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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
「みっともない」の話
「能ある鷹は爪を隠す」ということわざがあるが、
(意味:能ある鷹は爪を隠すとは、才能や実力のある者は、軽々しくそれを見せつけるようなことはしないというたとえ。)
その反対は「能のない鷹は、ない爪を隠す為ごまかしまくる」と言ったところだろうか。

実際「能ある鷹は爪を隠す」の反対のことわざとして、
「口達者の仕事下手」
「能なし犬の高吠え」
「能無しの口叩き」
「吠える犬は噛みつかぬ」
「鳴く猫鼠捕らず」
などがある。

現在も昔も、人間の性質は変わらないものだと感心する。

今まで色々な職場で働いたが、口達者にもっともらしい事を言ったり、
人の事を批判、非難したり、高い自己評価をアピールしたり
自分の考えこそが正論と言わんばかりに、相手にその意見を押し付ける
といった人ほど、実際には仕事をしなかったり、
仕事が出来ない人が多かった。

あまりに行動と言動が違っていて、
「あれだけ仕事しないのに、よくあんなにえらそうに色々言えるな~。
恥ずかしくないのかな~?」
とよく思っていた。

本当に仕事ができる人や、本当に能力ある人は、
自分で過大にアピールすることもないし、
自分ができること=すごいこと、とも全然感じていない様子で
そんな無駄な時間があれば、効率よく仕事の方に使うという
合理的かつ、ポイントをついた時間やエネルギーの使い方を
していたような気がする。

でも未だにとても不思議に思うのだが、
「最も口達者な者が最も仕事をしない」ということを、
自分では達者な口でアピールすることで、仕事ができるように
思われたいのだろうが、本当に周りの人がその人のことを仕事ができると
その人の言葉通り評価していると思っているのだろうか?

大体、一緒に仕事している周り皆はその人が仕事がしない(できない)事を知っている。
それを分かっていて、言うのだろうか?
それとも、分からず言うのだろうか?
もしかして、本当に自分ができると思っているのだろうか?

これは昔からかなり不思議に思っている。

実際に仕事しない(できない)から、リストラされたり、左遷のような異動に
なったりする人もよく見たが、その後は恨み節が追加された上で
また自分のご自慢のような事だったり、他人の批判を声高に話しているのを
聞くと、言えば言うほど自分を落としているように見えて不憫に思えたものだ。

またそれ以上に不思議なのは、たまたま私だけかもしれないが、
どんな職場にも必ず一人はこういうタイプの人がいるということだ。

職場のエッセンスとして、一人はこういうタイプが必要なのだろうか?

私の場合、できた人ばかりの中で、ぬくぬくとしていたら、
そのぬるま湯にまったり浸かって、甘えてしまい、
人間として向上するどころか、下落してしまうから、
ピリっとしたこういうタイプの人がいる中に身を置くことで
反面教師となり、自分を磨く事ができたり、
あんなみっともない事だけはしまい!と自分を律する事が
できるのかもしれない。

一時期「もったいない」という日本語が世界で注目を浴びていたが、
私は日本語の「みっともない」もいい言葉だと思う。

「みっともない」は英語でなんというのだろう?

自分の中で、「みっともない」事をしない自分でありたいと思っている。
「みっともない」事をしたと思った時は、反省している。

「みっともない」という言葉の尺度を突き詰めていくと、
神(真・善・美)の意に沿わない事のような気がする。
ということは「みっともない」事をしないということは、
神の意に沿う自分でいられるという事につながるような気がする。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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