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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
「心を配る」話
「心配」とは「心を配る」と書きます。

心配の意味を調べてみると、
1 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。
2 気にかけてめんどうをみること。世話をすること。
とありました。

1の心を悩ますことは、イメージ通りだったのですが、
2の方は、本当に「心を配る」行為のような気がします。

「心配」というと、ネガティブな感じを持つ人もいると思います。
うまくいかなかったらどうしよう・・・と不安になって、委縮するのも「心配」
実行に移す為に、色んなことを想定して、その対処を考えていくのも「心配」

また、その他に自分の「心を配る」ことも「心配」

そう思うと自分の「愛」の対象がよくわかるかもしれません。
「心配」してしまう対象は、自分の「愛」を注いでいる証なのです。
「愛情」のかけ方、表現の仕方などは、人それぞれ違うでしょうが、
「心配」するというのは、相手に愛情がないとなかなかできない思いですよね。

そう思うと、「心配」という事自体が、とても愛おしいことのように思えます。
もちろん、自分の事を心配するということは、自己愛の証なのかもしれません。

自分の思い通りにならないか「心配」というのは、裏を返せば
自分の思い通りになる「自信」と、自分にはその価値があると思っていることで
それは「自己愛」であったり、「自尊心」なんだと思うんですよね~。

また、心配する物事に関しては、自分の思いのウエイトが強いという事ですよね。
不安は将来に対しての漠然としたことに対する悩みという感じですが、
心配というのは、現在の過程においての出来事に対する事で、
結構明確にその中身がわかっていることなので、
それが自分の「ツボ」であったり、思い癖であったり、
相手がいることであれば相手への思いの強さだったり
それを見ると、自分というものが大切にしているものを見つける事ができます。

それでも、
失敗しないように・・・
きちんとしなければ・・・
というように、「心配」というと何か委縮してしまったり、
誰かを「心配」すると、視点が小さくなりがちですが、
「心配」を「心を配りましょう」と意識すると、
自分の愛を大きく広げる行為になり、視点が広がる気がします。


誰かに評価される現代社会ですが、一番は自分が自分を厳しく評価している事も
ありますし、また「心配」と思いで、委縮させ、本来の自分を閉じ込めている事も
あると思います。

成功は失敗しなければ味わえないですし、
自分を広げる時には、怖さを乗り越える勇気と、きちんとできないことばかりです。
それを経験したあとにしか、自分の広がりは味わえないのです。

さぁ「心配」ではなく「心を配りましょう」

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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