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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
人間万事塞翁が馬の話
「人間万事塞翁が馬」(にんげんばんじさいおうがうま)

意味:人生における幸不幸は予測しがたいということ。
幸せだと思っていたものが不幸の原因になったり、
禍(わざわい)の種だと思っていたのが、幸運を呼び込むことがある。

その時は不幸だと嘆いても、後になって振り返ると
その出来事があったからこそ、好転して今の状況があるという
そんなこともあります。

また、自分の願いがその時には全然叶わない時、
そのお陰で、いろいろなことに気づいたり、
自分に対峙するきっかけになったりもします。

でも自分の想いよりも、結局はその時の自分にとって
自分の魂レベルで最善の状況になっているのだと思います。

一見は百聞にしかずとも言いますが、
聞いた話や想像したことよりも、
結局体験したことしかわからないというか、身に染みないんですよね。

浄化や昇華など、結局は魂レベルでの最善で最適な環境と体験を
その時与えられるようにできているのだろうと思います。

簡単にできることは、心にも残りませんし、
当たり前のように思いがちです。

だからこそ、自分が願ってもなかなかできない事や
うまくいかないことが、自分の今生のテーマのこともあります。

私も、周りの人にしたらなかなか出来ないということは
簡単にスルっとできるのに、
周りの皆が当たり前にできることが、全然できず
願っても願っても手にできないということがあります。

誰もがその人それぞれのテーマをもって生まれてくるといいます。
一つクリアしても、また一つお題が出て、それに向かって頑張ることで
ステージがクリアされ、次のステージに立つのだと思います、

その時の自分の幸福度とは別にステージのクリアはあると思います。
無理に自分の想いを遂げて、自分は幸福度マックスでルンルンでも
ステージダウンしていて、そのツケが後でくることもありますし、
なかなか願いが叶わなくても、着実に魂のプラス貯金、
または借金返済できていることもあります。

自分の想いより遥かに大きく広い想像だにできないレベルで
結局は自分にとって最善のお題が今目の前に出されていて、
そのお題にクリアすることで、その時の自分の幸福度は関係なく
ステージアップもしくはステージダウンしていくのだろうと思います。

私自身、願いがあります。
びっくりする位叶っていません(笑)

でもすぐ願っていたらきっと見えなかっただろう景色や
きっと気づけなかっただろう事や想いや
自分自身を反省したり、顧みる機会を与えてもらっています。

そして、飽き性であきらめも早い、そしてブレやすい私が
10年以上も一切変わらず願い続けている事にふと気づいて
自分で感動さえ覚えることもあります。

すぐ叶っていたら気づけなかった自分の一部分であり、感動です。

できる事=良い事
できない事=悪い事
という法則が自分の中にありましたが、実際はそうでもないんだなと
気づくきっかけにもなっています。

順風満帆に、人生を送ってきた人より
紆余曲折しながら人生を送っている人に感じる魅力や奥深さも
思い通りにいかない人生の中で得たものにあるのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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新しい生活の話
入学式や始業式があったり、会社でも人事異動があり、
そろそろ新しい部署での勤務開始という人もいると思います。

色々な仕事場で働いてみて思うことは、
新たな仕事場で最初に親しげに話しかけてくる人には要注意!
そして何故かどこも、バカな人ほどえらっそうなので、
そういう人がいたら、表面的だけ合わせて放っておきましょう。

意外に、こちらから声をかけないと話しかけてこない人や
人見知りで最初無口に見える人が、後々いい人だったりします。

最初怖いと思っていた人が、何かあった時
目立たず裏でそっとフォローしてくれてたりしたこともあります。

愛想は大切ですが、今まで私の場合は
最初に愛想よく話しかけてきた人は、大体「困ったちゃん」でした。

今はコンプライアンスが厳しくなっていますが、
40代以上の人は、その意識の薄い人もいて、
本人は無意識なのかもしれませんが、個人情報の詮索や、
セクハラ、パワハラを堂々としている人もいます。

被害にあった人の中には、何も言わず退職していくという事もありますが
その会社の社風もあるとは思いますが、泣き寝入りせず、
本当に辛い時は相談することも忘れないでと思います。

一気に知らない人ばかりの中での生活になる人は
ストレスもあるでしょうが、何もかも変化していきます。

そこで止まることはありません。
今の状況で、自分自身の精一杯で頑張れば
未来はそれに比例して変化していきます。

すべては自分に必要だから起こっている出来事です。
それを踏まえて、それをすべて糧にして
自分を大きく成長させたいものです。

また、人の出会いは大きいです。
巡り合う人を自分で選ぶこともできますが、
会社ではそうもいきません。

自分と合わない人や、苦手だったり、
個人的な付き合いは絶対にしたくないような人もいます。

その中でいろんなことに気づけたり、
相手を自分の鏡として映しだされることもあります。

それを見尽くした時、その鏡は不要になり
現実が変化することもあります。

その時の自分に必要だからこその出来事した起こりません。
そして、それを乗り越えられるから、それは起こります。

だから、今の自分が未来を変えれるだから、
今後の心配や不安はせず、今できる精一杯をしていきましょう。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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「よきご縁を」の話
桜の開花時期は雨が多いですね~。

