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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
価値の話
人間関係の諍いとか、争いとかの理由って・・・
結局のところ、損得勘定も含む私利私欲、虚栄心、愛憎劇、とか
結構たくさんあるようで、突き詰めて考えると絞られるのかな~と思います。

まぁどれも絶対、不安から生まれてくるものだとは思いますが・・・

あとは自分の価値を、外にある何かで測ろうとする行為だとも思えます。
自分が自分の事を思うよりも、周りから評価が低いと怒りますし、
自分の事を相手が理解していないと落ち込みますし、
相手を愛する気持ちと同等もしくは、それ以上に愛してほしいと思ってしまう。
そんな所から、怒りが生まれ、不安になり、争いが生じることって
結構あると思います。

まぁ、お金も含む金銭や物質などの「欲」のトラブルもありますが、
それも、自分がそれだけの物や金銭を持つ価値があると思っているわけですから、
自分の価値を、結局は物やお金で測っているともいえます。

「欲」や「虚栄心」や「勝負に勝ちたい」「相手に愛されたい」という感情は
生きていくうえで、とても大切な感情であり、それがバイタリティにもなり、
頑張るエネルギーにもなるわけですから、必要なものです。

でも、自分を知り、自分に見合うものや、背丈にあうものを求めることや、
それ以上のものを手に入れようと思う場合は、矛先は外側ではなく
自分の内に向けて、それを手に入れる価値を自分に与えるための努力を
する必要があると思います。

人は外に向けて、「恰好つけ」たがります。
でも本当の自分を知っているのは、だれでもない「自分」だけです。
それをごまかすかのように、言葉や容姿など表面だけを着飾って
取り繕うとして「恰好つけ」る人もいます。

それも、その差を知っているのは自分自身です。

「能ある鷹は爪隠す」と言いますが、本当に聡明な賢い人は
隠すつもりもないのでしょうが、自然体でアピールしない人が多いですね。。
それは、きっと他者に評価されて自分が決まるのではなく、
自分を一番知っている自分が、自分の価値を決めているようにも見えます。

何かあった時に、周りを変えようとしたり、その出来事のせいにしてしまいますが、
本当は自分がその出来事で、何かを気付き、変わることで、
それ以降の生活すべてが変わってくるのだと思います。

先日、テレビで「佐藤浩一」さんが
「無駄な時間はあるけど、無駄な経験は一つもない」と言われていました。
本当にそうだと思います。

例えば、何か気負って空回りしていて、周りからその時にひかれていたとしても、
自分であとで「あの時って気張って空回りしてて、恥ずかしかったな」と
思って、それ以降の人生に生かせば、それは無駄ではなく有効なことなのです。

それを、何か理由をつけてごまかしたり、言い訳をして誰かのせいにしたり、
それがエスカレートして人間関係をこじらせたりすることもあります。
その時は、それが自分の精いっぱいのできることだとして、
その後気が付くことがあれば、それは自分の糧になるということです。

まぁ人間「合う」「合わない」はだれにでもあるものです。
私も大体は「どうでもいい」「どっちでもいい」
「好きでも嫌いでもなく感情が動かない」という感じですが、
「大好き」「合う」「似てる」「居心地いい」「面白い」って人もいれば、
「本当に大嫌い」「苦手」「苦痛」「めんどくさい」って人もいます。

できるだけ「合わない」人とは距離を置きますし、それを意識しても
なぜかよく会うとか、一緒にいなければいけないという状況の時は
自分が認めていない性質を相手が見せてくれているのかな?と考え
相手の嫌いな所を書き出して、なぜ嫌いなのかを考え、分析して
自分に当てはめ、自分を知るきっかけにします。

でもその分析をして、自分がそういう性質が自分にあると気付けても
相手の事は嫌いなもんは嫌いですし、つきあいたくない人はいます。

不思議とその分析をして、相手の中の自分を見尽くすと、
「はい。終了!」「クリア~」という感じで離れることができます。

でもそういうどうしても会う必要があるわけではないのであれば、
距離を置けばいいんですよ。と思います。

無理して合わすこともないと思うんです。
もちろん仕事では、合わない人もいますが、仕事は「仕事スイッチ」を入れて、
元から自分とは全く違う人種と割り切って、仕事をすればいいと思います。

結構よくイライラしたり、怒ったり、文句言っている人は、
自分のものさしが正しくて、皆も自分と同じと思っていたり、
分かり合えて当然と思っているようなところがあります。

自分と似ている人など稀ですし、意外に嫌いな人は自分と似ている人が多かったりします。
人それぞれ全く違うものですから、言葉で説明しないと伝わらないことも多く
言葉を尽くしても伝わらないこともよくあります。

自分の思い通りになどならないし、自分と同じように相手が感じていることなどありません。
その幻想を手放すだけでも、諍いは減るのではないかと思います。

また、恰好つける事をメインで頑張ると、意外に周りからは低く見られたり
小さく見られていて、周りはうんざりということもあります。

プライドとは、そんなことではないと思うんですよね。
恥を知るということこそ、本当のプライドの気がします。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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