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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
外見ばかりだと・・・・の話
外見ばかりを気にする人がいる。

10代の頃は男女とも、外見がいい人に心惹かれる事が多い。
20代の頃も、外見について気になる年頃だと思う。
30代は?
40代は?
50代は?
それ以上は?

何年か前に「美魔女」という言葉が作られ
そう呼ばれたい女性が、「アンチエイジング」に精を出していたが、
外見が美しくても中身がない人は、本当につまらない。

外見ばかりを見て、自分の性格や中身を見ようとせず
自分の才能を磨こうとか、何か学ぼうとかの努力もせず
他人への思いやりや、相手の為に役立ちたいという思いもなく
自分の生き方、考え方をしっかり持たず、周りに流され
他人から自分を認められたいと、自分の事ばかりで
他人の事などなんにも考えられない生き方をして
外見ばかりカッコつけてる、カッコ悪い人がいる。

若い時は、モテたり、チヤホヤされたり楽しく生きられても
ある程度の年齢を超えると、残念な人、痛い人と思われ
常識がないとか、頭悪いとか、いい歳して外見の事ばかりで
ダメな大人とバカにされてしまう

評価してもらいたくても、中身がないから評価は低く
特に聡明な人や、魅力のある人と仲良くなりたいと思っても
そういう人には相手にされない

20代に見える30代より、
20代に見える20代の方がいいに決まってるし、
外見ばかり気にして若作りして若い世代を意識している30代より、
思いやりがあって心豊かで、才能があったり
知性的でユーモアセンスのある30代の方が魅力的だと思う。

もちろん外見を保とうと努力することはいいけれど
そればかりだと、年を重ねるごとに
メッキがはがれるように、中身がないことがばれ
みっともないことになっていく。

また、年を重ねると顔に内面がにじみ出てくる
やさしい人は、やさしい顔に、
文句の多い人は、文句言いの顔に、
性格のいい人は、性格のいい顔に
意地悪な人は、意地悪な顔に・・・

顔の造作よりも、そのにじみ出る味に
魅力を感じるようにもなってくる。

でも外見ばかりを気にして、カッコつけてきた人は
その味がないけど、それは「自業自得」

今まで、真摯にその時その時の問題を受け止め
まじめに考えて、内面を磨く努力を怠ってきたから・・・

でも、外見ばかりを気にしている人の中で
自分の容姿だけでなく、自分の持ち物だったり、肩書きや
家族(夫や子供)も、外側ばかりを気にする人がいる。

家族の会社や学校の名前や肩書きなどは立派で、お金があっても、
内情はひどいもので、外と内に大きな差がある人もいる。

カッコばかりつけて、自分のことばかり考えて、
本質をないがしろにするから、うまくいかないし
相手から愛情も優しさももらえないし、運気も下がる。

私がそういう外側の事に興味ないからか
人には言えないと、内情や本音を吐露されることがあるが、
「周りからいくら幸せと思われていても、
本人が幸せを感じてないなら、それは不幸だろ~
だったら、幸せを感じたいなら変わる努力すればいいのに。」
と思うことがままある。

でも手放せないものがあるらしい。
色々あれやこれやとそういう時は理由を言ってるのを聞いても、
結局は自分のエゴと、カッコつけたい虚栄心と
楽して生きたいっていう「ずるさ」にしか思えない事が多い。

自分の人生、他人にどう思われるかなんか関係ない。
本当の事を知っているのは自分だけ。
マイナス貯金をすると、マイナスの出来事が返ってくるし
プラス貯金をすると、プラスの事が起こる。
自分をどれだけごまかしても、恐ろしいほどにきちんと精算される。

外ばかりを気にして、中身が薄い人ほどつまらないものはない。
メッキを塗り固めても、中身がないとほころびが出る。

どう生きるかは本人次第だから、好きなようにすればいい。

ただ、最近肉体年齢を聞いて話すと、あまりに幼稚な事を言われたり
若々しくいたい気持ちは別にいいけれど、
まだ10代、20代の方がしっかりしてるのでは?と思うほど
自分勝手で我儘な、中身が薄い大人がいて驚くことがある。

