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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
別れと感謝の話
昨日映画を見ていて、愛する夫に自分よりも長く生きてほしいという
台詞のシーンがありました。

私は家族を見送って、自分が残ってとても寂しく辛かったので、
愛するパートナーよりも一日も長く生きて、
愛する彼にあの寂しさと辛さを味あわせたくないと思ってしまいます。

きっと彼は耐える忍耐力と強さはありますが、
それでも寂しいものは寂しいし、
今までいた人が自分の目の前から、
この世からいなくなるという心に開いた穴は
やはり辛いものですから・・・・

また、私の方がきっと孤独に耐える強さはあるようにも思えます。

故郷の様子を見ていると、
夫に先立たれたおばあちゃんは結構元気に、
その後の余生も楽しみを見つけ、楽しくしている人が多いけど、
奥さんに先立たれたおじいちゃんは、一気に老け込んでしまう。

そう思うと、女の人の方が強いのかもしれないと思います。

それでも、死という形でのお別れは、私の個人的な意見ですが、
それ以外の別れと比較しても、びっくりするほど辛かったです。

もちろん魂はずっと姿を変え、続くものと理解していても、
今まで形あった人が目の前から消え、もう二度と会うこともできず、
話すことも、笑いあうことも、喧嘩することもできないというのは
その出来事が起こってみて、こんなに寂しく辛い事だったのかと
実感しました。

私の場合は、病気で旅立ったので、心の準備もでき、
闘病生活を付き添うことができたのですが、
ある日突然身近な人を亡くす事は、どれほどの心の痛みだろうと
思ってしまいます。

まぁそれもその人の感受性とか、相手への愛情とか、色んな事が含まれるので
同じ感覚だったり、感情だったり、痛みだったりすることはないでしょうが
それでも、悲しく寂しい感情は生まれると思います。

今はちょうど別れの季節ですが、
どんな別れもやはり寂しいものです。

時間という素晴らしい贈り物のおかげで、家族の旅立ちの心の傷も癒え、
そして今になって、やはり魂は続いていて、形はなくとも
両親は別の世界で生き続けていると感じています。

友達や、恋する人、愛する人との別れはとても寂しく辛いものですが、
その気持ちは、自分の愛のバロメーターともいえます。
また、目の前にいるから、毎日会えるから、いつも一緒だからという関係よりも
離れていても、目の前にいなくても、会わなくても、話さなくても、
やはり家族は家族であり、友達は友達であり、
愛する人は愛する人なのだと思います。

そこでもし物理的な距離ができたことで、心も離れて、縁が切れてしまえば、
それだけのご縁だったということですし、
その時に必要で、もう今の自分に必要のないご縁もあるでしょう。

ただ、自分の人生において、ご縁があったということは、
それはその時の自分にとってのかけがえのないご縁だということです。
感情的に、それがよくなかったと思えるご縁だったとしたら、
それを教わることで、その経験をさせてもらえたということです。

幸せを知るためには、不幸を知る必要があります。
もし「嫌」な人が、自分に「不幸」を感じることをしてくれたとしたら、
その人のお陰で「幸せ」を知ることができるのです。

だから、すべての縁は「感謝」をするものなのだろうと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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