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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
無難と波乱万丈の話
いいことないな~!とか、
毎日つまんない!とか、
サマージャンボ当たらないかな~!とか
言ってる時って、無難な生活を送ってるってことだよな~と思います。
そんな無難な生活を送れることって、きっとすごい幸せな事で、
その事に感謝できる事なんだと思うんですよね~。

でも、刺激って欲しいですよね。
何か目に見えた変化だったり、
いいアクシデントだったり、
パンチにある出来事だったりが、
自分の身に起こらないかな~と期待してしまいます。

でもそこで、自分の心の内にある幸不幸と思っている「不幸」な方の
アクシデントとか起こると、「あーーーついてない」とか思うわけです。

「アクシデント」が起こると、新たな自分の一面を発見できたり、
初体験をする事ができたり、不幸と思えるということは、その「不幸」を
体験できた事で、「幸せ」に気付ける機会を与えられた事だったり、
人から聞いた話よりも、自分が体験する事で魂が揺さぶられたり、
感動したりもできるので、いい悪いと自分が判断する事でマインドは
揺れ動くけど、いいも一つなら、悪いも一つの体験であり、
どちらも自分にとっては、貴重な宝物なのだと思うのです。

例えば
自分の性質で、明るい自分と思っていた時に
何かのアクシデントが起こり「ガーン」と落ち込み、
暗くグジグジしたとします。

「明るい」性質も性質の一つなら、
「暗い」性質も性質の一つであり、
両方、性質の一つに変わりないのです。

この世に昼が来た後、夜が来るように、
「明るい」だけの人もいなければ、
「暗い」だけの人もいないのだから、
その片面ではなく、両面気付けたことは、
悲しむべきことではなく、喜ぶべき事なのだと思うのです。

だって、自分の性質一つを認識できたわけですから。
自分の性質を知る世界が広がったわけです。
ということは、自分の世界が必然的に広がったわけです。

自分が認めようが、認めまいが、
その人の性質は表面に出ています。
認識があればコントロールできるけど、
認識がないとコントロールできず、
「裸の王様」状態になるだけです。


そこにあって見えてなかったものが、見ることができるということは、
やはり自分の世界が広がることと結局一緒だと思います。

何もなくてそれに気づける人は素晴らしいです。
きっとそんな能力の人は無難な日が多いのかもしれません。

色んな出来事の中で気付いていく人もいます。
そんな人は、毎日色んな出来事が散りばめられているのでしょう。

「何もない毎日より、どんな事であっても
何かあった方が、面白いし、それがいい事だと思っている。」
という人がいる。
そんな人は後者の選択を選んだ人で、
自分に色んな出来事を提供するようにプログラムを組んで
この世にやってきたのだろう。

私はどっちだろう?
どっちもだな。
無難な時があり、その後めまぐるしく状況が変わるときがあり、
また静かな無難な時が訪れ・・・・・etc...

これもまた偏る事なく、人生の中でいい感じに散りばめられているのだろう。

さああなたはどうだろう?

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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