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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
母の日だから、私の母の話
今日は母の日ですね~。
もうこの世にはいないけれど、母に「ありがとう」と感謝の気持ちを送ります。

今日は懐かしい母の「天然話」を書いていこうかな~と思います。
母はとても優しい面とともにクールな面、そして天然な面のあるかわいい人でした。

<<母の思い出1>>
いつもはフランクに、私のことも○○ちゃんと呼んでいる母なのですが、
「お話があります」の時だけは、さん付けになります。
そしてある日、突然前触れもなく、このさん付けで呼ばれる話が始まります。

(10代の時)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 どうやって妊娠するかはわかりますね。
 避妊ということを知っていますか?
 そういう行為をもしするのであれば、きちんと避妊をしなければいけません。」

(20代前半の時)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 周りが皆次々と結婚しているからといって、焦ることはありません。
 あなたが好きな人が出来て、その人と結婚したいと思った時が
 あなたの結婚適齢期なのですから、人を気にする必要はありません」

(20代後半の話)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 結婚している人とお付き合いしてはいけません。
 それは不倫という関係であり、女性にとって何一ついい事はありません。
 気をつけなさい」

(30代の話)
「○○○(私の名前)さん、ちょっとお話があります。
 そこに座りなさい。
 あなたの結婚適齢期はまだきませんか?
 お母さん、今旬を迎えてる友達同士の孫話に入りたいんですけど、まだですか?」

その後、兄が結婚して孫が出来て、よく実家に連れてきていたが、そんな時母は
「あー疲れる。はよー帰ってくれんかな~。」と小声でよく私に言っていた(笑)

<<母の思い出2>>
勝手な私は昔よく、
「ちょっと一週間くらい出てくる。」
「ちょっと2、3日出てくる。」
と言って、行き先も告げず、旅行(海外も含む)に行っていた。

一度モルディブに行った帰りにシンガポールにより、シンガポールエアラインで
関西空港まで帰ってきた時に、全く同じスーツケースが荷物でまわってきて、
他人の荷物を持って出てしまったことがある。

携帯電話もバイブにしたままで、空港からの電話にすぐ気付かず、
スーツケースにつけていた緊急連絡先の実家に電話が入っていたらしい。
(これは後日知るのだが・・・)

気付いた私は空港に引き返し、スーツケースを替えて、関西の友人の家に泊まって
後日家に帰ってお土産を渡し、モルディブのカレー粉を使ってカレーを作っていると、
両親二人で話をしているのが聞こえてきた。

(母)「シンガポールってお父さんどこにあるんかな~?」
(父)「そりゃーアジアじゃ。そんな事も知らんのんか。お前はものをしらんな~。」
(母)「どうやったら、海外にいけるんかな~?」
(父)「そりゃー飛行機でひとっ飛びしたらすぐじゃ。」
(母)「でも飛行機乗るには、パスポートがいるんじゃねんかな。」
(父)「そうじゃ、それがいる。」
(母)「どこ行ったら、パスポートもらえるんかな~?」
(父)「なんじゃ。どっかいきてーんか?」
(母)「そういうわけじゃねーけど、どこでもらえるんじゃろうかと思ぅて~。
    役場行きゃーくれるんじゃろうか。」
(父)「そりゃ、そんなもんは全部役場じゃ。今隣の○○ちゃんが所長しょーろーが。
    ○○ちゃんに言うたら、そんなもんすぐ持ってきてくれら~」
(母)「さすが、お父さん、何でもよー知っとるな~」

※絶賛されてるお父さんのどや顔を見て何にも言えなかったけど、それって違うから(笑)

<<母の思い出3>>
母が私の仕事場にしてきた電話は3回。
一度目は、父が心筋梗塞で倒れた時。
二度目は、祖父が死んだ時。
三度目は、たぬきが私の部屋に入り、私のベッドの上に大きなうんこをして帰った時。
「あんたのベッドが気に入ったらしく、全然出ていかんで、
やっとお父さんと追い出したら、大きいうんこをベッドの真ん中にして出てって、
もうくそうてかなわんけど、どうする?」

