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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
「縁」の話
縁とは面白いものだとつくづく思う。

自分の好き嫌いと関係なく、人生の中で時間や空間を共有する人というのは
やはりこの「縁」というものが深い人なのだろうと思う。

例えば友人の結婚について思い出しても、

(case1)
ビジュアル重視だった友人のケース
「絶対イケメンじゃないと嫌!!」と顔重視で、男前でかっこいいお洒落な人を
好きになったり、付き合ったりしていた友達が、結局結婚したのは友達曰く
「本当にぶっさいくだよね~」という、ビジュアルは人並み、もしくは少し劣るが、
本当に優しくて友人の事が大好きで仕方ないというお相手だ。

(case2)
相手の仕事は自営業希望だった友人のケース
絶対に自分で仕事をしている人がいいと言っていて、独身時代はいつも自営業の
お仕事の人とお付き合いをしていたのだが、結婚したのはお勤め人。
それも銀行員や大手企業の技術職の人。か、かたい(苦笑)
安心感、安定感がとても自分の心のゆとりにつながるらしい。

(case3)
相手に経済的な豊かさを求めていた友人のケース
独身の時の彼はとても経済的に豊かなセレブな人たちで、
毎日高級な店で外食、年に何度も海外旅行、ブランドで身を固めていた友人。
結婚したのは、実直を絵に描いたような、真面目できちんとした質素な方。
派手な事は苦手で、地道にコツコツと頑張るだんなさんに影響され、
金銭感覚もすっかり庶民派になり、節約上手になり、家庭的になった友達もいる。

他にも、会社をしている友達は、
「不思議なことに好き嫌いのどちらかといえば、合わない奴ばっかりが
きて、何故か一緒に働く事になり、そして全く辞めない。」
と言っていて(苦笑)
「正にそれこそが「縁」なんだろうね~」と先日話をした。

仕事に関しても、「これになる!!」と思ってやろうとしたが、
結局その途中に縁が合った会社、縁が合った人、縁があった仕事をして、
結局自分の想像とは全く違う仕事に長年身をおいているという人もいる。

肉体の自分
精神の自分
魂としての自分
が三位一体になっている人は、こういう「ズレ」はないのかもしれないが
大半の人は、やはり「ズレ」があるような気がする。

でも、そこに行き着くために、一度反対の人と薄い縁で交わり、
本来の深い縁が結ばれる!という道のりなのかもしれない。

何か、ジタバタしたところで、やはりある程度似たような所、
深い「縁」に導かれたところで落ち着くものなのではないかと
最近思ったりもする。

でもそのジタバタっぷりが、激しいほど、色んな気付きもあり、
その気付きが深くなったり、多くなったりするのかもしれない。

その気付きが深く多くなるに従って、その縁のレベルも上がり、
自分の成長と比例したレベルの「縁」と結ばれるようなシステムに
なっているような気がする。
だから、反対に自分という人間を貶めていったり、衰えさせたりすると
やはりそのレベルに下がった「縁」の人を交わり、結ばれるように
なるのかもしれない。

人は自分の鏡というが、その鏡は自分の好悪と関係なく「縁」というもので
選ばれている可能性だってある。
その「縁」を結ぶために「好」「快」という感情が生まれる場合もあるだろう。

だから、離婚はその「好」の感情がなくなり、「縁」を切ろうとする事なのだろうが、
本当に全てお互いに相手に自分を映し出した姿を見尽くした後は、
自然に離れるようになるだろうから、まだ見尽くしていない時は
うまく「縁」を切る事ができず、苦労するケースもあるのかもしれない。

人間関係の中での「縁」も、見方を変えて、自分の鏡と徹底的に考えた場合は
きっと嫌でも縁が切れない場合は、まだ映し切れていないか、
相手が自分の鏡としての役目を終えてないということなのかもしれない。

我が強く好き嫌いの激しい私は、やっぱり「好き」で「快」で「おもしろい」
「ご縁」が結ばれますように~と思ってしまうのであります。てへへ(*^。^*)

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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