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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
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新年のごあいさつ
あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します。

今年のお正月は、「宗忠神社」に参拝してきました。
賽銭箱に並ぶ人たちの行列が、外の道路まで伸びていて、
とても寒かったのですが、参道に入り、お賽銭箱が見えてくる頃
日の光が顔にまぶしいほどに当たり、
宗忠さんの明るい笑顔のようだと感じてしまいました。

おみくじをひくと、
「守捨離」と
「すべては基本から」と
書かれていました。

今までいつも「断捨離」ばかりを使っている私ですが、
この「守破離」の意味を探してみると、

「伝統を受け継ぐ者にとって忘れてはならない、
特に武道にとっての教えが「守破離」である。

「守」とは、師や各流派の教えを忠実に守り、
それからはずれることのないように精進して身につけよ、という意味である。

「破」とは、今まで学んで身につけた教えから一歩進めて他流の教え、
技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、
さらに心と技を発展させよ、という意味である。

「離」とは、破からさらに修行して、守にとらわれず破も意識せず、
新しい世界を拓き、独自のものを生みだせ、という意味である。

「守破離」は単に武道の世界だけの教えではない。
学問も経営も技術も、すべてにあてはまる。
師に教えられて師に止まっていては発展はない。
古武道に出発して古武道の中で止まっていたのでは、
後継者としての存在価値はない。

師をしのぎ、伝統を越え、親を超越して、
より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩がある。
「守破離」とはその意味の言葉である。

[参照]活人剣抜刀道、叢文社」

というものを見つけました。

私は黒住教ではないので、きっと黒住教の方々は
色々な教えをいただいていて、その教えに上にある言葉なのでしょう。

私は、幼い頃から言われていたしつけの言葉であったり、
今でも心に残っている、年寄りらから言われた言葉を教えとして、
それに外れないようにしようと思いました。

例えば、
「靴を揃えなさい」「挨拶をしなさい」「部屋を片付けなさい」などのことから
「人に好きになってもらいたかったら、自分から好きになりなさい。」
「自分の言った言葉を、相手がどう思うかを考えなさい。」
「自分側からだけではなく、相手側からの見方も想像しなさい。」
「悪い事はしちゃあいけん。誰にもばれてないと思っても
 お天道様には全部見られとる。」
「そりゃぁ生きとったら、辛いことも悲しいこともあるわ。
 でもな、それでも笑える日がくるんじゃ。
 どんなことがあっても、笑ろうて生きれることが幸せなんじゃ。」
「大人になったら、ずるい事や悪い事も覚えるじゃろう。
 だけど、性根まで腐らせちゃーいけん。
 性根がきれいなままじゃったら、本当にお前が困ったときに
 たくさんの神様が救いにきてくださるけん。」

成人を迎え、社会に出て、
「人にばれずに悪い事をして楽しんでいる人はいっぱいおるし、
他人の事なんか全然考えずに、自分勝手に生きる方が得だし、
性根が腐ってるのに、人生楽して面白おかしく生きている人の方が
性根がきれいで、真面目に働いている人の方は悔しい嫌な事ばかりで
辛い想いばっかりしてるじゃないか~!!!
全部、きれいごとじゃ。戯言じゃ。嘘じゃ。」
と思ったこともあります。

でもまたそこから、年を経て、この言葉たちは私の宝であり、
私の道しるべになっています。

「守破離」を「基本」を心に、今年も自分の命を生かそうと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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