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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
愛情の話
小さい頃、兄に「お前は捨て子で、本当はうちの子じゃないんだ。」と
よくいじめられていて、本当の親はどこかにいるのかな?などと
想像していたこともありました。

でも、今思うと、何と幸せな子供時代を過ごすことができたか、
本当に親にも、そして先祖様にも感謝します。

家は築100年を過ぎた藁ぶき屋根、そしてお風呂は薪で炊いていて
そしてトイレはボットントイレ。
もちろん庭には井戸があり、家に入ると大きな土間があり、
冬は恐ろしく寒く、夏は色んな生物と共存共栄の世界でした。

その頃、近所でも、学校の友達の中でもそんな家は少なく、
友達同士で、誰かの家に遊びに行く順番の中からも
気づけば外されていました(苦笑)

広いリビングにソファがあり、友達の部屋はピンクでかわいく
色んなおもちゃやドールハウスがあり、とどめに様式のトイレの
洋風の家に住む友達の家に行った時には、
あーこんな家の子に生まれたかった~と思ったものです。

先祖代々の家で、古い伝統としきたりが色濃く残る我が家で
両親、祖父母と住んでいて、農家だったのでその手伝いもして
自然の中で、自給自足に近い生活を送っていた暮らしは
その当時は「貧乏で最悪」と思っていたのですが、
今から振り返ると、人間としての基礎を作ってくれるには
とてもいい環境だったと思います。

田舎だったので、地域皆で子供を育てるようなところもあり、
学校帰りには皆に声をかけられたり、
自分を知ってる人ばかりで、窮屈と思ってましたが
今から思うと、大切に見守られていたと思います。

未だにお墓詣りに帰って歩いていると、名前を呼ばれます。

その反面、いいも悪いもすぐ噂をされたりもするのですが、
皆、口や頭は悪くても、心根が悪い人は少なかったように思います。
田舎者なので、知識が少なかっただけかもしれませんが、
よく詐欺みたいに、公会堂に人を集めて商品を売る業者が来ると
皆めちゃくちゃ買っていて、いい人たちだな~と(苦笑)思ってました。

また、誰かが困ると、皆で助け合っていた思い出もあります。
(お金以外ですが・・・)

まぁそんな中で、育ったわけで、
今から思うと、皆それぞれが一生懸命生きながら、
他者への思いやりのあるところで育ち、
家族からも愛情を与えられていたわけですが、
私はそれを気づけず不満ばかりを心にため、
足りない、愛が欲しい、と飢えを感じていたように思います。

まぁ、物心ついて頃から学生時代は、父が具合が悪くなったり、
母が祖母のひどいいじめに遭っていて、祖母の性格がひどかったので、
ネガティブなエネルギーが蔓延していた事があり、
そう感じていたのかもしれません。

また、田舎の人ですから、言葉や態度で愛情表現をしないことも
そう感じてしまった原因かもしれません。

でも、一番の原因は、自分の内の愛情が不足していたのだろうと思います。
やはり、人の中にあるものを見るには、自分の内にあるものしか見えません。
きっと、相手がどれだけ愛情を注いでくれていても、
自分にその感覚がなければ、全然愛情を感じられないわけです。

親の愛は、見返りを期待しない愛情です。
(もちろん、人によっては、その愛情という中に、
自分のエゴやコンプレックスを投影していることもあるでしょうが、)

そんな中、父親に育児放棄された5歳の幼児の白骨遺体が発見された事件
などもあり、生んだはいいけれど、親になれない人もいるのだと思います。

最近は育児放棄の事件もよく耳にするようになりました。
劣悪な貧乏な家で生まれ育っても愛情深い善人もいます。
裕福な家に生まれた子供でも、親に愛情を受けずに育った子供は
時には冷淡で猟奇的な犯罪を犯す事もあります。

ここで何が、人間を育てているのかと考えるとやはり「愛情」
なのだろうと思います。

では愛情とは一体なんなんでしょう?
「親だから、子供に対して愛情を持つのは当然。」なわけはありません。
もし自分が虐待を受けて育った場合は、
接し方がわからず同じ行為をすることもあるといいます。
また、過保護に、その子供の事を考えての愛情ではなく、
まるでペットや人形のように溺愛する人もいます。

でも今生きているということは、
それこそが「愛情を受けた証」とも思えます。

色んなエピソードが聞いていないだけであるかもしれず、
愛情を受けた側が見えていなかっただけのこともあるかもしれず、
もし、本当に全然愛情をうけた記憶が全くないという人も
いるかもしれません。

「愛情」を人は欲しがります。
与えてほしいと願います。
本当は自分の内に溢れるほどに、満ち溢れているのだと思います。
それに気づくと、他者の愛にも気づけます。
自分が与えると、与えられます。

そうするうちに、過去の思い出の中に、愛を見いだせることもあるでしょう。
私はそうでした。
愛されていたんだと気づいたことで、その後の人生の生きる力は
とても強くなる。
そんな気がします。

今月は母の命日です。
母の愛に、そしてその母への自分の愛に、感謝です。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。



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