、条件、環境だけではなく、
その人自身の内側、心と意識の部分は大きいのだと思う。

私利私欲の為に、相手を利用しようとすると、自分が小さくなり、
周りからの信頼も得られず、恥をかき、
自分というものを育てることに、エネルギーを使うと、
そんなつもりがなくても信頼が得られて、
たくさんの縁はできないかもしれないけれど、
少なくとも、かけがえのない大切な縁が結ばれるのかもしれません。

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私のルーツの話
誕生日⇒お伊勢詣りと、今週はイベントが続いた感があります。
結構私はいつも誕生月はあまりバイオリズムというか、
気分も体調もあまりよくない時が多いのですが、
今年はいいのです。

これもお陰でしょうか。ありがたいことです。

今年は、誕生月の3月入るまでが、とても体調が悪かったのですが、
それが浄化作用になっていたのかもしれません。

お伊勢詣りには、菩提寺の檀家のお詣りで、バスで行きました。
平均年齢は有に60は超えていました。

私は学生時代が終わって、結構家を出ていることが多かったので、
一人ひとりの名前と家は曖昧だったのですが、
皆は私の事や、両親、はたまた祖父母、親戚においてまで
とてもよく知っていて、皆に声をかけてもらいました。

よくも悪くも、私が生まれ育った地域は、
とても近所付き合いが濃く、情報網もすごい所で(苦笑)、
今回菩提寺のご住職が体調が悪く、お弟子さんが参加だったのですが、
ご住職は、周りには内緒で、今月心臓のオペを受ける予定だったそうですが
既に皆知っていて、お弟子さんが「何で皆知ってるんだろう?」と
首をかしげるといった具合です。

そのお寺のご住職も、他の地域にも檀家はあるけれど、
私の生まれ育った集落の皆の情報力と仲の良さには驚くと
以前言っていました。

幼い頃は、本当に嫌でした。
私は知らないおばさんやおじさんでも、皆は私を知っていて、
声をかけられるし、何か道草していたら注意されていましたし、
田舎ならではという感じで、噂話のネタになるのも嫌でした。
母親からは世間体、世間体と言われて、それもうんざりしていました。
(この環境では、そう思って当然とも思いますが・・・)

でも一度、街に出て、田舎の人の性根の良さをとても感じる事になります。
皆、口は悪いし、ぶっきらぼうな言い回しだし、
噂話もするのですが、そこには悪意がないのです。

街というか都会では、言葉巧みで優しそうな顔で、裏の顔は
鬼畜生のような私利私欲の塊のような人もいました。
全然免疫のなかった私はすっかり惑わされて、落ち込んだこともあります。

久々に会うと、生まれ育った私の田舎の人たちは、
やはり善意の人たちなのです。

そりゃ嫌な人や変わった人も、中にはいますが、
皆裏表がなくて、まっすぐで正直な人が多いのです。

また、性根の部分は、とてもいい人たちで、両親が亡くなった時も
たくさんの手が差し伸べられ、皆が寄ってたかって助けてくれました。
これについては、皆表立って偉そうにするのではなく、
裏でこっそりしてくれるのです。
「陰徳」とはこういうことかと、とても学ばせてもらいました。

また、本当に自分の事のように悲しんでくれ、泣いてくれ、
私の力に何かできないかと、恩着せない様に心配ってくれたのです。
言葉が上手ではない人たちが多いのですが
私の田舎の人たちには、皆性根の部分に
優しみ、慈しみ、思いやりの心が豊かな人が多いような気がします。

今回のお伊勢詣りも、急に参加したのですが、
本当に温かく迎えてくれて、皆それぞれに声をかけてくれて
ほのぼの~とした空気感の中で、お詣りさせてもらえました。

私以上に、両親の事を色々知っていて、教えてくれたり、
人ってよく見ているものだなと思いながら、
私がお墓参りや掃除に帰っているのも、知っていて
「ほんまに両親の事は、大変じゃったけどよう頑張ったな~。」
と「誰?」というようなおばあちゃんにも言われていました。

まぁ、こんな風に私が温かく受け入れられるのは、
先祖や、両親が近所を大切にしてくれていた「徳」を
私が受けているにすぎないと、両親に対しても頭が下がる思いでした。

何でも同じ面でも、見方によっては全然違うように見えるものです。
以前は「本当にうっとうしい。ほっといてほしい。だから田舎は嫌」と
思っていたところでも、距離をおいて再び見てみると
「説明しなくても、自分を知っていて、温かく、慈愛の中に包み込んでくれる」
というようにも思えるのです。

まぁこれは、本当に時間もですが、現在距離があるからこそ
思えるのかもしれませんが・・・・

まぁ田舎はありがたいものだと、つくづく感じました。
また「伊勢神宮」も日本人のルーツであり、心のふるさとでもあります。
私たちは、誰もが独りではなく、たくさんの縁につながり、
そして生かされていると思わざるをえません。
そう思うと、命も自分だけの命ではないのかもしれません。
そこをきちんと自覚すれば、それを自ら断ってしまうことは大罪のような気もします。

本当に幸せな「お伊勢詣り」でした。
ありがたいことです。

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伊勢神宮ー特別参拝の話
今日は伊勢神宮にお詣りしてきました。
内宮、外宮ともに、特別参拝もさせていただきました。

