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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
空海の話から変化の話


先日、NHKで空海についてのテレビシリーズをしていた。
その一回目が「仏像革命」で、密教の世界を目に見える立体曼荼羅として
大日如来様を中心とした菩薩様や不動明王様、梵天様、帝釈天様、四天王などの
仏様の説明とともに、京都東寺の講堂の21体の仏像を映し出していた。

その菩薩様の慈愛あふれるお顔や、不動明王様の怒り恐ろしいお顔など素晴らしく、
一本の木から彫り上げられた大きな仏様もいらっしゃったが、、
平安時代の作品と思えない、時代を全く感じさせない圧倒される仏様の数々だった。

また、大日如来様や不動明王様は空海が唐から持ち帰り、日本に広めた事を知った。

両親が病の床についた時、お不動様に祈祷に何度か行かせてもらった。
左手に持っている縄は煩悩の束縛を表し、その右手に持っている剣はそれを断ち切る知恵を表し、
必死の形相で人々を助けようとしているのだそうだ。
その怒りの顔の不動明王の力にすがろうとしていたその頃の私を思い出した。

結局、その願いも届かず、続けて、父、母、祖母と亡くなり、
その時光の届かない哀しみの淵に落ち込み、孤独を味わい、
自分の無力さに打ちひしがれ、底に落ち、這い上がれないのではないかと思えた事が
自分の大切な体験となり、そして今の自分の血となり肉となっていることを思うと、
自分にとって必要であり、学ぶべき体験だったのだなと感じる。

その時は、悲しいを飛び越えてびっくりするといった状況で苦しかったが、
今思うとその経験が、自分の心を深くし、そして痛みを知ることで他人に思いやりをもて
そして、人間どんな事があっても笑える日がくるという事を教えてくれた。

自分に必要な事しか起こらないのだろうと思う。
だったら、抗わず受け取ればいいのだろうと思うようになった。
そして、その出来事や状況の中に、自分に必要な要素があり、それに気付く事が大切であり、
その時は吐きそうな位苦しくて、悲しくても、無駄ではないのだと思う。

もし今苦難と思えることに直面している人がいたら、
その人に乗り越えれる事しか絶対起こらないし、
その経験を通して、その人自身が自分で創った殻を破ったり、
心を深くするために必要な痛みを今味わっているのだろうと思う。

でも乗り越えるには、今の状態では無理と判断したら、一度ひいて休んだり
また一度その場所から避難すればいい。
そのことを教えてくれる出来事かもしれない。

いじめ問題が今報道されているが、いじめがあったからこそ
練習に励み世界チャンピオンになったり、その悔しさをバネにしてその後大人になって
仕事などで成功を収めている人もいる。
そして、いじめられた事のある人は、痛みを知っているので人に優しい人が多い気がする。

学生の時は、その校内と友達の世界が全てと思うが、そうでもない。
私も高校までは学校は刑務所か監獄か?と思うほどに、勉強できる子○できない子×の一つの判断の中
個性を潰し大人の意向に従わなければならない嫌な場所と思っていたし(苦笑)
友達っていっても、学校では合わしていたが、本音で話す友達はいなかった。

そもそも自分と合う人間なんて、そうそう簡単に見つからないのではないか?と思ったりする。
既に幼少期からいる人は、昔から本当にうらやましく思っていた。
私が価値観や感覚を共感できたり、うまく説明できないが自分の思いをのせた言葉が通じる人と
めぐり合ったのは、30歳を過ぎてからだ。

だからあまり早くにあきらめたり、決め付けてはいけない。
そこで終わりではないし、その後どんな人やどんな出来事にめぐり合うかはわからないのだから。

何でも白黒つけなければいられない人には、この世にはグレーもあり
白でも黒でもない事を知ることの為に、起こることもあれば、
決断するだけではなく、決断しないという選択肢を知る出来事だって起こることもあるだろう。

その時に、自分の物差しを見直す事につながり、自分の世界が広がり
自分で縛り付けていた枠が広がる事もあるのだろう。

若かりし頃は、私は私の人生を切り開いていってやるといったエゴが強く、
人生にも、色んな事に抗って抗って、自分の我を通そうとする傾向が強い自分だったが、
両親や家族の死によって、自分の我のちっぽけさを感じる事ができ、
人生にはどれだけ願っても祈っても届かない事や、
自分の思い通りにいくといった傲慢さが通用しない事を知り、
それまでは自分には力があるという思い違った傲慢さがあったから、
あれほどの無力感に陥ったのだろうと思う。

今から思うとそれまでの自分は自信家で我が強く、なんて嫌な奴だったのだろうと思うが(苦笑)
その体験も必要であり、そして伸びた鼻を挫かれる体験があり、
自分の力ではどうしようもできない事がる事を身にしみる形で体験することによって
色んな事に気付く事もできたのだろう。

この世の素晴らしさは「変化」という事だ。
永遠に続く事がなく、絶えず変化する。
今どれだけ辛くとも、それも時間軸を通して変化によって変わるということでもあり、
人生とは、思いがけない変化が起こる、その予測できない面白さがあるのだ。
今その世界の中にいるということは、ありがたい事だと思う。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
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