この肉体から離れ、違う世界にいく時に
魂や心が全然豊かになっていないのであれば、
幸せを感じることよりも、他人に評価されることを選んだ結果
何が自分に残っているかをまざまざと感じた時、
スカしてカッコつけるより、他人の評価に躍起になるより、
大切な事があったと、後悔しなければいいなと思う。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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価値観の話
昔、「1年生になったら、友達百人できるかな」の唄を聞いて、
学校に行く事が憂鬱になった事があります。

「友達」
その感じ方や数え方、その価値観や欲求などは、人それぞれだと思います。

友達の数が多いことを誇る人もいれば、
質を求め、数は要らないと思う人もいるし、
友達に価値を感じず、必要としないという人もいます。

「皆と仲良くしなさい。」って言葉は、本当に嫌いでした。
そんなことできるわけないじゃん!って思ってました。

人それぞれ合う合わないがあって当たり前なのに
皆と仲良くしなければならない・・・なんて・・・
それがストレスになり、その歪みが「いじめ」だったり、「劣等感」だったり、
自分の内の苦しみという形につながると思います。

必要以上に友達が欲っしている人に限って、
自分を押し殺して、他人に合わせようと媚びたり、承認欲求が強かったり、
相手への依存心が滲み出てしまい、相手に「重い」と思われて距離を置かれたり
自分の価値観や欲望を押し付けてしまい、辟易されて敬遠されることもあります。

そうなると、「媚びたり」「怒ったり」「すがったり」気を引くことに必死になり、
どんどん悪循環になっていき、孤独をもっと感じることにもなりかねません。

SNSを一生懸命している人の中に、友達の多さを誇る人もいますが
他人から、「それを友達と呼ぶ?」と失笑されてる人もいます。

反対に周りからは、多くの友達に囲まれているように見えるのに
本人は「友達が少ない」と言う人もいます。

他人が「正しい」「正しくない」と決めることでもなく
人によって、感じ方や価値観はそれぞれだと思います。

私は表面的にしか付き合えない人は、友達にはカウントしないし、
年を重ねるごとにどんどん切っていってます(笑)

時間には限りがあるから、本当に自分が腹を割って話せて居心地がいい人
自分が理解しようとしたり、理解してもらいたいと努力できる人、
本当に自分の好きな人じゃないと、大切な時間使えないよって思ってます。

「友達がいないことは悲しいこと、恥ずかしいこと」と思ってた頃より
「友達はいなくてもいい。」と知ってから、
ずっと人生が楽しく自由になったっていう人もいます。

何年も「笑っていいとも」の番組で「友達の輪」をつないだタモリさんが
引退後「友達なんていなくていいんだよ」と言われていました。
この言葉で助けられる人もいるだろうな~と何か思いました。

無意識に押し付けられてる価値観ってありますよね。
・友達は必要。
・お金は必要。
(多ければ多いほどよくて、優れているような風潮。)
・結婚をしなければいけない
・女なんだから~できなければいけない(母親は~であるべき)
・男は~でなければいけない(父親は~であるべき)
・働かなければならない
(できる人は〇、できない人は×っていう価値観)

でも、お金がたくさんあっても幸せじゃない人も
結婚や仕事をしていて、文句や不満ばかりの人もいます。

どれだけ人に羨ましがられたり、褒められても
自分の本当の価値観や欲望と
押し付けられている価値観が違っていたら
苦しくて、幸せを感じることはありません。

誰もが認められたい、愛されたいという気持ちはありますが、
自分が誰も認めてない、愛してないのに、
いくら求めても、ただの乞食で誰も与えてくれません。
自分の内に、それが満ち溢れる泉がある事に気づくしかありません。

自分にとっての幸せって何だろう
自分が気持ちいい、楽しいと思えることは何だろう
自分の好きなことは何だろう
どうなれば自分は満足なんだろう
ってことを改めて考えることは大切なことだと思います。

何歳であろうが、どんな状況であろうが・・・

他人の事を、ゴチャゴチャ考えたり責めたりする前に
もっと貪欲に、自分の心がどうなったら満足かを考えて
自分の心に向き合って、そして今何ができるかを考えて
一歩踏み出してみる勇気をもって、行動をしてみる。