内宮では、神楽殿→「ご祈祷」→(お祓い→祝詞奏上)
    1、御饌殿(みけでん)→「御饌(みけ)」(一般的ご祈祷)
    2、神楽殿→「神楽(かぐら)」(大々神楽を舞う奉納御祈祷)
    3、御饌約15分、神楽奉納約25~40分
を受け、
その後御正宮(本殿)→正式参拝(特別参拝)
御垣内(玉垣内)にて神主と共に進み参拝させていただきました。

その後外宮にても、特別参拝をさせていただき、
遷宮前の御正宮(本殿)の御垣内も進ませていただきました。

初めての特別参拝で、正装ということで、
冠婚葬祭用のワンピースとジャケットに、
革靴で黒のバッグで行きました。

女性のパンツスーツがダメという情報もありましたが、
大丈夫で、他の方は参拝できていました。

誕生日を迎えて、伊勢神宮にお詣りできて、
それも祈祷も特別参拝もでき、とてもいい年明けになった気がします。

そして、赤福も買ってまいりました。
明日おいしくいただこうと思います。

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誕生日の話
今日は私の誕生日です。
今年も元気に、誕生日を迎えることができました。
本当にありがたいことです。

生んでくれた今は亡き両親に感謝。
また、今までの人生で出会った人々に感謝。
そして、私を生かしてくれているすべてに感謝。

私は物心ついた頃は、この世界(この世)が嫌いで、
「戻りたいよ~。(きっと生まれる前の世界)」と
よく思っていました。

きっと、この世界に来たくて来たくて仕方なく
やっと願いが叶い、生まれ落ちたのだと思うのですが、
肉体があることが不便で、また違う波動の人々に対して
違和感はもちろん、恐怖していたというのが正直な気持ちでした。

いつも発熱して寝込んでいた辛さもあったし、
なぜ、一々言わないと分からないのだろう?
言ってもなぜ伝わらないのだろう?
あー肉襦袢が遮っているのか、不便だなという感覚や、、
色んな波動がいるので、温かな波動もあれば
刺々しいものや、悶々とした気持ち悪いものがあったり、
いじめられてた事もあったので、
子供たちの理性というカバーをつけていないあらわになった残虐性に、
恐ろしさを感じて、「あー生きにくい世界。早く帰りたい」と
本当によく思っていました。

だから結構厭世的な子供だったと思います。

生まれるときもかなりの難産で、母親に後に聞いた話では
「親をとるか、子をとるか」の選択を迫られるほどで、
その時母が子供を生むと言ってくれていたから、無事生まれたけど
駄目だったかもしれないと聞きましたし、
幼少期には、高熱が出て、何度も入院して危険な時もあったらしいので
結構あながち、自分の意識だけではなく
潜在的にも帰ろうとしていたのかもしれません。

徐々に、年を重ねるごとに、その厭世的な感覚は薄れているように思います。
あまり生に対して、執着心はありませんが、
色んな体験ができるのも、この世界でこの肉体があるからで、
その時は吐きそうなほど苦しくても、あとから思えば
面白いいい体験ができたと思えたり、先がわからないという楽しみもあるし
そしてそれ以上に今生きてるということに、
ただここに確かに存在してることに対して「喜び」があるようになりました。

人生においても、幼少期が一番恐怖を覚えるような人との出会いが多く、
年を重ねる毎に、どんどんいい人と出会うようになってきています。

また、自分も色々な体験により、強くなったのか、
生きるのが、さほど怖くもなくなり、
この世は不便だからこそ面白いことも、気づけることもあって
自分と違う人がいるから、自分の事が分かることもあって
年を重ねる毎に、「生きにくい世界」という感覚は変わりませんが、
生きるのが楽に楽しくなっています。

また自分の事も好きになっています。
許せているだけのことだろうと思いますが、肯定できるようになりました。

自分ひとりでは、このようにはなっていません。
やはり、全てに感謝です。

あー今年も健康に誕生日を迎えられて、本当にありがとうございます。
(この世からの)卒業がいつか分かりませんが、
それを決めるのは私ではありませんから、
精いっぱいこの在学中を楽しみたいと思います。

卒業の時には、自分だけの金メダルのような
磨かれてピッカピカな魂を手に卒業できたらいいな~と思います。

読んでいただいてありがとうございます。
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今を一生懸命生きる⇒自信貯金?の話
最近小野田寛郎さんの事を、ブログで書いていますが、
小野田さんの生き様を見ていると、
生きる事とは何かを問われている気がします。

きっと一般的には、不器用な生き方の人という事になるのでしょう。
自分でも言われていましたが、負けず嫌い。
でもこの負けず嫌いというのは、とても素晴らしい性質です。

ゆとり世代の人は、この「負けず嫌い」という性質を否定されたような
教育を受けたのかもしれません。
やはり「悔しい」「苦しい」「悲しい」という感情は生まれます。
この性質が強いほど、その感情も強くなり、
「嫉妬」「羨望」などといった感情も体験するでしょう。

でもそれらの感情は、とても大切なものだと思えます。

帰国した時に「復讐心」という言葉がでます。
戦争というテーマで考えた時は、この「復讐心」の連鎖で
「報復」に次ぐ「報復」で、終わることのない争いが続くことは
とても悲しく、もっとその感情を生んでしまう被害者が出ることは
喜ばしいことではもちろんありません。

