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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
個性の話
人それぞれ「個性」があります。
きっと「普通」という人は、此の世にはいないのかもしれません。

そして、一人の人の中にも、色んな自分がいます。
起きている自分もいれば、眠っている自分もいるし、
きっと気づいている自分もいれば、気づいていない自分も
誰の中にもいると思います。

でも、人はなぜか、自分の事を信じれず、
他人に対して、自分を評価してもらおうとします。

また、右ならえで、自分の考えよりも、一般的な考えや
教えられた事、えらい人が言った事、
また自分が嫌われるのを恐れて、皆の意見に同調します。

そうやって、どんどん自分の内から目をそむけ、他人に委ね、
考えたり、感じる事に蓋を閉め、自分をごまかすのが上手になります。

友達ということで、前にブログを書きましたが、
私の中では、友達なんてそうなかなか出来るものではない。
一生のうち、一人でも見つけれたら、儲けもんと思っています。

「個性」だれもが持っている感覚の中、
人間関係の中でも、その個と個の間には、溝があります。

言葉とはとても便利なツールですが、
どの次元で何を話すか、もしくは受け取るかで
その言葉の意味はまったく違って来たり、
次元が違えば、一つの言語であっても、
一切通じていないこともあります。

英語と日本語のように、
外国語がまったくわからない人同士の会話よりも
同じ日本語での会話の方が、
お互いに理解しあえたと勘違いするリスクが大きくなります。

同じ人間は、此の世にはいません。
きっと自分の気持ちもつかみきれないのですから、
相手の気持ちを、その言葉によって掴みきることなど
きっと不可能なのだと思います。

それでも、相手の心に寄り添おうとする気持ちや
相手の言葉を少しでもわかろうとする気持ち、
自分と相手の間にある壁や溝をわかった上で
少しでも近づこうとすることが、きっと必要なのでしょう。

これには、とても大きな労力を使います。
表面的に相手に合わせ、自分の寂しさを紛らわしたり
自分の欲望を満たす手段に使えるものを
「友達」というのであれば、別でしょうが・・・

自分の内の世界のキャパが広い人は、
多くの人と、心を通わせ、その上に信頼関係を築く人もいるでしょう。

私はキャパが狭いので、友達と自分が思っている人は数人です。
本当にありがたいことだと思います。

考え方や意見も違うし、生活も違うし、趣味も違う人です。
でも根っこが似ているな~と思える人です。
そして、何より一緒にいて楽しい!!!よく笑います。

一緒にいても楽しくない、おもしろくない人とは
友達とは呼べないんじゃないかな~と思います。

たくさんの友達がほしくて、SNSをしたり、
嫌われないように、人に合わしたり、
一人ぼっちにならないように、皆といたりする人もいるかもしれません。

「友達はいて当たり前。たくさんいる方が自分のステイタスがあがる」
という幻想は捨てた方がいいと思います。

友達の数なんてどうでもいいことです。
そんなことより、自分の質の方がよっぽど問題です。

自分にウソついたり、ごまかしたりして、誰かと一緒にいるのなら
1人の方が全然マシです。
孤独は怖いものでも、恥ずかしいものでもありませんから・・・
めんどくさい人といるより、1人の方がずっとずっと楽しいし、
他の媒体(本、テレビ、ネット)色んな情報を得られます。

自分のエネルギーを感じて、他人にばらまいているエネルギーを
自分のもとに戻して、充電することも必要です。
でないと、カラッカラのスッカスカですから。

誰もが、自分の事など信じようと思っても信じることはできません。
やはり、何か自分の意思決定の上で行動して、その結果によってしか
自分の事はわからないし、信じることもできません。

