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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
幸せと不幸の話
人には、幸運と思われるような出来事に出会う人と、
「何故あんないい人がそんな目にあわなければいけないのだろう?」と
思うほどに、不幸と思えるような試練に出会う人がいる。

でも幸不幸とは、途中ではなかなか分かりにくいものだったりする。
今の不幸が、将来どんな幸福へ変わるかなど、誰にも分からないものだ。

何が幸福の種か、人間には区別がつかないんだと思う。
だから、ただ自分の置かれた状況の中で最善を尽くしたらいいんじゃないかと思う。

年を重ねて思う事がある。

幸運と思えるような人生を歩んでいて、あまり苦労をしていない人は
とても心が浅いような気がするのだ。

話をしていても正直おもしろくないし、物事の表面だけしか見えていないので
話がかみ合わなかったりする。

苦労していても、人のせいにしていたり、苦しんでいない人は、
「自分が世界で一番の悲劇のヒロイン」といわんばかりに、苦労自慢をしたり、
あるいは悲壮感があったり、根性が歪んでいたり、人に対してとても冷たかったりする。

苦労を試練ととらえ、自分の問題として対峙し、逃げずに
考えて悩んで苦しみながらも自分を磨く糧とした人は、
明るいカラっとした人が多いような気がする。

与えられている事を知っていて、足ることを知り、
また失うものがないという事に気付いているからかもしれないし、
試練の中で、懐の深い、他人の心のわかる、優しく豊かになったのかもしれないし、
苦労から、自分の中から善意という心をひっぱりだしたのかもしれないが
明るい人が多い気がする。

出来事や物事は、自分にとってのただのえさであり、
そのえさで、自分の心をどのように育てていくかは、
きっと自分次第なのだろう。

この一つの見方においても、
幸せとは?
不幸とは?
と自分に問うてみても、反転してしまうような出来事もある。

ただ、自分にはいつも必要なものが与えられているのだろうから、
その中で、最善を尽くしながら、その時は分からなくても
後で振り返った時に後悔することなく、色々気付くことができれば
それはとても幸せな事だろうと思う。

皆自分の中に泥の池を持っている。
そこから蓮の花を咲かすかどうかは、それぞれにかかっているのだろう。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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