誰かが、それをもすべて呑み込み、終止符を打つ必要があり、
その誰かという人数が多ければ多いほど、平和が近づくのだと思います。

ただ、人間の感情としては、愛が深ければ深いほど、
このような感情が生まれるのも、やはり当然といえば当然ともいえます。
それを会見の場で、堂々と言う小野田さんの素直さには驚かされます。

自由主義で柔軟な考え方をし、
その時の役(商人、軍人などの職業も含む)を受け入れ、演じ、
その場その場でその「今」を、それこそ覚悟をもって一生懸命生き
律儀で、情に厚く、筋を通し、そして強い。

「武士」を思い出されます。
江戸時代の「武士」は貧乏で、決して裕福な暮らしをしていたわけではないのに、
周りの人々から尊敬されていたと言います。
今は、尺度が「お金をたくさん持っている人」に変わってしまいましたが・・・
(地元のおばあちゃん曰く、武士道を持った日本人ほどやっかいなものはないから、
その強さに恐れ入ったアメリカが、戦後の日本の教育を変えてしもうて
すっかり男どもを腑抜けにしよった。とのことだ・・・(苦笑))

武士の気質、勤勉、律儀、真面目、強さ、優しさ、などの「美徳」が、
昔の日本では、お金以上の価値があり、それを持つ人は敬愛されたのだと思います。

他者の言葉は、小野田さんにとっては、何かのきっかけを与えたり、
そして新たなステージへの原動力に変えています。

その時々の言葉や、出来事で、相手に合わせるというより、
どうしたら自分が自分らしく生きれるかという物差しが
働いているように思えます。

私は、他者に認められたい、好かれたいと、
意識的、また無意識にも思うところがあり、相手に合わせたり、
相手の動向や意見を気にしてしまう所があります。

「どう思われただろうか?」
「あの人に嫌われたんではないか?」
とすぐに相手主体の考え方をしていることに気づきます。
そして、そのまま放置してしまうと、
自分が勝手に想像して創り上げた相手のイメージで
きっと相手は私がこうしたのだから、いいと思っているだろう。と、
本当はその相手がどう思っているかはわからないのに、
いう行動や言動をしていることもあります

小野田さんは、他者からの意見や意志に対して、
それを全部自分の事を知る「えさ」にしてしまっています。
相手はこういう。その時に自分はどう思うのか。
相手と合わない。どうしたら自分の都合がいいのか。
相手の為ではなく、自分という軸をきちんともって、自分を図るので
自分を知るための事になり、それに合わせて、選択をしているのです。

やはり、自分を偽っていると、どこかで歪みが出ます。
長続きもしないのだろうと思います。
そして、こうと一度決めたことは、絶対にやり通す覚悟を持っていることも
本当に素晴らしい性質だと言わざるを得ません。

最近知人と話している時に、会社の後輩の事を語りだして、
「本当に自信がないんだよな。
今までの人生で、何か一生懸命努力して頑張ったことがないんだよ。
だから「やったらできます」と言いながら、できない理由ばかりを探す。
それでやらないから、また自信がつかない。

何かに対して、全身全霊でやった事のある奴は、成功体験がある人はもちろん、
一生懸命やっても、全然うまくいかない事があることも知るし、
痛みや苦しみも、頑張っていれば頑張っているほど大きくもなる。
悔しい思いもするし、どれだけ頑張っても勝てない奴はいる事もある。
でも、その結果が理想と違ったとしても、精いっぱいやりきった奴は、
それだけやれた自分に対して自信をもてる。
だから、次の事に対しても、積極的に立ち向かっていける。

今まで、何かに一生懸命やったことのないやつほど、自信がない。
自信がないから、目の前の事に対しても頑張らない。
だから自信がつかない。
それをごまかす為に、言い訳の口ばかり使って、体と頭は使わない。」

と言っていて、なるほどと思ったことがあります。

したいことがない。やりたいことが見つかったらする。
という人もいるでしょうが、きっと見つかりません(笑)

自分では気が向かなくても、目の前に与えられた事を
精いっぱい一生懸命にしているうちに、
自分のしたい事ややりたい事に気づけたり、
その中で、自分の才能や新たな性質を見つけたりできるものです。

お勤めの方は、仕事を、
主婦の人は、家事を、
学生の人は、勉強を、
スポーツをしている人は、スポーツを
など、与えられた事を、その時は無駄と思えるようなことでも
一生懸命していると、それによって多くの事が自分に与えられたことに
後になって気づけるかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
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小野田寛郎さんの話④
前回までにわたって、小野田さんのルバング島での戦いを書いてきました。

一緒に戦っていた小塚一等兵が銃撃戦で亡くなった事をうけ、
15年ぶりに日本政府は、小野田さんの捜索をはじめます。
捜索には親兄弟も参加しましたが、小野田さんは姿を現しませんでした。

それから10か月後、鈴木紀夫という24歳の青年が、
単身ルバング島にやってきます。
川べりにテントを張った鈴木青年の前に、小野田さんは突然姿を現します。

後にこの鈴木青年の事を、小野田さんは、
あまりにあっけらかんとして、全然悪気も悪意も感じなかったと言います。
29年間頑なに命令を守った小野田さんは、直接の上官からの命令があれば
投降する意志があることを、鈴木青年に伝えます。
この時、小野田さん52歳。

