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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
2015年に向かって
2014年が終わります。
今年も一年有り難うございました。
無事に2014年を過ごすことができました。

仕事で忙しくて、更新が減ってしまったにも関わらず
きていただいた方々には、心より感謝します。

楽しいことも、辛いことも、はたまた、調子の悪い事も
色々あった一年ではありましたが、
振り返ってみると、よく笑った一年でした。

楽しい時はもちろん、辛いこともネタにして笑い飛ばしたり、
はたまた、調子が悪く、パートナーや愛猫にあたってしまい、
その後、その二人(一人と一匹?)に強い絆が生まれ
「被害者の会」といわんばかりに仲良くしている様子を見ては
また、爆笑する・・・という具合に本当によく笑いました。

仕事でも、理不尽なことがあったり、
うまいこといかなかったり、よかれとしたことで怒られたり、
わからないことばかりで、途方にくれたり・・・・
ということも日々ありましたが、その時はできることを精一杯して
どうしようもならないことは「仕方ない」と次の方法を考え
一生懸命したあとで、後でそれをネタにして
「きつかったよね~」なんて、笑い合った年でした。

最近は毎年、年賀状の裏は手書きの筆で一筆したためているのですが、
来年の年賀状の言葉は
「笑門来福」
にしました。

色んな予想天外のことは起こりますし、
自分の思い通りにはなかなかいかないことも多かったり、
理不尽なこともありますが、
それでも、その経験を今させてもらえることが「宝」であり、
そのことで自分が磨かれ、そして自分の色んな面に気づく
きっかけを与えてもらっていると思えます。

苦労と他人から見ると思えるような環境に中でも、
一生懸命に、その現実を受け止め、受け入れ、
「仕方ないよね」と言いながら、頑張っている人を見ると
とても輝いてるように見え、ある意味こちらの人の方に対して
その魂の品格に、かなわないな~と尊敬することもあります。

今日たまたま見たCM「人の気持ちになって考えることの大切さ」
を見ました。
子供に向けてのCMだそうですが、
最近は大人で想像力のない人が多すぎるようにも思えます。

相手の気持ちを想像してみる。
自分がしたこの事のその後について想像してみる。
etc...

もちろん相手の気持ちを想像してみても、それは想像にしかすぎず、
相手の事に対しては、自分は傍観者にしかすぎません。
本当に意味で相手の気持ちがわかるということは不可能かもしれません。
それでも、相手の気持ちを思いやってみるということが大切なのだと思います。

また、自分が今これをしたあと、どうなるかを考える
想像力もとても欠如された大人が増えている気もします。

毎日、報道される殺人事件しかり、放火事件しかり、
イスラム国へに入信にしてもしかり、
普段の生活でも、仕事で自分の怒りを抑えきれず、相手を罵倒したり
ちょっと一呼吸おいて、冷静になって考えれば、違う行動になるのでは?
とその時の感情に流されたり、その場さえよければと
思えるような行動をする人を、よく見ます。

年齢だけが大人と認定されているだけで、
大人になっていない大人が多いような気がします。

これは私自身もそうです。
年齢はどんどんと重ねていくように、
それに伴い、心や精神も重ねていきたいと思うばかりです。

来年もまたひとつ年を重ねます。
自分の内面もふくよかにしたいものです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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今の現実に身を置く話
さ、寒い・・・
爆弾低気圧という、初めて耳にする単語の通り、
とてもすごいことになっています。

北海道での「ホワイトアウト」の映像を見ていると、
本当に自然の脅威を感じてしまいます。

そんな中、ノーベル賞の天野教授と
フィギュアスケートの羽生結弦選手の帰国の
インタビューを昨日見ていて、心に残ったことがありました。

天野教授は、
「これから1つ1つのことに一生懸命取り組んで下さい。
私も大学の後半になって初めて自分のやりたいことが見つかった。
今やるべきことに全力で取り組むのがいいんだよ』と言いたい」

羽生選手は子育て論を聞かれ、
「自分は全然謙虚じゃないし、どん欲に勝ちにこだわるタイプ。
今のスポーツ選手の中では勝ち気だし、ビッグマウスと思われていると思う。
自分のようにと言われるのは嬉しいけど、僕は僕。
人それぞれの良さがある。人間は1人として同じ人はいない。
十人十色。
僕は僕ですごく悪いところもたくさんあるし、
(子供の)いいところを見てあげてほしい