梅や桃の花もとてもきれいですが、桜には魅了する力があるんでしょうね。
他の花は開花の報道はありませんし、お花見といえば「桜」ですから。

美しくぱっと咲いて、儚く散っていく様に、人生を重ねるのかもしれません。
これだけ人々に愛され、人を引き付ける不思議な花です。

先日、映画を見ているときに、
「誰を好きかではなく、誰と一緒にいるときの自分が好きか。」
というセリフがありました。

あー、意識、無意識問わず、誰もが多面性を持っているし
私もいろんな自分がいて、どの自分が出るかは
相手によってそういえば変わるな~と、改めて思いました。

もちろんプライベート、オフィシャル等の相手との関係性もあるけど、、、

あの人と一緒にいると、自然体でリラックスしてほっこりしてるとか、
あの人と一緒の時は、イライラして怒ってひどい事言っちゃうとか、
あの人と一緒の時は、よくしゃべって笑ってるな~とか、
あの人と一緒の時は、自分をよく見せようと頑張ってるとか、
あの人と一緒の時は、緊張感あってピンと張りつめてるな~とか
あの人と一緒の時は、熱く語り合うよな~とか

知人からは、私は裏表がないとよく言われていたけど、
相手によって出る自分は色々いるな~と気づかされました。

どれも自分を知るためには必要な出会いなのだろうけど
どの自分を現すかということ(相手を選ぶこと)は自分で決定できるから
やはり、自分が好きな自分でいられる相手を選ぶことが
相手への感情も大切だけど、それ以上に大切なのかも・・・

でも大嫌いと思う人も、自分にとっては大切なのかもしれません。
自分が否定している自分の中の性質が写って見えているのかもしれないし
その中から気づくべきことがあるということもありますからね~。

ただ、その人との関係の中で、何も気づけず
ただただ傷付いてしまうのであれば、逃げるべき。

自分を否定し、心が傷つき、どんどん傷が大きくなる関係は
他の条件がどれだけ良かろうが、自分にとっては大マイナスです。

自分が好きな自分でいられる相手を見つけれることは幸せ。
出会いによって、全然人生は変わってくるから、
どんな人と巡り合うかは大きいこと。

出会いの多いこの季節。
よきご縁を・・・

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玉磨かざれば光なしの話
4月になりました。

開花宣言も出ているところもあり、ピンク色に色づいていく中、
桜の季節に、入学や入社、または新たな場所でのスタートがはじまる
そんな人も多いと思います。

人は慣れる習性を持っています。
無意識の中で、どんどん慣れていってしまっている中
4月は初心を思い起こさせてくれる季節でもあります。

私は3月生まれなので、3月に新たなスタートで
誕生日は脱皮みたいなものという感覚なので、
脱皮直後は何だか不調のように感じ、
1ヵ月後の4月位になると、馴染んでくるような気がします。

春はメンヘル(メンタルヘルスメント)の方も増える季節です。
季節の変わり目に相まって、生活の変化や、
別れや出会いなどのストレスも多いからかもしれません。

焦らず、ゆっくり、ゆっくり。
誰もが不安や、淋しい気持ちや、ネガティブな感情はあります。

逃げ出したい。誰かに助けてもらいたい。認められたい。
愛されたい。安心を与えてもらいたい。甘えたい。
その感情も誰もが持っています。

ただ、それらを他者に求めるばかりしていると、
他者からはそれらを与えてもらえないこともあります。

また、誰かが手を差し伸べてくれても、言葉をくれても、
相手がどれだけ愛情をくれても、受け取るのは自分。
愛も安心も感じることができるのは、自分だけ。
結局、自分の問題に他者は介入できず、
目の前の壁を超える事ができるのは、自分だけなんですよね。

本当に苦しいときや、今超えることができない時は
逃げればいいと思うんです。

ただ、誰かに自分の問題を肩代わりしてもらおうとか、
誰かにおんぶでだっこに精神的に依存してしまうとか
他人の声ばかりに耳を傾けて、人の目を気にして
他人の評価だけを信じてしまうと、本当の自分が消えてしまい
自信がなくなって、自分のエネルギーがなくなります。

「自分の人生の舵は自分がとる」
「自分の人生の責任はすべて自分にある」
という覚悟と意識があれば、ぶれることが少なくなると思います。

誰かの言葉で、行動したとしても
誰かの評価を得るために、したことであっても
結局は自分で選択しているのです。

その選択の連続が人生です。
誰にもその時は評価されなくても、自分にとっての真実であり、
自分の意志でこうなるという目標という「型」を想像し
それにプラス貯金(善意、善行などの行動)でエネルギーを注げば
それは創造されると思います。

他者の言葉ほど当てにならないものもありません。
一番信じれるのは自分です。
もし失敗しても、そこで終わらなければいいだけのことです。

失敗すると、辛いし、悲しいし、心挫けそうになるし、
自分がわからなくなったり、信じれなくなったり、
他者より劣っていると劣等感でいっぱいになり、
もう自分は何してもダメなんじゃないかと、情けなくて
すべてに意味がないような気持ちになることもあります。

「玉磨かざれば光なし」というコトワザがあります。
どんなにいい玉でも、磨かなければ光らないように
どんないい才能でも、修練や切磋琢磨しないと優れた人になれない。

年を重ねると、そのような出来事のお陰で、
痛みや悲しみを体感でき、悔しい思いから頑張れることができて
自分でも後で振り返った時、よくやったな~と思えて
その過去の自分が、今の自分の自信につながっている事があります。

うれしい、楽しい出来事も、素晴らしい思い出ですが、
反対のその出来事の時こそ、自分が成長できたと思えます。

逃げたい!!と思うような、難題が自分に降りかかった時こそ
自分が成長する大きなチャンスなのかもしれません。

他人の芝生は青く見えますが、
それぞれの課題に沿った出来事で成長の機会を与えられています。
他人の芝生ではなく、自分の芝生を見て手入れしていく事
それが自分の生きる意味なのかもしれません。

自分の芝生がきれいに手入れできたら、
他者の芝生の手入れのお手伝いができたらいいですね。

人は結局は「自分が誰かの為に役立ちたい」
という願望がある生き物だと思いますから。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。




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