鈴木青年の案内で、昭和49年(1974年)3月9日、
元上官の谷口さんと兄が、小野田さんと会いました。
そして谷口さんの口から、「任務解除」の命令が下されたのです。

「出てきたときは処刑されるのは覚悟の上で、あの時
胸をはっているけれど、胸はって銃殺してもらうしかないんだから、
何も信用するものはない。
自分の判断だけが信用できる

谷口少佐が来たからっていって、
戦争に負けたから投降しなければいけない。
投降しなければしょうがないから、命令で投降したのであって、
そこから先はフィリピンに権限があるわけです。
銃殺刑 絞首刑と言われたらごもっともなわけで
それだけのことをしているのだから、その覚悟がないと出ていけませんよね。」

なぜ自由主義、民主主義だった小野田さんが
なぜ29年間、ジャングルの中で頑張れたのかという質問に対して、
「できるだけ忘れようとしているが、なかなかそうはいかないですね。
あれは兵隊になったから、兵隊らしくやったんだ。
変わりが早いというと、語弊があるかもしれないけど
「らしい」というのが本当だと思います。
帰ってきても前を引っ張ってて、「軍人」らしくも困りますしね。」

フィリピン政府が小野田さんを罰することはありませんでした。
ルバング島を去る前に、27年間ともに生きた小塚一等兵の碑に
別れを告げに行きます。


同年3月11日、フィリピンでの会見でこう話しています。
なぜ出ていらっしゃらなかったのかその理由は?
私は軍人として命令によって、この島に派遣されてきた者でありますから、
命令のない限りは絶対下山は許されるものではありません。」


一番つらかったことは?
「戦友を失ったことです。」

うれしかったことは?
「29年間うれしかったということは、今日の今までありません」

「日本のため」と信じ、敗戦後も戦い続けた小野田さん。
しかし小野田さんを待っていたのは、あまりにも変わった日本でした。

投降して3日後の昭和49年(1974年)3月12日、29年ぶりに小野田さんは
日本の土を踏みます。
歓迎を受け、両親も駆けつけ、兄弟皆も待っていました。
その中に島田伍長の娘がいて、「おめでとうございます」と歓迎されると
「いえ、まったく申し訳ございません。どうかあしからずご了承ください。
自分ひとりだけ戻りまして、本当に申し訳ありません。」

と深々と小野田さんは頭を下げます。

帰国しての会見で、小塚さんの死がきっかけで、下山を考えたのかの質問がとぶと、
「そんなことは、むしろ逆さの方向です。復讐心の方が多くなりました。
誰が自分の目の前で・・・27年も28年も。
「つゆより もろきに 下の身は」と申すものの
倒れた時の悔しさってありませんよ。

男の性質・・・本性と申しますか、そういう自然の感情からいえば
誰だって復讐心の方が多くなるんじゃないんですか。」
と涙をこらえながら、答えています。

30年ぶりの日本はどうだったかとインタビューで聞かれると、
「貧乏で戦争になったんだから、皆車も持ち、家も建て、
豊かになったんだから、もう勝ち負けは考えたくない。
皆豊かになったんだから、それでいいんじゃないの。」
と結局嬉しくはないけど、自分に言い聞かせていたという。

「皆は僕を気の毒がってくれますけど、僕は全然気の毒でもなんでもない。
気の毒なのは死んだ人だって。
僕はこれから働けばいいんだから、何も同情してもらうことはない。」


小野田さんは帰国すると、検査と静養を理由に3週間近く入院させられました。
ご自分で戦争後遺症と言われてましたが、巡回の看護婦さんがドアを開ける前にわかるし、
何時に寝ようが、明け方前にぱっと目が覚めると言われています。

「青春を無駄にしたとか言われました。戦争中も召集が長いから言われましたけど、
僕はそのつもりで、商社マンの時に前倒しにしてやって、それで青春は終わりです。
そのあとは兵隊一方です。

済んだことは済んだことなんですよ。愚痴ったってしょうがない。
愚痴れば、前に行く力が減るだけですよ。
だから、愚痴るのも、泣き言も大嫌いなんです。


戦争で30年無駄にしたって、皆気の毒がってくれるけど、
その分強くなりましたよ。

南方の自然とか、天候気象とか、生きるために得た知恵があります。
その後、米作ったり牧場つくるのに利用したんですから、
あながち全部無駄じゃない。

あとは自分がどう使うかが問題であって、
無駄だと思ったら、無駄にしてしまうでしょうね。
無駄じゃあない。
強くなったことは、本当に強くなりました。


退院後も、小野田さんの日程は日本政府によって決められていて、
小野田さんが一日も実現したかった、
島田伍長と小塚一等兵へのご遺族での謝罪が叶うまでには、
帰国して一か月近くも立っていました。

小野田さんには全国から見舞金が寄せられました。
小野田さんは、その見舞い金を靖国神社に寄付しました。
そのことを、小野田さんは非難され、攻撃されて嫌気がさします。

「生きて帰ってきたんだから、働けばいいでしょ。
一緒に戦って死んだんですもんね。

それは誰も報われてもないんですから、
生きて帰った人間が、「皆気の毒に・・・」って
僕が働いたんじゃない。同情でいただいたんだから、
それは向こう(靖国神社)に持って行くべきだって、
僕はそう思ったんですけどね、

