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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
自分を生かすことは他人を活かす話
今日、数か月ぶりに会う友達の家に遊びに行っていたのですが、

元気がなく話を聞くと、
以前から仲良くしていたご主人の幼馴染の夫妻がいて、
今月一緒に鍋をした、その4日後に、奥さんが亡くなったのだそうです。

奥さんはその日実家に帰っていて、お母さんが買い物に行き、
帰ってきた時には、すでに冷たくなっていたとのことで、
死因を言わず、事故という事で家族葬をしたのだそうですが、
どうやら自殺だったという話なのです。

元々、自分のアトピーのコンプレックス、仕事やママ友とも人間関係
子供のアレルギーや、病気の事などで悩んでいて、
最近引越しをして、新しい住まいが当人は何だか嫌で仕方なくて、
自分の実家で同居をさせてほしいと、両親に頼んで断られた
という経緯が最近あったのだそうです。

仲が良かった友達夫婦は、お葬儀に出席したのだそうですが、
ご主人は「バカ亭主の俺のせいです。」とやつれ切り、
ご両親、特にお母さんは
「全部私のせいです。気づいてやれなかった私が悪いんです。」
と、二人とも大きな罪悪感に苛まれ、
見るのも辛いし、声をかけるのも憚られたという状態だったそうです。

その友達の周りの友達も皆、
「何か自分にできたことがあったのではないか?」
と、皆それぞれが自分を責め、後悔の念に苦しんでいるとのことで、
本当に皆優しい好い人たちだな~と思いながら、
「死」を考えさせられました。

自分の命は自分のものだから、どうしようと自分の勝手!
という思いが、誰もがどこかにあると思いますが、
自分の命は皆のものなんだな~!
とつくづく思ってしまいました。

自分の為だけでなく、周りの愛する人たちの為に
自分は生き続ける、その責任があるのだと思ったのです。

1人の死に対して、何人もの人が悲しみはもちろん、自分を責め、
人によっては大きな十字架を一生背負って生きることになります。
残された人の心の中には、後悔が生まれ、罪悪感に変わります。
そして、苦しみます。

ちょうど、その亡くなった人は厄年で、今年で終わる年だったそうです。

振り返って自分の厄年を思い出すと、
自分の病気、家族の病気、お金の問題、仕事の問題、人間関係、
次から次へと試練が訪れ、頑張っても頑張っても、
すべてが悪い結果になり、八方塞りとはこのことかと思うほど、
何をしてもダメなので、自信喪失にもなるし、
自分の無力さを感じ、自分が価値も何もないと思え、
絶望にも似た心境になったものです。

今まで自分が犯した業が返ってきているとも思い、
毎日「すみません」と反省したりもしました。

これでもか!これでもか!という位に試練が訪れるので、
その頃の口癖は「絶対負けない」だったと思いますが、
すっかり負けてしまい(苦笑)、私は死ぬ勇気もなかったので、
「仕方ない。どうあがこうが、現実を全て受け入れて生きていくしかない。」
と自分の運命と勝負を挑み闘うことをやめたような気がします。

我が強い私は、20代までは「自分がしたい」と思うことは
それができるまでしたり、したいと思ったことは無理くりにもしたりと
ある意味、自分の思い通りにできていたことが多い人生だったのですが、
その厄年の時に、すべて思い通りにいかず、
無理くりしようとすればするほど、逆の方向にいき苦しくなり、
今までやってきた自分の生き方を、否定されて、全て見直すしかない
鼻っ柱をポッキリと折られるような期間だったような気がします。

家族であれば、自分の思い通りにコントロールできるという幻想も
その時にきれいに消え去りました。
自分の思い通りになんか、一切いかないという経験は
全て否定され、自分の無力と自信喪失を思い知らされ、自分が空っぽになり、
どうすればいいのか全くわからないという状態になりました。

自我が強い私にはこれ位しないと、我が手放せなかったのかもしれませんが、
その時は、本当に毎日毎日辛くて辛くて、本当によく泣いていました。

そんな時、地元の人気の情報誌の特集で「不幸自慢特集」があり、
大賞になっているのが、私の境遇とよく似ていて、同じような人がいると思ったら、
今日会った友達が私の事を投稿していたという事もありました(苦笑)

でも、そこで終わりではなく、生きていたら、その経験が糧になり、
時が過ぎた今は思い出の一つとして笑えたりもするものなのです。
その経験があったからこそ、色んなことに気づけたり、見直せたり、
自分が握りしめていた必要のないものを手放せたし、
それがその後の人生に大いに役立ち、
その経験があったからこそ幸せを感じることが増えました。

これを書いていたら、昔あった
[AC+CM]公共広告機構+屋上の少女
のCMを思い出しました。

生きていると、辛い、悲しい思いを体験することもあるけれど、
そこで終わりにしないと、笑える日が必ず来ると思います。

今日、友達は近しい人を失った悲しみの話をしていたのだけど、
私はその話を聞いて、皆の愛や優しさを感じてしまい、
此の世には愛情があふれているんだな~
そんな悪い世界でもないんだな~と思ってしまったのです。

気づこうとしなければ、普段はわからなかったり、
そういう大きな出来事が起こった時に、わかったりするけど、
こんなにあふれる愛があったことを見て、亡くなったその人こそ
自分を殺したことに、大きな後悔をしているだろうなと思ってしまいました。

生きることは大変な事はあるけど、決して悪い事ばかりではないし、
その時に喜怒哀楽の怒や哀の感情が生まれたとしても、
時を経た時に、その経験があったからこそ、
喜怒哀楽の喜や楽の感情が深く強く感じられる体験ができるわけで、
そこで「終わり」ではなく、ずっと続くことで
予想だにしない、色んな自分物語につながるんだと思います。
そして、楽しいだけの人生もないように、辛いだけの人生もないと私は思います。

自分を生かすことは、他人を活かすことにもつながると実感した日でした。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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