全て、現実、そしてその中にあるものをまざまざと見る。
そして、ないものを嘆いたり、ないものを欲しがるのではなく、
あるものにエネルギーを注ぐ。

これがやはり大切なんだなと思いました。

先の事に不安を覚えるでもなく、
なぜこうなったかと後悔するでもなく、
ないものを探すのでもなく、妄想するのでもなく
今の現実を受け入れ、(それがどんな現実であっても)
即座に飲み込み、その中で自分が何をするかを見極め、
そのことにエネルギーを注ぎ込む。
全力で取り組む。

そういう積み重ねが、きっと大きなものにつながっていくんだな~と
つくづくこのトップのお二方の言葉を聞いて思いました。

また、天野教授はンタビューで記者から
「お正月は何をされますか?」と聞かれ、
奥様と一緒に、近くの神社に行くなど、ゆっくりと過ごしたいと
笑いながら話しているのを見て、特別な事を仰々しくするのではなく
氏神様に参拝される、素朴な普通の事を普通にできる方なのだと
思いました。

凡人の私も、今に自分を置き、あるものを見つめ、
現実をすべて受け入れ、やるべきことに全力を注ぐ。
そして、自分の力だけと思うのではなく、
昔ながらのやり方ではない事に、うつつを抜かさず、
氏神様やご先祖を敬い、感謝をするという
普通の事を、ふつうにできる自分になるよう、
意識して心がけようと思いました。

やはり本筋というものはあるのでしょうね。
芯をしっかりもつことが、その後においての
自分というものの育て方に大きな違いがでるような
そんな気もしました。

あなたは、今に、そしてこの現実に自分を置いていますか?

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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遅まきながら「トワイライト ささらさや」の話
すっかり冬の到来ですね~。
もう12月ですからね~。
体調崩されている人も多い季節です。
風邪、インフルエンザには気を付けましょう。

気管支炎の為、行きそびれていました
トワイライト ささらさや
を今月見てきました。

ガッキーかわいい~。
ベビーちゃんもかわいい~。
と思いながらも、途中からは泣きまくりでした。

愛がある映画はいいですね。
愛とは、温かく、楽しくもあり、悲しく、切ない面もあります。
想いとは、目には見えないものですが、
確かにそこにあると思える映画でもあり、
肉体は消え去っても、愛や想いは続くのだと感じることのできる
そんな映画でした。

サヤことガッキーが、生後数か月の子供に
「自分が、育ててもらっている。母親にしてもらっている。」
というものや、ユウタロウこと大泉洋さんが
「サヤのことが心配で、サヤのために此の世に残っていたのに
その時間は自分のためだったようです・・・」
というような、意味あいのセリフがありました。

本当に「情けは人のためならず」だな~とつくづく思いました。

同じ出来事でも、人によって、その視点によって、
見方が違ったり、目に見えていない部分であったり、
その隠された真実などがあります。

今まで、ある出来事に孤独を感じていたものが
違う視点から見て、他人の真実を知ることで、
自分が愛されていた思い出に変わることもあります。

寂しさを感じたことがない人はいないと思います。
でも「孤独」に向き合わず、ごまかし、逃げている人には気づけない
「孤独」を受け止め、それを受け入れ、それを感じた人しか
感じることのできない、喜びや感動もあるのではないかと思います。

人は、とても弱い面もあれば、強い面もある生き物です。
誰もが、この両面を持ち合わせているのだと思います。
自分の弱さを知っているからこそ、強く生きれることもあります。

10代、20代、私は非日常的なスペシャルなことが幸せと感じてました。
例えば、海外旅行とか、イベントとか、
日々の現実を忘れて楽しく、わいわい遊ぶこと=幸せと感じていて、
いつも、足元を見ず、日常は適当にやり過ごし、
エネルギーを、そのたまの非日常の時間に注いでいました。

自分が病気になり、両親が次々に亡くなり、一人になって初めて
日常が当たり前ではなく、日常こそが「幸せ」な時間だったと気づきました。

そこに、心を置かず、その日常も「奇跡」だったと気づかず、
やり過ごしていたのです。
そこに愛は、あったのに・・・
温かさだけではない、喧嘩もするし、楽しいこともあれば嫌なこともある
その日常こそが、本当に幸せな時間だったと気づきました。

目の前の現実、日常の中に全てはあるのだと今は感じています。
そして、当たり前のことなどないと気づくと、それらに感謝します。
ないものではなく、あるものに感謝できます。

気に入らない現実が目の前に広がっている時には、
自分がその現実を創っていると思い、何が気に入らないのかを考え
どうしてそうなったかの、因果に目を向け
そして、今の出来事から、何を学ぶことがあるのかを
考えるようになりました。

自分の為に、相手を利用しているつもりが、結局は自分が損していたり
無心で、相手の為とやっていることが、
結局は相手が自分を生かしてくれたり、育ててくれていることもあります。

