FC2ブログ
色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
遅まきながら「トワイライト ささらさや」の話
すっかり冬の到来ですね~。
もう12月ですからね~。
体調崩されている人も多い季節です。
風邪、インフルエンザには気を付けましょう。

気管支炎の為、行きそびれていました
トワイライト ささらさや
を今月見てきました。

ガッキーかわいい~。
ベビーちゃんもかわいい~。
と思いながらも、途中からは泣きまくりでした。

愛がある映画はいいですね。
愛とは、温かく、楽しくもあり、悲しく、切ない面もあります。
想いとは、目には見えないものですが、
確かにそこにあると思える映画でもあり、
肉体は消え去っても、愛や想いは続くのだと感じることのできる
そんな映画でした。

サヤことガッキーが、生後数か月の子供に
「自分が、育ててもらっている。母親にしてもらっている。」
というものや、ユウタロウこと大泉洋さんが
「サヤのことが心配で、サヤのために此の世に残っていたのに
その時間は自分のためだったようです・・・」
というような、意味あいのセリフがありました。

本当に「情けは人のためならず」だな~とつくづく思いました。

同じ出来事でも、人によって、その視点によって、
見方が違ったり、目に見えていない部分であったり、
その隠された真実などがあります。

今まで、ある出来事に孤独を感じていたものが
違う視点から見て、他人の真実を知ることで、
自分が愛されていた思い出に変わることもあります。

寂しさを感じたことがない人はいないと思います。
でも「孤独」に向き合わず、ごまかし、逃げている人には気づけない
「孤独」を受け止め、それを受け入れ、それを感じた人しか
感じることのできない、喜びや感動もあるのではないかと思います。

人は、とても弱い面もあれば、強い面もある生き物です。
誰もが、この両面を持ち合わせているのだと思います。
自分の弱さを知っているからこそ、強く生きれることもあります。

10代、20代、私は非日常的なスペシャルなことが幸せと感じてました。
例えば、海外旅行とか、イベントとか、
日々の現実を忘れて楽しく、わいわい遊ぶこと=幸せと感じていて、
いつも、足元を見ず、日常は適当にやり過ごし、
エネルギーを、そのたまの非日常の時間に注いでいました。

自分が病気になり、両親が次々に亡くなり、一人になって初めて
日常が当たり前ではなく、日常こそが「幸せ」な時間だったと気づきました。

そこに、心を置かず、その日常も「奇跡」だったと気づかず、
やり過ごしていたのです。
そこに愛は、あったのに・・・
温かさだけではない、喧嘩もするし、楽しいこともあれば嫌なこともある
その日常こそが、本当に幸せな時間だったと気づきました。

目の前の現実、日常の中に全てはあるのだと今は感じています。
そして、当たり前のことなどないと気づくと、それらに感謝します。
ないものではなく、あるものに感謝できます。

気に入らない現実が目の前に広がっている時には、
自分がその現実を創っていると思い、何が気に入らないのかを考え
どうしてそうなったかの、因果に目を向け
そして、今の出来事から、何を学ぶことがあるのかを
考えるようになりました。

自分の為に、相手を利用しているつもりが、結局は自分が損していたり
無心で、相手の為とやっていることが、
結局は相手が自分を生かしてくれたり、育ててくれていることもあります。

また、同じこと、出来事、思い出でも
視点が変わったり、見方が変われば、
まったく違う物語になることもあるわけです。

自分の思い込みから、一歩でると、今まで感じたことのない
そこには広く深い世界が広がっているのかもしれません。

今の現実の中に、自分がいられること
生きていること、そして愛する人がいることが、
本当に幸せだと感じます。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


スポンサーサイト
別窓 | わたしの話 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<今の現実に身を置く話 | 色とこころとわたしの話 | いい人ほど生きにくい世界?の話>>
この記事のコメント
∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

∧top | under∨
| 色とこころとわたしの話 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。