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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
HAKAの話
HAKA(ハカ)をご存じですか。

HAKA(ハカ)は、ニュージーランドマオリ族の民族舞踊。
マオリ族の戦士が戦いの前に、手を叩き足を踏み鳴らし
自らの力を誇示し、相手を威嚇するダンスである。
現在では国賓や海外からの訪問者を歓迎する舞として披露されるほか、
ラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)が
国際試合前に舞う民族舞踏として有名である。
(Wikipediaより引用)

All Black Maori Haka vs USA
Top 8 - Unforgettable All-black Hakas
All Blacks Haka Compilation HD

チームブラックスの選手の顔をみていると
戦いの神が舞い降り、気迫に満ち、自分のチームの強さと結束力を表し
試合というよりも、戦いの前の戦士のように見えてしまいます。
アドレナリンがもう溢れ出し、相手のチームを飲み込むような気が充満する・・・
画面を通しても、伝わるような感じがしてしまいます。

歌詞は、先祖の系統や部族の歴史を詩にしたものが多いとありましたが、
Wikipediaに掲載されていたものを紹介します。

カマテの歌詞:
リード
カ マテ! カ マテ!
コーラス
カ オラ、カ オラ!
リード
カ マテ! カ マテ!
コーラス
カ オラ、カ オラ!
テネイ テ タナタ プッフル=フル ナア ネ イ ティキ
マイ ファカ=フィティ テ ラ!
ア ウパネ! ア フパネ!
ア ウパネ! カ=ウパネ!
フィティ テ ラ!
ヒ!

カマテの意味:
私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!
(以上を2回繰り返し)
見よ、この勇気ある者を。
ここにいる毛深い男が再び太陽を輝かせる!
一歩はしごを上へ! さらに一歩上へ!
一歩はしごを上へ! そして最後の一歩!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!

最近テレビで、「ママっ子男子」と呼ばれる反抗期がなく
ママとふたりで買い物や食事、旅行に行き
母親と月に数回デートする、二十歳前後の男子たちの紹介や、
オトコ同士で ペアルックを着たり、男子会スイーツの報道を見て、
それぞれ個性で、草食男子という言葉も定着しましたが、
今の時代、男は男らしく、女は女らしくというのは時代錯誤で
男女差別ともとられるかもしれないけれど、
気迫に満ちた、ワイルドなHAKAを踊る選手たちはかっこいいな~と
つくづく思ってしまいました。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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オセロの白?黒?どちら?の話
私はブルーハーツの曲が好きです。

「青空」「情熱の薔薇」など、好きな曲は多いのですが、
「シャララ」の中で、
「すべての罪はみんなで分けましょう」
という歌詞があります。
どう思うかは、人それぞれだと思いますが、
甲本さんは優しい人だな~と思ってしまいます。

この地球を1人の人間に例えると、
一人ひとりは細胞一つ一つともいえます。

東洋医学では、人の生命体を、大自然(大宇宙)の一環として捉えて、
人体内部の仕組みも一つの小自然(小宇宙)としてみたりもします。

そう大きな視点で見ると、1人ひとりの個性は
全ての中のある一面が表現されているだけであり、
一人ひとりの体験や経験も、ある一面にすぎないようにも思えます。

大きな視点から見ると、
自分の人生は、ある一面だとすれば、
他人の人生も、自分の代りにしてくれている一面にすぎない
ということです。

名前を忘れてしまいましたが、
ハンセン病がまだ非人道的な差別されている時に
ずっと看病をされた女性の話を聞いたことがあります。
自分の代わりに、過酷な人生を送り、ありがとうという
感謝の心でとても、尽くされたという話です。

最近では、もう鬼畜生以下ではないかと思うほどの
ひどい事件が、報道されていたりします。
一つ一つの細胞の中で、病んでしまったり、
腐ってしまったりしているものもあるということです。

腸内細菌の善玉菌と悪玉菌
HDLコレステロールとLDLコレステロール
ウイルスと免疫
のように、体の中でも善と悪がいつも共存しており
その中の比率で、健康か病気か決まります。