また、同じこと、出来事、思い出でも
視点が変わったり、見方が変われば、
まったく違う物語になることもあるわけです。

自分の思い込みから、一歩でると、今まで感じたことのない
そこには広く深い世界が広がっているのかもしれません。

今の現実の中に、自分がいられること
生きていること、そして愛する人がいることが、
本当に幸せだと感じます。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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いい人ほど生きにくい世界?の話
此の世は、純粋で正直で善意や道徳があり、真面目な人は生きにくく、
ずる賢くて、言葉が巧みで、悪意と私利私欲でずるい事を平気で
出来てしまうような人の方が、生きやすい世界なのかなと思います。

また、社会には、精神的に幼稚な大人の人も多く、
そういう人が、脚光を浴びたり、支持されたり、
また、同じような波長なのか、集まって、
自分たちの思考が正しいと思い込んでいる人たちも
多いように思えてしまいます。

私の仲の良い、近しい人たちは、此の世は生きにくいと言います。
近くで、口はうまいけれど、表裏があり、裏の顔はひどい人が
とても楽しそうに嬉々と毎日を過ごしている中、
真面目に一生懸命生きている自分が、いつも貧乏くじをひかされる
(実際にそうなっているエピソードはたくさんあるわけですが・・・)
そんな状態にあると言います。

また、苦労せず公金を湯水のように使う人たちや
法律ギリギリの違法寸前の商売をしているような人が甘い汁を吸い
コツコツと正直に、法律をキチンと守りしている方がお金が残りにくい
この社会のしくみはいかがなものか!!といって怒っている人もいました。

オレオレ詐欺一つをみても、この日本はどうなったのかと思ってしまいます。
親が子や孫を思う心を利用して、自分たちが働きもせず
その善意をだまして、お年寄りからお金巻き上げて、
それを自分の私利私欲のために使う若者たちを
この社会は創り上げているのです。

また、風俗などの仕事の方が、学校の先生よりも
お金を儲けることができたり、
農業や酪農など、人間の食に携わり、
私たちの生活の糧を生み出している職はとても重労働であり
時間のエネルギーも使うのに、収入は少なく、
ただお金を投資などで回しているをしている人たちが、富裕層になり、
収入の格差を広げていたりします。

ふと冷静に考えると、
とても不思議なしくみが出来上がっているような気がします。

でも私は、この人生は一度だけであったとしても、
此の世だけで終わりではなく、続くと思っていますから、
ここでだけうまい汁を吸って、悪事などもパーというわけには
いかないと思っていますし、
自分の魂レベルで考えた時は、すべてが自分で
全てが自分にしていること(返ってくること)と思えば
それはそれは、やったもん勝ちとずるい事をすることは
とても恐ろしいことだと思えます。

表面的にはうまくいっているようでも、
自分の内なる神はすべてを知っていて、
善意という心を通じて、色々な気づきを与え続けてくれます。

今年もあと1か月を切りました。
今年の汚れは今年のうちに!というCMがありましたが、
今年の業は今年のうちに気づき、反省したいものです。

来年の新たな年に、心機一転
善徳を持ち、感謝の心と、思いやりの心を忘れず
本当の意味で、自分の心が晴れやかな幸福を手にできるように
周りに流されず、自分を見つめて精進していきたいですね。

私は、すぐに人のせいにしたり、言い訳をしたり、
人の失敗に対しては厳しいという所がありますが、
仲の良い人たちは、かなりの割合で「全ては自分のせい」と
どんな事があっても、相手の問題ではなく
自分の問題として、受け入れて物事を見る人が多いのです。

そういう人の共通点は、冷静に見ることができるので、
失敗が少ないということ(成功するということ)と、
物事をフラットに、そして冷静に見るからか
2歩も3歩も先までを、一瞬の間に、想像できたり、
人と会ったり、また人の話を聞いても、
一歩奥までを、見通すような洞察力に長けています。

やはり、自分の心をつかむと、周りの事も自然に見えてきたり、
深くわかったり、想像力や読解力も長けるのでしょう。

そういう人と会うと、此の世を生きにくく生きているのに、
だからこそ、ここまでの深くまで、見通す能力が磨かれるのか?と
思ってしまうこともよくあります。

そして、その人たちの共通点は自分の信念を持っていて、
それが他人と違おうが、他人に理解してもらえなかろうが
屁にも思っていないという事です(笑)
他人の視点ではなく、自分の視点で生きているのは
かっこいいと思ってしまいます。

私も、そういう人になるべく、他人は自分の鏡と意識して
全て自分と視点を自分に向けて、見つめていこうと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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