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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
正直な心は人生の道しるべの話
いつもはとても口が悪く、喜怒哀楽も激しく、感情的に怒ったり、
もう憎たらしいと思えるような人がいるのですが、
ここぞ!という時に、本当に琴線に触れる事をさらっと言う人がいます。

その一言で、今までの嫌な事もチャラに出来る位、
深く、そして温かく、心に寄り添うような、
その時に一番必要としていたような言葉を言うのです。

もちろん先天的な感性もあるでしょう。
また考えず、感じて、ポロっと口に出ているような所があるので、
その人の内にある「大いなるもの」とか「神」の言葉なのかもしれません。

でも、私はそれだけではないような気がするのです。
自分で会社を興して、一代である程度のものを創り上げ、
それを次の代に渡した人なのですが、
就職して会社の一員として働けるような大人ではありません(苦笑)

これがやりたいと言うより、これもダメ、あれもダメと消去方法で消していき
ちょうど機会と縁に恵まれて起業したと思えるような所もあります。

でも、その人は正直なのです。
そして周りから見たら嫌だと思う面と映る所、
気も小さいし、細かいし、ケチだし、しつこいし、感情的で、寂しがり屋で
嫉妬や羨望、また権威欲や見栄もバリバリある人なのです。

だからこそ、人の弱さや小ささもわかるし、
いつも隠している相手の心の闇もわかり、そっと寄り添えることもできるのです。
またケチだからこそ、人が何をしてもらえば嬉しいか、
見栄をはる人の気持ちもわかるからこそ、その人のニーズに気づけるのです。

また、ある一方だけということもなく、相対性の世界で住んでいる私たちは、
必ず表裏一体の、もう片面も自分の内には持っています。
どちらを外に見せているかはその人次第ですが、
必ず弱さがあれば強さを秘めているし、小さい所がある人は大きな所も持ち合わせています。

それがどういう場面で、いつ出るかで、その人の見え方は全く変わることがあります。
たった一言で、信頼を失うこともあれば、
この人のように、いつも憎たらしいのに、
たった一言で心をわしづかみされてしまうような事もあります。

平常の時よりも、アクシデントがあったり、非常な時に、
その人自身が露わになることが多い気がします。

そのときの、行動や一言に、その人の本質が現れるのです。
いつもの仮面が取り外されるのでしょう。

私は仮面をとった時、どんな自分でいられるのだろう?
どんな仮面を持っているのだろう?

仮面はだれもが持っているものです。
それも一つではなく、色んな仮面をTPOで使い分けているものです。
仮面をつけずに、すべて正直に露わにしていては、社会では受け入れられません。
それでも、自分の仮面の部分と、本来の自分を全く一緒と思っていると、
その仮面を脱がなくてはいけなくなった時、本来の自分もいなくなるような
そんな不安と失望感を感じるかもしれません。

この世界を卒業する時、死んで旅立つ時に持って行けるのは
その仮面をとった自分そのもの、そして肉体も返して、持って行けるのは
自分の内側のみになります。

これは○、これは×と、自分の内側をジャッジし続けて、分けていくと
どんどん小さくなります。
それを表に行動や言動で出すことはありませんが、色んな自分を受け入れていき
肯定していくと、豊かに自分の内側は広がり、そして自分の内とつながっている
「大いなるもの」へのコンタクトも可能になるのかもしれません。

理論や理屈、分析も大切ですが、自分の感性、感覚、本音の部分の方が
本当は自分の人生の道しるべになるのかもしれませんし、
それを大切にしていくことで、自分自身にはもちろんですが、
周りの人をも「ハッ」とさせたり、感動させるのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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