情けは人の為ならずという言葉がありますが、
情けは他人ではなく、結局自分に跳ね返って自分の為になるように、
うらみや妬み、憎しみなどの負の思いを他人に向けると
結局自分に跳ね返って、誰よりも自分が苦しみます。

他人を不幸にしてやろうという思いの上に
自分の幸せはないということだけを間違えないように
自分の価値観を見直すことはとても大切なことです。

自分の幸せが、他人の幸せにつながっていく事になれば
本当にこんなにHAPPYな価値観と欲求はないと思いますが、
それまでに紆余曲折しながら、間違いながらも
自分の価値観に気づいていく過程は幸せなことです。

あなたがあなたらしく生きていたら、
誰がなんといおうと、それはとても幸せなことです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。




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どの視点でどう生きる?話
「驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」
平家物語に出てくる一説です。

地位や財力を誇り、思いあがった行動や言動をすると
栄えることは長く続かず、滅びるという意味ですが、
昔も今もこのことは変わらないのだなと思います。

今までに、自分自身も経験しましたし、
色んな人を見てきて、この法則は本当にあると実感しています。

仕事で、無能でありながら地位があり、その器がないのに
はき違えて「みっともない」行動を繰り返す人がいて、
周りにいる優秀な人が次々と辞職していくところがあります。

周りが辞める度に悪口を誰かれ構わず言いまくり、
その人自身反省は一切せず、溜まりにたまったその「業」が、
現実その人に降りかかる時は、どうなるのだろうと思いますが、
きっと本人だけは気づくことはないのだろうと思ってみています。

地位や財力などで、他人を図ることは此の世では多いですし、
それらを多く持つ人達が、この世の中の大きな局面を
目に見えて決定して、動かしているような局面もあります。

もちろん、そのような人達で素晴らしい人柄の人もいるでしょうが、
あまりに稚拙で、品性や人間性が欠けているような人もいます。

どこの視点で何を見るかが、その人自身を表すのかもしれません。

此の世には、ひどい事をする人や、鬼畜生のような人がいます。
また、弱くて依存が強く、自分の為に人を傷つける人もいます。
反対に、どんな状況であっても「神聖」な人もいます。

色んな人や波動が入り交じったこの世の中だからこそ
気づけることも多かったり、自分の内に葛藤が生まれ
その中で何を選択して、どう行動するか・・・
そして、自分をどういう生き方をするかを決めていくのかもしれません。

そのような美しい世界、醜い世界を見て、
自分はどのような人として生きていきたいのか、

「強くなければ生きていけない、
 優しくなければ生きていく資格がない」
レイモンド・チャンドラーの小説の一説です。

自分にとっての「強さ」とは何でしょう。
自分にとっての「優しさ」とは何でしょう。

弱さを知って、初めて自分の強さを知ることもあります。
自分の弱さが、優しさに結びついていることもあります。
悔しさの中に、愛を見つけることもあります。
悲しい出来事を体験して、初めて自分の内の愛に気づくこともあります。

私が出会った人の中で、本当に優しい人だと感じた人は
壮絶な過去の体験や、辛さや悲しさを味わいつくした人が多いです。

反対に、他人に対してひどい態度をとったり、傲慢で苦手と思う人は
恵まれていて、苦難にも合わず順風満帆な人生を送る人もいます。
いつも自分の尻ぬぐいを家族にしてもらっている人もいます。

だから、不遇な環境や、恵まれない人や、辛い思いをしている人を見ると
私は、とても大きな可能性をもって生まれてきた人なんだと思ってしまいます。
潜在的にそれを受け止める強さを持ち、大きな挑戦してるチャレンジャーだから。
それを超えたところに、たくさんの気づきと喜びがあるから。

幼少期は、不遇な環境の友達に嫉妬心を持っていました(苦笑)
無意識にその環境の中で、与えられることが多いと感じていたのかもしれません。

一日、一日、感謝の気持ちを心に持ち、
今の目の前のことを真摯に受けとめ、真面目に生きたいと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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