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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
父の話


父は山が好きだった。
その山に何百本もの木を植え、愛でていた。
木が色んな事を教えてくれると言っていた。
定年後、春夏秋冬、時間があれば、山に行っていた。

自分の死を知った時、高らかに笑い
「お前が、いや皆がどう思っとんか知らんけど、
わしの人生はそりゃ面白いええ人生じゃった。
何がどうなろうと大した事じゃありゃせん。
何も心配いらん。
そんな顔すな。」
と、自分より私を気遣ってくれた。
そして、私はその時、愛と幸せとは何かを教わった。

亡くなった後、近所のおばあちゃんやおじいさんなど、たくさんのお年寄りに
「あっちゃんにはほんまにえらい世話になったんよ」
「口は悪いけど優しい人で、ほんまに感謝しとんよ」
と、皆口々に、父がその人たちに何をしたかを教えてくれた。

足が悪いおばあちゃんの代わりに、お墓掃除と御参りに行ってくれたと・・・
いつも庭の掃除や先手に来てくれてしてくれたと・・・
一人暮らしで車もないおばあちゃんは、買い物に連れて行ってくれたと・・・
いつも新鮮な野菜を玄関に置いて帰ってくれたと・・・
定年後引っ越してきた私をいつも気遣ってくれ、畑の仕方を手取り足取り教えてくれたと・・・
その他も涙でもう聞き取れないほど、たくさんの話を聞かせてくれた。

どれも皆、全然私の知らない話ばかりだった。
家族にも誰にも言う事なく、ただただ父はしていたのだ。

遺品を整理していたら、隠すようにして金庫の奥から
たくさんの寄付金の領収書が出てきた。

頭が下がった。
「陰徳」とは何かを、父の死後、父から教えてもらった。
優しさとは・・・
思いやりとは・・・
何か、どういうことかを教えてもらった。

私は目を開いていたのに、一体父の何を見ていたんだろう。
こんなに近くにいて何を見ていたんだろう。

父は竹も愛し、竹によく細工をして色んなものを創っていた。
その細工にはよく桜や梅の花を模様にしていた。

父の人生は、よく行き詰まり、すんなり伸びる事はできない人生だったが、
伸びては節が出来、伸びては節が出来るうちに、
強い節の多い、強靭な竹のようになったのだろう。

その辛さと苦しみから、情の深い、他人の心のわかる人間に育っていったのだろう。

決して恵まれていない生活の中練りあげて、美しくパッと咲き、潔く武士のように散った桜を見ると
私はこの季節、父の事を思い出す。

私は父の子として、この世に生まれた事を誇りに思う。
そして、心より感謝している。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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