それが軍国主義復活に加担するとか言われたら、
やっぱりそんな人間と一緒に住んでいたくないと思いますよ。」


「僕が何か言った時に、
「今の時代はこうだから、そんなことは言っちゃいけない」とか、
もう全部衝突しちゃうんですよね。

「おとなしくしろ」って。
「それじゃ30年余計な戦争をしたことを反省して、
地べたに頭つけて謝れって言うのか。」って、
だって僕が勝手に誤ったのではなく、誤らせたのは国家じゃないかという
僕に言わせれば、そんな気持ちがあるから。
何も好き好んで、戦争したわけじゃないんだから。

僕は国にも「負けた国だから」国に責任とれなんて言いたくないし、
給料払えなんて絶対言わない。戦争だから仕方ないんだ。
だからといって、なぜ僕だけ悪者にならなければいけないんだって。

「戦争が悪い」とか「兵隊が悪い」とかって、
「悪い」っていうけど皆もそう言ったじゃないか。
戦争前に何て言ったのか、新聞でも皆見てみろって。


今更なんで、それが30年続いた僕だけ、
皆から批判されなければいけないのかって、
おとなしければいいけど、負けん気が強いから喧嘩して仕事にならない。」

一番人と関係のない仕事を選び、ブラジルに永住を認めてもらい、
人里離れたまっただ中で牛を飼う仕事を決めて、
日本に帰ってわずか1年後に、ブラジル移住を決めて、日本を離れます。

「喧嘩をしたくない。
喧嘩しないのは、遠く離れることが一番いいんですよね。」
と言ってましたが、お父さんとの折り合いも悪かったことも
日本を離れる要因の一つと言っています。

ルバング島での生活についても
「奴はあんな事を言って、恰好つけて出てきたけど、
女のヒモしてたんじゃないか」
というような事も言われて、カチンときて、
全然別の場所に行って、ちゃんと食って通れば(生計を立てられれば)
「なるほど、あんな所へ行って生きとおせる力があったんだな」
と思うだろうという気持ちもあったと言います。

自己満足かもしれないけれど、
「どこにほうり出されても食っていけるよ。」
っていう証拠を示したかった
というその思いが原動力にもなり、
昭和50年(1975年)4月永住を心に決め、53歳の小野田さんは
ブラジル中西部の灼熱の原野に降りたち、
「牧場開拓」という闘いが、この時からはじまります。

いやーかっこいいですね、小野田さん。
熱い男です。
そして、律儀であり、本当に戦友だった島田伍長と小塚一等兵への思いの強さが
伝わってきます。とても愛情深い人だったのでしょう。
家族とはもともと折り合いが悪く、性質が合わないと言っていましたが、
それは時間を経て、色んな経験を経た所で、その歪みは広がり、
その小野田さんの男気というか、心意気が全然家族に、
理解してもらえない悔しさはとても大きかったんだろうと思います。

でも本当に後ろを振り返らず、なったものは仕方ないと受け入れ、
そこから先にすべてのエネルギーを向けていく所は「すごい」と思います。
そして実際に行動を起こし、口ではなく結果を見せて
うるさい奴らの雑音を鎮めようとするあたりは、かっこいいと思います。

口ばかりで全然しない人は多いですからね。
「やればできる」という人ほど、やってもできない時の壁を知りません。
一生懸命にやっても、順風満帆にすすむことはないのです。
そこで自分というものが鍛えられます。磨かれます。強くなります。
そこで踏ん張ってもう一歩と頑張れるか、やめてしまうかで
その後の結果はおおきく変わってくることも、この世では多いと思います。

小野田さんは言葉よりも、自分のこれからの行動の結果を見せつけてやろうと決めます。
かっこよすぎです。

ほんの数十年の差でも、時代の思想というものは
大きく移り変わり、自分のその生きている時の思想や考えのみが
正しい、それ以外は誤りと決めつけてしまうのは
人間の浅はかさだとも思えます。

小野田さんの話になると、とても長文になってしまうのにも関わらず、
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

読んでいただいてありがとうございます。
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子供を育てたことのない人の教育への考えの話
私は阿川佐和子さんが好きです。
「サワコの朝」という土曜日の朝の番組も拝見していますし、
先日「ボクラの時代」の阿川佐和子さん、大石静さん、安藤裕子さんの3人が
出演してお話をされていました。

この3人とも、子供は育てたことがないとお話されながら、
「戦後の親の子育て」について話している中で、
私も子供を育てたことはないのですが、
常々思っている事と一緒だったので、ご紹介します。

「戦争を体験した親たちは、子供にあんな体験はさせたくないと言って、
一生懸命、一生懸命、子供が心地よく幸せになる方向で子供を育てて、
その次の世代が今子供でしょ。
そうすると尚更、子供に嫌な目に遭わせたくない。
親は守ろう守ろうとして、
悲しい思いをさせたくない、
寂しい思いをさせたくない、
怖い思いをさせたくない。
痛い思いもさせたくない。
とガードしていると、脆弱になるような気がするんですよ。」

そして、不条理な父が厳然といたと自分たち世代の親の話になり、
傾向として、悪さをすると、二度とさせないととても強く仕打ちをされ、
とても鍛えられたといいます。

「親ってそんな事すると子供に嫌われるのは決まっているし、
生涯許してもらえないかもしれないという覚悟をもって、
親は子供に対して教育をしていたよね~
子供は当たり前に親を嫌っていて、家を出たくて仕方がなかったけど、
今の親は子供に嫌われたくないって、子供に気を使っていて、
子育てをしてるから、今の子は居心地がよくて家を出たがらない。」

