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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
縁とか巡りあわせの話
縁とか巡りあわせとは本当に不思議だなと思います。

どんな人と巡り合うか、また、ほんの少しの違いだったり、タイミングで、
その後の人生が大きく変わることもあります。

自分でどうしても働きたいと思っていた所にはお断りされて、
傷心の中、自分の本命ではないけど受かった所や、人の紹介で「まっいいか!」
という気持ちで働くことになった所で、生涯の友になる人と出会ったり、
そこでの人とのご縁で、自分では思いがけない幸運のような仕事につく事になったり、
あの時に、あの人とのご縁があったからこそ、乗り越えられたと思える人との出会いを
文字通り与えられたと思える事もあります。

宿命は「命を宿す」と書き、運命は「命を運ぶ」と書きます。
元々、ご縁のある人の中に生まれ、生きているのかもしれないし、
ある程度の人生の設計図の青写真のようなプログラムを組んで
生まれてくるのかもしれませんが、その中でやはり自分で人生を
創造していってるのだと思います。

生まれる時代、生まれる場所、生まれる家、生まれる両親などは
完全に宿命で、自分が生まれる前にプログラムしていることで、
また、人生における色んな選択肢はプログラムしているのかもしれませんが、
その中で何を自分が選び、その中で何に気づき、何を創り上げていくのか、
その瞬間瞬間、どんな自分として生きていくのかというのは、自分が
「命を運んでいる」わけで、宿命でなく運命の領域だと思います。

宿命が自分に与えられた道具だったとしたら、運命とはその与えられた道具で
何を創っていくかという事なのかもしれません。

子供のころには、感情を抑えることを両親から教え込まれます。
楽しくて、声を上げ嬉しくわいわいしていると、「うるさい。」と言われ、
辛くて泣いていると、「泣くのをやめなさい。」と注意され、
理不尽な事をされ怒ると、「子供は大人のいう事を聞きなさい。」と言われ、
感情を出す事はいけない事だと思うようになり、
感情を出すだけではなく、そう思う事自体、いけない、はしたない事と思いこみます。

そしてどんどん、自分の心の声を無視して、本当の自分と離れていき、
ふと、大人になってから、何かわからないけど、
望んだ豊かな生活を手に入れたはずなのに、何かが違う。
本当の私はこんなんじゃない。本当の自分を知りたい。
本当の自分を生きたい。と思うようになる人もいます。

「悲しい時には泣けばいい
 苦しい時には叫べばいい
 腹が立てば怒ればいい
 はきだすことによって
 救われていくのが人間だから」
丹波あじさい寺 小藪実英さんの詩

やはり、「感情」に沿うようにしていく事と、
自分の感情を大切にするという事は、自分を生きるために必要なことです。

我慢するのが当たり前の人は、最初はかなり意識して
自分の感情を探る必要があるかもしれません。

最近、うまくいかない事が多かったのですが、思い返してみると
自分自身、恰好つけてブログに色々書いているものの、
思考(マインド)で動いていたな~と思いました。

例えば、何か決めなくてはいけない時に、
心がざわついたり、もやもやしたり、心がドンと重くなっているのに、
「断るのはあの人に悪いから。」とか
「これしておくと、メリットがあるし。」とか
「わがままいっちゃいけないよな。」
というMind(思考)が働いて、その思考を優先して決定していた為
うまくいかなったんだな~と思うのです。

トントン拍子に決まっていた時は、あまり思考を巡らさず
心が弾むようなドキドキやわくわくがあり、理屈抜きにそれに従ってました。
だから、その時の事を思い出そうとしても、楽しい楽しいであまりにトントン拍子で
流れるようにあっという間に決まったので、詳細を思い出せない有様です。

今まで生まれてきてからの過去の経験値よりも、何もかもお見通しの
魂の声である感覚に沿った方が何事もうまくいくということですね。

いい巡り合わせを引き寄せる自分でありたいものです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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