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色とこころの勉強を通して、わたしが思う「こころ」がテーマのブログ。
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陰徳と陽徳の話
「陰徳」と「陽徳」という言葉があります。

陰徳:人に知らせずひそかにする善行。かくれた恩徳。
陽徳:あらわに人に知られる徳行。

結局はいい行いが、人に知られるか知られないかという事ですが・・・

私はゲームをしませんが、ゲームの獲得ポイントのように、
陰徳の方が陽徳よりも、何倍も何倍もポイントは高く
自分の人生において、よい報いがあるとも聞きます。

人間はきっと誰もが「承認欲求」があり、
SNSなどは、この「承認欲求」を満たすツールのように思います。

自分自身の仕事を振り返ってみても、
脚光を浴びたり、褒められたり、
自分の努力が目に見えて結果にでる仕事は、
目立たず、一生懸命きちんとやっても誰にも褒められず
間違った時だけ注意される仕事より、やはり楽しかったです。

でも、なかなか大人になると褒められることは減ります。

仕事であっても、家庭であっても、
できて当たり前、できない時に怒られるというのが
日常的になっている人がほとんどだと思います。

でも、何かをいい事をして、
他人に気づかれると10点
他人に気づかれないと100点
と思えば、気づかれないこともいいかな~って感じがします。

また、何かをするときに「時間」や「労力」ばかりに目がいきますが、
同じ事であっても、目には見えないけれど、
どんな「想い」「気持ち」を込めて行ったのかも大きな事だと思います。

全然違うかもしれませんが、今思い出した事があります。

私の父が最後に入院した際に、
ご近所や、父のお知り合いがお見舞いにきてくれ、
大体皆様にお見舞い金「5,000円」をいただいていました。

病院まで来れない方は、お見舞いに来る方に預けて
お見舞いをくださる方もいたのですが、
その中の1人のお見舞い金封を見て、父が泣き出したことがありました。

そのお見舞い金をくれた相手は、小さな今にも倒れそうな家に
家族3人と犬一匹で、ほぼ自給自足の生活をしている一家でした。
自給自足といっても、家の前の小さな土地で野菜を作り、
その他はどのように生活の糧を稼いでいるか、詳細は皆知りませんでしたが、
自転車で「瓶」や「缶」を積んで走っている姿を、私も何度か見た事もあり、
決して経済的な豊かな生活を送っている家ではありませんでした。

その方が父に「5,000円」のお見舞金を包んでくれたのです。

父に聞くと、未だに食事やお風呂は昔ながらで「薪」が必要だったから
その薪に使う木を提供したり、たくさんできた時は野菜を持っていったり
何かもらった時は、お裾分けをしていたそうです。

「でも、そんな大した事はしとらん。
それなのに、ようもまぁ、こんなによう包んでくれたもんじゃ。
この5,000円は、普通の5,000円とは全然違うんじゃ。
重みが全然違う。
わしの為に、ほんまにありがてぇ事じゃ~。」

父が、泣きながら、何度も何度も、目の前にはいない相手に
頭を下げてありがとうと言っていた事を、昨日の事のように覚えています。

そんな父が亡くなった時、今まで父が誰にも言わずにしていた
陰徳の数々が次々に出てきて、感動する事が多く
そんな父に今度は私が頭が下がる想いでした。

同じ出来事であったり、ものであっても、
その中にこもっているもので、全然変わる事はあります。

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」
サン・テグジュペリ 星の王子さまの言葉です。

読んでいただいてありがとうございます。
生かしていただいてありがとうございます。
あなたとの出会いにありがとうございます。


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