自分1人なんか、何の力もないと思うこともありますが、
オセロのように、自分が白になるか黒になるかで、
この世界や宇宙にも大きな影響が出るのではないかと思います。

今ある状況が当たり前と思い、不平不満を持って過ごしていたり、
怒りや心配、妬み、恨みなどの負のエネルギーがたまると
自然に、その浄化作用が起こります。

また、我よしの考えばかりで、他人の心を慮ることができない人は
それを気づかせようとする試練を与えられる気がします。

色々な犯罪は、幼い自尊心から生まれることも多いように思えます。
人に大切にしてもらいたい、愛されたい、相手より得したいなどなど・・

許しの心はとても大きなパワーを秘めています。

此の世には自尊心より大切なものがあるのでしょう。
それに気づき、感謝と思いやりのある人生を送り出した時
自分へは因果のよい反射が返ってきて、
そして大きな世界にも、オセロの白のようになることで
影響を与えるのだと思います。

人の為と書いて「偽」となります。
人の為ではなく、自分の為に感謝するのです。
人から愛されようと偽物にならず、自分で自分を愛するのです。
足りないものではなく、足りてるものを見て、感謝することで
廻りまわって、それが自分への光となって返ってきて、
この世界へも光をともすことになるのだと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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生きる話
先日、テレビで愛する夫を失い、心境を吐露する姿を見ました。
本当に愛が深かったのだな~と思いました。
愛の深さが深いほど、それに反映して違う感情も大きくなります。

ショックや悲しみを受けた時に、次の5段階を通ると言われます。

①否定・拒否
②怒り
③あがき
④絶望
⑤受容

その出来事を受け入れるまでに、自分の内から
次々と色んな感情がわきあがるわけです。

あと必要なのは、きっと「時」でしょうか。
時とは本当にありがたいものです。

私たちが、時間という概念の中、
順を追って左から右へと流れるように見ているだけであり、
過去も現在も未来もすべて平行に同時に存在する
という説があります。

それがどうなのかは、私にはわかりませんが、
此の世に時間があるということは、
本当にありがたい事だと思います。

その時はわからなかった事が、
自分の中で、時間をかけて、消化吸収され
「あっ!そっか!」とわかることがあります。

辛くて悲しくて、その苦しみが永遠に続くように思えても
時間の経過とともに、それらは薄れ、
心の状態も変化していきます。

時間の経過とともに、変化が生まれます。
良い事も、悪い事も変わっていきます。

変化を恐れることもありますが、
変化は、神様からのプレゼントのような気がします。
英語では「今」を「present」といいます。
この瞬間こそが、プレゼントなのです。

人生は、プレゼントの連続で出来上がっています。
未来の事はわからないですが、
今もわからないことばかりです。

毎日が選択の繰り返しであり、
自分の思い通りなど、いくことは少なく、
思いがけない事が起こり、それによって方向が変わったり、
時間の使い方が変わったり、
気持ちも、出来事によって一瞬で変わります。

そのわからないことが、すべて「プレゼント」の連続。

人生で不思議なのは、その時は「最悪」と思っていたことが
後になって振り返ると、違って見えることです。

その出来事があったから、今の状況になれたとか、
迷いを振り切れる大きな分岐点になったとか、
自分が強くなれるきっかけだったということがあります。

すぐにジャッジをしてしまう癖が、誰にでもあると思います。
いい・悪いに分類して、それで終わりにしてしまうのです。

でも、「いい」「悪い」もその時の自分のレベルでの見方であり、
それから、自分に変化や成長があって、見え方が変わると
全然違う意味を持つことになります。

全ては終わりではないのです。
途中なのです。
プレゼントを毎瞬与えてもらいながら、
「ing」現在進行形であり、最中なのです。

悩みながら、もがきながら、泣きながら、笑いながら
わからない中、その「ing」をし続けていくことが、
生きるということなのかもしれません。

そして、その生きる中で、
何を見て、何を感じ、何を心に収めるか
それが、自分の唯一残される宝になるのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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「恵まれる=幸せ」ではない話
はや5月。
そしてG.W.
新緑の美しい季節ですね~♪

