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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
試練を喜びに変えよう
今日は、阪神・淡路大震災から20年目です。
私は、その大震災の3ヶ月前まで、兵庫県の西宮市に住んでいました。

その当日の朝、テレビをつけて、自分の住んでいた
西宮の街の変り果てた様子に驚きました。
親戚や、知人も、家が壊れたり、家族を亡くしたりした人もいました。

あれから20年。
早いような、そして長いような・・・
神の戸が開き、変化の始まりだったようにも思えるけれど、
犠牲になった方々には、心からご冥福をお祈りいたします。

20年。
生まれた子が成人を迎える時の長さです。
時代も変わり、価値観や、常識なども変化しています。

便利になった反面、色々と不便になったように思える所もあり、
現実世界でのコミュニケーションが薄くなった反面、
バーチャルの世界でのコミュニケーションを求めたり、
個の大切さをうたいながら、他への承認欲求が高まっている
そんな、時代になってきているようにも思えます。

色々な試練を乗り越えられた人には、
それだけ、命の器も磨かれ、人としての奥深さがある人が
多いような気がします。

大切に大切に、試練などに合わないようにと
真綿に包まれるように生きてきた人は、
それはそれで、愛された人がもつ、
愛らしさや世間ずれしていない無垢なものはあると思いますが、
自分の枠を超えたものへの畏敬の心であったり、
試練に立ち向かうために、自分の内から引っ張り出した勇気や、
それを乗り越えた時に味わう、達成感などの
経験に裏付けられた、自分の自信というものは育めないと思います。

「かわいい子には旅をさせ!」
という言葉がありますが、
神様は、本当にかわいいと思っている人には
旅という名のもとに、此の世での人生の中で、
色々な試練などの出来事を与えるのではないかと思ってしまいます。

それをどう自分が捉え、その出来事から、自分をどうしていくのかは
個々に委ねられていますが、
悲しんだり、苦しんだり、悩んだり、自分の運命を恨んだりしても
その後、受け入れ、精一杯自分の出来うる限りのことを頑張っている人には、
神の大きな愛が、目には見えないし、その時には気づけなくても
与えられ続けているのであろうと思うのです。

どんな状況にあっても、
懸命に生きている人は本当に美しい。

ぬくぬくとした環境の中で過ごしてきた人にはない
本当にはっとさせられる美しさがあるような気がします。

因果応報で、自分で自分の人生を創っている反面、
その人の命の器によって、
神が与える試練とも思える出来事があると思えます。

その試練が、自分の命や魂を磨く事になるのでしょう。
不必要なものを削ぎ落として磨かれるには
痛みも伴うこともあるのでしょう。

以前、名前を見て、その中の一文字を芸術的に描き、
名前を見た瞬間に思い浮かんだ言葉を書いてくれる人がいて、
私はそれを玄関に飾っているのですが、その言葉をご紹介します。

「紀
言の葉の 初めの波動を感じつつ
不安と恐れの 世界に生きる
深きに沈みし 真白き珠を
探し求める 旅なれど
その道行きは 無上の喜び」

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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新年のごあいさつ
あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します。

今年のお正月は、「宗忠神社」に参拝してきました。
賽銭箱に並ぶ人たちの行列が、外の道路まで伸びていて、
とても寒かったのですが、参道に入り、お賽銭箱が見えてくる頃
日の光が顔にまぶしいほどに当たり、
宗忠さんの明るい笑顔のようだと感じてしまいました。

おみくじをひくと、
「守捨離」と
「すべては基本から」と
書かれていました。

今までいつも「断捨離」ばかりを使っている私ですが、
この「守破離」の意味を探してみると、

「伝統を受け継ぐ者にとって忘れてはならない、
特に武道にとっての教えが「守破離」である。

「守」とは、師や各流派の教えを忠実に守り、
それからはずれることのないように精進して身につけよ、という意味である。

「破」とは、今まで学んで身につけた教えから一歩進めて他流の教え、
技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、
さらに心と技を発展させよ、という意味である。

「離」とは、破からさらに修行して、守にとらわれず破も意識せず、
新しい世界を拓き、独自のものを生みだせ、という意味である。

「守破離」は単に武道の世界だけの教えではない。
学問も経営も技術も、すべてにあてはまる。
師に教えられて師に止まっていては発展はない。
古武道に出発して古武道の中で止まっていたのでは、
後継者としての存在価値はない。

師をしのぎ、伝統を越え、親を超越して、
より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩がある。
「守破離」とはその意味の言葉である。

[参照]活人剣抜刀道、叢文社」

というものを見つけました。

私は黒住教ではないので、きっと黒住教の方々は
色々な教えをいただいていて、その教えに上にある言葉なのでしょう。

私は、幼い頃から言われていたしつけの言葉であったり、
今でも心に残っている、年寄りらから言われた言葉を教えとして、
それに外れないようにしようと思いました。

例えば、
「靴を揃えなさい」「挨拶をしなさい」「部屋を片付けなさい」などのことから
「人に好きになってもらいたかったら、自分から好きになりなさい。」
「自分の言った言葉を、相手がどう思うかを考えなさい。」
「自分側からだけではなく、相手側からの見方も想像しなさい。」
「悪い事はしちゃあいけん。誰にもばれてないと思っても
 お天道様には全部見られとる。」
「そりゃぁ生きとったら、辛いことも悲しいこともあるわ。
 でもな、それでも笑える日がくるんじゃ。
 どんなことがあっても、笑ろうて生きれることが幸せなんじゃ。」
「大人になったら、ずるい事や悪い事も覚えるじゃろう。
 だけど、性根まで腐らせちゃーいけん。
 性根がきれいなままじゃったら、本当にお前が困ったときに
 たくさんの神様が救いにきてくださるけん。」

成人を迎え、社会に出て、
「人にばれずに悪い事をして楽しんでいる人はいっぱいおるし、
他人の事なんか全然考えずに、自分勝手に生きる方が得だし、
性根が腐ってるのに、人生楽して面白おかしく生きている人の方が
性根がきれいで、真面目に働いている人の方は悔しい嫌な事ばかりで
辛い想いばっかりしてるじゃないか~!!!
全部、きれいごとじゃ。戯言じゃ。嘘じゃ。」
と思ったこともあります。

でもまたそこから、年を経て、この言葉たちは私の宝であり、
私の道しるべになっています。

「守破離」を「基本」を心に、今年も自分の命を生かそうと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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