失敗を恐れることは、もったいないことです。
失敗をすることで、色々な事は学べます。
そして、その次の事を考えることができます。

失敗と思っていたことが、後々、あのことがあったから・・・
と好転へのターニングポイントだったことにきづくこともあります。

親が、友達が、先生が、夫が、恋人が、
と自分の人生なのにもかかわらず、主語を自分ではなく
誰かに預けてしまっている生き方ほど、つまらないものはありません。

エゴで、自分の意見を押し通せ、自分の自我を相手に押し付けろ
という意味のことではありません。
自分というものを大切にしようという話です。
自分を大切にできない人は、自分以外のすべてのものも大切にできません。

他人と同じが○ではないのです。
他人と違う所を恥じるのではなく、
違う所を、自分なりに光をあてて、伸ばしてみる事で、
それが「才能」に昇華するのだと思えます。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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友達の話
Elite Dailyの有名ブロガーである、ポール氏が書いた
「友達にすべきではない10人の特徴」

1. 目立ちたがり屋のやつ
目立ちたいと思っているやつは、常に自分の価値を証明しようと躍起になっている。

2.知性を感じられないやつ
知性を感じないといっても、自尊心が強くて、自己中心的で学ぶ姿勢のない人のこと。

3.他人に依存しているやつ
他人に依存している人は、必ずあなたにも頼ってくる。

4.怠け癖のあるやつ
「怠け癖」は伝染する。

5.人生一度きり!が口癖のやつ
死んだってかまいやしない!今しかないんだ!って無茶をする奴。

6. しゃべりすぎるやつ
内容のない話を延々とするやつがいる。
口を動かすことに時間を費やすわりには、その中身はからっぽだ。

7.「私・・・ダメかも」を連発するやつ
悲劇のヒロインを演じている人。一緒に不幸ぶってると、本当に不幸になってしまう。

8.ぬるま湯に浸かっているやつ
もし、人生を楽しくしたいのなら、同類を探すべし。

9.夢を持たないやつ
夢をみないやつは夢を見る事すら否定して、
他人の夢もそれが単なる夢に過ぎないと非難してくる。

10.何も信じないやつ
自分自身をも信じきれないやつが、どうやって他人を信じることができるだろう。

かなり端折っていますが、言い得て妙です。
人生は限りある時間の中にあります。
どんな人と出会うか、どんな人とその時間を過ごすかで、
その人生が決まります。

人は見えないですが、思いであったり、波長であったり
そしてオーラをまとっています。

それが同じ時間を過ごしたり、会うことによって交わりあうわけで
どうしても、影響を受けてしまいます。

年を重ねたご夫婦でよく似た顔と雰囲気の方がいます。
人生をともに歩まれたというのは素敵だなと思います。

自分が一番かわいいし、
意識していなくても、誰かに支えられ、依存しているわけです。
誰かに認められたいし、ほめられたいし、よく思われたいし
めんどくさいことは嫌だし、でも手柄はあげたいし、
寂しかったら人恋しいし、自分の話を誰かに聞いてもらいたいし
うまくいかないことが続くと、凹むし、自信もなくなります。

誰もが主観的にしか、世界を見ていないし、
自分の人生の主人公は自分で、友達は脇役です。

そういう自分をきちんと認めるところから、すべて始まる気がします。

そんな事ないと、自分は無自覚だから、
自尊心ばかり高いわりに、承認欲求が高くて、
自分はしないのに、「して、して」と友達に依存したりするようになり、
自分は友達と思っていても、相手からはそう思われないという事も・・・

結局は「類は友を呼ぶ」と言いますから、
いい友達が欲しければ、そんな自分になるしかないのでしょうが・・・

自分を認めれなかったり、しんじれない人が、
他人にいくら承認してもらおうとしても
やっぱり無理がありますよね。

人に認められようとすればするほど、
自分の価値を証明しようとすればするほど、
自分の内の不安や不信が露呈してしまい、
物差しを人に求めるほどに、自分を見失うという危険もあります。

必死で探そうとしなくても、
そういう自分になれば、気づけば自然と出会う人には
必要な時に出会うようになっている・・・
そんな気がします。

あなたがあなたらしくいるとき、
それが一番自然なんでしょうね。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた話
私は未だ、ガラケーです。
パートナーや仲良しの友達も、結構ガラケーです。
PCやiPadなどは持っています・・・。

