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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
自分の問題⇒他人の問題=×の話
今日は、海の日でしたね。
私の住むまちも、今日は夏日の晴れ渡った青空が広がり、
夏休みもはじまって、海に行くには最適だな~と思いながら、
仕事をしてました(苦笑)

私の実家は田舎で、両親は共働きで、兼業農家で忙しく
夏は桃やぶどうなどの果物も色々と作業があり、
全然どこかに連れて行ってもらった思い出はありません。

が、家での日常が今から思うと楽しい日々でした。
桃やトマト、ブドウ、スイカなど、果物は食べ放題
おじいちゃんっ子だった私は、一緒に一日時代劇を見て、
夕方からは蛍を見て、たまに庭で花火をして、
夜は大好きな蚊帳を張り、蚊取り線香をつけ、
おじいちゃんとたわいもない話をしながら、眠りにつく・・・
という夏休みでした。

それでも、夏休みがあけて、友達が色々な所に旅行に行ったり、
色んな事をして遊んだ話を聞くと、すごくうらやましく思ったものです。

「うらやましい」という感情はなかなかの曲者です。
ミズーリ大学コロンビア校の研究者によれば、
うらやましいと思う気持ちが鬱病の原因だともいいます。

自分で稼ぐようになって、休みの度に色んな所に旅行に行ったのは
その頃の「うらやましい」の反動もあったのかもしれません。

一周回って、最近は家でぼーっとする時間が最高!!になり
すっかり出不精ですが・・・(苦笑)

夏休みなどは、色々出かけたいとか
他人をうらやましいと、特に思う季節かもしれませんが、
どこに行くか、どのような体験をするかということより
自分が体験を通して何を心に刻んだのか、
感じたのか、気づいたのかが大切
なことだと思います。

物事に対しても、どれだけ時間をかけたかではなく
どれだけの想いをのせたのか
ということが、大切な気がします。

今日朝ドラのまれを見ていて
「都会に行くと、キラキラできると思っていた
ここ(能登)でキラキラできんのに、都会でキラキラできるわけない。」
というようなセリフがありました。

○○だったら、○○になれば、○○に行けば、○○の友達になれたら
自分がキラキラ光れると思ってしまうことがあります。

それって、今の自分を否定しているということで、
それこそ自分はキラキラしてませんと宣言し、
現実の自分を認めていないということですよね。

現実の自分を認めていないということは、
自分の問題を他人の問題や他人のせいにすりかえることもよくあります。
(まれの一子ちゃんもそのパターンでしたね~)

自分の事を見つめることができず、
自分に気づきを与えてくれるために起こる出来事にも鈍感で
何も気づかないため、ずっとその気づきを得るまで
同じようなテーマのパターンがループするということもあります。

自分の問題を他人の問題にすりかえて批判するのは勝手ですが、
自分の問題だから、その出来事は起こるわけで、
結局は自分の問題は、自分でしか解決できないんですよね。

そういう意味では、ある意味誰もが孤独なのかもしれません。

自分の問題に対しての解決すすむ過程では
もがき苦しむような思いをすることもあるでしょうし、
向かい合う事よりも、逃げ出す方が簡単なようにも思うかもしれません。
真っ黒な中、1人で何も見えない寂しさと、
出口なんかないかもしれないという恐怖を感じるかもしれません。
誰かに助けてもらいたい、救ってもらいたいともがくかもしれません。

それでも
「天は自ら助くる者を助ける」
は真理だと私は思っています。

自分を助けるのは、結局は自分自身なんだと思います。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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