「子供は鍛えて育てる方がいい。
子供には早めから
「生きてるのは辛い」
「人生は厳しいんだ」と言って教えておいた方が後が得。」

「意外に言われた通りきついなと思えたり、
絶望したって何したって明日はくるし、生きていかなきゃいけないし、
生きていくうちに自分で解決していく術も知るわけだから。」

「今の子供にはあなたには希望がある。あなたたちの未来はこんなに明るいって
守っていいことばかり言ってる気がする。」

「人間って、悲しいも、怖いも、嫌いも、憎らしいも、耐えられないも、
感情の一部だから、それはそれで小さいころにたんまり体験しといた方が
後で「あれに比べたらこれはいい奴だ」と思えたり、
「あんなに泣いたのはなんだったんだろう」とか思えるのに、
ほんわか、ほんわか、いい所だけで育っちゃうと、
やっぱり大人になってから、ボカーンと来たときに、バタッと倒れて
それっきり立ち上がれなくなっちゃってる感じがします。」

また、先進国で日本が自殺者が多い話で

「秋田が自殺者が多くて、その取材に行った時にお医者さんが
おっしゃった言葉なんですけど、
「「私はこの世に必要じゃない」と思った時に人は死にたくなる。
たとえば、孫のお弁当を作るのが私の仕事っていうのを
取り上げられたとき、「あっもうこの家では私は必要ないんだ」
っていう、評価される対象の元がなくなったときに
「あっ、もう生きてても無駄だ。」って思うもんなんです。」
という言葉を聞いて、なるほどそうだなって思った。」

大統領を辞任した後、クリントン大統領が言っていたという言葉
「子供は100人に愛される必要はない。
一人だけでもこの地球上に、君のことが必要だと思っている人間がいる
ということを、その子供に知らせるってことだけで十分だ。」


皆さんはどう思いますか?
私は「その通り」と思う所がとても多かったです。

自分の道は自分でみつけるものであり、
親がみつけて、それを「やれ」「やれ」とさせるものではないし、
その人が、自立して、自分の道を見つけ、自分の足でその道を歩いていく事を、
またその時壁にぶつかったり、辛いことがあっても、くじけない心を
育んでいくのが、教育と思うのです。

厳しくする所が、口うるさくいう所が、ずれているように思います。
時代がどれほど変わろうが、人間の本質の部分は一緒です。
昔の文学や歴史を見ても、またことわざを聞いても、腑に落ちる事が多かったり、
海外に昔から伝わるような話を聞いても、理解できるということは、
人間の本質の部分は、時代を超えて、国を超えて一緒の所だと思うのです。

一番の根っこと芯の部分を、しっかり教育していると、
勝手に成長とともに枝葉は伸びていくものだと思うのです。
それを目に見える、目につきやすい、そしてその時しのぎだったり、
自分のエゴや見栄のために、見えやすい所ばかり、表面ばかりを気にして
子供に接したり、子供に教えたり、押し付ける親が多いような気がします。

そして仲良い親子ということが「いいこと」と思っているというか、
自分の寂しさを「子供」に埋めてもらっているような人もいます。

本当の愛情とは、きっと自分の事ではなく、子供の事を思ったら、
自分がどう思われるとか、嫌われるとか関係なく、
守ろうとする自分を抑え、手放す勇気と、
いいという片面だけではなく、悪いと思えるようなもう一面の体験も
しっかりさせるという厳しさ、そして自分自身がそれに立ち向かう強さと
そして、負けない勇気を背中で見せていく事が大切だと思います。

今から振り返ってみると、当時は遊びほうけて楽しかっただろう事より
その時は本当に地獄のように辛い時や、皆が遊んでいる時なぜ自分だけ
こんなに頑張らなければいけないのだろうと思えるように頑張っていた時、
不幸と思えるような、とても大きな壁にぶつかり、苦しんでいた時、
またはこれでいいんだろうかと、無駄な時間だと思えた時、
そんな時ほど、思い出して、その時の体験が、今の自分を創り上げている
とても大切なものになっていることに気づきます。

辛い、悲しい、苦しい、無駄なような事ほど、
時を経て、点と点が結びついたり、熟成して自分の心の血と肉になった時、
それがとても大切な事だったりするのです。

守って、自分がいいと思っていることしか体験させないということは、
相手にとって喜ばしいことでは決してなく、
せっかく生まれて体験したいと思うことを取り上げているようなことだったり、
また、その人の才能や潜在的な能力にふたをするような事のような気がします。

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小野田寛郎さんの話③
前回までは、小野田寛郎さんの生い立ち、そして貿易会社での中国での青春時代、
徴兵され、陸軍中野学校での訓練を経て、フィリピンのルバング島に着任して
数年たった所までの話をしました。

今日はそのルバング島での生活の続きです。
小野田さんは陸軍中野学校で、司令部の人しか知らない情報を全て知り、
日本はアメリカ軍の上陸される事を織り込み済みの上で、
2~3年は無理だけど、準備期間を経て5年ほどしたら、
反撃をすると聞いていました。

そして、その5年後の昭和25年(1950年)6月、朝鮮戦争がはじまりました。
ルバング島からは、マニラ湾に出入りするアメリカの艦船や
上空を飛ぶ飛行機がよく見えました。
それを見て、小野田さんは、太平洋戦争はまだ続いていると確信します。

