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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
限りある時間を生きる話
今日は台風が上陸する前に、お彼岸のお墓詣りに行ってきました。
帰りに、彼岸花が咲いている風景を見て、
あーお彼岸だな~と実感してしまいました。

お墓詣りに行くと、「死」に対して、
この「限りある時間」の此の世の人生を生きるということを
考えてしまいます。

私は両親が亡くなるまで、とても俗物的な人間で、
金銭欲、物欲も激しく、人を見ては嫉妬したり悔しさを感じ
そのモチベーションで頑張ってみたり、私利私欲も強く、
人に対しても、物事に対しても、表面しか見えていない人生を
送ってきていました。

だから、悪意を持っている人でも、表面的に感じがいい人を好み、
人に負けたくないということで、本当に自分がしたいことではないことに
エネルギーを傾け、それで勝ったり、目標達成したところで
そこには達成感があっても、すぐに虚しさや空虚感に苛まれたり、
物欲や金銭欲はきりがありませんから、手に入れても
また上を見て「あれが欲しい、これが欲しい」と
本当に必要か冷静に考えるとすぐわかりそうなものの、
だれに対しての見栄なのか自慢なのか、不必要なものも購入してました。

両親が亡くなって、表面しか見ていなかった私の目が節穴だと気づかされました。
真面目で不器用で、口が悪く、金儲けが下手な馬鹿にしていた父の
本当に深い愛と、優しさと、口には出さずひっそりとしていた陰徳の数々に
驚かされ、そこで初めて私の父はこんなに懐の大きい人だったのかと気づきました。

死んでしまうと、父が残した物の数々は、残された家族にとっては
不必要な物で、処分に困る状況になってしまいました。
物は死ぬと持っていけませんし、その人にとって大切なものであっても
家族であろうと他者にとっては、何の価値も見いだせないただの物になってしまいます。
本当の両親の持ち物の処分には、困ってしまい、手間もかかり
それ以来、自分も必要以上に物を持つことが嫌になりました。
「断・捨・離」の大切さを身に染みて感じました。

そして、「死」を前に「限られた時間を生きる」ということを考えた時に、
それまでは、自分の人生でありながら、人の目ばかり気にしたり、
無意味な考えてもわからない、人がどう思っているかに
時間やエネルギーをつかっていた事に気づきました。

先日、会った友人も、
「表面しか見えていない人がとても多い、
だから人の事も見えないし、表面どおり受けとり、
自分の問題なのに、人のせいばかりにしているから
自分に起こっている因果関係を見つけることもできず、
想像力も洞察力も低いままだから、同じことを自分にも相手にも繰り返す。」
と言っていましたが、その通り!と今は思えるけど、
以前は私自身がそう人間だったとつくづく思いました。

だから、自分が相手に悪いことを言ったり、していても気づけなかったり、
平気でいたりしたことも随分あっただろうと思います。

人間は、失敗もするし、間違いも犯すものです。
それを繰り返しながら、そして、自分がしたことに気づいて改善していきながら
そして自分の真実をみつけていくのだろうと思います。

限りある時間の中で、それをどれだけ見つけるかが大切な気がします。
だから、見栄や高慢になっている暇などがあれば、自分を見つめたり、
人を責める前に、自分のエゴを見つけて、どこから出てくるのか気づいたり
そんなことに使いたいなと思います。

今日、お彼岸でお墓に行った時に
「此の世に生を受けさせてくださり、育て、そして今は形がなくなった後も
見守り、愛し、そして生かしていただき、本当にありがとうございます。
本当にこの家系に生まれ、私はとても幸せです。」
と、ご先祖様に伝えましたが、追加をします。
「間違いを犯したり、悪いことに気づけなかったら、
こりゃ!何しとんなら!反省せー!と教えてください。
自分なりに精いっぱい頑張っていきます。」

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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この記事のコメント
初めまして
少し拝見させて頂きました
滅多な事は言えませんが、今迄に色々な苦労をされて辛い事も有ったかと思います
その中に在っても自分と向き合い、今に至る姿勢を持つ方なのだと感じました

私はカウンセラーですが鬱病です
故にと言う訳では無いですが
「限り有る時間を…」との事
非常に共感させて頂きました
2014-09-26 Fri 22:46 | URL | ポーンT #hSQOaZcQ [内容変更]
ありがとうございます
コメントありがとうございます。

鬱病は7人に一人かかるとも言われますよね。
誰もがなる可能性を秘めている病気であり、
そして、とても辛く苦しい病気だと思います。

自分がその苦しさがわかるということは、
ボーンTさんのカウンセラーとしても、
また一人の人間としても、相手の痛みがわかるということですね。

実際に頭で想像することと、実際経験してみることは全く違います。
神は乗り越えられない試練は与えないと言いますから、
ご自身のその経験が、他の方へ役立つことにつながるのだろうと思います。

辛く悲しく、寂しい思いをしない人はいません。
そして誰もが平等に、「死」を迎えます。
「限りある時間の中で、精一杯自分を生きること」
それに尽きるのかもしれません。

tattovaa
2014-09-27 Sat 20:00 | URL | tattovaa #- [内容変更]
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