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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
お母さんの話
先日友達と色々と話をしていて、久しぶりに両親の話をしていて、
今になり、母の事で思い出したことがあるので、書きます。

晩年は心の病やALS(筋委縮硬化側索症)の難病などに苦しんだ母であり、
そして天然で面白く、少女のようなかわいらしい母でもあり、
動物や植物に愛情深く、野良猫を家に連れ帰って世話をしていた母でもあり、
学生時代、友人によくうらやましがられるほど優しく、
いつも穏やかな微笑をたたえた心根の優しい、芯の強い母でした。

子育てについての話は、それぞれの家庭や、それぞれの両親によっての考え方など
これが正解というものはなく、それぞれの教育方針があると思います。

私の母は愛情たっぷりに私を育てる反面、幼少期から学生時代はとても厳しい人でした。
勉強や習い事についても色々言われたけれど、それよりももっと基本的な事
一番は挨拶、二番は整理整頓、三番は身だしなみについての方がうるさく言われました。

幼い時だけではなく、大人になっても、家を一歩でも出るときには必ず
「会った人に大きな声で笑顔であいさつをしなさい」と言われました。

片づけについてはいつも注意されていて、部屋の整理整頓はもちろん、
何度注意されても、靴を揃えなかったり、服を脱ぎっぱなしにしていると、
全て捨てたと言って隠されていて、大泣きして謝りまくって、
やっと出してもらった事もあります。

言葉についても、流行り言葉であろうと、男っぽい話し方や品のない話し方など
女性らしからぬ話し方をするとものすごく怒られたし、食事の仕方などの作法や
姿勢についてとてもうるさく注意されました。

友達との間でイヤな事があったり、仕事を始めて理不尽なことがあり
母に話すと、すべて話を聞いてくれた後で、いつもこんな風に言われていました。

「それはあなたからの見方でその出来事を見て、感じた事であり、
 相手側の立場からの見方や感じ方もあるだろうから、
 相手の話を聞いてみないことには、お母さんは何とも言ってあげれないわ。」

ただ、「かわいそうね~。」「あんたは全然悪くないよ。」と甘えたかっただけの私は
その当時は不満でしたが、今になると何と聡明な母だった事かと思います。

「人への親切は、相手が困っている時や何かしてほしいと思っている時に
 そっと目立たないように、自分のできることがあればしてあげることであり、
 あなたがしているのは、相手が何も求めていないのに、
 勝手に自分が相手に何かをして自分がご満悦なだけで、それは親切でもなく、
 みっともないただの押し付けで、相手はありがたい所か迷惑なだけ。」

「偉そうに色々と自分の自慢を言う人に限って、他人に対しての思いやりもなく、
 自分の事ばかりで、他人に対して何もしない人がとても多い。
 本当に親切な人は絶対に表立って目立ったことは言ったりしたりはしないけど
 裏でそっと手を貸してくれて、そのことは絶対に自分で言わないものよ。」

「自分が何かしたり、言ったりするとき、相手の気持ちも想像しなさい。
 言葉というものは、同じことを伝えるとしても、どんな言葉でどういう言い方をするかで、
 まったく変わってくるものなのだから、相手の心まで配慮した言葉を使いなさい。」

「他人様に迷惑をかけるような事をしてはいけません。」

「人が見てみっともないような事はしてはいけません。」

当時というかまだ10代、20代の頃は、他人の目線や相手の事ばかりを気にして
「自分の言葉で話せなかったり、自分のしたい事ができない事は違うのではないか。
それじゃあ誰のための人生かわからないではないか。
自分の人生は自分のものなのだから、他人の為に生きるわけではない。」
と、母にかなり反抗した事もあったけれど、(若くてとがっていたな~(苦笑))
今になってみて母が言いたかった事がよくわかるな~と思います。

他人に思いやりや気遣いを持ちながら、自分自身を表現することはできるのです。
そして、自分から出た思いやりや気遣いは、回りまわって返ってくるのです。

相談せず県外に就職を決めて、バイトで貯めたお金で部屋を借りた後報告した私に、
最初は反対したものの途中から応援してくれ、父や親戚も説得してくれた母から、
引っ越しをした時に現物はもうなくしてしまいましたが、渡された手紙がありました。

「働いていると、どこでも絶対に嫌な人がいます。
 そしてとても辛いことや、悲しいことも仕事をしているとあるでしょう。
 はじめての一人暮らしで寂しい思いもしたり、初めての就職で大変なこともあるでしょう。
 でも、これはあなた自身が決めたことです。
 すぐに辞めて帰ってくるようなみっともない事はせず、精一杯がんばりなさい。」

その頃、県外に就職する友達は親から
「辛かったらいつでも帰ってきなさい。」という言葉をかけられていたので、
うちのお母さんは本当に冷たいとその時は思いましたが、
今から振り返ると本当にいい親だったと思います。

結局父が倒れ、私も過労で入院してしまったのを機に、数年後実家に帰ったのですが、
その時は笑顔で優しく迎えてくれて、本当に母の愛を感じて号泣したことを覚えています。

人間はいろいろな面を持っている多面性の奥深いものです。
一つの面だけ見てわかったつもりでいたら、もったいないかもしれないです。
全く違う面が一人の人間には含まれています。

以前私の尊敬する人は母でした。
一時期、体と心の病気になり、その時の変わり果てた母を私が受け入れることが
できなかったのですが、時間はかかったけれどそれを受け入れることができ、
その上で私はやはり自分の母親を尊敬しています。

死に顔が生き様を現すのであれば、母という人は少女のようなかわいらしさと純粋さを持ち
泥水のようなこの世を、精いっぱい生ききった人生だったのだろうと思います。
蓮の花のように泥水の中で、精いっぱい自分の花を咲かそうとした人だと思います。

幸薄く苛酷な状況の中で、何年も何年も笑顔でよく頑張った母でした。
何かあっても、次の日にはカラッとした笑顔で朝ごはんを出してくれました。

晩年、そのストレスや悲しみや心の傷が一気に吹き出し、
母が自分の中にたまった泥を吐く作業を間近で見るのは辛い事もありましたが
その時の母も含めて、私は母が好きで好きで仕方ありませんし、
母の娘として生まれ、育ててくれた事に心より感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとう。
お母さん。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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この記事のコメント
素敵な、素敵なお母様
沢山の宝物をもらっているのですね。
キラキラ輝く言葉をありがとうございます^^
2013-10-15 Tue 07:18 | URL | なずな #- [内容変更]
こんばんは
なずなさんへ

母には、とても素敵な言葉をたくさんいただきました。
そして、ひとりの人間の中には、たくさんの面があるというのも
自分自身を通して私に見せてくれました。
愛する私の大切な母です。

いつもコメントありがとうございます。

tattovaa
2013-10-15 Tue 20:29 | URL | tattovaa #- [内容変更]
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