小野田さん達の存在は知られるようになり、昭和29年(1954年)5月
フィリピン軍の討伐隊との銃撃戦で、41歳になった島田庄一伍長が死亡します。

フィリピン軍からの情報で、小野田さんと小塚一等兵がまだ生きている事を知った
日本政府は捜索隊を派遣しますが、これも敵の謀略と判断して姿を隠します。

6年後の昭和35年(1960年)12月、小野田さん37歳の時、葬式を行われました。
日本政府は、数度の捜索で発見できなかったことで、
小野田さんの死亡を発表して、捜索を打ち切ります。

なぜその捜索の時に出てこなかったのかという事を聞いた時、
小野田さんたちが出てこないのは、現地の住民に恨みを買い、
報復を恐れていると思い込んでいた政府の口ばかりのやり口が、
小野田さんたちは臆病者と思われていると感情を
逆に逆なでしてしまったと言います。

そして、任務解除の命令が、直接上官から下されない限り
戦い続けるしかないと、誰も足を踏み入れないジャングルの中で
息をひそめる小野田さんと、小塚金七一等兵は
極限状態の中で二人は衝突しながらも生き抜きます。

ケンカは当然あったけれど、本当にダメになることはなかった。
なぜなら、それははっきりとした目的があるから。
何の為に自分はここで生きているのか。
その生きる目的がしっかりとしているから

喧嘩して仲間が失う事と弱くなることは目に見えていますから、
生きていくためには強くなければいけないんですから。

だから、もう夫婦喧嘩と一緒ですよ。
別れるための喧嘩なら簡単にできるんですよ。
別れない喧嘩をしなければ困るんですよね。

根本に「別れない」というはっきりしたものがあればいいけど
それを見失うと、喧嘩に花が咲き、「売り言葉に買い言葉」に
なってしまいます。」

「日本が盛り返す為に、自分たちは「やります」と言ってきているのに
 できなかったら、自分としては「名折れ」ですからね

「負けん気」が強いんですよね~。」

「家族を思い出したり、望郷の念にさいなまれたことは、ないんですよね。
17歳で家を飛び出すような男だからないんですかね。
それから、思ってみても何ともなんないでね。
現実の思いの方が強かった。


体力的にも計画では、自分たちは60歳だろう。
60歳までは弾が不足しないように。
60過ぎたらどうするか。生きられないなら、その島で死ぬしかない。

その時にはとっておきの一番いい服を着て、持ってる弾全部打って
仁王立ちになったら、自動小銃でハチの巣に開けてくれるから、
我々はそれでおしまいにしような!と話していた。
始めから、それは覚悟してました。

面白いといえば面白いですね。
おしまいそうだってこと分かりながら、
今を一生懸命生きてるんですからね~。
、」

敗戦から復興し、1950年代から高度成長を始めた日本。
やがて消費とレジャーの時代を迎えます。
昭和39年(1964年)10月、東京オリンピック開催。
かつては戦場に向かう学生が行進した神宮外苑を
日本とアメリカの選手が共に行進し、スポーツで競い合いました。
敗戦から19年がたち、小野田さんは42歳になっていました。

ルバング島では、捜索隊が残していった新聞や、
島民から盗んだラジオで情報を得ていました。

それでも日本はアメリカに占領されて、傀儡政権ができていると、
皆復興したとか、平和と言っているが、それはアメリカに負けた国、
僕とは関係のない国。
その国は傀儡政権で操られている国で、
本当の日本という国は盛り返してくる。
それが自分の正当な理由と言います。

昭和47年(1972年)10月19日。
フィリピン軍との戦闘で、27年間行動をともにした、
小塚一等兵が死亡します。
ついに、小野田さんは一人になります。

[たった一人になった時、自分を守るための警戒や戦術から
行動計画をすべて変えないといけないから、大変でした。
二人でいた時が満点じゃなかったと、マイナス点を考え、
自分ひとりになった時のプラス点をあげて、
両方並べてみて、プラスマイナス、そんなにいわゆるマイナスじゃない。
根本的にはマイナスなんですよね。原則的にはマイナスなんだけど、
自分の「一人になったから半分になった」という直観的なものではなく、
いくらか弱くなっただけで、半分じゃない。
と自分に言い聞かせないと、明日から自分がいきていけないんですよね。


最初はアメリカ軍でしたが、途中からフィリピンの軍隊の討伐隊と
230回の戦闘をしたと言います。

ウィキペディアによると、
「直進する物は物理的に見えるんですよ。(中略)
真っ直ぐ自分のほうに伸びてくるんだから見えます。(中略)
撃たれたときは、火を噴いている銃口から見えた。(中略)
相手の突きを避けられるのだから避けられますよ。」

本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、
頭が数倍の大きさに膨らむ感覚と同時に悪寒に襲われ身震いし、
直後、頭が元の大きさに戻ったと感じると、
あたりが急に明るく鮮明に見えるようになったという。
「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。
そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まで
はっきり認識することができました。
そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。
それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして
銃弾を避けることさえできると思いました」 。
命を賭ける場面が、命を賭けなくても大丈夫だという自信に変わった瞬間だった

