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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
クリア色の話
先日クリアについてのブログを書きましたが、その続きを今日書きます。

私がカラーの世界に入ったきっかけになった色といっても、過言ではないのがこのクリアです。

両親を亡くし、それまでの仕事を辞め、さぁこれからどう生きていこうかと悩んだ時に、
友人に誘われ、カラーセラピーを受けた際にひいたのが、このクリアでした。

その時のセラピストの方は数人いたのですが、初めてクリアを選んだ人を見たと言っていました。

両親が亡くなった深い悲しみや苦しみを心にあっても、次々と家族を失った私に対して
どう接していいか、何と声をかけていいのかと戸惑うような知人の前で、
私は涙を心の井戸にためながら、終始笑っていました。

そしてその悲しみや苦しみが心にありながら、死を見た事により、自分の生に対して
とてもありがたく感謝する毎日であり、また、私に次々と救いの手が差し伸べられた事にも
感謝をする毎日でもありました。

その時井戸にためてしまった涙は、数年後にあるきっかけで解放することになります。
一緒に苦しみや悲しみもドッと吹き出てしまい、本当につらい時期でしたが、
それらは味わい尽くすことでしか手放せないのだという事を実感しました。

そしてその時期がくると、強烈な光を自分が照らし出されるようなクリアな光が
今につながる過去の行動や、無意識の中の自分のパターンやスキーマ(信念)、記憶などといった
影の部分にも容赦なく光を当ててきます。

無意識だった部分に強烈な光があたるのですから、予想もしなかった発見があったり、
自分にとっては見たくないつらい気付きなどもありました。

そして理屈ではなく、ただ涙があふれてとまらないといった時期もありました。
でもこれはクリアの浄化であり、それによって純化のエネルギーは溶かして解消してくれました。

その後は、言葉ではうまく表現できませんが、世界が違って見えるほどの
明るさや光を感じるような毎日になりました。

あーあの苦しみは無駄ではなかった。
いや、あの苦しみがあったからこそ、闇を見た分、そこに光が入り込んだとも思えるのです。
オセロのように、闇と思っていた部分が、光のクリアに変わったような感覚です。

私達は光へ帰る旅の途上にあります。
さまざまな色を経験し、それを手放していくことでしか、ピュアになり光へ帰ることが
できないのかもしれません。

人にはタイミングがそれぞれにあります。
無意識でも自分の用意が整った時に、それが訪れる事もあるでしょう。
その人にその時に必要だから、起こることもあるでしょう。

そして、プロセスもあります。
いつまでも変わらない人、
どんどん変化していく人。

その人なりのタイミングであり、プロセスがあるのです。
焦る必要はありません。
天はいつもあなたを見ています。
そして素晴らしいタイミングで投げかけてきます。
それをキャッチしなくても、また投げかけてきます。

時間も関係ありません。
10年かけて気付く人もいれば、一瞬にして気付く人だっているのです。

気付けば、変わっていきます。

私たちは意識していても、していなくても、日々変化しているのです。
もう変化は始まっているのです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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