4月があまりに忙しく、気づけばもう5月といった印象です。
G.W.も昨日から休みにはいり、
やっと一呼吸できる感じに落ち着きました。

仕事、5月で終了という話だったのですが、
ずっとお願いしますと言われました。

因果関係というものを感じました。
今の「因」が、先の「果」となり、返ってくるということです。

終了と言われても、まぁ今できることを一生懸命しようと
そうすることで、きっとこの仕事を離れても
自分に見合う仕事なり、出来事が舞い込んでくると思って
文句を言っても仕方ないし、そういう目に自分が合うのは、
すべて自分が原因なのだと、我ながらよく頑張りました。

すると、結果、その仕事の継続にプラスして、
他の仕事までいただくことになりました。
その今回私にまわってきた仕事をしていた人が、終了になりました。

ベテランでミスも少なく仕事もでき、ずっと続けると言っていた人で
愛想がよく、きれいな人で、面倒見がいいと慕う人もいましたが、
私自身は、個人的に、その人の事が会った時から苦手な人でした。

今年に入ってからは、仕事はミスなくするけれど、
仕事中、居眠り等の怠惰、上司を軽侮し、不平不満を露わにして、
自分はプライベート重視で、休みなどの自己主張をしたり、
自分の気に入らない事をする人には酒の席で罵倒したり・・・
そういう「因」が回りまわって、契約を切られるという形の
「果」が返ったのように思います。

その分、その人の仕事も4月からまかされ、
もうわけわからないけれど、やるしかない!!という状況で
無我夢中でやり、やっと乗り切れたという感じの今です。

最近、恵まれるということは何なのだろうと思う事があります。

その仕事をやめることになった人は、美人で頭がよく
裕福な家庭で育ち、20代前半で結婚していました。

先日テレビを見ていた時に、
最近は女の人が、夫にDVをすることが増えている特集をしていて、
その中でDVをする女の人の特徴の一つとして
美人で高学歴、実家が裕福とその番組では紹介していました。

それとは別に、ホストクラブや、ダメンズと言われる男性に
お金を貢ぐ人の傾向として、どのような統計かはわかりませんが
ある番組で、80%が、裕福な家に生まれ、女子高⇒女子大の人
という説明をしていました。

「美人」「裕福な実家」「高学歴」
恵まれた資質であり、条件だと思えます。
それでも、その恵まれた事が起因となり、歪んだ結果につながっています。

私の知人でも、美人な友達は、チンピラやヤクザのような人から付け回されたり
結局付き合って、金銭感覚がおかしくなり、その後別れた後苦しんだり、
年を重ねて、自分の容姿が変わっていくことに、強い恐怖を抱えている人もいます。

また裕福な家に育ち、女子高から女子大に進み、卒業後、一流企業に就職し
そこで社内結婚した人の中で、夫に対して、また夫の実家に対しての不満がすごく
子供さえいなければと、本人は地獄だと言っている人がいます。

それならば自分の実家はお金持ちだし、夫以外の彼氏も作っているのだから
もう別れたらいいと思いますが、相手が浮気などして悪者にならないと、
自分からは世間体も悪いし、自分が加害者は嫌なのだそうです(苦笑)

反対に、恵まれず育った友達は、はたから見たら平凡で
一般より少し劣るほどでも、毎日の生活に感謝をしている人がいます。

親からDVを受けて育ち、自分の容姿にコンプレックスを持ち、
自分に自信がもてなかった人が、その人を愛する男性に出会い、
こんな幸せに自分がなれるとは思わなかったという人がいます。

反対に恵まれている条件が揃っている人の方が、
不平不満や欲求が多く、自分を優秀であると証明することに必死で、
他人ばかりを責めているような人もいます。

恵まれるとはどういうことなのか?
幸せとはどういうことなのか?

それは一人ひとり違うでしょうが、
「恵まれている=幸せ」ではないんですね。

自分の目が何をみるか、それの中に何をみつけるか、
それによって、まったく同じものでも違うものになるんでしょうね。

あーそれにしても仕事疲れた。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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