というエピソードも紹介されています。

自由主義、民主主義だった小野田さんが、戦友とともに、
またその戦友を失くし、孤軍になっても一人で戦います。
壮絶ともいえる戦いであり、その時のことを振り返ると、
「銃で撃ってくる相手に、自分の身を守るためには、撃つのを遠慮できない。」
という話をしていましたが、その当時のルバング島では
村で悪いことや、事件、人が死ぬようなことがあれば、
それらは全て小野田さんたちのせいになっていて、
住民たちにも、とても怨まれていたといいます。

そんな中でも、独りで戦うのです。

小塚一等兵が亡くなった時に、プラスマイナスをあげていったという話を
していましたが、本当にその時の心情を慮ると、あまりに深い悲しみに
あふれ、そして絶望と背中合わせだったのであろうと思います。

父との確執があった小野田さんですが、島田伍長、またこの小塚一等兵とは
家族のような、もしかしたら本当の家族以上に愛情と絆があったように
思えます。

そう思うと、両親とうまくいかない人や、親との縁が薄い人、
親だからといって愛情の念をもてない人もいますが、
だからといって、自分は愛情が薄いとか、自暴自棄にならなくても
型はどうあれ、他人であっても深い愛情や
絆を結ぶこともでき、それは家族以上にできるということを知ることができます。

いつでも死ぬ覚悟をもって、今を精いっぱい生き抜く事を
この苛酷で壮絶な環境の中、やりぬいた小野田さんはすごいと思います。

また、「目的」と「生きる理由」がある人間は強いですね。

自分の人生を受け入れ、その中で自分を分析し、自分を知り、
どんな状況の中でも、生きることをあきらめず、
立ち向かう姿は、本当に心を打つものだと感じます。

読んでいただいてありがとうございます。
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今日は魚座の新月でした~話
今日は新月ですね。
魚座の新月です。
何と今月は2回も新月があります。
今日と31日。
3月1日 17:00が新月でした。

私も魚座ですが、魚座は現実よりも夢の世界。
肉体よりも精神。
知識よりも感覚。
理論よりも感情。
型よりも中身。
海の水に隔たりがないように、自分と他者との境界線が曖昧、
だからこそ、見返りを求めようとしない愛情を注ぐ傾向がある。
魚座のマークも2匹の魚がモチーフです。
そして、感性、霊感、直観的な事と関わりが強く、
音楽が芸術などにも関係が深い星座とも言われます。

特に今回の新月では、自分とのかけはなれた価値観をつきつけられ、
「自分はどうしたいのか?」
「自分の価値観を見つめなおしましょう。」
と、この機会に考えてみましょうというメッセージがあるように思います。

今、社会、個人、ライフスタイル、人生観、価値観etc...
とてもグローバルに、そして多様化してきています。
その中で、他人に承認してもらいたい、人に褒められたい、
他人から尊重され、理解してもらいたいと、もがく人もいるでしょう。

100%、他人全てから、理解され、承認され、褒められることは不可能です。
一人の人からでもなかなか全ては難しいものです。
その中で、一番重要な人は、自分自身なのです。

自分の光と影、内なる矛盾、外側との自分の関係、
もしうまくいかないことがあるなら、その外的問題・・・
まずは、自分の外で起こっている出来事を、
そのまま受け入れることです。
そこからすべては始まります。

「ありとあらゆるものを、そのまますべて受け入れる」
そこから、自分を知り、自分を認め、自分を許し、自分を愛するのです。
「自分は自分のままでいい」と思えるまで、自分の内に目を向けましょう。

私は、うまくいかず、壁にぶつかったり、スランプに陥ったり
そして苦しくなると、
「わたしには、わたしがついている。
 だから、大丈夫。何があっても大丈夫。」
と思います。

先日掃除をしていたら、色鉛筆と筆で書いた
この言葉とその時の思いを、色で表現した絵が出てきました。

大丈夫。
他の誰でもない、あなたにはあなたがついているのです。
自分が自分を承認できれば
「自分は何者なろうとせずとも、自分のままでいいんだ」と
心に青空が広がるように、心が軽くなるとともに、
自分の愛と安心感に包まれます。

先日「失恋ショコラティエ」というドラマを見ていて、
こんなやりとりがありました。

有名ショコラティエのリクドーさん(役:佐藤隆太さん):
「私ね、チョコレートを売ってるけど、一番売りたいのは、やっぱり夢なの
 だってチョコを食べたいだけならスーパーで買うでしょ、
 万人向けのおいしいチョコレートがいくらでも売ってるんだから。
 こんなものは欲しくないとか、嫌いっていう人がいても、それは別にいいの。
 私とは縁がなかったってだけだから。」

「でも人間は、この星に70億人いるもんね、
 そのうちの69億9千万人に嫌われても、
 1千万人と愛し合えたら、もう十分夢みたいでしょ?」
 だから私は縁あった人を愛しまくってあげたいの」

爽太(役:松本潤):
「69億9千万人の人に嫌われるのは怖くないですか?」

リクドー:
「怖くない。そんなことより、自分自身のビジョンが消えてしまうことの方が怖い」
「どんなものが作りたいのか分からなくなって、何もできなくなることの方が怖い」
「この地球の何億という人から認められなくても、それよりも、
 自分の内から創造力が出てこなくなる方がよっぽど怖い」

というセリフがあったのを思い出しました。

そんな3月魚座の世界の月が始まりました。

読んでいただいてありがとうございます。
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