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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
子供を育てたことのない人の教育への考えの話
私は阿川佐和子さんが好きです。
「サワコの朝」という土曜日の朝の番組も拝見していますし、
先日「ボクラの時代」の阿川佐和子さん、大石静さん、安藤裕子さんの3人が
出演してお話をされていました。

この3人とも、子供は育てたことがないとお話されながら、
「戦後の親の子育て」について話している中で、
私も子供を育てたことはないのですが、
常々思っている事と一緒だったので、ご紹介します。

「戦争を体験した親たちは、子供にあんな体験はさせたくないと言って、
一生懸命、一生懸命、子供が心地よく幸せになる方向で子供を育てて、
その次の世代が今子供でしょ。
そうすると尚更、子供に嫌な目に遭わせたくない。
親は守ろう守ろうとして、
悲しい思いをさせたくない、
寂しい思いをさせたくない、
怖い思いをさせたくない。
痛い思いもさせたくない。
とガードしていると、脆弱になるような気がするんですよ。」

そして、不条理な父が厳然といたと自分たち世代の親の話になり、
傾向として、悪さをすると、二度とさせないととても強く仕打ちをされ、
とても鍛えられたといいます。

「親ってそんな事すると子供に嫌われるのは決まっているし、
生涯許してもらえないかもしれないという覚悟をもって、
親は子供に対して教育をしていたよね~
子供は当たり前に親を嫌っていて、家を出たくて仕方がなかったけど、
今の親は子供に嫌われたくないって、子供に気を使っていて、
子育てをしてるから、今の子は居心地がよくて家を出たがらない。」

「子供は鍛えて育てる方がいい。
子供には早めから
「生きてるのは辛い」
「人生は厳しいんだ」と言って教えておいた方が後が得。」

「意外に言われた通りきついなと思えたり、
絶望したって何したって明日はくるし、生きていかなきゃいけないし、
生きていくうちに自分で解決していく術も知るわけだから。」

「今の子供にはあなたには希望がある。あなたたちの未来はこんなに明るいって
守っていいことばかり言ってる気がする。」

「人間って、悲しいも、怖いも、嫌いも、憎らしいも、耐えられないも、
感情の一部だから、それはそれで小さいころにたんまり体験しといた方が
後で「あれに比べたらこれはいい奴だ」と思えたり、
「あんなに泣いたのはなんだったんだろう」とか思えるのに、
ほんわか、ほんわか、いい所だけで育っちゃうと、
やっぱり大人になってから、ボカーンと来たときに、バタッと倒れて
それっきり立ち上がれなくなっちゃってる感じがします。」

また、先進国で日本が自殺者が多い話で

「秋田が自殺者が多くて、その取材に行った時にお医者さんが
おっしゃった言葉なんですけど、
「「私はこの世に必要じゃない」と思った時に人は死にたくなる。
たとえば、孫のお弁当を作るのが私の仕事っていうのを
取り上げられたとき、「あっもうこの家では私は必要ないんだ」
っていう、評価される対象の元がなくなったときに
「あっ、もう生きてても無駄だ。」って思うもんなんです。」
という言葉を聞いて、なるほどそうだなって思った。」

大統領を辞任した後、クリントン大統領が言っていたという言葉
「子供は100人に愛される必要はない。
一人だけでもこの地球上に、君のことが必要だと思っている人間がいる
ということを、その子供に知らせるってことだけで十分だ。」


皆さんはどう思いますか?
私は「その通り」と思う所がとても多かったです。

自分の道は自分でみつけるものであり、
親がみつけて、それを「やれ」「やれ」とさせるものではないし、
その人が、自立して、自分の道を見つけ、自分の足でその道を歩いていく事を、
またその時壁にぶつかったり、辛いことがあっても、くじけない心を
育んでいくのが、教育と思うのです。

厳しくする所が、口うるさくいう所が、ずれているように思います。
時代がどれほど変わろうが、人間の本質の部分は一緒です。
昔の文学や歴史を見ても、またことわざを聞いても、腑に落ちる事が多かったり、
海外に昔から伝わるような話を聞いても、理解できるということは、
人間の本質の部分は、時代を超えて、国を超えて一緒の所だと思うのです。

一番の根っこと芯の部分を、しっかり教育していると、
勝手に成長とともに枝葉は伸びていくものだと思うのです。
それを目に見える、目につきやすい、そしてその時しのぎだったり、
自分のエゴや見栄のために、見えやすい所ばかり、表面ばかりを気にして
子供に接したり、子供に教えたり、押し付ける親が多いような気がします。

そして仲良い親子ということが「いいこと」と思っているというか、
自分の寂しさを「子供」に埋めてもらっているような人もいます。

本当の愛情とは、きっと自分の事ではなく、子供の事を思ったら、
自分がどう思われるとか、嫌われるとか関係なく、
守ろうとする自分を抑え、手放す勇気と、
いいという片面だけではなく、悪いと思えるようなもう一面の体験も
しっかりさせるという厳しさ、そして自分自身がそれに立ち向かう強さと
そして、負けない勇気を背中で見せていく事が大切だと思います。

今から振り返ってみると、当時は遊びほうけて楽しかっただろう事より
その時は本当に地獄のように辛い時や、皆が遊んでいる時なぜ自分だけ
こんなに頑張らなければいけないのだろうと思えるように頑張っていた時、
不幸と思えるような、とても大きな壁にぶつかり、苦しんでいた時、
またはこれでいいんだろうかと、無駄な時間だと思えた時、
そんな時ほど、思い出して、その時の体験が、今の自分を創り上げている
とても大切なものになっていることに気づきます。

辛い、悲しい、苦しい、無駄なような事ほど、
時を経て、点と点が結びついたり、熟成して自分の心の血と肉になった時、
それがとても大切な事だったりするのです。

守って、自分がいいと思っていることしか体験させないということは、
相手にとって喜ばしいことでは決してなく、
せっかく生まれて体験したいと思うことを取り上げているようなことだったり、
また、その人の才能や潜在的な能力にふたをするような事のような気がします。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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