※今仕事中ですぐ帰れないから、片付けといてよ(笑)
 その後当分、仕事場で「うんのついてる女」と呼ばれていた(苦笑)

<<母の思い出4>>
父が心筋梗塞で倒れ、何時間もかかる大手術が終わり、
医師に「するべき事はしましたが、危ない状況です。今晩が峠です」と言われ、
その後初めて、集中治療室に母と二人で入り、父に対面した時の話。

服の上に透明な白っぽいカバーみたいなものを着せられ、スリッパも履き替え、部屋に入ると
カテーテルを入れ、酸素吸入しながら、全身が管につながれているような父の様子を見て
ショックを受け「お父さん大丈夫?」と声をかける私を見ず、私の後方に視線を向ける父。
「ん??」と振り返ると、そこにはパンをかじる母の姿が・・・

「お母さん、何してんの?」
「お腹すいたからパン食べてる。あんたも食べる?食べりゃーえーがー。
 あんぱんに桜あんぱん、抹茶あんぱんとかあるよ。」
「いやそういうことじゃのうて、ここでそんなん食べたらいけんて。」

と言っていたら、担当医が入ってきて、絶句した後、
「何してるんですか?」
「あー先生、お世話になりました。先生も召し上がります?ここのパンおいしいんですよ。」
「ここは飲食禁止です。何考えてるんですか!」

とその後も医師にこっぴどく怒られ、ICUを出た母は一言。
「先生、そんなにお腹すいとったんじゃろうか?
 パンどうぞって言うとんじゃから、あんなに怒らんでもええのにな~」

※だから、そういうことじゃないんだって(笑)

まだまだ尽きないほど、母の天然話はありますが、今日はこれ位にしておきます。
真面目なんだけど、めっちゃ天然でおもしろくて、かわいい人でした。
はにかんだように笑う人で、いつまでも少女のようなかわいらしさがあり、
死に顔は、それこそ女学生のような顔でした。

優しすぎて、自分を傷つけてでも、相手を思う愛情深い人でした。

「お母さん
今、そちらの世界はどうですか?楽しくしてますか?
好きな動物やお花に囲まれて、楽しく笑いながら過ごしてくれていたら、
私もとっても幸せです。

お母さん、生んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
私はお母さんの娘として生まれて、本当に幸せです。」

読んでいただいてありがとうございます。
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この記事のコメント
No title
tattovaaさん、こんばんは☆

優しくて ちょっと天然なお母様のすがたが
思い浮かびます。
ふふって笑って、最後の言葉に涙がでました。

私も、昨日は義母に心ではなしかけていました。
思い出してもらえることが、遠いところに旅立った方に
とって、一番の喜びだとおもいます。
思い出すのは、幸せな想い出が多いですね^^

素敵な想い出話をありがとうございます^-^

2013-05-13 Mon 22:57 | URL | なずな #6x2ZnSGE [内容変更]
ありがとうございます
なずなさん

いつもコメントありがとうございます。

母の事はとても私自身色んな思い出も多く、私が一番影響を受けた人であり、
本当に大好きだった、いや今も大好きな人なんです。

いい面、悪い面、全部ひっくるめて、私自身に自分の色んな面を見せてくれて、
いろんなことを教えてくれた恩師でもあります。

言葉より、自分の人生と、自分の背中で色んな事を学ばせてくれ、
一緒に人生を過ごしてもらえた事、本当に感謝してます。

本当に思い出すのは、楽しかった思い出や、笑った思い出が多いです。

なずなさんのお義母様もさぞ喜ばれたことでしょう。

故人は心の中で生き続けていて、
思い出す事が故人が喜ぶ一番の供養なのかもしれませんね。

いつもありがとうございます。

tattovaa
2013-05-14 Tue 21:08 | URL | tattovaa #- [内容変更]
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