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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
「自信」の話
自信とは「自分を信じる」と書きます。
では、自分を信じるということはどんなことでしょう?

皆生まれた時から、不安にまっただ中に陥ります。
自分では生きていけず、誰かに世話をしてもらわないと
一人では何もできないのです。

そこで出会う人は大半の人は、自分の両親や、家族、
または血縁関係のある親族の人がほとんどだと思います。

人間は、生まれ落ちて、感情をあらわにすることで、
衣食住に恵まれ、世話をしてもらい、育っていきます。

その途中、誰もが差はあるでしょうが、条件付きの愛情に触れます。
例えば、自分が何かできたら、褒めてもらえる(愛情を受けれる)
誰かに勝つことができたら、親が喜んでくれる。

その中で、自分が役に立たないといけない、
または、何かをできたり、しなければ、愛されないという思考が
自分の内側にどんどんと体験の結果として蓄積されていきます。

だから、これが原動力となって、頑張る力になったり、
その悔しさから、自分を鍛えていく力が生み出されることにもなり、
その人、その人の生きていく道での、エネルギーに変わることもあります。

でも、それ以前の存在価値を自分自身が認めることがとても大切です。
自分は何も役に立たなくても、できなくても、
存在しているだけでいいんだ!という自分を肯定する力です。

きっとこれが「自信」の根底になっているような気がします。
両親がそれを与えてくれる人もいるかもしれません。
でもなかなか難しいような気がします。
兄弟がいる人は、幼いころから比べられるでしょうし、
親心としたら、子供が何かをできるということはやはり喜びです。

ですから、その「自信」は自分で、意識的に育んでいくことが大切なのだと思います。

かなり昔、若かりし頃ですが、自分を見失うとは、まさにそのことかと思うように、
自分が役に立たないということは、情けなく、みじめなことであり、
どんどん自分の意志や意見、思考なども、自信がなくなり、わからなくなり
自分の無力さに打ちひしがれ、役に立たないどころか自分で自分のこともできず、
周りに世話してもらったり、支えてもらわないと生きていけない
もうそんな自分は生きていく意味がないと、死にたいと思ったことがあります。

もがき苦しんだ時期でもあったのですが、自分が頑張り屋で
「働かざる者食うべからず」の考え方が強い、ドケチと思っていた父親が

「そんなに無理せんでもええ。ゆっくりすりゃええ。焦るな。
お前一人位、何年だろうが養ってやれることぐらいできる。
一生懸命何かすることはええけど、それで体壊したら、何もならんがな。
仕事やこ~できんでも、元気でおってくれた方が、こっちはええ。
お前は甘えるいうことができん、困った奴じゃ。
ちーたー人に甘えんといけん。甘えりゃええんじゃ。」

と言ってくれたことがありました。
かなりびっくりしたとともに、泣き崩れた事を覚えています。

いるだけでいい。何もできなくても存在してるだけでいい。
なかなか、自分のことは思えなくても、自分が大切に思っている人を
思い浮かべてみると、分かりやすいかもしれません。

私は母親がALSになり、寝たきりになり、旅立った時、
親戚や周りは私の負担が減ってよかったと言いましたが、
私は、ただ生きているだけいいから、この世にいてほしかったと
痛切に思いました。

あなたが大切な誰かを思うように、自分のこともそう思えたら、
きっと生きるのがとても軽く、そして土壇場の時などに、
その「自信」が自分の大きな力になってくれるような気がします。

あなたはそこにいるだけでいいのです。
あなたは何もできなくても、役に立たなくても、存在しているだけでいいのです。
あなたが生きていることが、喜びなのです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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