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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
「悲しみ」の話
天皇、皇后両陛下が今月10日、昭和34年のご成婚から
55周年を迎えられたとの報道がされていた中で、
以前美智子皇后が
「何度となく、思いがけない時に記憶によみがえってきた」と
紹介されていた「でんでんむしのかなしみ」の本について
また、報道されていました。

でんでんむしのかなしみでんでんむしのかなしみ
(1999/07)
新美 南吉

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話の内容は、
一匹のでんでん虫がある日大変なことに気が付きます。
「私は何という不幸せなものでしょう。
私の背中の殻の中には『悲しみ』がいっぱいつまっているではないか」と。

そして「私はもう生きていけない」と友達のでんでん虫に嘆きます。
すると、お友達のでんでん虫も
「あなたばかりではありません。わたしの背中にも悲しみはいっぱいです。」と言います。

そして友達を順々に訪ねて行きますが、
皆「自分の背中の殻も悲しみがいっぱいです」と言います。

そこで、でんでん虫は
「悲しみは誰でも持っているのだ。
私ばかりではないのだ。
私は私の悲しみをこらえ、生かなければならない。」と
嘆くのをやめました。

というお話です。

昔話ではよくお姫様が出てきて、素敵な王子様と結婚して幸せに暮らしました。
でHAPPY ENDで終わります。

美智子皇后様も、日本のプリンセスであり、お姫様であります。
その美智子皇后様が何度となくよみがえられたいうお話であります。

隣の芝生は青く見えたり、
もし○○だったら・・・幸せになる・・・とか
私だけがこんなに辛い思いをしている・・・とか
自分以外の人は幸せそうに見えたりしますが
それぞれが、それぞれの悲しみを持ち、生きているということですね。

昨日ブログで新しい文章をすべて書き終わったとともに、パソコンがフリーズしてしまい
書いたものが消えてしまい、心が折れ(苦笑)更新しなかったのですが、
昨日書いたのは「心配」についてでした。(また書きます)

「心配」とは「心を配る」と書きます。
「心配」自体はあまりいい意味と捉えられませんが、
「心を配る」と聞くと、よく思えます。

「悲しみ」自体も、それだけ聞くといい意味とは思えませんが、
その「悲しみ」を知ることで、
「喜び」や「嬉しさ」「楽しさ」を実感できたり、
人の優しさや心を知ることもできます。

きっと、生きている中で、「悲しい」思いを体験したことのない人は
いないのでしょう。

人の「悲しみ」はやはり他人事であり、自分の心に響かないことも多いです。
自分の「悲しみ」はダイレクトに、自分の心から生み出されるものです。
どうしても「自分だけ」と思いがちですが、そうではないのです。
また、自分に乗り越えられるからこそ与えられるのです。

大きな悲しみを知ることで、自分の心は深まり、広がり、キャパが広がります。
そして、今度は喜びや幸せもそれ以前とは違った感じ方ができます

薄っぺらい心よりも、同じ生きるなら、濃く生きれることができるようで
私はいいな~と思ってしまいます。
でも私は悲しい時は「嘆いたらいい」と思いますけどね。
悲しみに揺り動かされている時は、とっても辛いですから(苦笑)

まぁあまりに悲しい時は、人に言えない事もありますが、
その感情も自分の一部ですから、大切にしていきたいものです。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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