スマホを持っている人の中でも
その中でもSNSを積極的にしている人と、一切しない人がいます。

私はガラケーですし、最初の頃にスマホに変えようかと思った時に、
SNSのお誘いをよく受けていて、面倒でガラケーの機種変したので
SNSにはあまり興味がありません。

SNSの活用法も色々あるのでしょうが、
いつもいつもスマホを手にして、電池を気にしてすぐ充電し
色々なSNSに参加して、友達がたくさんいるとアピールする人は
常に他人を気にしており、他人の何でもない態度や言葉に一喜一憂し
自分よりも、他人の評価や印象ばかり気にしている人もいます。

実際に文句を並べていると、やめればいいのに!と思いますが、
本当の自分よりも明るく楽しく、キャパを大きく見せようとしたり、
辛いことがあっても充実しているように見栄をはっていると
大変だな~、疲れるだろうな~と思ってしまいます。

でもそれって裏を返せば、自分の事しか考えてない嘘つきで
自分を信じてないから、人からの評価に頼ろうと依存している
他人に助けてもらおう、自信をもらおうと思っている・・・
ってことですよね。

ブルーハーツの「チェインギャング」という曲が私は好きです。

「僕の話を開いてくれ 笑いとばしてもいいから
ブルースにとりつかれたら チェインギャングは歌いだす
仮面をつけて生きるのは 息苦しくてしょうがない
どこでもいつも誰とでも 笑顔でなんかいられない

人をだましたりするのは とってもいけないことです
モノ盗んだりするのは とってもいけないことです
それでも僕はだましたり モノを盗んだりしてきた
世界が歪んでいるのは 僕のしわざかもしれない

過ぎてゆく時間の中で ピーターパンにもなれずに
一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた
なんだかとても苦しいよ 一人ぼっちでかまわない
キリストを殺したものは そんな僕の罪のせいだ

生きているっていうことは カッコ悪いかもしれない
死んでしまうという事は とってもみじめなものだろう
だから親愛なる人よ そのあいだにほんの少し
人を愛するってことを しっかりとつかまえるんだ

だから親愛なる人よ そのあいだにほんの少し
人を愛するってことを しっかりとつかまえるんだ

一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた」

一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた
印象的です。
皆、こういう所ありますよね。

この人にはかなわないな~という強さと聡明さを持った人がいます。
素直で想像力も豊かで、相手に対して思いやりと礼儀をもつ人。
そして、一つ聞いて10の事がわかるような人。

そういう人は、孤独と向き合い、受け入れた過去があり、
他人の評価よりも何よりも、自分を大切にしています。
友人にしても、身の回りのものにしても、数は少ないけれど、
自分が本当に好きな気に入ったものを選び、
真面目に仕事をして、日々の生活を送っています。

私はその人の誠実さに安心感を持ち、信頼できます。
きっと自分で立っているので(自立)、
一緒にいて、依存される重さを感じなくていいので楽です。

他人に助けを求めても、結局自分を助けるのは自分しかありません。
他人はいい加減な事をその時いうだけです。
本当の自分を知っているのは、自分の気持ちは自分しかわかりません。
そして、他人をあてにせず、自分自身を助けることができるようになると、
他人を助けることが出来る人になるのでしょう。

自分を助けていないのに、相手を批判し、自分の意見を押し付け、
相手を救うことができる自分が救世主のような態度をとる人がいますが
結局、相手も自分も助けることはできないのです。

自分の事を棚に上げ、孤独から逃げ、相手の為という言葉の裏に
相手からの評価で自信をもとうとする気持ちがある時には
なかなか欲しくても手に入らなかったものが
他人ではなく自分に標準を合わせ、孤独を恐れず
自分を自分で助けた時、それまで追いかけても無理だった
欲しいと思っているものが、気づけば手に入っているのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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